04│測定不能 ~はじまりの印~ -02-
午後の聖堂は、静かな緊張と期待のざわめきに包まれていた。
天蓋の下では、光の柱がゆるやかに降り注ぎ、
白い床にステンドグラスの光が虹のような円を描いている。
湖の外から差し込む光が反射して、壁面の魔法紋が微かに輝いていた。
中央の魔法陣が淡く光を帯び、その中心で水晶球が静かに脈動している。
「――これより、魔力属性と魔力量の測定を行う。」
レイナード教授の声が響くと、空気が一瞬で張りつめた。
生徒たちは次々に壇上へと上がり、両手を水晶にかざしていく。
赤が弾け、青が波紋を描き、緑が風のように舞う。
光が生まれるたびに歓声が上がり、聖堂の空気が少しずつ和らいでいった。
最初に名を呼ばれたのは、ルークラン・アストレイド。
彼が歩み出ると、自然と周囲の視線が集まる。
黒のローブを揺るがせ、静かな足取りで壇上へと上がる。
両手をかざすと、空気がわずかに震える。
水晶の中に、深い影のような光が揺らめき、瞬く間に収束した。
「……見事だ。闇属性、極めて安定。」
教授の声に、聖堂が息をのむ。
水晶を包む闇の光は滑らかで、揺るぎない秩序を宿していた。
圧倒的な魔力――まるで世界が彼に従うようだった。
「リーザ・ヴェリアス。」
白いローブの裾を揺らし、リーザが静かに進み出る。
指先が水晶に触れた瞬間、柔らかな風が舞い、緑の光がふわりと広がった。
「風属性、反応安定。魔力量:上位。」
光が髪を照らし、ステンドグラスの輝きが映える。
「さすがヴェリアス家の令嬢ね。」
囁きが響く中、リーザは穏やかに微笑んで一礼した。
「ガレス・ヴァルガ。」
大柄な少年が「はい」と答え、制服の裾を整えて壇上へ上がる。
手をかざすと、鈍く光る土色が広がり、床がわずかに震えた。
やがて光は静まり、穏やかな大地のような安定を残す。
「土属性――魔力量は中位、制御も良好。」
教授の言葉に、ガレスは小さく唇を結び、一礼して壇を降りた。
実直な彼らしい、無駄のない所作だった。
「クローディオ・ノクティル。」
名が呼ばれた瞬間、白い光が先に応じた。
彼の足元を包むように光が流れ、着崩した白のローブが淡く照らされる。
銀がかった水色の髪が揺れ、光を受けてゆらりと輝いた。
クローディオが水晶に歩み寄ると、その手が触れるより早く、周囲に柔らかな光が満ちた。
まるで、水晶の方が彼を待っていたかのように――。
水晶の奥で、金糸のような光がゆるやかに流れ、
淡い波紋が聖堂いっぱいに広がっていく。
「光属性――魔力量、非常に高い。」
レイナード教授の声が響いた瞬間、会場にざわめきが走った。
しかし、本人はまるで他人事のように微笑む。
ローブの裾を軽く揺らし、肩をすくめて言った。
「やりすぎたかな?」
その軽口に、緊張していた空気がわずかに緩み、
聖堂のあちこちで小さな笑い声がこぼれた。
「ミア・カルディナ。」
名を呼ばれたミアが、白い制服のスカートを揺らして壇上へ上がる。
両手を水晶にかざすと、春風のような緑光がふわりと舞った。
頬をかすめる風に髪が揺れ、ミアは嬉しそうに笑う。
「やっぱり風! ね、見た?」
明るい声に講堂が和み、緊張がほどけていく。
レイナード教授が微笑みながら記録を取った。
「風属性。魔力量――中。」
ミアは胸に手を当ててほっと息をつき、一礼して軽やかに壇上を降りた。
「ラナ・ヴェイル。」
彼女は落ち着いた様子で壇上へと歩く。
両手が触れると、水晶は澄んだ青を帯び、波紋が静かに広がった。
その清らかな光に、生徒たちは息をのむ。
「水属性――安定。魔力量:上位。」
教授が満足げに頷く。
ラナの穏やかな笑顔が、緊張をほぐすように教室に広がった。
そして――。
「フィーナ・セレス。」
その名が呼ばれた瞬間、講堂のざわめきがすっと静まり返った。
「奨学生の子よね?」
「どんな魔法を使うのかしら」
好奇と期待が交じり合い、空気が微かに張りつめる。
フィーナは制服の襟を整え、深く息を吸った。
白いローブの裾から、膝丈のスカートが光を受けてわずかにきらめく。
水晶の前に立つと、空気がひやりと冷たくなった気がした。
両手をそっとかざす。
淡い赤光が生まれ、教授が頷きかけた――その刹那。
――ピシッ。
赤が白へ、白が金へ。
次の瞬間、閃光が爆ぜた。
轟音。
光が暴れ、風が奔る。
「きゃあっ!」
「危ない、下がれ!」
悲鳴と眩い光が講堂を満たした。
光は炎のように揺らめき、しかし燃えてはいない。
それは“光そのもの”が形を求め、暴走しているかのようだった。
「止まらない…だ、誰か、助けてーー!」
フィーナの声が掻き消え、魔力が渦を巻く。
光の奔流が暴れ狂い、聖堂の結界がきしんだ。
――その瞬間。
闇が、閃光を断ち切った。
黒のローブの裾を翻し、光の中心へと一歩踏み込む姿。
ルークラン・アストレイドだった。
制服の白いシャツの袖が光に透け、その手が静かに掲げられた。
漆黒の魔力が広がり、暴れる光を包み込む。
光と闇が触れ合い――世界が、息を止めた。
轟音が遠のき、静寂だけが残る。
まぶしさがゆっくりと薄れ、砕けた水晶の破片が宙に舞った。
金の残光が降り積もり、白い床を柔らかく染めていく。
その中心で、フィーナの身体が力を失って崩れ落ちた。
ルークランは反射的に彼女を抱きとめる。
彼の腕の中で、少女の肩が小さく震えていた。
息が乱れたまま、閉じられた睫毛の影が揺れる。
「……もう、大丈夫。」
落ち着いた声が、光の余韻に溶けて響くと、
黒いローブが輝きを吸い込み、金の粒子が布の上にそっと降り注いだ。
まるで――闇が光を包み、守っているかのように。
講堂全体が息を潜め、誰もがその光景をただ見つめていた。
レイナード教授が駆け寄り、砕けた水晶を見下ろした。
「……なんということだ……」
白い床の上には、光を失った破片が静かに散らばっていた。
だが次の瞬間――ルークランが黒い手袋をはめた右手をゆっくりと上げると、破片がふわりと浮かび上がった。
ひとつ、またひとつと宙を舞い、金と白の光を帯びながら集まっていく。
彼の掌から溢れる漆黒の魔力が、それらを包み込み、優しく導くように動かした。
「……自己修復……?」
レイナードの低い声が漏れる。
しかし、教授の眼差しはすぐに鋭さを帯びた。
「いや……これは――」
水晶の奥で、淡い光が瞬いた。
それは炎でも、純粋な光でもない。
――まるで夜明けの色。
黒と金が融け合い、世界の狭間に“新しい息吹”が生まれたようだった。
ルークランの掌から漂う魔力の波動は確かに“制御”のもの。
だが、その奥に――別の、穏やかで温かな力が混じっていた。
レイナードは、静かに隣へ歩み寄り、低く囁く。
「……いまの力、君のものではないな。」
ルークランの瞳がわずかに揺れる。
「……ええ。」
ふたりの間に、短い沈黙。
教授は頷き、声を落とす。
「――彼女が原因か。」
「…どうでしょう…可能性は高いかと。」
言葉少なに交わされるやり取りは、他の誰にも聞こえなかった。
ルークランは息を整えることもなく、腕の中のフィーナを静かに見下ろす。
彼女の頬は青ざめているが、呼吸は穏やかになっていた。
そのとき、駆け寄ってきたミアとラナの声が響く。
「フィーナ!大丈夫?」
「教授、彼女を医務室に連れていきます。」
ルークランは小さく頷き、腕を解く。
「……お願いします。まだ魔力が不安定です。」
「はい。」
ミアの手が震え、ラナがその腕を支える。
二人はフィーナを慎重に抱え、静かに講堂を後にした。
その間、誰ひとり声を出す者はいなかった。
レイナードが静かに前を向き、杖を軽く床に打つ。
「――測定結果、不明(測定不能)。」
その宣言が響いた瞬間、
講堂の空気が一層の静寂に包まれた。
残されたのは、金と黒の残光――
ゆらゆらと揺れるそれは、まるで光と闇が寄り添うように溶け合っていた。
その後方で、一人の少年が机に頬杖をつき、静かに微笑んでいた。
クローディオ・ノクティル。
「……やっぱり、ルークはすごいね。
君を見ていると――明日が、少しだけ変わる気がする。」
穏やかな声だった。
それは冗談にも賛辞にも聞こえず、ただ不思議な確信のように響く。
誰も気づかぬまま、琥珀色の瞳が一瞬だけ淡く光を宿した。
その光は、まだ名も知らぬ“運命”の萌芽のように――静かに揺れていた。




