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異世界転生したら、前世の借金まで引き継がれた件について

作者:
掲載日:2026/02/06



「──お前の借金は、3000ソウルコインだ」


死の淵から目覚めた瞬間、俺の顔面に突きつけられたのは、光り輝く羊皮紙だった。


金色の文字が、まるで呪いのように踊っている。



佐藤ケンジ殿

残債務:3000SC

月利:10%(複利計算)

次回支払期限まで:29日

滞納時ペナルティ:生命力の強制徴収



「……は?」


俺は、確かに死んだはずだ。


ブラック企業で五年間、週六勤務、残業月200時間。

終電を逃して歩いて帰る途中、居眠り運転のトラックに轢かれて。


やっと解放された、と思った。


異世界転生、チートスキル、美少女ハーレム、スローライフ──現実はこんなにも厳しかったのか…


「聞いているのか、債務者」


冷たい声が、俺の妄想を断ち切った。


目の前に立っていたのは、銀髪の美女だった。

白い翼を背負い、スーツのような神官服を纏っている。

美しい。だが、その瞳は氷点下より冷たい。


「私はミカエル。転生銀行債権回収部門、主任取立官だ」


「てんせい……ぎんこう?」


「説明は一度しかしない。よく聞け」


ミカエルは羊皮紙をめくった。

その動作が、前世で見た消費者金融の取り立て屋とまったく同じで、嫌な気分になった。


「佐藤ケンジ。前世において──」


彼女は淡々と読み上げる。


「消費者金融A社より300万円、B社より250万円、C社より250万円。

計800万円の借入。クレジットカードリボ払い残高200万円。

合計1000万円の未返済債務を確認」


「いや、あの、それ──」


「これをソウルコイン換算で1000SC。さらに、転生審査中の三年間で発生した利子が2000SC」


「三年間って何だよ!俺、死んだんだぞ!?」


「死亡は返済の猶予事由にならない。約款第237条に明記されている」


「そんな約款、見たことねえよ!」


「転生を受け入れた時点で、自動的に債務承継契約が成立する。

約款第847条だ、契約書にも書いていただろう?」


ミカエルは、一切の表情を変えずに続けた。


「現在の総債務は3000SC。月利10%。複利計算。

毎月最低300SCの返済が必要だ」


俺の視界の端に、ゲームのようなステータスウィンドウが浮かび上がった。





佐藤ケンジ

レベル:1

HP:100/100

MP:50/50

所持金:0SC

債務:3000SC

信用情報:ブラック




債務の欄が、赤字で点滅している。


「転生特典として、チートスキルを一つ付与する」


新しいウィンドウが開いた。




固有スキル【債務変換デット・コンバージョン】を獲得しました


効果

・現在の債務額に比例してステータスが上昇

・債務額が多いほど強力になる

・返済により債務が減少すると弱体化

・死亡時、スキルは没収され債務は1.5倍に増加




「……要するに…借金が多いほど強くなる、だと?」


「そうだ。ただし返済すれば弱体化する。ジレンマだな」


ミカエルは冷笑した。


「このスキルは担保だ。完済するまで没収はしないが、お前が死亡した場合、スキルは回収され、債務は1.5倍に増額される。

転生ループで永遠に返済し続けることになるということだ」


「ふざけんな!死んだらチャラだろ普通!」


「ソウルコインは魂に刻まれる通貨だ。死は免責事由にならない」


ミカエルは踵を返した。


「月末に取り立てに来る。最低返済額は300SC。払えない場合は──」


彼女の翼が広がった。まるで死神のように。


「HP、経験値、ステータス、寿命。何かで払ってもらう。

最悪の場合、魂ごと差し押さえだ」


光とともに、天使は消えた。


俺は呆然と、見知らぬ草原に立ち尽くしていた。


空は青く、雲一つない。だが空には巨大な月のような惑星が浮かんでいる。

遠くには中世風の城壁都市が見える。絵に描いたようなファンタジー世界。


だが俺の心は、前世と何も変わっていなかった。


「……結局、借金返済かよ」


異世界転生の夢は、一瞬で消え失せた。







一ヶ月後。

俺は冒険者ギルドで、ゴブリン討伐の報酬を受け取っていた。


「お疲れ様。ゴブリン30体討伐で、銅貨150枚ね」


受付嬢はエルフの美人だが、俺にはもう何の感慨もない。


受付嬢が報酬が入った袋を差し出す。


「……ありがとうございます」


ずっしり重い銅貨の袋。これが半月、命がけで戦った成果だ。

この世界の通貨レートは、銅貨10枚=1SCソウルコイン


つまり今月の稼ぎは、たったの15SC。


月末の最低返済額は300SC。


「……無理ゲーすぎるだろ」


机に突っ伏す。


隣で同じく依頼書を眺めていた陽気な戦士風の男冒険者が話しかけてきた。


「おう、兄ちゃん。なんか暗いな。初心者か?」


「まあ、そんなところです」


「転生者だろ?チートスキルとか持ってんじゃねえの?」


この世界では、転生者は珍しくない。

むしろ「チート持ちの英雄候補」として歓迎される。


俺も一応、チートスキルはある。


【債務変換】。借金を力に変えるスキル。


現在の債務3000SCで、ステータスが約30%上昇している。

だからレベル1でもゴブリン程度なら楽勝だ。


だが──


「スキルはあるんですが、事情があって……」


「ああ、わかるわかる!俺も転生したとき、前世の借金引き継がれてさあ」


「え?」


思わず顔を上げた。


「マジで?あんたも?」


「おう。200万くらいだったかな。まあ、もう完済したけど」


「完済!?どうやって!?」


「ん?普通に冒険者やって返したぞ。五年くらいかかったけど」


五年……。

俺の借金は3000SC。この男の十五倍だ。


単純計算で75年かかる。


「…………」


「どうした?」


「いえ、何でも、ありがとうございました…」


絶望的な気分で、俺はギルドを後にした。




夜。安宿の一室で、俺は返済計画を立てていた。


まずは今の状況を紙に書き出す。



現在の債務:3000SC

月利10%(複利)

毎月の利子:300SC

最低返済額:300SC


つまり、元本が一切減らない。

```


これは、前世でリボ払い地獄に陥ったときと全く同じ構造だ。


利子だけを払い続け、元本は永遠に減らない。


「完全に詰んでる……」


高難度クエストに挑めば、もっと稼げるかもしれない。


だが死んだら、債務が1.5倍になる。3000SCが4500SCに膨れ上がる。


リスクを取るべきか、安全策を取るべきか…

どちらを選んでも、未来は暗い。


「……逃げるか?」


一瞬、そう考えた。

この街を出て、どこか遠くへ。

名前を変えて、別人として生きる。


だが、無理だろう。


ソウルコインは魂に刻まれている。

どこに逃げても、ミカエルは見つけ出すだろう。


「完全に、詰んでる…」


その時、宿の下から声が聞こえた。


「聞いたか?負債の魔王の話」


「ああ、借金が1億SCを超えてるって噂の」


「マジかよ。どうやったらそんなに……」


「知らねえよ。でも近づかない方がいいぜ。あいつと関わると、借金が移るらしい」


「今どこにいるんだ?」


「忘却の迷宮。あそこに引きこもってるって」


負債の魔王。


1億SC。


俺は、ベッドから起き上がった。









忘却の迷宮は、街から三日歩いた山奥にあった。


入口には『立入禁止 高リスク債務者生息域』の看板。

冒険者どころか、野生動物すら近づかない。


俺は迷わず足を踏み入れた。


理由は単純だった。


このまま普通に借金を返すのは不可能。

なら、何か別の手段を探すしかない。


1億SCの借金を抱えた存在。そいつなら、何か知っているかもしれない。





迷宮の中は薄暗く、壁には無数の契約書のような文様が刻まれていた。

魔物は出てこない。代わりに、時折、光る文字が浮かび上がる。



現在の債務:3015SC(利子加算)

返済期限まで:23日

推奨行動:速やかな返済



「…うるせえ」


三時間ほど歩いて、最奥の大広間に辿り着いた。


そこに、彼女はいた。

玉座に座る少女。銀色の髪、紅い瞳。

黒いドレスを纏い、頭には小さな角。


魔王らしい威厳のある姿。


だが──


目の下には深い隈。肌は青白く、頬はこけている。

まるで、何ヶ月も寝ていないような。


「……また取り立てか」


少女は疲れた声で言った。


「何度来ても同じだ。私に払う金はない」


「違う」


俺は両手を上げた。


「俺は債務者だ。あんたと同じ」


少女の目が、わずかに見開かれた。


「……債務者が、わざわざここまで?」


「聞きたいことがある」


俺は一歩踏み出した。


「あんた、そもそもどうやって1億SCも借金を背負ったんだ」





少女は玉座から立ち上がり、ゆっくりと俺に近づいた。


近くで見ると、彼女は俺より背が低い。

幼い顔立ちだが、瞳の奥には途方もない疲労が沈んでいた。


「…私はリーゼ。今から大体二百年前に転生した者だ」


「二百年……」


「最初の借金は、たった100SCだった」


リーゼは苦笑した。


「転生したとき、私は何も持っていなかった。

スキルも、装備も、知識も。だから神に祈った。せめて生きていける力をください、と」


「それで?」


「神は答えてくれた。強力なスキルを授けてくれた。ただし、利子付きで」


リーゼの声が沈む。


「そのスキルで冒険者になった。仲間もできた、強くなった…。

でも、返済が追いつかなかった。利子が利子を生んで、気づけば1000SCになっていた」


俺は黙って聞いた。


「仲間が死んだとき、私は彼らの借金を引き継いだ」


「……何で」


「放っておけなかった」


リーゼの目に、涙が浮かんだ。


「死んだら転生ループに入る。

また借金を背負わされて、永遠に苦しみ続ける。そんなの、嫌だった」


「それで、引き継いだのか」


「私には【連帯保証】というスキルがあった。

このスキルは他人の債務を肩代わりできる能力だった」


彼女は両手を見つめた。


「それを繰り返した。この二百年間、ずっと。

苦しんでいる転生者を見つけては、借金を引き受けた」


「何人分だ」


「……覚えていない。大体百人以上だと思う」


リーゼは玉座に戻り、座り込んだ。


「そうしたら、いつの間にか1億SCになっていた。もう現実的に返せる額じゃない。

だから、ここに引きこもっているんだ」


「魔王、って呼ばれてるのは?」


「皮肉だろう?借金を移す怪物だって。

でも私は、誰の借金も移したことがない。ただ引き受けただけなのに」






俺は、その場に座り込んだ。


「……なあ、リーゼ」


「何」


「これ、おかしくないか?」


「今更何を」


「いや、マジで」


俺は拳を握った。


「考えてみろよ。転生するとき、誰も契約内容を説明されてない。

約款とやらも見せられてない。知らないうちにサインさせられて、知らないうちに借金を背負わされて、知らないうちに利子が膨らんでいく」


「それが、このシステムだ」


「だからおかしいんだよ!」


俺は立ち上がった。


「前世で俺は、法律事務所で働いてた。

ブラック企業だったけど、それでも契約関係の知識はある」


「……それで?」


「完全に違法だ。説明義務違反、不当条項、優越的地位の濫用。

どれを取っても、前世なら即アウトだ」


「でも、ここは異世界だ。神の法が全てだ」


「神の法?」


俺は笑った。


「神がやってることは、悪徳金融と全く同じだ。

情報弱者を食い物にする、典型的な詐欺ビジネスだ」


リーゼは黙っていた。


「なあ、リーゼ…俺たち、騙されてるんだよ。最初から」


「……だとしても、どうにもならない」


「どうにかする」


俺はリーゼの手を取った。


「借金を返す必要なんてない。そもそも契約自体が無効なんだ。

俺たちがやるべきは、このシステムをぶっ壊すことだ」


リーゼの目に、わずかな光が宿った。

二百年間、諦めていた光だ。


「……できると思う?」


「できるかどうかじゃない。やるんだよ」


俺はニヤリと笑った。


「俺は前世で、借金取りから何度も逃げた。

でも今回は逃げない。真正面から、潰しに行く」






転生銀行本部。

それは、天空に浮かぶ巨大な建造物だった。


白い大理石で造られた神殿のような外観。

無数の天使たちが飛び交い、光の柱が地上と天を繋いでいる。


「あそこに、全ての契約書の原本がある」


リーゼが指差した。


「原本を破壊すれば、転生者全員の契約が無効になる。理論上は」


「理論上、ね」


「実際にやった者はいない。天使の軍勢に阻まれて、誰一人として辿り着けなかった」


俺は空を見上げた。


「行くぞ」


「本気?」


「当たり前だ」





光の柱を駆け上がる。


最初の関門は、下級天使の部隊だった。

数は五十。全員が光の槍を構えている。


「債務者だ!排除しろ!」


槍が降り注ぐ。


俺は【債務変換】を起動した。



・現在の債務:3030SC(利子累積)・

・ステータス補正:+303%・



身体能力が跳ね上がる。

視界がクリアになり、敵の動きがスローモーションに見える。


光の槍を紙一重で躱し、天使の懐に飛び込む。


「おらぁ!」


拳が天使の腹にめり込んだ。

光の粒子となって消滅する。


「一体!」


続けて二体、三体。


だが、キリがない。

倒しても倒しても、新しい天使が湧いてくる。


「ケンジ、下がって!」


リーゼの声が響いた。


彼女が両手を広げる。




・スキル【無限債務】発動・



黒い霧が広がった。天使たちの動きが止まる。


「な、何だこれは……!」


「私の借金を、お前たちに分け与えた。

一体につき1000SC。さあ、返済できるか?」


リーゼの目が鋭く光る。


天使たちが悲鳴を上げた。

光の体が歪み、崩れていく。


「ば、馬鹿な……我々は神の使いだぞ……!」


「神の使いでも、借金からは逃げられない。それがこのシステムのルールだろう?」


皮肉だった。

神が作ったルールで、神の使いを倒す。




中級天使の部隊が現れた。数は百。さっきより強い。


「リーゼ、俺に借金を移せ!」


「え?」


「【連帯保証】だ!あんたの借金、一部でいい。俺に移してくれ!」


「そんなことしたら、あなたは──」


「いいから!」


リーゼは迷ったが、頷いた。



・スキル【連帯保証】発動・

債務者リーゼの債務10000SCを、債務者佐藤ケンジに移転



俺の視界に、数字が跳ね上がった。



・現在の債務:13030SC・

・ステータス補正:+1303%・



「───っ!」


力が溢れる。身体が軽い。

まるで、重力が消えたみたいだ。


「すげえ……!」


俺は天使の群れに突っ込んだ。


拳が光速で振るえる。

一撃で五体まとめて吹き飛ばす。


「借金万歳!」





銀行本部の最上階。

契約保管庫の前に、彼女は立っていた。


ミカエル。


銀髪の天使は、無表情のまま俺たちを見下ろした。


「来ると思っていた」


その手には、光り輝く鎖が握られている。


「債務者佐藤ケンジ。債務者リーゼ。

お前たちの行為は、重大な契約違反だ。即時の強制執行を宣言する」


鎖が伸びた。


あまりに早い。避けることはできず、俺の首に巻きつく。


「ぐっ……!」



・スキル【契約の鎖】発動・

対象の行動を制限します



息ができない。身体が動かない。


「逆らうな。お前たちに勝ち目はない」


ミカエルが近づいてくる。


「借金は返済するものだ。それが契約だ、契約は絶対だ。

神との約束を破ることは、存在の否定に等しい」


「黙れ……!」


俺は必死に抵抗した。


「お前らの契約なんて、最初から無効なんだよ……!

説明義務違反、不当条項、優越的地位の濫用……どれを取っても違法だ……!」


「違法?」


ミカエルが冷笑した。


「神の法に、違法などない」


「じゃあ聞くが──」


俺は歯を食いしばった。


「お前自身は、どうなんだ」


ミカエルの動きが止まった。


「…お前も借金を背負ってるんだろう、神に」


沈黙が流れた。


「……何を根拠に」


「勘だよ」


俺はミカエルの目を見た。


「でも当たってるだろ。お前の目、俺と同じだ。追い詰められた人間の目だ。

縛られて、逃げられなくて、それでも生きていくしかない人間の目だ」


ミカエルの手が震えた。

鎖が、わずかに緩んだ。


「お前は……何を……」


「なあ、ミカエル」


俺は立ち上がった。


鎖はまだ首に巻きついている。

でも、もう締め付けられていない。


「お前だって被害者なんだろ。神に利用されてるだけなんだろ。

だったら、一緒に戦えよ」


「馬鹿を言うな……!」


ミカエルが叫んだ。


「私は神に仕える者だ!契約に従うことが、私の存在意義だ!

それを否定されたら、私は……私は……!」


「自分の存在意義なんて、自分で決めろよ」




その声に、ミカエルが動きを止めた。


「誰かに与えられた意味なんて、意味じゃない。

自分で選んで、自分で決めて、自分で背負う。それが本当の生き方だ」


「でも……私には……」


「お前には、選ぶ権利がある」


俺は鎖を引きちぎった。



・ステータス補正+1303%により、拘束解除・



「神に従うのも自由。俺たちと戦うのも自由。

でも、神の奴隷として生きるのも、自由になるのも──お前が選べ」


ミカエルは震えていた。


「私に……選ぶ権利が……」


「ああ」


俺は手を差し伸べた。


「お前はどうしたい?このまま取り立て屋として生きたいか?それとも──」


ミカエルの目から、一筋の涙が流れた。


「私は……」


彼女の声が震える。


「私も、自由になりたい……」


その瞬間、ミカエルの体を包んでいた光が揺らいだ。

契約の鎖が消える。翼が小さくなる。


「私の借金は……5000SC。

神への忠誠と引き換えに、取り立ての仕事を強制されていた」


ミカエルは俯いた。


「でも、もう嫌だった。人を苦しめるのも、自分が縛られているのも」


「なら、決まりだな」


俺は笑った。


「一緒に行こう。このクソみたいなシステム、ぶっ壊しに」


ミカエルは顔を上げた。


そして、初めて微笑んだ。


「……ああ」




三人で、契約保管庫の扉を開いた。


中には、無数の羊皮紙が浮かんでいた。

転生者たちの契約書。何万、何十万という魂の束縛。


「リーゼ、最後の頼みがある」


「何?」


「お前の借金……残り全部、俺に移してくれ」


リーゼが目を見開いた。


「正気?1億SC近くあるのよ?」


「【債務変換】は借金が多いほど強くなる。なら、限界まで増やしてやる」


「そんなことしたら、あなたは……!」


「いいから、やれ」


俺は笑った。


「どうせ、これから全部チャラにするんだ。問題ない」


リーゼは迷ったが、俺の目を見て頷いた。



・スキル【連帯保証】発動・

債務者リーゼの残債務90000SCを、債務者佐藤ケンジに移転



俺の視界が、真っ赤に染まった。



・現在の債務:103030SC・

・ステータス補正:+10303000%・


警告:システム許容範囲超過

警告:債務計算オーバーフロー

警告:契約処理限界突破

エラー:数値が大きすぎます



身体が燃えるように熱い。

力が、制御できないほど溢れ出す。


「は、ははっ……!」


俺は笑った。


「すげえ……!こんな力、初めてだ……!」


周囲の空間が歪む。

重力が狂う。現実そのものが俺の力に耐えきれていない。


「ケンジ!大丈夫!?」


「大丈夫だ!むしろ最高!」


俺は契約保管庫に手を伸ばした。

無数の羊皮紙が、俺の手に引き寄せられる。


「なあ、ミカエル。契約ってのは、双方の合意で成り立つもんだ」


「……ああ」


「でも俺たちは合意してない。説明も受けてない。

知らないうちにサインさせられただけだ」



「だから、この契約は最初から無効だ。無効な契約に、従う義務はない!」


俺は羊皮紙を握りしめ、魔力で握り潰した。



その瞬間、白い光が、銀行本部全体を包み込んだ。


契約書が一枚一枚、塵となって消えていく。



エラー:契約データ破損

エラー:債務計算不能

エラー:システム整合性喪失




・全データを削除します・

・転生銀行システムを停止します・


周囲からたくさんの悲鳴が聞こえた。


天使たちの悲鳴だ。光の体が揺らぎ、形を失っていく。


でも、それは苦痛の悲鳴じゃなかった。


解放の、叫びだった。


「自由だ……!」


「借金が消えた……!」


「もう、誰の命令も聞かなくていい……!」


天使たちは光の粒子となって消えていった。

だが、その顔には笑顔があった。


「これは……」


ミカエルが呆然と呟いた。

彼女の手から、最後の鎖が消えていた。


「私の、借金が……」


ミカエルの目から、涙が流れた。


「消えた……本当に、消えた……!」


彼女はその場に膝をついた。


「五百年……五百年間、この鎖に縛られてきた……」


「五百年?」


「私も、転生者だったの。でも借金が返せなくて、神に取り入った。

取り立ての仕事をすれば免除すると言われて……それから、ずっと……」


ミカエルは顔を覆った。


「ごめんなさい……ごめんなさい……!私、たくさんの人を苦しめた……!」


「謝るな」


俺は彼女の肩に手を置いた。


「お前も被害者だ。悪いのは、このシステムを作った神だ」






空を見上げた。

光の柱が消えていく。天空の神殿が崩れていく。


二百年以上続いた、魂の搾取システムが、終わりを迎えていた。


「終わった……のか……?」


リーゼが俺の隣に立った。


彼女の顔から、隈が消えていた。

頬に血色が戻り、瞳に光が宿っている。


二百年ぶりの、本当の笑顔だった。


「ケンジ、見て」


リーゼが俺の視界を指差した。



・現在の債務:0SC・


スキル【債務変換】を解除します

ステータス補正:0%



力が抜けていく。

足がもつれて、俺は膝をついた。


「あ、あれ……」


立てない。体が重い。

さっきまでの超人的な力が、嘘のように消えている。


「スキルが、なくなった……」


当然だった。


【債務変換】は借金を力に変えるスキル。

借金がなくなれば、スキルも消える。


俺は今、完全な一般人だ。


レベル1。ステータスは最低。戦闘能力ゼロ。


「……ははっ」


俺は笑った。


「弱っ。俺、めちゃくちゃ弱いな」


「大丈夫?」


リーゼが心配そうに覗き込む。


「大丈夫。むしろ、いい気分だ」


俺は空を見た。


崩れていく神殿の向こうに、青い空が広がっている。

雲一つない、澄んだ空だ。


「なあ、リーゼ」


「何?」


「自由って、こういうことなんだな」


力はない。スキルもない。

特別な能力は何一つない。


でも、借金もない。束縛もない。

誰かに従う義務もない。


俺は今、本当の意味で自由だ。

地上に戻ると、世界が変わり始めていた。




・世界システムメッセージ・


転生銀行システムが停止しました

全転生者の債務契約が無効化されました

新しい転生システムを構築中です。




街では、転生者たちが歓声を上げていた。


「借金が消えた!」


「自由だ!」


「もう、取り立てに怯えなくていい!」


だが、混乱もあった。


「これからどうすればいいんだ?」


「システムがないと、何をすればいいか分からない……」


「誰か、指示を……!」


自由を喜ぶ者もいれば、自由を恐れる者もいる。

それが、現実だ。


「ケンジ」


ミカエルが俺に歩み寄った。


「私、これからどうすればいい」


その目に、迷いがあった。


「神に仕えることしか知らない。

契約に従うことしか知らない。それがなくなったら、私は……」


「知らねえよ」


俺は肩をすくめた。


「自分で考えろ。自分で決めろ。それが自由ってもんだ」


ミカエルは目を丸くした。


そして、小さく笑った。


「……そうか。そうだな」


彼女は空を見上げた。


「自由、か。悪くない響きだ」




三ヶ月後。

俺は、小さな村の酒場で働いていた。


皿洗いと掃除が主な仕事だ。

給料は安いが、住み込みで三食付き。贅沢は言えない。


「ケンジー、お客さんよー」


店主の声で、俺は手を拭いて店先に出た。


「いらっしゃ……」


その来客の姿を見ると、言葉が止まった。


リーゼが立っていた。


黒いドレスではなく、白いワンピースを着ている。

髪は結い上げられ、頬には健康的な赤みが差している。


「久しぶり」


「ああ、久しぶり」


俺たちは向かい合って座った。


「元気そうだな」


「あなたこそ。皿洗い、似合ってる」


「うるせえ」


二人で笑った。


「世界、変わったね」


リーゼがエールを一口飲んだ。


「転生システムが再構築されて、今は『自由転生』って呼ばれてる。

借金なし、強制なし。本当に異世界で生きたい人だけが来る」


「いいことじゃないか」


「でも、混乱もあった」


リーゼは窓の外を見た。


「自由を手に入れた人たちの中には、何をすればいいか分からなくて立ち尽くす人もいた。

システムに従っていた方が楽だったって言う人も」


「……そうだろうな」


俺も頷いた。


「自由には責任が伴う。

自分で考え、自分で決め、自分で責任を取る。それは、楽じゃない」


「でも」


リーゼは俺を見た。


「それでも、自由の方がいい」


「ああ」


俺は笑った。


「借金に縛られて生きるより、自分で選んで生きる方がいい。

たとえ失敗しても、それは自分の選択だから」


沈黙が流れた。

心地よい沈黙だ。


「ねえ、ケンジ」


「何だ」


「後悔してない?力を失ったこと」


俺は考えた。


正直、不便だ。冒険者として活躍することもできない。

魔物に襲われたら一巻の終わりだ。


前世と同じ、何の取り柄もない一般人。


でも。


「してねえよ」


俺は笑った。


「力なんて、なくていい。借金もない、束縛もない。

誰にも命令されない。それだけで十分だ」


リーゼは微笑んだ。


「私も、同じ気持ち」


彼女は窓の外を見た。


「二百年間、ずっと誰かの借金を背負ってきた。

重くて、苦しくて、でも誰かを助けられるならって思ってた」


「立派だよ、それは」


「ううん、間違ってた」


リーゼは首を振った。


「本当に誰かを助けたいなら、システムそのものを壊すべきだった。

でも私は、逃げてた。戦うのが怖くて、受け入れることで満足してた」


「それは──」


「あなたが教えてくれた。逃げなくていいって、戦っていいって、自由になっていいって」


リーゼの目が、真っ直ぐ俺を見た。


「ありがとう、ケンジ。あなたのおかげで、私は本当の意味で自由になれた」


俺は頭を掻いた。


「大げさだろ。俺は自分のために戦っただけだ」


「それでいいの。自分のために戦って、結果として誰かを救えた。

それが一番美しい形だと思う」




その時、酒場のドアが開いた。

入ってきたのは、ミカエルだった。


銀髪は短く切られ、神官服ではなく旅人の服を着ている。


「やあ、二人とも」


彼女は俺たちのテーブルに座った。


「ミカエル!どうしてた?」


「旅をしてたの。この三ヶ月、色んな場所を回って、色んな人に会った」


ミカエルは嬉しそうに笑った。


「初めてだった。自分の意志で行きたい場所を選んで、会いたい人に会うなんて」


「楽しかった?」


「楽しかった。それと……」


ミカエルは少し照れくさそうに言った。


「ごめんなさい、って謝って回った。私が取り立てた人たちに」


「……そっか」


「みんな、許してくれた。『あなたも被害者だったんだね』って…。

それが嬉しくて、でも申し訳なくて」


ミカエルの目に、涙が浮かんだ。


「私、五百年間、ずっと間違ってた。でも、やり直せるんだね」


「ああ」


俺は頷いた。


「人生、何度でもやり直せる。それが自由ってもんだ」




三人でエールを飲んだ。


窓の外では、夕日が沈もうとしていた。

オレンジ色の光が、村全体を染めている。


平和だった。

穏やかで、静かで、何も特別なことはない日常だった。


でも、それがいい。


「なあ、お前ら」


俺は二人を見た。


「これから、どうする?」


リーゼは少し考えて、答えた。


「わからない。でも、それでいいと思う」


「明日のことは、明日考える。今は、今を生きる」


ミカエルが続けた。


「それが自由ってことでしょ?」


「ああ、そうだな」


俺は笑った。


「じゃあ、また来いよ。暇なときに」


「うん、また来る」


「私も」




二人が帰った後、俺は一人、カウンターで残ったエールを飲んだ。

店主が声をかけてきた。


「ケンジ、あの二人、彼女か?」


「違う。仲間だ」


「仲間ねえ」


店主は意味ありげに笑った。


「まあ、いい仲間を持ったな」


「……ああ」


俺は頷いた。


本当に、いい仲間だ。

借金という地獄を共に戦い、自由を勝ち取った仲間。


力はない、金もない。特別な能力も何もない。


でも、それでいい。


「なあ、店主」


「何だ?」


「自由って、いいもんだな」


「は?何を急に」


「いや、なんとなく」


俺は空になったジョッキを置いた。

窓の外では、星が瞬き始めていた。






それから一年。


世界は、完全に変わった。

転生システムは再構築され、「自由転生」として生まれ変わった。


借金なし、強制もなし。本当に異世界で生きたい人だけが来る。


チートスキルも、希望者には無償で付与される。


神の支配は終わり、人々は自分の意志で生きるようになった。


もちろん、混乱もあった。


自由を持て余す者、責任から逃げる者、システムの復活を望む者。


でも、それでいい。自由とは、そういうものだ。


正解なんてない。

自分で選び、自分で責任を取る。それだけだ。




俺は今、小さな村で平凡に暮らしている。


酒場の皿洗いを続けながら、時々畑仕事を手伝う。

給料は安いが、借金はない。


誰にも命令されない、誰にも縛られない。


それだけで、幸せだ。



リーゼは、孤児院を開いたらしい。


転生者の中には、家族を失った子供も多い。

彼女はその子たちを引き取り、育てている。


「私が二百年かけて学んだことを、この子たちに教えたい」


そう言って、彼女は笑う。



ミカエルは、旅を続けている。

かつて自分が苦しめた人々を訪ね歩き、謝罪と償いをしている。


「まだ半分も回れてないの。でも、それでいい。これが私の選んだ道だから」


彼女も、笑顔だ。




ある日、俺は村の丘に登った。

そこから見える景色は、美しかった。


青い空。緑の平原。遠くに見える山々。


何も特別じゃない。ただの、平凡な景色。


でも、俺にとっては最高の景色だ。

なぜなら、この景色を見ているのは、自由な俺だから。


借金に縛られていない。システムに支配されていない。神の奴隷じゃない。


ただの、一人の人間として生きている。


「……ありがとうな」


誰に向けてでもなく、呟いた。


リーゼに。ミカエルに。

そして、戦い抜いた自分自身に。


風が吹いた。心地よい風だ。

この風も、自由だ。


誰にも縛られず、ただ吹きたい方向に吹いている。


「俺も、そうだ」


俺は笑った。



丘を降りて、村に戻る。


酒場の仕事が待っている。

皿洗いと掃除。地味で、平凡で、特別じゃない仕事。


でも、それでいい。


これは、俺が選んだ人生だ。

誰かに与えられた人生じゃない。


自分で選んだ、自分の人生だ。


酒場のドアを開ける。


「おかえり、ケンジ」


店主が笑顔で迎えてくれる。


「ただいま」


俺も笑顔で答えた。


そして、エプロンをつけて、仕事を始める。

平凡な、でも自由な、一日が始まる。



【完】

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