第21話。敵城を落とすため、ヴァレリアと熱い恋人同士を演じる
「父上がなし得なかったダラム城攻略を成し遂げるんだ」
「なんと……!?」
全員が一様に目を見張った。
ダラム城は、元々、辺境伯領の城で、バルザーク帝国に対する国境防衛の要だった。しかし、今は帝国軍に奪われて奴らの前線基地にされてしまっている。
ここを奪い返せば、領内に侵入した帝国軍は補給線を断たれて、退却せざるを得ない。
奴らに奪われた領地を一気に取り戻せる起死回生の一手だった。
父上はこのダラム城の攻略を悲願としながらも、何度も失敗していた。
つまり、ダラム城を奪い返せば、父上と武将たちは、俺の将としての力量を認めざるを得ない。
今回の戦争中、俺に総大将を任せてもらうという本来なら有り得ない提案も、通る可能性が高いだろう。
「フェリクス、ダラム城の城主は、リュシアン皇子で間違いないよな?」
「はっ。帝国の第5皇子リュシアン殿が、我らから奪ったあの城を任されていると聞きましたが……」
リュシアン皇子は、ゲームにも登場していたキャラだ。その性格は良く知っていた。
「よし。それなら、おそらくダラム城を奪還できるぞ」
「そ、それができれば確かに、大手柄ですが……」
「まさか、城攻めを考えているの? 傭兵の手配をしていると聞いたけど、いくらなんでも私たちだけじゃ、兵力が足りないわ」
ヴァレリアが腕組みして、難色を示した。
「帝国軍は、眠る必要の無いゴーレム兵を守備につかせているのよ。こちらの強みであるアンデッドによる夜襲も通用しない。いくらゼノンの【超回復】で兵を回復できるといっても、城壁上からの一斉射撃で、近づくこともできずに全滅させられると思うわ」
「……残念ながら、ヴァレリアお嬢様のおっしゃる通りかと。ゴーレム兵によって、かつてよりはるかに堅固な守りを誇っているのがダラム城です。落とすなれば、どんなに低く見積もっても10万ほどの兵力が必要かと」
さすがは、かつて武将として名を馳せたフェリクスだ。その見立ては正確だと思う。
だけど俺には『君恋』をやり込んだゲーム知識がある。
「そのゴーレム兵団に頼り切っているのが、帝国軍の最大の弱点だ」
俺はゆっくりと語りだした。
「指揮官のリュシアン皇子を討てば、ダラム城内のゴーレム兵はすべて動きを止めて、ただの人形になる。反逆を防ぐために、ゴーレム兵への命令権は皇族にしか与えられていないからな」
ゴーレム兵は、魔法で動くロボットのような存在だ。彼らはマスターとしてプログラムされた人間の命令しか聞かない。
強力な兵器であるが故に、ゴーレム兵を反乱に使われることを恐れた皇帝が、このような措置を取ったのだ。
リュシアン皇子を討てば、現在、侵攻してきている帝国軍でゴーレム兵に命令が可能なのは、総大将レティシア第一皇女しかいない。
つまり、帝国軍全体にとっても、大打撃となる訳だ。
「……それができれば、確かに勝てる可能性はあるけど。具体的にはどうやって?」
「俺は帝国軍に投降するフリをしてダラム城に入り込む。それで、リュシアン皇子を暗殺する」
「「なっ……?」」
ヴァレリアとフェリクス、二人の目が点になった。
「外れスキルを与えられ、婚約者ともうまくいかずに自暴自棄になったグレイヴァン辺境伯家のバカ息子が寝返りを打った。帝国に降るには、これ以上ない筋書きだろう? 奴らは辺境伯軍の内部情報が欲しいはずだ。きっと俺を受け入れると思う」
「しょ、正気なの!? 単身で敵城に乗り込むなんて! 失敗したら、間違いなく殺されるわよ!」
ヴァレリアが俺に詰め寄って叱責した。
「まあ、聞いてくれ。具体的にはリュシアン皇子に会って、新しく覚えた【過剰回復】で暗殺する。俺が魔法系の外れスキルを授かって、魔力欠乏症で倒れたことは奴らもきっと把握していると思う。そんな俺が、数日で攻撃魔法を使えるようになっているなんて、夢にも思わない筈だ」
俺は彼女を手で制して、話を続けた。
ヴァレリアによると、俺のМPの成長速度は異常らしい。
なら、俺が魔力欠乏症で倒れた事実を、帝国軍を騙すために利用できるだろう。
「はぁっ……そんなに、うまくいくと思うの? 指揮官である皇族には、強者と名高い親衛隊が護衛として付き従っているのよ。奴らは、あなたが、偽りの降伏をしてきたことを怪しむ筈。リュシアン皇子に近づくことさえ難しいわよ」
「それは、大丈夫だ。リュシアン皇子は、拷問好きのサディストとして有名だからな。投降なんかしたら、まず間違いなく、俺は奴自身の手でめちゃくちゃ拷問されて情報を吐かされると思う。『何が目的で降ってきた、吐け!』ってな」
「えっ……?」
ヴァレリアは呆気に取られた。
これは【超回復】の力を知られていないからこそ可能になる戦法だ。
「俺は拷問を受けても自動回復できるし。リュシアン皇子が近くに寄ってくれれば、【過剰回復】を撃ち込める筈だ」
そのためには、【過剰回復】の射程や威力、発動に必要な時間をよく検証する必要があるけどな。
「それに拘束具で手足を封じられても、今の力なら、自力で脱出できる。万が一、魔法が使えない状態にさせられても、素手での暗殺も可能だ」
俺はズボンのポケットから銅貨を取り出し、片手で折り曲げて見せた。
「なんと……!」
守備兵たちは、驚きに目を見張る。
「おそらく、敵を油断させることさえできれば、暗殺は成功できると思う」
「なるほど。わかったわ。リュシアン皇子の性格を分析した上での見事な策ね。だけど……」
ヴァレリアは怖い顔で、俺を見つめた。
「仮に成功したとして、その後はどうするの? MPの少ないあなたは、【癒やしの奇跡】を使えなくなって、孤立無援で殺されるわ! 親衛隊の使う魔法の攻撃力なら、人間を一瞬で消し炭にすることだってできるのよ!」
「その通りですぞ、ゼノン坊ちゃま。【超回復】でも失った血液までは、すぐに回復できぬ筈! 退路を確保できねば、なぶり殺しにされます! さすがにそのような死地に行かせる訳には参りません!」
フェリクスの顔からも、血の気が引いていた。
「いや、大丈夫だ。退路は確保できる。俺を拷問するとなれば、多分、逃げられないように地下牢獄に繋ぐだろう。地下には城外に通じる秘密の抜け道がある。それを使って脱出するから、あとは指揮官を討たれて混乱するダラム城に、雇った傭兵と、ヴァレリアのシュヴァルツ・リッターを突っ込ませればいい……!」
俺は必死に訴えた。勝算は十分にあると思う。
何より、ここで大きな賭けに出なければ、俺たちの破滅の未来を変えることはできない。
「……確実とは言えない手ね。リュシアン皇子の親衛隊の力は、シュヴァルツ・リッターと同格、あるいはそれ以上だと思うわ。それが何人いると思うの?」
ヴァレリアは大きなため息を吐いた。
「その作戦に協力するのに一つ条件があるわ」
「なんだ?」
「ダラム城には私も一緒に行くわ。反逆者の汚名を着せられ、辺境に追放された公爵令嬢……私こそ、帝国に寝返るのに自然な条件が揃っているでしょう?」
俺は度肝を抜かれて反対する。
「バカ、死ぬかも知れないんだぞ!」
「それはあなたも同じじゃないの?」
ヴァレリアは瞳に揺るぎない意思を込めて、俺を見据えた。
「私は王太子の元婚約者。私の持つ王国の機密情報こそ、奴らは欲しがる筈だわ」
「それはそうかも知れないけど……危険過ぎるだろう?」
俺は【超回復】の力で、怪我を負ってもすぐに回復できる。
だけど、ヴァレリアは俺が近くにいなければ、死んでしまうだろう。
「『もっとも高貴なる血こそ最初に流れる』がアスフォデル公爵家の家訓よ。婚約者が戦場に立つというのに、私だけ安全な場所にいるなんて有り得ないわ。それにね……」
ヴァレリアは、俺の手を取った。
「私たちが協力し合えば、どんな敵にも決して負けない。違うかしら?」
俺を見上げる美しいアメジストの瞳に、ドキッとしてしまう。
その通りだ。ヴァレリアがいてくれれば、俺は彼女の膨大な魔力を貸し与えてもらえる。ソールイーターには、それで勝てたしな。
繋がった魔力のパスを通じて感じたことだが、ヴァレリアの最大MPはおそらく3000以上。軽く俺の150倍以上はある。
「それは確かに……」
「そういうことよ。私の【死霊使い】の代償はゼノンの【癒しの奇跡】で、無効化できる。そうすれば、シュヴァルツ・リッターだけでなく、もっと大量のアンデッドを敵城内部に出現させることができるわ。それなら、もっと確実にダラム城を落とせるでしょう?」
ヴァレリアが、我が意を得たとばかりに頷いた。
そうだな。敵将を討った後、アンデッドを暴れさせて、内部から城門を開ければ、俺たちの勝利は揺るぎないだろう。
……なにより、俺たち二人が生き延びる道は、勝つ以外にはない。
この作戦を成功させねば、聖女に命を狙われるヴァレリアは、ゲームシナリオ通り、死ぬ運命となるだろう。
俺はヴァレリアに死んで欲しくない。
なら、もっとも成功確率の高い手段を選ぶべきだ。
もし、敵地で何かあっても、俺が全力でヴァレリアを守ればいい。今の俺にならできる筈だ。
「わかった。頼りにさせてもらうぞ、ヴァレリア」
「ええっ、任せておきなさい」
俺たちはお互いを見つめ合って微笑んだ。
「……だけど、問題は投降した後で、俺たちが引き離されてしまう恐れがあることだな。おそらく王家の血を引くヴァレリアは特別待遇で、別の部屋で尋問されるだろう?」
さすがにリュシアン皇子といえどヴァレリアを拷問するとは思えないので、俺だけ地下牢獄に案内されると思う。
ヴァレリアの母親は国王の妹だ。罪人とはいえ、ヴァレリアは軽々しく扱って良い存在ではない。
そんな彼女の待遇については、リュシアン皇子の一存では決められず、本国の皇帝にどうすべきか、相談することになるだろう。
「じゃ、じゃあ、私たちは仲の良い恋人同士……いえ夫婦で亡命したことにして、常に二人で一緒にいたいで押し通すわ。それなら、ゼノンが拷問されることは防げるし、リュシアン皇子は私たちを二人を同時に尋問する筈よ」
ヴァレリアは顔を赤らめてそっぽを向いた。
俺は少し考え込んだ。
その場合は、敵の親衛隊を相手取ることになるだろうが……俺たち二人なら押し切れるだろう。
「うーん、そうだな……王国に絶望して、愛を貫くために二人で帝国へ寝返った悲恋のカップル、という筋書きでいくか?」
「へっ……あ、愛を、貫く……!?」
ヴァレリアは素っ頓狂な声を上げた。
「……あっ、悪い。もしかして、俺とカップルなんて演じるのは、嫌だったか?」
彼女は俺のことを婚約者として認めてくれたけど……それは悲しいかな、男性として好きという意味とは、違うと思う。
ヴァレリアは俺を聖女に代わる救世主にしたいみたいだし、そのために俺を支えたいということだろうな。
こんな、かわいい女の子が俺に惚れるなんてことは多分無い。
彼女いない歴を、前世から今に至るまで更新し続けている俺は、女の子に変な幻想など抱かないのだ。
俺に微笑んでくれた同級生の女子を、きっと俺のことが好きなんだろうと勘違いして、痛い目に遭った苦い思い出がある。
「ヴァレリアに無理に演じてもらって、ボロが出ても不味いしな」
「はぁ……!? い、いいえ! 問題ないわ! ええ、私たちは固い愛を誓った相思相愛の夫婦……今から、そのように振る舞いましょう!」
ヴァレリアはそう言って、俺にピトッと寄り添ってきた。
「ちょ、もしかして、いきなり演技開始か!?」
「そ、そうよ! 敵を欺くにはまず味方かと言うでしょう!?」
さっきは緊急事態だったので、ヴァレリアと抱き合って密着していたが。彼女の方からこんな行動をされると、めちゃめちゃ動揺してしまう。
ヴァレリアは、すごく、かわいいからな……
って、何を考えているんだ俺は。
これはあくまで、敵の城を落とすための演技で、ヴァレリアが俺に本気で惚れている訳じゃないんだぞ。
「……かしこまりました。お二人がそれ程の覚悟であれば、このフェリクス、もはや何も申しません。傭兵団の指揮は、このフェリクスにお任せくださいませ!」
フェリクスが腰を折った。
「それから、夫婦を演じられるということでしたら、寝室は今夜も同じにいたしましょう。メイドたちにも、ゼノン坊ちゃまとヴァレリアお嬢様は深く愛し合っておられるので、愛の営みを邪魔せぬように申し付けておきます」
「ちょっ……」
「そ、そうねフェリクス。よろしく頼むわ」
俺が返事をする前に、ヴァレリアがOKを出してしまった。
「お、お前、本当に良いのか!?」
「当然よ! これで、なにがなんでも帝国軍に勝つのよ!」
「い、いや、愛の営みが、どうのって、愛の営みをするつもりなのか!?」
「えっ!? そっ、それは、ま、まだ、ちょっと早いけど。キ、キスくらいなら、してあげても……」
ヴァレリアは何やら顔を伏せてしまった。
さすがにこれには驚愕だ。
「ちょ、演技でもキスは、駄目だろ!?」
なにしろ、俺の心臓が持たない。
「はぁ!? 私がせっかくキスしてあげても良いって言っているのに、拒否する気なの!? ふ、夫婦なら当然でしょう!?」
「そ、そうかも知れないけど……駄目なモノは駄目だろ!」
俺は大絶叫して、後ろに下がった。
そういうことは、好きな人同士でやるものだ。
確かに俺はヴァレリアのことを、好ましく思い始めている。
だけど、彼女の気持ちを無視するべきじゃない。
同じ寝室で寝るのは、あくまで敵に勝つための演技だ。変な間違いを犯さないように気をつけなくちゃな。
「ちょっと待ちなさいゼノン! 私にここまで言わせておいて、キスしないなんて許せないわ! 帝国軍に勝つのでしょう!?」
ヴァレリアが、逃がすものかと言わんばかりに抱きついてきた。
うわっ!? ちょ、嬉しいけど、こ、これはヤバい!
そんな感じで、キスをせがむ彼女と、取っ組み合いをすることになってしまった。
「素晴らしい! ヴァレリアお嬢様がゼノン坊っちゃまのことをここまで愛しておられるとは! これで、我がグレイヴァン辺境伯家は安泰ですな!」
フェリクスが、何を勘違いしたのか大歓喜していた。
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