第13章 敵襲、その前に
攻城槌の接近を受け、要塞は緊急態勢に入った。
「全員、配置につけ!」
守備隊長の声が、要塞中に響く。
兵士たちが、城壁に駆け上がっていく。弓兵が矢を番え、歩兵が剣を構える。
匠は、城門の前に立っていた。
「指金」で、接近する攻城槌を分析する。
——構造分析:木造フレーム。先端に鉄製の衝角。車輪付きで移動可能。上部に屋根があり、弓矢からの攻撃を防ぐ。推定重量:各台約二トン。衝撃力:甚大。
五台の攻城槌が、城門に向かって進んでいる。
このまま到達されたら、城門は持たない。
「師匠、どうします」
ガルドが、傍に来た。
「城門を強化する」
匠は、即座に答えた。
「今から?」
「ああ。時間はない。でも、やれることはある」
匠は、弟子たちを集めた。
「全員、城門の裏側へ。補強用の木材を持ってこい」
「分かりました!」
弟子たちが、走っていく。
匠は、城門に近づいた。
古い木製の門。厚さは二十センチほど。通常なら十分な強度だが、攻城槌の連続打撃には耐えられない。
「支え柱を立てる」
匠は、城門の裏側に、斜めに柱を立てた。
門が受ける衝撃を、地面に逃がすための構造だ。
「もう一本。そこに」
弟子たちが、次々と柱を運んでくる。
匠は、それを指示通りの位置に配置させていった。
「楔を打て。隙間を埋めろ」
「はい!」
作業は、猛スピードで進んだ。
だが、敵も迫っている。
「攻城槌、五百メートル!」
見張りの声が響く。
「四百メートル!」
「三百メートル!」
「……間に合うか」
匠は、歯を食いしばった。
「あと二本だ! 急げ!」
弟子たちが、最後の柱を運んでくる。
匠は、それを受け取り、所定の位置に立てた。
「楔を——」
その時——
轟音。
城門に、最初の一撃が打ち込まれた。
衝撃が、匠の身体を揺らした。
「くっ——!」
城門が、軋んだ。だが——
「……持った」
門は、まだ立っている。
補強が、間に合ったのだ。
「第二撃、来ます!」
また、轟音。
また、衝撃。
城門が、さらに軋む。だが、崩れない。
「持ちこたえろ……!」
匠は、城門を支える柱に手を当てた。
まるで、自分の身体で門を支えているかのように。
第三撃。第四撃。第五撃。
攻城槌の連続打撃が、城門を叩く。
だが、門は——持ちこたえた。
「……よし」
匠は、安堵の息を漏らした。
その時、城壁の上から声が響いた。
「火矢、放て!」
弓兵たちが、火のついた矢を放った。
矢が、攻城槌の木造フレームに突き刺さる。
炎が、広がっていく。
「燃えている……!」
攻城槌が、火に包まれていく。
帝国兵たちが、慌てて後退を始めた。
五台の攻城槌のうち、三台が炎上。残りの二台も、撤退していく。
「追撃するか?」
守備隊長が、訊いた。
「いや」
匠は、首を振った。
「深追いはするな。今は、守りを固める方が先だ」
「……分かった」
帝国軍は、撤退していった。
要塞には、再び静寂が戻った。
攻城槌の襲撃を退けた後、匠は城門の状態を確認した。
「指金」を発動させる。
——損傷分析:表層に亀裂多数。内部構造にも微細なダメージあり。現状では、次の攻撃に耐えられない可能性が高い。
「……予想通りだな」
補強はしたが、完璧ではなかった。次の攻撃が来たら、城門は持たないかもしれない。
「門を作り直す必要がある」
匠は、守備隊長に報告した。
「作り直す? 今から?」
「ああ。蒼鉄樹を使って、新しい門を作る」
「蒼鉄樹?」
「この前、森で見つけた特殊な木だ。通常の木材の十倍以上の強度がある」
守備隊長は、しばらく考え込んでいた。
「……どれくらい時間がかかる」
「一週間。いや、五日でやる」
「五日……」
「それまでは、今の門を応急処置で持たせる。敵が攻めてこないことを祈るしかない」
守備隊長は、ため息をついた。
「分かった。お前に任せる」
匠は、頷いた。
そして、弟子たちを集めた。
「これから、新しい城門を作る。全員、俺についてこい」
蒼鉄樹の城門製作が始まった。
匠は、以前切り出した蒼鉄樹の材木を使い、門の部材を加工していった。
「まず、枠組みだ。この木を、この形に削る」
「次に、板材。これを、ここに嵌め込む」
「蝶番の位置は、ここだ。金具を取り付けろ」
弟子たちが、匠の指示に従って作業を進める。
「師匠、この木、本当に硬いですね……」
ガルドが、汗を拭いながら言った。
「ああ。だから、丁寧にやれ。急ぐと、刃が欠ける」
「分かりました」
作業は、順調に進んだ。
だが、匠の身体は、限界に近づいていた。
坑道戦からの疲労が、まだ抜けていない。その上に、攻城槌の襲撃、そして今度は城門の製作。
休む暇がなかった。
「師匠、顔色が悪いですよ」
リーネが、心配そうに言った。
「大丈夫だ」
「大丈夫じゃないです。少し休んでください」
「休んでいる暇はない。敵は、いつ攻めてくるか分からない」
「だからこそ、今のうちに休まないと——」
「リーネ」
匠は、彼女の目を見た。
「俺は、大丈夫だ。心配するな」
リーネは、何か言いたそうにしていたが、結局、黙った。
匠は、作業に戻った。
一本一本、丁寧に。
それが、自分にできる、唯一のことだった。
四日目の夜。
城門の組み立てが、ほぼ完了した。
「あとは、蝶番を取り付けて、塗装をすれば……」
匠は、完成間近の城門を見上げた。
蒼鉄樹の青い光沢が、月明かりに照らされて美しく輝いている。
「きれいだ……」
ガルドが、呟いた。
「ただの門じゃない。芸術品みたいだ」
「……芸術じゃない」
匠は、静かに言った。
「これは、人を守るためのものだ。美しいかどうかは、関係ない」
「でも——」
「大切なのは、強度だ。この門が、敵の攻撃を何度も跳ね返す。それが、全てだ」
匠は、門に手を触れた。
冷たい。滑らか。確かな硬さ。
「……頼むぞ」
まるで、生き物に語りかけるように、匠は呟いた。
「この城を、守ってくれ」
翌日——五日目。
新しい城門が、完成した。
古い門を取り外し、新しい門を取り付ける。
「よし……入った」
蝶番が噛み合い、門がぴたりと閉じた。
「動作確認だ」
匠は、門を押した。
滑らかに開く。
引く。
滑らかに閉じる。
「完璧だ」
守備隊長が、感嘆の声を上げた。
「これが、蒼鉄樹の門か……まるで、鉄の塊のようだ」
「鉄より強い」
匠は、言った。
「攻城槌の連続打撃にも、耐えられる」
「本当か?」
「ああ。この門がある限り、敵は正面から城に入れない」
守備隊長は、門を見上げた。
「……お前に頼んで、正解だった」
「まだ終わりじゃない」
匠は、城壁を見た。
「城壁の補強も、まだ半分しか終わっていない。続きをやらないと」
「……お前は、本当に——」
「変わった奴だろ。分かってる」
匠は、少しだけ笑った。
「でも、これが俺の仕事だ。だから——やる」
城門の完成を見届けた後、匠は次の作業に取りかかろうとした。
だが——
「師匠!」
ガルドの叫び声が響いた。
「どうした——」
匠が振り返った瞬間、視界が揺れた。
足元が、ふらついた。
「師匠!」
ガルドが、匠を支えた。
「大丈夫ですか!」
「ああ……ちょっと、目眩が……」
匠は、頭を振った。
だが、目眩は収まらなかった。
むしろ、ひどくなっている。
視界が、暗くなっていく。
「師匠! 師匠!」
ガルドの声が、遠くなっていく。
そして——
匠の意識は、暗闇に沈んだ。




