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第10話。ヴァレリアはゼノンに恋し、懸命に支える決意をする

【公爵令嬢ヴァレリア視点】

 

 聖女と同じ【癒しの奇跡】を身に宿した少年ゼノン。


 彼はまだ、その力に目覚めたばかりだけど……


 この私──ヴァレリア・アスフォデルが懸命に支えれば、きっと聖女に代わる真の英雄となるわ。


 ゼノン、あなたは自覚が無いかも知れないけど、あなたこそ、私の──いいえ、この王国に住まう民、すべての希望なのよ。


 なぜなら、もし聖女アリシアのような邪悪な存在が救世主と崇められ、権力の座に就いてしまったら、この国は。いえ世界は、お終いになってしまうのだから…… 

 

 私はハロルド殿下に婚約破棄された3日後、グレイヴァン辺境伯領へ向かう道中のことを思い出した。


 そこで、私は聖女アリシアと、彼女に従う謎の集団に襲撃されたのよ。


※※※※※※


──5日前、グレイヴァン辺境伯領に向かう道中。


「姫様、どうか元気を出してくださいませ。帝国軍を撃退すれば、名誉を挽回できましょう」


 馬車内で、私に忠誠を誓う騎士ガウェインが励ましてくれた。

 私は食欲を無くして、ここ2日あまり、何も口にすることができなくなってしまっていた。

 

 私が大罪人となってしまったために、アスフォデル公爵家の名誉は地に落ちた。

 おかげで、お父様は王都守護の大任を解かれてしまったわ。


 帝国が攻めて来ているというのに、これは王国にとって大きな痛手だった。


 お父様は、私とグレイヴァン辺境伯家の長男との縁談を進めると、おっしゃった。


 建前的には、私が帝国軍を倒して名誉を挽回するための取り計らいではあるけれど……


 私を他家に嫁がせることで、『ヴァレリアはもうアスフォデル公爵家の者ではない』と切り捨て、公爵家の名誉を回復しようという冷徹な計算が含まれていることを、私は察していた。


 そうしなければ、お父様が王都守護役に返り咲くことはできないから。


「どうかお食事を召し上がってください。このままではお体に障ります」

「……ええっ、そうね。いつまでも、クヨクヨはしていれないわ」


 お父様は私に、精鋭騎士団シュヴァルツ・リッターでもトップクラスの80名を護衛に付けてくれた。ガウェインはその騎士隊長よ。


 そうだわ。

 決して折れぬ王国の剣として、私は彼らを率い、帝国軍を撃退しなければならない。

 それこそが、お父様の真の望みであり、私に課せられた新たなる使命なのだから。


 ようやく立ち直った私は、ガウェインの差し出してくれたパンを口にしようとした。

 その時……


「……ごふ!?」


 ガウェインが突然、吐血してもたれかかってきた。

 

「ガ、ガウェイン!?」


 何が起きたのか、わからなかった。ガウェインは王国でも最強クラスの騎士。今まで病にかかったことすら無かったというのに。


「姫様、毒です……!」


 馬車に付き従っていたシュヴァルツ・リッターの一人が叫んだ。


「なんですって!?」


 驚いて窓枠から外を見ると、騎士たちが地面に転がって、苦悶の声を上げていた。


「きゃあッ!?」


 次の瞬間、私の馬車は制御を失って、岩に乗り上げて横転した。どうやら御者まで、毒に冒されてしまったようだった。


「ぐう……ッ!?」


 私は全身を強く打ちつけながらも、なんとか馬車から這い出す。

 眼前に広がるのは、見るも無惨な光景だった。


 騎士たちだけなく、他の馬車に乗っていた召使いたちまで、喉をかきむしって苦しんでいる。


「ま、まさか食事に毒を盛られた?」


 私だけ何も口にしていなかったから、助かったというの……?


「アハハハッ! 楽勝ぉおッ! 何が、王国最強の騎士団よ、呆気ないの!」


 その時、お腹を抱えて笑いながら、聖女アリシアが姿を見せた。彼女は覆面で顔を隠した黒衣の集団を付き従えていた。


「な、なぜ、あなたが……ここに?」


 私は激しく混乱した。

 聖女アリシアは、ハロルド殿下に見せていた天使のような顔とは、まったく別の邪悪な顔付きをしていた。


 二面性があることは察していたけど、まさかここまでとは思わなかった。


「はっ? ヴァレリア、なに。まだ生きちゃっているの?」


 アリシアは私の近くに歩み寄ると、私の頭を思い切り踏みつけた。


「あぐッ!?」


 グリグリと足に力を込めながら、聖女が嬉々として語る。


「あは? もしかして、特製の毒入りパンを口にしなかった? あんたところの召使いを買収してやらせたのに、ざんねーん!」

 

 あまりのことに、怒りで頭が真っ白になった。

 毒を盛って私たちを全滅させたのは、こともあろうに聖女アリシアだったのよ。


「あっ、アリシア、あなた……自分が何をしたのか、わかっているの!?」


 アリシアが鼻で笑ってパチンと指を弾く。


「何って、これから死ぬヴァレリアには関係無いんじゃない?」


 すると、黒衣の男たちが一斉に短剣を取り出した。


「まっ、でも。おもしろいから、教えてあげよっか? ハロルド様にアンデッドをけしかけたのは、この私。全部、この私が王妃になるための自作自演なの!」

「お、王妃にですって? バカなことを。ここで、私たちを殺したら、グレイヴァン辺境伯軍は敗北して、王国は蹂躙されるのよ!」


「アハハハッ! そこに私が【癒しの奇跡】を使って救世主として登場すれば、誰も私が王妃になることに反対しなくなるでしょう? 全部、計算通りって訳よ!」

「ぐはっ……!?」


 アリシアは、這いつくばる私のお腹を蹴り上げた。激痛で、声が出せなくなる。


「王太子の婚約者だったお前は、計画の最大の邪魔者。お前が消えれば、完璧って訳ね」

「き、貴様、姫様から離れろ!」


 息も絶え絶えのガウェインが、馬車から這い出してきた。


「ガウェイン!?」

「あはっ。死に損ないが! これがもしかして騎士道精神って奴ぅ?」


 アリシアは自ら短剣を取り出すと、ガウェインの背中に思い切り突き刺した。


「がぁっ!?」

「アリシア……ッ!」

「そんな怖い目で睨まいでよ。ちょっとしたジョークでしょう?」


 アリシアは何がおかしいのかケラケラと笑った。


「だって、私の【癒しの奇跡】を使えば、助かるんだもの。毒だって、ちょちょいと消せるよ? アハハハッ、最高だよね。他人の命を自由にできる快感はさ! 癖になりそぉおおおッ!」

「こ、これが、【聖女】だと!? こんな、邪悪な娘が……」


 ガウェインは激しい怒りの目で、アリシアを見上げた。


「そうよ。私こそ神に愛された聖女様! この私の【癒しの奇跡】の前には誰もがひれ伏す!」


 アリシアは傲慢に胸を反らす。


「あはっ、そうだ良いことを思いついちゃった。ヴァレリア、あんたが私の靴の裏を舐めたら、あんたの大事なシュヴァルツ・リッターを助けてあげても良いよ?」

「なっ、なんですって……?」


 私は衝撃に打ちのめされた。


「ほら、私の気が変わらないうちにさ。早くしないとみんな死んじゃよ? いいの、それでも? この王国を救いたいんじゃないの? 誇り高き王国の剣、アスフォデル公爵令嬢様ぁああッ!」


 アリシアは天を仰いで大爆笑した。

 たとえ、言うことを聞いても、この娘が約束を守るなんて、思えなかった。


「ぐぅ……!」


 だけど、それでも……ガウェインたちが、このまま死んでいくのを見るのは、あまりに辛く忍びなかった。

 だから、私は屈辱に耐えながらも決断した。


「……わ、わかった、やるわ」

「姫様、なりません……!」


 私は目をギュッと瞑って、アリシアの靴の裏を舐めた。


「この女、ホントに舐めたわ! プライドとか無いの!? というより、やっぱり、私の力が偉大過ぎるのよねぇええッ!」


 アリシアの興奮は最高潮に達したようだった。


「み、みんなを救えるなら、これくらいのことはやるわ。さっ、あなたが殺したいのは、この私だけでしょう? ガウェインたちは助けてあげて頂戴!」


 ガウェインたちだけでも援軍として、グレイヴァン辺境伯家に辿りつくことができれば、帝国軍に勝てる可能性があるわ。


「バカね。守るわけないでしょう、お前との約束なんか。いかれてんの?」


 アリシアは肩を竦めた。


「取りあえず、目の前で家臣を皆殺しにしてやるわ。せいぜい、泣き叫んで私を楽しませてよね、公爵令嬢様ッ!」

「……姫様、こんな邪悪をのさばらせては、なりません。我らをどうか、アンデッドに!」


 必死に叫ぶガウェインに、いくつもの短剣が突き刺さった。


「ガ、ガウェイン……!」


 周りから、悲鳴が響いてくる。見渡すと、まだ息のある騎士たちが、次々に黒衣の集団にトドメを刺されていた。


 その時、死に行くシュヴァルツ・リッターたちの魂の声が、【死霊使い】(ネクロマンサー)である私の心に響いてきた。

 その声は、すべてガウェインと同じことを話していた。


『我らは死してもヴァレリア様をお守りいたします!』

『こんな邪悪に屈しては、なりません!』

『我らの魂は、これからもあなた様と共に!』

『罪無き民を守れるのは、ヴァレリア様をおいて他におられません!』


 私は決断した。


「……わ、わかったわ。みんな!」

「はっ。【死霊使い】(ネクロマンサー)のスキル魔法のことは良く知っているわ。死者のアンデッド化には、それなりの時間が……」


 嘲笑った聖女アリシアの顔が、恐怖に引きつった。

 死んだ筈のガウェインがすぐに起き上がって、剣を叩き込んだからよ。


「そ、そんな、バカな……!」


 ガウェインの剣は、仰け反ったアリシアの鼻先をかすめていた。


「血、血ッ!? 私の美しい顔に傷がぁああッ!?」


 聖女アリシアは激しく動転しながら【癒しの奇跡】で、自分を回復させる。

 アリシアの手下たちが、ガウェインを斬ろうとするも、逆に一撃の元になぎ倒された。


「うぉおおおおおおッ!」


 ガウェインが怒りの咆哮を上げた。

 彼はAランクのアンデッドモンスター、【死霊騎士】(デスナイト)に生まれ変わった。


「死者が力を貸してくれるなら、アンデッド化はすぐに終わるのよ!」


 私はシュヴァルツ・リッターを次々にアンデッド化させて、聖女アリシアに向かわせる。

 彼らはいずれもデスナイト、デミリッチといったAランクのアンデッドモンスターと化していた。


「あ、遊び過ぎた!? 逃げなくては……!」

「逃さない!」


 私は急激な勢いでアンデッドたちに生命力を吸われて、気が遠くなる。


 だけど、聖女アリシアだけは。この娘だけは、今ここで絶対に倒さなくては……! 王国のため、なによりガウェインたちの無念を晴らすためにも!


「きゃあああっ! 私を守れ。守るのよ!」


 アリシアの絶叫が響いた。

 覆面をしたアリシアの手下が、ガウェインたちの前に立ちはだかる。だけど、ガウェインたちは歯牙にもかけずに敵を蹴散らした。


「い、行きなさいガウェイン……!」


 聖女アリシアに向かって振り下ろされたガウェインの剣が、大鎌に弾かれた。


 ガキィイイインッ!


 あと一歩のところで、アリシアの前に大鎌を構えた死神のようなモンスターが現れていた。

 魂を押し潰されるかのような圧倒的な威圧感を感じる。


「あ、あれは、Sランクのアンデッドモンスター、【魂喰い】(ソールイーター)……!?」


 私は思わず息を飲む。


「遅い、遅いわ! 何をやっていたの!? 私を守るのが、お前の役目でしょ!?」

「申し訳ありません。聖女様は不浄なるアンデッドがお嫌いとのことでしたので……」


 奴らのやり取りからして、どうやら敵の【死霊使い】(ネクロマンサー)が手下を寄越したようだった。

 この化け物を操っているのが、おそらくハロルド殿下を暗殺しようとした真犯人。 


 その力量は今年、【死霊使い】(ネクロマンサー)スキルを得たばかりの私よりも、はるかに格上なのが見て取れるわ。

 だけど……


「何者であろうと、私たちの進撃を止めることはできないわ!」


 私はシュヴァルツ・リッターをアリシアに向けて突撃させる。

 王国に仇なす者を、私たちは決しては許しはしない。


「ヴァ、ヴァレリア、この屈辱は絶対に忘れないわ! お前は殺す、確実に殺す! 苦しめて殺す! この私、聖女アリシアこそ、この世界の主役なのよぉおおおッ!」


 アリシアは逃げまどいながら、憎悪にまみれた声を上げた。


※※※※※※


 これが5日前のこと。

 その後、私はシュヴァルツ・リッターにアリシアの追撃を命じたけれど……生命力を失い過ぎて力尽きてしまい、それは叶わなかった。


 意識が朦朧とする中、それでもみんなの遺志を継いで帝国軍を撃退するために、私はグレイヴァン辺境伯領に向かった。


 だけど、私の身体は、無茶な【死霊使い】(ネクロマンサー)のスキル魔法の行使によって、ボロボロになってしまっていた。


 休息を取っても、元々、心臓が弱かったためか、身体が一向に回復しない。力の代償の重さに愕然とした。


 このままでは、何も為せないまま終わる。そんな焦りと絶望に打ちのめされた。


 帝国軍の新兵器の力は、予想以上であることを、私はお父様から知らされていた。

 それに加えて、聖女アリシアが率いる謎の組織が、王国がわざと負けるように暗躍しているのだとしたら、一刻の猶予もない。


 この命に代えても、帝国軍の打倒だけは必ず成し遂げてみせる。聖女アリシアの思い通りには、決してさせない。

 そう決意した私は、辺境で婚約者となるゼノンと出会った。


『ヴァレリアを最前線に連れて行ったら、死ぬ。そんな身体で、まともな戦力になれると思っているのか?』


 最初は身分もわきまえず、なんて無礼な男なのかと思った。

 でも……


『俺はヴァレリアに死んで欲しくない。なぜなら、お前の夫となる男なんだからな!』

『お前は、俺が必ず救ってみせる。だから大人しく明日まで休んでいろ!』


 ここまで、熱い情熱をぶつけられたのは、生まれて初めてだった。

 ゼノンは、聖女に代わって救世主──真の英雄となるべき男というだけではない。


 私を本当に愛してくれる男性だった……

 今まで感じた事のない、胸の高鳴りを私はゼノンに感じた。

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