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「君を制御するのが僕の役目だ」 闇魔法の天才は、暴走する光を離さない  作者: 雪ノ燈子


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01│志を灯すは、光の学院にて -01-

春の光が王都ルミナリアを包み、

白い石畳がまるで朝の息吹を映すように淡く輝いていた。


三日月の弧を描くように連なる学舎の塔。

その外壁には薄い魔力の膜が流れ、風に溶けるような光を帯びている。

空を映すエクリス湖は鏡のように澄み、

水面に浮かぶ魔法灯がきらめきながら、まるで星々が水の底で瞬いているようだった。


――まるで世界そのものが、静かに息づいているようだった。


「……ここが、アルカナ魔法学院。」


少女――フィーナ・セレスは、胸の奥でそっとその名を繰り返した。

言葉にした瞬間、心臓が少し強く打つ。


奨学生として迎えられたとはいえ、

この光の世界の中に自分が立っていることが、まだ夢のようだった。


(私、本当に……来たんだ)


風が頬を撫で、湖面に映る塔がゆらりと揺れる。

その揺らぎを見つめていると、ふと――胸の奥が懐かしく疼いた。


思い出すのは、あの夜のこと。



***



あのとき――村に届いた、学院からの特待生試験の招待状。

差出人の名はなかった。けれど、そこにはこう書かれていた。


「アルカナ魔法学院で学べば、きっとこの土地を豊かにする方法が見つかるだろう。」


その言葉を思い出すたび、胸が少し熱くなる。

あの夜、森で暴走した私を助けてくれた「黒い影」――

まるであの人が言っているかのように聞こえた。


村を救いたい。

その思いだけで、私は夢中で魔法を勉強した。

眠るのも忘れて。

古い本を、何度も何度も読み返して。


そして今、ここに立っている。



***



びゅうと春の風が吹き抜け、学院の塔の鐘が遠くで鳴る。

光が湖面を渡り、フィーナの瞳に反射した。


「私……がんばらなきゃ」


私はここで、きっと故郷を救う力を見つける。

あの夜みたいに、もう二度と魔力を暴れさせたりしない。


あの光と熱の怖さは、今も忘れられない。

でも、あの人が見せてくれた――

枯れた大地が緑に染まっていく光景は、

今でも目に焼き付いている。



***



学院の門前の広場には、新入生たちが集まっていた。


「ねぇ、あなたも新入生?」


陽の光のように明るい声に振り向くと、

赤みの強い茶色の髪を高く結んだポニーテールがふわりと揺れた。

琥珀のような瞳がきらきらと輝き、少女が笑顔を見せた。


「私はミア・カルディナ! あなたは?」

「……フィーナ・セレスです。」

「フィーナね! よかった〜、話せる人がいて!

 私、緊張しすぎて門の前で五分も立ち尽くしてたの!」


ミアはくすくすと笑い、陽の下で髪がきらめく。

その笑いには貴族の娘らしい品がありながらも、人懐っこいあたたかさがあった。


「カルディナって……貴族の家よね?」

「うん。でもね、この学院では身分なんて関係ないの。

 貴族でも平民でも、みんな“同じ生徒”。

 ――ね、それってちょっと素敵じゃない?」


春風のようなその言葉に、フィーナの肩の力がふっと抜けた。


「二人とも、入学式はこっちよ。」


背後から落ち着いた声がして、振り向く。

灰色がかった銀青の髪を短く整えた少女が立っていた。

深い湖のような紺の瞳が静かに光を宿している。

筆記用具を挟んだノートを胸に抱え、姿勢はまっすぐ。


「ラナ・ヴェイル。案内板を見てきたの。聖堂(セレスティア・ホール)は湖の方よ。

 寮の部屋割りは、入学式のあとに発表されるみたい。」

「ありがとう。助かります。」

「わたしたち、たぶん同じ新入生ね。……行きましょうか。」


三人は並んで歩き出した。

湖面を渡る風が頬を撫で、魔法灯が淡くきらめいて道を照らしている。

光の粒が舞い、春の空気の中で、三人の足音が静かに重なっていった。



***



中庭に差しかかったとき、ざわめきが広がった。

生徒たちが左右に分かれ、自然と道をあけていく。


「きゃー! 見て、フィーナ!」

ミアの声が弾んだ。


春の光の中を、黒と白を基調とした学院の制服をまとった四人の生徒がゆっくりと歩いてくる。

ローブの裾が風に揺れ、彼らの放つ魔力の気配が空気を震わせた。

まるで、そこだけ時間が澄んでいくようだった。


「あの方たちは……?」

フィーナが思わず呟く。


「知らないの? 四大公爵家の方たちよ!」

ミアが目を輝かせ、息を弾ませながら説明を始めた。


「中央の黒髪の方が――ルークラン・アストレイド様。“闇と制御”の家。

 学院の首席で、今年の新入生代表なんだって! 完璧主義で、どんな魔法も正確に扱うらしいの。」


「その隣の、水色がかった銀髪の方がクローディオ・ノクティル様。“光と時間”の家。

 穏やかそうに見えるけど、頭がすごく切れて、“未来を視る”って噂もあるのよ。」


「白金の髪の女性がリーザ・ヴェリアス様。“風と空間”を司る家の令嬢。

 いつも凛としていて、誰もが憧れる方よ。」


「そして――焦げ茶の髪の方が、ガレス・ヴァルガ様。“大地と虚無”の家。

 明るくて頼れる人で、上級生たちからも一目置かれてるんだって!」


「……すごい。」

フィーナは静かに呟いた。


四人は春光を背に、それぞれが異なる色の力をまとうように歩いていた。


その中心で歩くルークラン・アストレイドが、ふと立ち止まり、群衆の中へと視線を向けた。

淡い水色の瞳が、フィーナの琥珀の瞳と一瞬だけ交わる。


その目は、静かな湖面のようだった。

深く澄んでいるのに、どこか冷たさではなく、温度を感じさせる光を湛えている。

見つめられた瞬間、胸の奥が熱くなり、左手の甲がじんわりと温かくなった。


けれど彼はすぐに目を伏せ、何事もなかったように歩みを進める。

その姿が通り過ぎるたび、春の風がふわりと揺れ、花々の香りが道に流れた。


「……あの人たち、ただ歩いてるだけなのに、空気が変わる。」


フィーナが小さく呟くと、ラナが群衆の向こうを観察しながら静かに答えた。


「四大公爵家の継承者が同じ場に立つと、周囲の魔力分布が微妙に偏るの。

 属性の共鳴と干渉が同時に起こっているのだと思うわ。」

「ラナ、すごいね……そんなふうに考えられるなんて。」


ミアが感嘆したように目を丸くする。

ラナは小さく微笑み、「分析しただけよ」と短く答えた。


その隣で、フィーナは静かにルークランの後ろ姿を見つめていた。

風に揺れる黒髪、真っ直ぐで孤高な気配――


「……あの人の空気、なんだか好きだな。」


思わず漏れた声は、自分でも驚くほど小さくて、風にすぐ溶けていった。




学院の鐘が高らかに鳴り響く。

湖へと続く回廊の扉がゆっくりと開き、朝の光が差し込む。

その光は水面に反射して、ゆらめく金の帯となり、湖上を静かに渡っていった。


四大公爵家の継承者たちは、その光の道をゆっくりと進んだ。

ローブの裾が風に揺れ、彼らの歩みが水面に淡い波紋を描く。

まるで王国の未来そのものが、光とともに聖堂セレスティア・ホールへと導かれていくようだった。



その背を追うように、他の新入生たちも湖上の回廊へと歩み出す。

金色の光が彼らの髪や制服の縁を照らし、風が静かに流れていく。


やがて――鐘の音が、湖面を渡って響きわたった。

エクリス湖の中央、淡い光の膜に包まれた聖堂(セレスティア・ホール)

その白亜の尖塔が水面に映り込み、まるで天と地がひとつに溶け合うようだった。


水上に張り巡らされた魔力の橋を渡りながら、新入生たちは一列に並び、聖堂の中へと進む。

足元には青白い光が走り、歩くたびに淡くきらめく。

フィーナは胸を高鳴らせながら、その光の道を踏みしめた。



***



聖堂の扉をくぐると、そこはまるで天空を閉じ込めたような静謐(せいひつ)な空間だった。



天蓋の下では、光の柱がゆるやかに降り注ぎ、

白い床にステンドグラスの光が虹のような円を描いている。

湖の外から差し込む光が反射して、壁面の魔法紋が微かに輝いた。

誰もが息をひそめ、その神聖な光景に見入っていた。



「――アルカナ魔法学院へようこそ。」


壇上に立つ学院長の声が、聖堂の魔力膜に柔らかく響いた。


「ここでは、家柄も地位も問わぬ。

 問うのはただ、“志”だ。

 魔法とは、生まれながらの力ではなく、自らの意志で磨くもの。

 その志が、いつかこの王国を照らす光となることを願っている。」


光の粒が静かに舞い、聖堂全体が呼吸しているように揺らめいた。

学院長の言葉が静かに余韻を残し、場内に穏やかな沈黙が広がる。


フィーナは胸の前で手を組み、そっと目を閉じた。

(私も、この場所で、自分の“志”を見つけたい…)


その想いが胸の奥に沈んだとき、儀式の進行を告げる魔法灯が淡く瞬く。

在学生の挨拶、学院の誓約の儀――すべてが滞りなく進み、式典は静かに流れていく。

光が天蓋のステンドグラスを透かし、七色の模様が床を彩った。


やがて、最後の一幕を告げるように司会の声が響く。


「――最後に、新入生代表挨拶を行います。

 代表、ルークラン・アストレイド。」


澄んだ声が聖堂に広がり、空気がわずかに張り詰めた。

新入生たちの間に緊張が走り、誰もが息をひそめてその名を聞いた。


「やっぱり代表はアストレイド様……」

「首席入学だって」

「“闇と制御”の家の嫡男よ」


囁きが波紋のように広がり、聖堂の光が一層深みを帯びていった。


黒髪の少年が、静かに壇上へと歩みを進めた。

その歩みには無駄がなく、纏う空気はひときわ澄んでいた。


ざわめきは確かに耳に届いているはずなのに、

彼の表情にはそれを意識した様子がない。

まるで誰の声も届かず、どこも見ていないようだった。


淡い水色の瞳が前方をまっすぐに見据える。

その目は、光を透かす氷のように澄み、揺るぎなかった。

見つめる先があるのではなく、

ただ静かに、自らの内にある決意を見つめているようだった。


壇上に立つその姿を見て、

聖堂の光までもが息をひそめるように、静かに落ち着きを取り戻していった。


ルークランは壇上で静かに一礼し、言葉を紡いだ。


「――僕たちは、それぞれ違う場所から、この学院にやってきました。」


少年らしさを残した、少し高く穏やかな声が、聖堂の空気を静かに震わせる。


「生まれた家も、育った環境も、持つ魔法も違う。

 貴族であっても、平民であっても――この学院では関係ありません。

 アルカナ魔法学院は、“志”によって集う場所です。

 どう生まれたかではなく、どうありたいか。

 それを学び、共に歩んでいく場所だと、僕は思います。」


その声は、決して強くはない。けれど不思議と誰の耳にも届いた。

淡い光が彼の横顔を照らし、湖面の反射が天井を滑る。


「魔法は力そのものではなく、心を映す鏡です。

 僕たちがここで学ぶのは、“操る力”ではなく、“支え合う力”。

 どうか互いを認め、手を取り合って

 ――この学院で、新しい未来を築いていきましょう。」


その声が静かに消えると、聖堂の中に深い静寂が満ちた。

光の粒がゆっくりと舞い、誰もがその言葉の余韻に息を呑む。


やがて、ひとりの生徒が小さく手を叩いた。

それをきっかけに、波紋のように拍手が広がっていく。


それは祝福の音ではなく――

未来を共に歩もうとする、確かな信頼の音だった。


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