03│測定不能 ~はじまりの印~ -01-
春の光が差し込む大講義室には、新入生たちのざわめきが満ちていた。
白い石の床には淡い魔法陣が刻まれ、天井の水晶灯がやわらかに輝いている。
フィーナはラナと並んで席につき、胸の鼓動を抑えようとしていた。
最前列には、ルークラン・アストレイド――学院で最も注目を集める少年が静かに座っている。
彼のまとう空気は、春の光よりもずっと澄んでいて、触れることがためらわれるほどだった。
「静粛に。――それでは《属性学入門》を始めましょう。」
壇上に立つのは、長衣をまとった初老の男――レイナード・グレイス教授。
杖をひと振りすると、六つの光球が宙に浮かび上がる。
赤、青、緑、黄、白、黒――それぞれが淡い光を放った。
「この世界の魔法は、六大元素――炎・水・風・土・光・闇に分かれます。
属性とは“魂のリズム”。人は皆、生まれながらに一つを宿すのです。」
光が大講義室の空気をゆらし、学生たちの目が釘づけになる。
「炎は破壊と情熱、水は癒しと循環。
風は伝達と自由、土は守護と構築。
光は照らし、闇は包み隠す――どれもが世界の均衡を支える柱です。」
教授は杖をそっと下げ、少し声の調子を落とした。
「――しかし、六大元素のさらに上に、“理”と呼ばれる領域が存在します。
古代、人々はそれを“特殊属性”と名づけました。」
大講義室に静かな息が広がる。
淡い灰色の光が、光球のあいだから生まれ、ゆらりと形を変えた。
「特殊属性とは、かつて世界そのものを支えた高次の力。
生命を循環させる《ライフ》。
時を観測し、因果を読む《クロノス》。
可能性を選び、運命を紡ぐ《フェイト》。
秩序を正し、暴走を鎮める《アジャスト》。
空間を結び、隔て、世界を繋ぐ《ディメンション》。
そして、あらゆる力を打ち消す《ヴォイド》。
これら六つが揃ったとき、世界は完全な均衡を得る――そう伝えられています。」
淡い光が天井に反射し、学生たちは息をのんだ。
「古代の記録によれば、これらの力は“神の手”と呼ばれ、
今ではその片鱗のみが、四大公爵家に継がれているといわれています。」
「たとえば――アストレイド家は《制御》を、
ノクティル家は《時間》と《運命》を。
ヴェリアス家は《空間》を、
ヴァルガ家は《虚無》を、
それぞれの家訓として研究してきました。」
フィーナは小さく息をのんだ。
「生命」――教授の口から出たその言葉が、胸の奥に響く。
(生命の力……再生と循環……)
心臓が高鳴り、左手の甲がかすかに熱を帯びる。
「――生命の力は、今では失われたものとされています。
ですが、世界のどこかで“その息吹”が再び芽吹くとき、
伝説の印が輝くと伝えられている。」
レイナード教授の声が大講義室に静かに響く。
光の魔法灯がわずかに揺らぎ、その光が学生たちの顔を照らした。
「……この“ノクタ・ルミナ”とは、光と夜の理が交わり、
命の循環を生み出したとされる――古代契約の印です。
しかし今、その存在を確かめた者はいない。
ゆえに私たちは、ただ“再び現れる日”を待ち続けているのです。」
彼は杖の先で宙をなぞる。
淡い金と黒の光が交じり、講壇の前に一瞬だけ“均衡”の輪が描かれた。
「魔法とは、力を操るためのものではなく、
世界の理を整えるための術。
それを忘れてはならない――。」
静かな声が、深い余韻を残して途切れる。
学生たちは誰も言葉を発せず、
まるで古の祈りを聞いたように息を潜めていた。
その沈黙の中で、フィーナの胸の奥が熱く震えていた。
教授はやがて微笑み、周囲を見渡した。
「午後はいよいよ実技です。
君たちがどの属性を持つかを測定します。
――自らを知ることが、学びの第一歩ですよ。」
フィーナはそっと息を吸い込んだ。
それは、彼女の運命が静かに動き出す音だった。




