第18章 匠、倒れる
坑道戦から二日後。
匠の身体は、限界だった。
連日の激務。不眠不休の作業。精神的な緊張。
全てが、匠の身体を蝕んでいた。
「師匠、休んでください」
リーネが、何度も言った。
「大丈夫だ」
匠は、その都度、同じ答えを返した。
だが——大丈夫ではなかった。
三日目の朝。
匠は、城壁の上で意識を失った。
「師匠——!」
ガルドの叫び声を最後に、匠の世界は闘に沈んだ。
目を覚ましたのは、三日後だった。
「……ここは」
天井が見える。石造りの壁。窓から差し込む光。
「目が覚めたか」
リーネの声。
匠は、ゆっくりと首を動かした。
リーネが、傍に座っていた。目の下に、濃い隈ができている。
「お前……寝てないのか」
「お前に言われたくない」
リーネは、疲れた笑みを浮かべた。
「三日間、ずっと看病していた。心配したんだぞ」
「……三日」
匠は、飛び起きようとした。
だが、身体が動かなかった。
「動くな」
リーネが、匠の肩を押さえた。
「医者が言っていた。過労と睡眠不足で、身体が限界を超えていたと」
「でも、工事が——」
「工事なら、弟子たちがやっている」
リーネは、窓の外を指差した。
「見ろ」
匠は、目をこらした。
城壁の上で、弟子たちが働いている。
ガルドが、指示を出している。ドルゴが、石を運んでいる。新入りの者たちも、それぞれの持ち場で作業をしている。
「……あいつら」
「お前が教えたんだ」
リーネは、静かに言った。
「お前がいなくても、あいつらは動ける。お前が、そう育てたんだ」
匠は、黙って窓の外を見ていた。
自分がいなくても——工事は進んでいる。
それは——
「嬉しいような、寂しいような」
匠は、呟いた。
「馬鹿」
リーネが、匠の手を取った。
「お前は必要だ。でも、お前がいなくても回る仕組みを作った。それは——偉大なことだ」
「……そうか」
匠は、天井を見上げた。
「俺は——一人でやろうとしすぎた、か」
「そうだ」
「親父も——そうだったな」
匠は、目を閉じた。
父親の顔が、浮かんだ。
「親父は、誰にも任せなかった。全部、自分でやろうとした」
「……」
「だから——倒れた。俺と、同じように」
匠の目から、涙が一筋流れた。
「親父……お前の気持ちが——今なら、分かる」
匠は、さらに三日間、ベッドで過ごした。
その間、弟子たちが交代で見舞いに来た。
「師匠、城壁の補強が完了しました」
ガルドが、報告した。
「東側も、西側も、全部です」
「……そうか。よくやった」
「師匠の図面通りにやりました」
「それでも、お前たちの力だ」
匠は、ガルドを見た。
「お前、立派な大工になったな」
ガルドは、少し照れたように頭を掻いた。
「まだまだです。師匠には、全然かないません」
「いや。お前は——」
匠は、起き上がった。
「——もう、一人前だ」
ガルドの目が、見開かれた。
「師……匠……」
「俺がいなくても、お前は仕事ができる。それが、一人前の証だ」
匠は、ガルドの肩を叩いた。
「これからも、精進しろ。お前には——まだまだ、伸びしろがある」
ガルドは、しばらく言葉が出なかった。
そして——
「はい……師匠」
声が、震えていた。
「俺は……師匠のような大工に、なります」
匠は、微笑んだ。
「期待している」
回復を待つ間、匠はリーネと話をした。
「お前、いつも傍にいてくれたな」
「当たり前だ」
リーネは、匠の隣に座っていた。
「私は——お前を、見捨てない」
「なぜだ」
「なぜ?」
リーネは、少し考えた。
「最初は——お前が、村を救ってくれたから」
「それだけか」
「今は——違う」
リーネは、匠の目を見た。
「お前は——私に、生きる意味をくれた」
「……俺が?」
「ああ。村が焼かれた時、私は——何もできなかった。父も、母も、村人たちも——みんな死んだ。私だけが、生き残った」
リーネの声が、低くなった。
「私は——自分を責めていた。なぜ、自分だけが生き残ったのか。何のために、生きているのか」
「……」
「でも——お前が来て、変わった」
リーネは、窓の外を見た。
「お前が、村を建て直した。お前が、人々を守った。私は——お前の傍で、それを見ていた」
「……」
「私も——何かの役に立てると、思えた。お前の手伝いをすることで、生きている意味があると——」
リーネの目から、涙が流れた。
「だから——お前には、倒れてほしくない。お前には——生きていてほしい」
匠は、しばらく黙っていた。
そして——
リーネの手を、握った。
「……ありがとう」
小さく、呟いた。
「俺も——お前がいなければ、とっくに倒れていた」
「……」
「これからも——一緒に、いてくれ」
リーネは、涙を拭いた。
「馬鹿。言われなくても、いる」
匠は、ほんの少しだけ、笑った。




