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「君を制御するのが僕の役目だ」 闇魔法の天才は、暴走する光を離さない  作者: 雪ノ燈子


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07│闇の王子様、光の王子様 -01-

春の午後、学院の中庭には柔らかな陽光が満ちていた。


湖面を渡る風が花びらを運び、白い回廊の影が芝の上に揺れている。

講義を終えた学生たちの笑い声が遠くで響き、どこか穏やかな時間が流れていた。


――あの「制御の事件」から、一週間が経っていた。

暴走の光も、ざわめく噂もようやく落ち着き、学院の日々は、ゆるやかに平穏を取り戻しつつある。

フィーナとミアは、噴水のそばの木陰に腰を下ろしていた。


膝の上には包みを広げたサンドイッチ。

焼きたてのパンの香りとハーブの香りが混ざり、春の風に溶けていく。


「やっぱり、外で食べると美味しいね。」


ミアが口元をほころばせる。


「そうだね」


穏やかな風が頬を撫で、フィーナはパンをかじりながら湖面のきらめきを見つめた。そのとき、ふいに影が差した。 顔を上げると、予想もしていなかった二人の少年が立っていた。


「ここにいたのか。」


低く静かな声。ルークランが、木漏れ日の中に立っていた。

隣には、光を纏うような笑みを浮かべたクローディオ。


「……アストレイドさん?…ノクティルさんも。」


ミアが少し慌てて立ち上がるが、ルークランは軽く手を上げてそれを制した。


「そんなに構えなくていい。ちょっと話があって。」


クローディオが穏やかに微笑む。


「お昼を邪魔してしまった?」


その声は春風のように穏やかで、空気の緊張をやわらげた。


「い、いえ! どうぞ……座りますか?」


ミアが慌てて敷物を整えると、クローディオは「ありがとう。」と言って腰を下ろした。

光が彼の淡い髪を撫で、金の瞳が柔らかに輝く。


ルークランは隣に立ったまま、少しの間、風を感じるように黙していた。木々のざわめきと湖面の反射が、その沈黙を満たしていく。

沈黙のあと、彼が切り出す。


「セレス。……一緒に制御の練習をしてみないか?」

「えっ?」


フィーナが瞬きをする。

唐突な提案に、胸の奥が少し跳ねた。


「私と……なんて、迷惑ではないですか?」


ルークランはわずかに首を振る。

その表情は真剣で、どこか穏やかだった。


「実は――君の属性について、教授から話があったんだ。“光”の系統だろう、と。それで、俺が一緒に訓練を手伝うよう頼まれた。」


フィーナの瞳が驚きに揺れる。


「教授が……?」

「そう。俺の顔を立てると思って、どうかお願いできないか。……俺にとっても、君との訓練はきっと役に立つと思うんだ。」


その声には押しつけがましさはなく、静かな誠意があった。

フィーナはしばらく迷ったように視線を落とし、それから小さく息を吸って頷く。


「……わかりました。お願いします。」


ルークランは静かに頷き、落ち着いた声で続けた。


「場所は錬成区(アルケミア・ドーム)を使う。許可は取ってある。――人目を避けられるし、結界も強い。」


その声音には確かな安心感があった。強引さはなく、むしろ配慮のこもった穏やかさだったが、その言葉にミアが目を丸くする。


「えっ、錬成区(アルケミア・ドーム)って……上級生の実験区画じゃないですか?」

「通常はな。」


ルークランは簡潔に答える。


「だが、教授が俺たちの練習には適していると判断された。」


クローディオが微笑を浮かべる。


「準備は万端、というわけだね。……さすがルーク。」


ルークランは軽く彼に目を向け、短く言葉を添えた。


「午後の授業が終わったら、錬成区(アルケミア・ドーム)の第三区画に集合だ。」

「えっ、今日ですか!?」


ミアが思わず声を上げる。

ルークランは小さく息をつき、穏やかに笑った。


「そうだ。できるだけ早く始めた方がいい。……焦る必要はないが、光の制御は時間をかけて積み重ねるものだから。」


フィーナは少し戸惑いながらも、そっと息を吸い、「……はい」と答えかけた、そのとき――


「ちょ、ちょっと待ってください!」


ミアが勢いよく立ち上がった。

手に持っていたサンドイッチが、危うく皿から滑り落ちそうになる。


「訓練って……まさか、二人きりのつもりでいますか?」


ルークランはわずかに目を瞬かせ、「そのつもりだが。」と淡々と答える。


「そ、そんな、二人きり~!?」


ミアが頭を抱えて叫んだ。


「フィーナ、ただでさえ目立ってるのに!“闇の王子様”と二人で特訓だなんて、もう、噂になっちゃいますよ!」

「……闇の、王子様?」


思いも寄らない単語に、ルークランがわずかに眉を寄せる。


「今、学院中で話題なんです!フィーナの暴走を止めたときの、あの制御!!――もう、みんなが見惚れてました!!…アストレイドさん知らないんですか?学園中で“闇の王子様”って呼ばれてるんですよ!!ああ、今思い出してもドキドキします、あの瞬間……!本当に、すっごく素敵だった!!」


ミアの声はどんどん熱を帯び、手に持ったサンドイッチまでぶんぶん揺れている。フィーナは苦笑しながら、そっとそれを受け取って皿に戻した。


ルークランは額に手を当て、低く呟く。


「そんな呼び方を……。」

「……まるで舞台の題名みたいだね。」


クローディオが横で静かに笑うと、すぐさまミアがぱっと顔を上げた。


「ノクティルさんもですよ!“光の王子様”って呼ばれてます!」

「……僕も?」


クローディオは目を瞬かせ、それからおかしそうに微笑んだ。

ミアがさらに熱を込めて続ける。


「だって、あの日! フィーナが倒れたあと、みんなが怖がって測定に立てなかったのに――ノクティルさんが“もう大丈夫だよ”って笑って、代わりに魔力を流したんですよね!?そしたら、水晶がふわっと光って、まるでエクリス湖に差す朝の光みたいに綺麗だったって!」


手振りを交えて熱弁するミアの目はきらきらと輝いていた。その勢いでまたサンドイッチを持ち上げそうになり、フィーナが慌てて止める。


「その場にいた子たち、みんな言ってましたよ!“あれは王子様の微笑みだ”って!“女子も男子も目がハートになってた”って!あぁ~、わたしも見たかったーー!!」


彼女の声はだんだん大きくなり、近くのベンチにいた生徒たちがちらりとこちらを振り返る。

フィーナは小さくため息をついた。


「ミア……声、少し抑えて。」


クローディオはその様子を穏やかに見つめ、軽く首を傾げる。


「そんなふうに広まっているのか。僕まで“王子様”とは、ずいぶん華やかな話だね。……どこかのご令嬢に聞かれたら、鼻で笑われそうだけど。」


その口調は軽やかで、どこか楽しげでもあった。

反対に、ルークランはこめかみに手を当て、静かにため息をつく。


「全くだ。」


ミアは再び瞳を輝かせ、両手を胸の前で組んだ。


「でもみんな言ってるんですよ!あのときの光景、見た人たちはきっと一生忘れられないって!」


クローディオは小さく息を洩らし、穏やかな笑みを浮かべる。


「ふふ、そんなふうに語られているんだ。きっと誰かの中では、現実より少し綺麗に光っているんだろうね。」


その柔らかな声音には、どこか遠くを見つめるような静けさがあった。

ルークランが横目で彼を見やる。クローディオは目を細め、穏やかに言った。


「でも、あの時のルークは本当に見事だった。あの緊迫の中で、光を包み込むように制御した。……まるで、運命さえ従えたみたいに。」

「やめろ。」


ルークランは静かに言いながらも、頬がかすかに赤く染まっていた。

その照れを見て、クローディオは楽しそうに笑う。


「人気者は大変だね、“闇の王子様”。」

「……呼ぶな。」

「でも否定はしない。」

「言っても聞かないだろう?」


その淡々とした返しに、クローディオが小さく笑い、ミアは目を輝かせる。フィーナも思わず微笑んだ。


闇と光――まるで正反対なのに、不思議と呼吸が合っている。

からかいと静けさのあいだに生まれる空気が、春の陽射しの中に心地よく溶けていった。


短い静けさののち、ルークランがふたたび口を開いた。が、ほんのわずか、言葉を選ぶ間があった。


「……失礼だが、君の家名を聞いていなかったな。」


一瞬きょとんとしたミアは、すぐに小さく笑う。


「あ、そっか。カルディナよ。ミア・カルディナ」


そう名乗ってから、ふっと首を傾げた。

「……あれ? でも、フィーナは最初から“セレス”って呼んでたよね?」


からかうでもなく、ただ不思議そうに言われて、空気が一拍止まる。

ルークランはわずかに視線を逸らし、平静を装ったまま答えを返さなかった。代わりに、声音だけを整える。


「……カルディナの心配は理解した。では、他の者も交えて訓練することにしよう。君たちも、呼びたい者がいれば呼んでくれ。」


そう言い残し、ルークランは静かに身を翻した。


噴水の水音が、変わらぬ調子で庭に満ちている。

陽光を受けた水滴がきらめき、その傍らを、黒いローブが穏やかに遠ざかっていった。


歩みは落ち着いていて、振り返ることもない。

ローブの裾が噴水の風を受けてふわりと揺れ、淡い影を石畳に落とす。

やがてその背は回廊の向こうへと溶け、黒は静かに視界から消えていった。


あとに残ったのは、水のさざめきと、やわらかな春の空気だけ。

張りつめていた気配は、いつの間にかほどけている。


フィーナは噴水の縁に立ったまま、その去り際を見送っていた。

胸の奥に残った小さな温もりの理由を、まだ知らないまま。


――そしてミアの瞳には、ほんの少しだけ、面白いものを見つけたような光が残っていた。

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