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「君を制御するのが僕の役目だ」 闇魔法の天才は、暴走する光を離さない  作者: 雪ノ燈子


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09│闇の王子様、光の王子様 -03-

ドームを離れると、学院の尖塔が夕暮れを背に黒く浮かび、石畳に長い影が落ちていた。


ミアとガレスは並んで歩きながら、ぽつぽつと言い合っている。


「ちょっと、さっき私のノート見たでしょ。」

「見てない。たまたま目に入っただけだ。」

「それを“見た”って言うの!」


言い合いながらも、二人の歩調はぴたりと揃っていた。

その息の合い方が、どこか微笑ましい。


少し後ろでは、ラナが手帳に何かを書き込みながら、静かに笑っていた。


そしてその前を、リーザとルークランが並んで歩いている。

リーザは歩調を少し落とし、肩を寄せるようにして囁いた。


「……よかったわね。」

「何がだ?」


ルークランが首を傾げると、リーザは横目で彼を見て、唇に小さな笑みを浮かべた。


「あら、鈍いのかしら? それとも、気づかないふり?」

「……?」

「フィーナさんと一緒にいられて。あなた、あの子の様子をずっと気にしてたじゃない。」

「な――っ!? な、何を言ってる!」


いつも淡々とした声が、わずかに裏返った。

耳まで赤く染まったのが、夕陽のせいだけではない。

リーザは目を瞬かせ、楽しげに微笑む。


「まぁ……冗談半分のつもりだったのに。本当に?」


ルークランは息を呑み、言葉を詰まらせた。


「そ、そんなことは――!」

「ふふっ。そんなルーク、初めて見たわ。」


リーザはころころと笑い、くるりと振り返ってクローディオの腕に手をかけた。


「ねぇ、クロード。」

「春だからかな。心も芽吹く季節だね。」


二人は軽やかに並んで歩き出す。

風と光がほどけ合うように、道の先へと消えていった。


その背を、ルークランは無言で見つめていた。

頬の赤みがまだ残り、どこか複雑な表情を浮かべている。


一番後ろを歩いていたフィーナは、ふと足を止めた。


前を行くルークランが、クローディオと腕を組むリーザを見つめているように見えた。

その瞳は、夕陽の光を宿したようにわずかに熱を帯びていて――胸の奥が、きゅっとなる。

けれどすぐに、フィーナはそっと息を整えた。


(……そうか。ルークランさんにとって、リーザさんはきっと特別な人なんだろう。)


風が髪を揺らし、淡い光が頬を照らす。


ほんの少しだけ痛むような感情が胸をかすめたが、彼女は静かに顔を上げた。


(でも、それならそれでいい。誰かを大切に思える人が、誰かを助けようとしてくれた――。その優しさを無駄にしないように、私も自分の力で進まなくちゃ。)


学院の灯りがひとつ、またひとつと灯り始める。

石畳に落ちる影が重なり、長い一日が静かに閉じていった。


(次の練習では、もう少し自分で光を掴めるように……)


胸の奥に、ひと筋の意思が灯る。


それはかすかな火花のようで、けれど確かな強さを持っていた。



***



部屋に戻ると、窓の外には学院の塔が夜の帳に沈みかけていた。


フィーナは机に向かい、灯したランプの下で一冊のノートを開いた。

今日の訓練のこと、感じた光の感触、呼吸の乱れ、そしてルークランの言葉――


一行一行、静かに書き留めていく。

文字を並べるたび、胸の中で揺れていたものが少しずつ形を持ち始めるようだった。


(次こそ、自分の力で掴みたい。)


そう心に刻み、ペンを置く。

インクの香りがかすかに漂い、ランプの炎がノートの端を照らした。


フィーナはそっと窓を開け、冷たい風を吸い込んだ。

湖の方から流れてくる夜風が髪を揺らし、胸の奥の熱を静かに冷ましていく。


「……がんばろう。」


小さく呟いた声が、夜の空気に溶けた。

そして彼女はランプの火を落とし、ゆっくりと目を閉じる。



***



――その頃。


学院の高塔にある研究室では、魔導灯がひとつだけ灯っていた。

レイナード教授は机に広げた魔力観測の記録をじっと見つめていた。


そこには、フィーナ・セレスの名と共に、通常の測定値では説明できない波形が記されている。


扉が叩かれる。


「入れ。」


ルークラン・アストレイドが入室し、軽く一礼した。


「呼ばれましたか、教授。」

「ああ。――君の報告を聞こうと思ってな。」


教授は視線を紙から上げ、静かに続けた。


「制御訓練の様子はどうだ? 暴走の兆候は見られないか。」

「安定しています。魔力の流れも落ち着いてきていて……もう、発作のような反応はありません。」

「そうか。」


レイナードは小さく頷き、観測表を閉じた。

その指先が、わずかに震える。


「……君も承知しているだろうが、あの子の魔力は、“生命の理”に近い。」


ルークランは否定も驚きも示さず、静かに視線を向けた。


「ええ。」

「あれは、命を繋ぎ、癒し、還す性質だ。理論上は“光”の最上位に位置づけられるが、純粋な光属性とは異なる。」


教授は言葉を選びながら続ける。


「再生に特化した波形が、常に基底にある。君の制御――均衡を保ち、逸脱を抑える属性とは対をなす関係にあると見ていい。」


一拍。


「だからこそ、相性がいい。彼女の力が過剰に傾いたとき、君の制御は、無理なく流れを戻せる。」


レイナードは小さく息を吐いた。


「……この件は、まだ評議会には上げていない。知られれば、あの子は確実に政治の盤上に置かれる。」

「承知しています。」

「しばらくは、今まで通りだ。制御訓練の中で様子を見ろ。君がそばにいる限り、極端な事態にはならん。」

「わかりました。」


ルークランの返答は短い。

だがそこには、状況も責任もすべて理解した者の、確かな重みがあった。


「彼女を、守ります。観察対象としてではなく――一人の人間として。」


レイナードは小さく笑い、杖の先で机を軽く叩く。


「君らしいな。だが、焦るな。力の理は急がせれば乱れる。……今はただ、見守りなさい。」

「……はい。」


ルークランは深く頭を下げ、部屋を出ていった。


残されたレイナードはしばらく窓の外を見つめ、

遠くに沈む夕陽を眺めながら、静かに息を吐いた。


「――“傍らに立つもの”か。」


その呟きは、風に溶けて消える。


「導くことも、止めることもできぬ。ただ、光と闇が出会う場所で――どちらかが孤独に沈まぬよう、見届けねばならんのだ。」


高塔の窓を風が叩く。

灯りが揺れ、影が長く伸びていく。


その静寂の中で、レイナードの視線はひときわ深く、

遠い過去の記憶を映していた。



「……均衡は、いつも傍らにある。だが、その重さを知るのは、選ばれた者だけだ。」



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