表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
大工×異世界転生_墨壺と異世界~追放された底辺大工、神の指金(さしがね)で王国を建てる~  作者: もしものべりすと


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

5/22

第5章 防壁の夜

魔獣の襲撃から三日が過ぎた。


匠は、朝から晩まで働き続けていた。


まず、防壁の本格的な強化。


急造の木柵は、魔獣の一撃に耐えたとはいえ、次の襲撃には持たない。匠は、鉄樹の材木を使って、本格的な防壁の建設を開始した。


高さ三メートル、厚さ三十センチ。村の北側を半円状に囲む、全長五十メートルの防壁。


一人では、何ヶ月もかかる工事だ。だが、村人たちが手伝ってくれた。


ボルクは、力仕事を担当した。重い材木を運び、杭を打ち込む。兵士としての体力が、ここで役に立った。


リーネは、全体の調整役を務めた。材料の手配、人員の配置、食事の準備。匠が作業に集中できるように、周囲を整えた。


子供たちも、できることを手伝った。小さな木片を運んだり、道具を渡したり。最年少のミラ——六歳の少女——でさえ、水を汲んで運ぶ仕事をした。


老人たちは、経験を活かした。元木こりのゴードンは、木材の選別を担当した。元石工のベルタは、石材の加工を手伝った。


「お前の指示は、分かりやすい」


ゴードンが、鉄樹の丸太を転がしながら言った。


「若い頃、何人もの棟梁の下で働いたが——お前ほど的確な指示を出す奴は、見たことがない」


「そうか」


匠は、短く答えた。


「『指金』のおかげだ」


「指金?」


「俺の——道具だ」


匠は、腰の道具袋に手を当てた。


「神匠の指金」は、常に匠の傍にあった。発動させるたびに、建物の構造が「見える」。強度、欠陥、最適な補強方法——全てが、匠の目に映る。


だが、それだけでは不十分だった。


「見える」だけでは、建物は建たない。実際に手を動かし、木を削り、釘を打ち、組み上げなければならない。


そこには、三十年近い大工人生で培った技術が必要だった。


異世界の木材は、日本のそれとは違う。繊維の流れ、硬さ、粘り——全てが異なる。「指金」は最適解を示してくれるが、それを実現するのは、匠自身の腕だった。


毎日が、試行錯誤の連続だった。


この木材には、このノミの角度が最適だ。この石材には、この力加減が必要だ。このジョイントには、この仕口が合う。


一つ一つ、身体で覚えていく。


異世界の大工として、生まれ変わっていく。


防壁の建設が半分ほど進んだ頃、村に来客があった。


「——王国の役人だそうだ」


リーネが、匠のところに駆け込んできた。


「役人?」


「ああ。馬車で来た。三人組。護衛の兵士も数名連れている」


匠は、作業の手を止めた。


王国の役人。それが何を意味するのか、匠にはまだ分からなかった。


村の入り口に向かうと、確かに馬車が停まっていた。


馬車から降りてきたのは、三人の男女だった。


先頭に立つのは、五十代くらいの男。灰色の髪、厳しい目つき、仕立ての良い服。官僚といった風情だ。


その後ろに、三十代くらいの女。眼鏡をかけ、手に羊皮紙の束を抱えている。秘書か何かだろう。


最後に、二十代前半の若い男。金髪碧眼、端正な顔立ち。貴族の子弟といった雰囲気だ。


「私は、王国内務省のヴェルナー伯爵だ」


五十代の男が、名乗った。


「三日前、この村から救援の使者が来た。それで、視察に参った」


救援の使者。匠が来る前に、リーネが近隣の村へ送った者のことだろう。


「視察……ですか」


リーネが、緊張した面持ちで訊いた。


「そうだ。魔王軍の被害状況を確認し、王都に報告する。それが私の役目だ」


ヴェルナー伯爵は、村を見回した。


彼の目が、建設中の防壁で止まった。


「……これは」


伯爵の眉が、かすかに動いた。


「お前たちが、作ったのか?」


「はい」


リーネが答えた。


「この村に来た旅人が——彼が、設計と指揮を」


リーネは、匠を指差した。


伯爵の視線が、匠に向けられた。


「……お前か」


「ええ」


匠は、短く答えた。


伯爵は、匠を上から下まで見た。汚れた作業着、日に焼けた肌、節くれ立った手。どう見ても、貴族や学者ではない。労働者の姿だ。


「名は?」


「黒田匠」


「クロダ・タクミ? 変わった名だな。どこの出身だ?」


「遠い国です。この王国には、初めて来ました」


嘘ではない。事実の一部だけを言っているだけだ。


伯爵は、しばらく匠を見ていた。


「……案内しろ。この防壁を、詳しく見たい」


匠は、伯爵たちを防壁の建設現場に案内した。


伯爵は、無言で防壁を観察していた。支柱の配置、筋交いの入れ方、板材の重ね方——一つ一つを、鋭い目で見ている。


「……鉄樹を使っているのか」


「はい。この森に、一本だけ生えていました」


「鉄樹の加工には、魔導師の炎が必要だと聞いていたが」


「ノミと槌でも、できます。時間はかかりますが」


伯爵の眉が、また動いた。


「お前、大工か?」


「はい」


「どこで修業した?」


「……遠い国で。父親の下で」


伯爵は、防壁に手を触れた。


「この構造……見たことがない。王都の建築士ギルドでも、このような設計は使っていない」


「俺の国の、伝統的なやり方です」


嘘ではない。日本の木造建築の技術を、この世界に応用しているだけだ。


「ふむ……」


伯爵は、何かを考えているようだった。


やがて、彼は振り向いた。


「クロダ・タクミ。王都に来る気はないか?」


「王都?」


「ああ。お前の技術に興味がある。詳しく話を聞きたい」


匠は、リーネを見た。


リーネは、複雑な表情をしていた。匠に王都へ行ってほしくない、という気持ちと、匠の技術がより広く認められるべきだ、という気持ちが、せめぎ合っているようだった。


「……この村の防壁が、完成してからでいいですか」


匠は、伯爵に訊いた。


「どれくらいかかる?」


「あと十日から二週間」


伯爵は、頷いた。


「分かった。完成したら、使者を送る。それまでに、準備をしておけ」


伯爵たちは、馬車に乗り込んだ。


馬車が走り去った後、リーネが匠の隣に立った。


「……行くのか?」


「分からない。だが——」


匠は、防壁を見上げた。


「——この村を、まず完成させる。それが先だ」


リーネは、少しだけ微笑んだ。


「お前らしいな」


「そうか?」


「ああ。目の前の仕事を、一つ一つ片付けていく。それが、お前のやり方だ」


匠は、道具を手に取った。


「……まあな。それしか、できないから」


それから十日。


匠は、防壁の建設を続けた。


日が昇ると同時に作業を始め、日が沈んでも、月明かりの下で作業を続けた。


腰が痛い。肩が痛い。指先が痺れている。


だが、手は止めなかった。


一本一本、丁寧に。


最後の一枚の板を打ちつけた時、夜空には無数の星が輝いていた。


「……できた」


匠は、完成した防壁を見上げた。


高さ三メートル、全長五十メートル。鉄樹の材木で組まれた、頑丈な構造。魔獣の突進にも耐えられる設計だ。


「見事だ」


ボルクが、隣で呟いた。


「三日前に来た魔獣の群れなど、この壁があれば楽勝だ」


「……そうだな」


匠は、防壁に手を触れた。


木の肌触りが、手のひらに伝わる。


俺が建てた。


俺の手で、建てた。


その実感が、胸の奥で温かく広がった。


「タクミ」


リーネの声が、背後から聞こえた。


振り返ると、リーネが立っていた。


その後ろには、村人たち全員が集まっている。


「村人を代表して、礼を言いたい」


リーネは、真っ直ぐに匠を見た。


「お前のおかげで、私たちは生き延びた。雨風をしのげる場所ができた。魔獣から身を守る壁ができた。井戸も、貯蔵庫も、全て——お前が作ってくれた」


「俺は——」


「礼を言うな、と言いたいのだろう。だが、言わせてくれ」


リーネは、深く頭を下げた。


村人たちも、一斉に頭を下げた。


「ありがとう、タクミ」


匠は、何と答えていいか分からなかった。


感謝されることに、慣れていない。


日本では——現実世界では——こんなふうに感謝されたことは、一度もなかった。


いつも、「遅い」「高い」「もっと効率よくやれ」と言われるばかりだった。


「……ありがとうは、俺の方だ」


匠は、ぎこちなく言った。


「俺に、仕事をくれて。手伝ってくれて。俺は——俺一人では、何もできなかった」


リーネは、頭を上げた。


「お前は、本当に変わった奴だな」


「何度目だ、それ」


「何度でも言う」


リーネの口元に、笑みが浮かんだ。


「だって、本当のことだから」


匠も、少しだけ笑った。


その時——


村の外から、馬の蹄の音が聞こえた。


「使者だ」


ボルクが、目を細めた。


「王都からの、迎えだろう」


匠は、防壁の外を見た。


確かに、馬に乗った兵士が数名、こちらに向かってきている。


「……来たか」


匠は、道具袋を肩にかけた。


「リーネ。この村を、頼んだぞ」


「待て」


リーネが、匠の腕を掴んだ。


「私も行く」


「お前が?」


「ああ。この村には、もう私がいなくても大丈夫だ。ゴードンたちが面倒を見てくれる」


リーネは、匠の目を見た。


「私は——お前の傍にいたい。お前の仕事を、見ていたい」


匠は、しばらくリーネを見ていた。


そして——


「分かった」


短く、答えた。


「一緒に来い」


リーネの顔に、笑みが浮かんだ。


「ありがとう」


「だから、礼は——」


「分かってる。仕事が終わってからだろ」


匠も、少しだけ笑った。


使者たちが、村の入り口に到着した。


匠は、防壁を振り返った。


自分が建てた壁。自分が守った村。


「……また、来る」


匠は、呟いた。


「この村を、もっと良くするために」


そして、匠は歩き出した。


王都へ向かって。


新しい仕事へ向かって。


腰には、墨壺と差し金。


親父の形見と、神から授かった力。


一本一本、丁寧に。


それが、黒田匠の、生きる道だった。


第二部 王都への道

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ