第12章 異世界の素材
坑道戦から一週間が過ぎた。
帝国軍は、再び沈黙していた。新たな攻撃の兆候は見られない。
だが、匠は油断しなかった。
「補強工事を続ける」
弟子たちに、そう命じた。
「敵が動かない今のうちに、できるだけ城を強くする」
「分かりました、師匠」
作業が再開された。
城壁の修復、地下の補強、見張り台の増設——やるべきことは山ほどあった。
匠は、一つ一つ、丁寧に取り組んでいった。
ある日、匠は近くの森を探索していた。
建材を探すためだ。城壁の補強には、大量の木材が必要だった。
「この辺りに、使えそうな木はないか……」
匠は、森の中を歩いていた。
「指金」を発動させながら、木々を観察する。
——分析:針葉樹。繊維密度:中。強度:標準。建材適性:良。
普通の木だ。使えるが、特別ではない。
「もっと強い木が欲しいな……」
その時、匠の目が、ある木で止まった。
森の奥に、一本の木がそびえていた。
他の木とは、明らかに違う。
幹は、深い青色をしている。樹皮は滑らかで、まるで金属のような光沢がある。高さは二十メートルを超えている。
「……何だ、あれは」
匠は、近づいた。
「指金」が、情報を伝えてくる。
——種別:蒼鉄樹。鉄樹の亜種。繊維密度:極めて高。強度:通常木材の十倍以上。魔力伝導性:あり。加工難易度:極めて困難。
蒼鉄樹。
鉄樹の、さらに上位種。
「こんな木があったのか……」
匠は、木に手を触れた。
冷たい。まるで、本物の金属に触れているようだ。
「これを加工できれば……」
城壁の柱にできる。塔の骨組みにできる。どんな攻撃にも耐えられる、最強の構造物が作れる。
だが——
「加工難易度:極めて困難、か……」
普通の道具では、歯が立たないだろう。鉄樹の加工でさえ、何日もかかった。蒼鉄樹は、その何倍も難しいはずだ。
「でも、やってみる価値はある」
匠は、木を見上げた。
「弟子たちを呼んでくる。この木を、切り出す」
蒼鉄樹の伐採は、予想以上に困難だった。
斧を振るっても、ほとんど傷がつかない。ノミを打ち込んでも、すぐに弾かれる。
「師匠、これは無理ですよ……」
ガルドが、汗だくで言った。
「普通のやり方じゃ、無理だ」
匠は、木を見つめながら言った。
「でも、『指金』を使えば——」
匠は、「指金」を発動させた。
蒼鉄樹の内部構造が、透視される。
——構造分析:繊維配列は螺旋状。通常の木材よりも複雑。しかし、繊維の結合点には、相対的に弱い箇所が存在。その箇所に沿って力を加えれば、分離可能。
「見えた」
匠は、木に近づいた。
「この線に沿って、刃を入れる」
匠は、ノミを当てた。
「指金」が示す、繊維の弱点に沿って。
そして——叩いた。
音がした。
普通の木を切る時とは違う、澄んだ金属音。
「……入った」
ノミが、木に食い込んでいる。
「もう一度」
叩く。また入る。
「三度目」
叩く。
亀裂が、木の表面に走った。
「よし……!」
匠は、作業を続けた。
一打ち、また一打ち。
「指金」が示す弱点を、正確に狙って。
三時間後。
蒼鉄樹は、轟音とともに倒れた。
「……やった」
匠は、倒れた木を見下ろした。
「師匠、すごいです……」
ガルドが、目を輝かせていた。
「普通なら、何日もかかる——いや、普通なら切れない木を、三時間で……」
「『指金』のおかげだ」
匠は、道具を見た。
神から授かった、チート能力。
これがなければ、自分は何もできなかっただろう。
「さあ、加工を始める。この木で、城壁の柱を作る」
蒼鉄樹の加工は、伐採以上に難航した。
木を削り、形を整え、仕口を作る——全ての工程で、通常の何倍もの時間がかかった。
だが、匠は諦めなかった。
「一本一本、丁寧に」
それが、匠の信条だった。
三日後。
蒼鉄樹から、一本の柱が完成した。
長さ三メートル、太さ三十センチ。表面は滑らかで、青い光沢を放っている。
「これを、城壁の補強に使う」
匠は、弟子たちに言った。
「この柱一本で、通常の柱十本分の強度がある」
「すごい……」
弟子たちが、柱を見つめていた。
「師匠、この柱があれば、どんな攻撃にも耐えられますね」
「そうだな。でも、一本じゃ足りない」
匠は、森の方を見た。
「もっと、蒼鉄樹を探す。この要塞を、絶対に崩れない城にする」
蒼鉄樹の探索と加工が続く中、別の発見があった。
「師匠、これを見てください」
石工のヴァルゴが、匠を呼んだ。
「何だ」
「城壁の修復中に、見つけたんです」
ヴァルゴが指し示した先には、奇妙な石があった。
灰色の石材の中に、青白く光る石が埋まっている。
「これは……」
匠は、「指金」を発動させた。
——分析:魔導石。魔力を蓄積・放出する性質を持つ鉱石。建材として使用した場合、構造物に魔法的な強度を付与する可能性あり。
魔導石。
この世界特有の鉱石だ。
「これを使えば……」
匠の頭の中で、新しいアイデアが形成されていく。
蒼鉄樹と、魔導石。
この二つを組み合わせれば——
「……最強の城壁が作れる」
匠は、呟いた。
「師匠?」
「この石を、全部集めろ。城壁の修復に使う」
「分かりました」
弟子たちが、作業に取りかかった。
匠は、新しい設計図を頭の中で描いていた。
蒼鉄樹の柱を骨格に、魔導石を要所に配置した城壁。
物理的な強度と、魔法的な強度を兼ね備えた、究極の防御構造。
「……できる。俺には、できる」
匠の目に、光が宿った。
新しい城壁の設計が始まった。
匠は、羊皮紙に図面を描いていった。
「まず、基礎部分。ここに蒼鉄樹の柱を打ち込む」
「次に、壁面。通常の石材を積み、要所に魔導石を配置する」
「最後に、表層。モルタルで固め、さらに魔導石の粉を混ぜた塗料で覆う」
「これで——」
匠は、完成した図面を見た。
「——どんな攻撃にも耐えられる城壁ができる」
「本当ですか、師匠」
ガルドが、目を丸くした。
「ああ。ただし、工期は長くなる。材料の調達にも、時間がかかる」
「どれくらい?」
「完成までに——」
匠は、計算した。
「——一ヶ月半。いや、二ヶ月か」
「二ヶ月……」
「帝国軍が、それまで待ってくれるとは思えない。だから——」
匠は、図面を指差した。
「——優先順位をつける。最も攻撃を受けやすい北側から、先に完成させる」
「分かりました」
「さあ、作業開始だ」
弟子たちが、散っていく。
匠は、一人で図面を見つめていた。
この城壁が完成すれば、帝国軍の攻撃を跳ね返せる。
だが、それまで——
「……何としてでも、守り抜く」
匠は、拳を握りしめた。
城壁の建設が進む中、匠は「指金」を使って、常に周囲を警戒していた。
帝国軍の動きを、見逃さないように。
そして——
ある夜。
匠は、異変を察知した。
「……何かが、来る」
北の方角。遠く離れた帝国軍の陣地から、何かが動いている。
「指金」の視界を最大限に広げる。
見えた。
巨大な——何か。
攻城塔ではない。もっと低く、もっと長い。
「……攻城槌か」
城門を破壊するための、巨大な破城槌。
それが、複数——五台ほど、こちらに向かっている。
「また、蛭間の仕業か……」
匠は、守備隊長のもとに走った。
「敵襲だ! 攻城槌が来る!」




