表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
「君を制御するのが僕の役目だ」 闇魔法の天才は、暴走する光を離さない  作者: 雪ノ燈子


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

6/14

05│測定不能 ~はじまりの印~ -03-

黒いローブの裾を揺らしながら、ルークランは石畳の上を歩いていた。


午後の陽が傾き、学院の中庭には柔らかな金の光が満ちている。

噴水の水音が静かに響き、風に揺れる白花が三人の間をすり抜けていった。


隣を歩くのは、風をまとうように軽やかな少女――リーザ。

制服の襟元をそっと整え、陽光を受けた髪が淡くきらめく。

少し後ろでは、ガレスが手を後ろで組みながら、のんびりとついてきていた。


「最近は落ち着いてきたと思ってたのに……

 今日はずいぶん熱かったじゃない。どうしたの?」


リーザが小さく笑いながら言う。

その声音にはからかいではなく、ほんの少しの驚きと、どこか嬉しそうな響きが混じっていた。

ルークランは一瞬だけ視線を逸らし、わずかに口元を引き結んだ。


「……迷っていたら、彼女が消えていた。

 考えるより先に、動いてたんだ。」


リーザはその言葉に目を細め、柔らかく微笑む。


「……そういうところが、あなたらしいのね。

 でも、あまり無茶はしないで。あなたが倒れたら、皆が困るわ。」

「……でも、すごかったよ。」


リーザに続けてガレスが口を開いた。

言葉は素朴だが、まっすぐな敬意がこもっていた。


「光が暴れた瞬間、誰よりも早く動いてた。……あれは、真似できねぇ。」


ルークランは小さく息を吐き、わずかに口元を緩める。


「……あのとき、後ろにお前がいたからな。迷わず動けた。」

「はっ、言うじゃねぇか。」


ガレスが笑うと、リーザが小さく息を洩らした。


「まったく、褒められても眉ひとつ動かさないのね。」


春の風が三人の間を通り抜け、白花がまたひとつ舞い上がった。


そんな三人のやり取りの少し後方――

白のローブと長い髪を風に靡かせ、クローディオがゆっくりと顔を上げた。

琥珀がかった金の瞳が、ルークランを静かに捉える。


「……あの瞬間、僕も君が動くのを見ていた。」


穏やかな声が、風に溶けて届く。


「まるで呼ばれたかのように、まっすぐ向かっていったね。」


その穏やかな声に、ルークランがわずかに足を止めた。


「呼ばれた?」

「うん。……あの光に。」


クローディオの声は、春風に溶けるように静かだった。

ルークランはその言葉を反芻するように呟く。


「――呼ばれた……?」


視線を落とし、手袋の上から拳を握る。

あの瞬間、暴走する光の中で確かに何かが“彼を呼んでいた”。

耳の奥で、幼い声が微かに重なる。


――“助けて”。


ルークランの胸がざらりと疼いた。





父とともに辺境地を巡っていた旅の途中。

南の果て、光の賢者の伝承が残る地――シルヴァリア。


その夜、宿で眠っていた彼は、ふいに目を覚ました。

胸の奥をくすぐるような、柔らかな呼び声が聞こえたのだ。


――助けて。


なにかに導かれるように、ルークランは外へと飛び出した。

月の光が降る村はずれの畑で、ひとりの少女が光に包まれていた。

杖を握りしめ、必死に立ち尽くす幼い姿。

暴れる光が周囲を焦がし、空気さえ震わせている。

その中で、彼はただ一言、静かに呟いた。


「――《収束アジャスト》。」


光がしゅう、と音を立てて収まり、熱が消えていく。

彼はゆっくりと少女の前に膝をつき、手を差し出した。


「……大丈夫か。」


その声に、少女は怯えたように頷き、手が重なる。

瞬間、彼女の左手が淡く光を放ち――銀の紋が浮かぶ。

ルークランは息をのんだ。

(印……? まさか――)





「――ク。…ルーク?」


ふと現実に引き戻す声。

リーザが心配そうに覗き込んでいた。

ルークランは軽く首を振り、思考の残滓を振り払うように目を閉じる。


「……なんでもない。――いや、リーザ。あの子の名前を知っているか?」

「――あの子?

 確か、……フィーナ・セレスさん。シルヴァリアからの特待生と聞いたわ。」

「……そうか。」


ルークランの声が、わずかに揺れた。


「じゃあ、あの子が――」


言いかけた言葉は、春風に溶けて消える。


「どうしたの?変よ、ルーク。」


リーザが首をかしげる。

ルークランは答えず、遠くの湖へと視線を向けた。

エクリス湖の水面が光を弾き、風がさざめきを運んでいる。


(――だから、何度も目が合ったのか)


胸の奥が、静かにざわめく。


「――また、呼ばれたのかもしれない。」



小さく呟いたルークランの言葉を、クローディオだけが聞き取った。

木陰の下で、彼は穏やかに笑みを浮かべた。


「……ほんと、君って面白いね。」


金の瞳が、春の光を映してやわらかに揺れる。

その奥に、まだ名も知らぬ“予感”がきらりと瞬いた。

他の三人は気づかぬまま、風が中庭を静かに通り抜けていった。



***



春の光が白いカーテン越しに差し込み、柔らかな金色を描いていた。


静かな医務室には、淡い薬草の香りと、水の音がかすかに漂っている。

ベッドの上で、フィーナはゆっくりとまぶたを開けた。


「……ここは……?」

「フィーナ!」


ミアが勢いよく立ち上がり、涙を浮かべた笑顔で抱きしめた。


「もうっ、どれだけ心配したと思ってるの!」

「……ミア。ラナも。」


視線を向けると、ラナが安堵の息をつきながら穏やかに微笑んでいた。


「よかった。ずっと意識が戻らなくて……心配したのよ。」

「……ごめんなさい。みんなを、怖がらせちゃって。」

「それは全然大丈夫!アストレイドさんが…こう、格好良かったのよ!

 闇の魔法でしゅっとその場を収めてくれて!」


ミアが明るく答え、フィーナは少しほっとした。

あの時のことはあまり覚えていない。

けど、鮮やかな光の中、闇を携えた彼が来てくれたことに

ひどく安堵したことだけは覚えている。



そのとき、杖の音が廊下から近づき、レイナード教授が姿を見せる。

長衣の裾が床を擦る音が、静まり返った空間に小さく響いた。

その後ろには、黒いローブをまとったルークランの姿がある。


フィーナは思わず息をのんだ。

そして、反射的に上半身を起こす。


「起きたか。」


レイナード教授の低い声が、部屋の静寂を穏やかに破った。


その声音には厳しさよりも――

長い夜を越えた者だけが持つ、ほっとしたような安堵がにじんでいた。


彼は手にした水晶板を光にかざし、淡く浮かぶ魔力の流れを確かめるように目を細めた。


「命に別状はないが、今後の訓練が必要だ。焦ることはない。

  ……ただ――」


レイナードの声音が一瞬だけ低くなる。


「君の魔力は、少々“特異”…かもしれん。慎重に扱うことだ。」


教授は静かにそう言い、水晶板を閉じた。

白い髭がわずかに揺れ、老練な眼差しがフィーナを一瞬見つめる。

そして、背後に控えていたルークランへと視線を向ける。


「……あとは頼む。彼女に安心を。」


短い言葉に、深い信頼の響きがあった。


教授はゆっくりと扉へ向かい、杖の音を残して去っていく。

ミアとラナも目を合わせ、「またあとで来るね!」と小さく笑って部屋を出た。


ルークランとフィーナ――二人だけが残った。

その事実を意識した瞬間、フィーナの胸が静かに高鳴る。


ルークランはしばらく黙ったまま、フィーナを見つめていた。

その瞳は光を吸い込むように澄み、深く穏やかだった。

けれど、その奥にある何かが、フィーナの記憶をかすかに揺らす。


(……この瞳、どこかで――)



幼いころ、暴れる光に包まれたあの日。

霧の向こうから現れた少年。

「大丈夫」と、優しく手を伸ばしてくれた声。

あのときも、この色の瞳が自分を見ていた。

夜明け前の空のような、静かな青――

それは恐怖の闇を切り裂いた“神さまの光”だった。


(まさか、そんなはず…でも……)


けれど、胸の奥で鼓動が早まる。

彼の気配が、あの夜の温もりと重なっていく。



ルークランが一歩近づく。

黒いローブの裾が揺れ、窓からの淡い光が彼の横顔を縁取った。


彼が静かに目を伏せる。

その仕草だけで、部屋の空気がわずかに震えたように感じた。

言葉にならない確信が、胸の奥で小さく芽を灯す。


――“あの時の神さま”は、きっとこの人だ。


その確信にも似た思いが胸の奥に広がり、

フィーナは言葉を探すように唇を開きかけた。


けれど、その瞬間――

ルークランが静かに息を整え、低く、やわらいだ声で言った。


「……すまない。少しだけ、触れてもいいだろうか?」


その声音には、命令でも謝罪でもない。

ただひとつの“願い”の響きがあった。

フィーナは驚きと戸惑いのあいだで瞬きをし、

それでも――小さく、確かに頷いた。


「えっと……はい。」


ルークランはほんのわずかに目を細め、安堵したように息を吐く。

ゆっくりと黒の手袋に指をかけると、布の擦れる音が静寂の中に微かに響いた。

手袋が外れ、白い指先が光を受けて淡く浮かび上がる。

その所作は整然としていながらも、どこか脆く、慎ましい。


完璧なはずの彼が、礼を越えてまで手を伸ばす。

それは形式ではなく、ただ“確かめたい”という静かな衝動だった。


「失礼する。」


小さく呟き、ルークランはフィーナの左手を取った。

掌が触れた瞬間――

空気がわずかに震え、室内の光が息を潜めた。


指先から伝わる体温と鼓動。

その温もりに、フィーナの胸が静かに高鳴った。

一瞬、ルークランの瞳がわずかに見開かれる。

けれど、何も起こらない。


「……今は、消えている。」


低く落とされた声が、静かな空気の中に沈む。

フィーナは戸惑いながら、小さく息を呑んだ。


「……何が、ですか?」


けれど、ルークランは答えなかった。

ただ、彼女の手を包み込むように握る。

確かめるでもなく、名残惜しむでもなく――

その掌には、言葉にならない願いのような温度が宿っていた。


(……シルヴァリアのこと、聞きたかったけど…。)


胸の奥で言葉が揺れる。

けれど、彼の横顔を見た瞬間、その声は喉の奥で止まった。


真剣なまなざし。

そこに宿るのは、静かな決意と、触れてはいけないほどの孤独。

まるで、彼自身が“何かを守るために沈黙している”ように見えた。


(今は、やめておこう…)


そして、そっと手を離そうとしたその瞬間。

ルークランの指が、反射のように彼女の手をぎゅっと掴んだ。


驚きに息を止めるフィーナ。

二人の視線が交わり、時がふっと止まったように感じられる。

やがてルークランは我に返り、そっと手を離して短く息を吐いた。


「……すまない。」


フィーナは何も言わず、ただ小さく首を振った。


カーテンが柔らかく揺れる。

その音だけが、しばらくの間、室内を満たしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ