表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/7

二歩目 変われるキッカケ……なのかなぁと思う

本編の続きです(*^_^*)


本編中1番のページ数になってしまった、体験入部でのお話です。

どうも僕は細かく書きすぎるようで、「これいらないんじゃ……」という部分が結構あったりするとは思います。

ですが、そこは長い目で見守ってやってください(>_<)


では、よろしくお願いしますですm(__)m

 新たなスタートである記念すべき入学式を終えてから一週間程、皆も少しずつ高校生活に慣れてきたようだ。

 そんな4月の半ばを過ぎた朝のHR。

「は~い、みんなぁ。今日も元気に、おっはようございま~す!」

「「おっはようございま~す!」」

 いつものように、元気な挨拶を交わす美子先生とクラスメイト達。

 それに混じって、元気があるともないとも言えないくらいの大きさの声で俺は挨拶する。

「ふふっ。今日もみんなが元気で嬉しいでっす! さてさて、みんなも少しずつ学園に慣れてきた頃だと思います。そこで、今日はみんなにお知らせがありまっす。じゃじゃ~ん! なんと今日から2日間、各部活で体験入部が始まっちゃいま~す! わぁ~、良いですね~青春ですね~。先生も、学生時代は恋をほったらかしにしてまで部活に熱中してたものです。まぁでも、そのおかげで……はぁ~……」

 てっきり部活の素晴らしさを教えてくれるのかと思いきや、何か嫌な事でも思い出したようで、皆の前で深いため息を吐く美子先生。

「先生、落ち込まないでください!」

「そうだよっ! 美子ちゃんまだ若くて美人だし、幾らでもチャンスがあるよ!」

「そうだ! それに先生には俺たちがついています!」

 そんな落ち込んでしまった美子先生を見て、励ましの言葉を送るクラスメイト達。

「っ~~……みんなぁ~! うん……うん! ありがとう! 先生、みんなのクラスで良かった……」

「せ、先生~!」

 ホロリと泣き出した先生に、皆は席を立ち駆け寄って行く。

 え~っと……。

「ふぅ、まったく……朝から元気がいいわね、ホント……」

 俺の前の席に座っている綾瀬さんが、机に頬杖をつきながら気だるそうに呟いた。

 だがそのしぐさとは裏腹に、彼女の腰辺りまである線の細い白色の髪は、今日も彼女の鮮麗な容姿を表すかのように煌めいている。

「みんな、ありがとう。先生はもう大丈夫だから、自分の席に着いてくださいねっ」

 美子先生が女子生徒から渡されたハンカチで涙を拭いながら、まだ少し涙声で皆を席に戻るよう促す。

 本気泣きだったのか……。

「よ~し、それでは気を取り直していっちゃいますよ~! ではでは、これからみんなに部活の入部希望用紙と、どんな部活が在るのかや、その活動場所を記した表も一緒に作ってみたので配りたいと思いまっす! 部活を決める参考にしてくださいね~」

 そうして美子先生は、2種類の紙を「1枚ずつ取って後ろに回してくださいね~」とそれぞれの列にその人数分配り歩く。

「ん!」

 俺は、「早く取って」と言わんばかりの綾瀬さんから紙を受け取り、自分の分を取って後ろの席に渡す。

「?」

 紙を後ろの席に渡した俺が振り返ると、何か言いたそうな顔で綾瀬さんがこちらを見ていた。

「優希ちゃん?」

 俺の隣に座っている叶井さんも、どうしたんだろうという風に、その大人しそうな瞳で彼女の友達である綾瀬さんを見つめていた。

「………」

「……えっと、ありがとう? です」

 綾瀬さんが何も言わないので、とりあえずそう言ってみた。

「ふん!」

 すると綾瀬さんは、なぜか怒ったみたいに前を向く。

 ? 何なんだ、いったい。俺、何かしたかなぁ?

 どうも入学式の日から綾瀬さんは苦手だ。まぁ、綾瀬さんだけじゃなくて他の女の人も苦手なんだけど……。というか人と話すのが苦手なだけだな俺は。

 昔はこうでもなかったんだけどなぁ……。

 遠慮なんてことをまったく知らず、誰とでも気楽に話しをしてた。まぁ悪い事ばっかりしてた気がするけど……。でも、それでも明るく笑ってた。ホント、良くも悪くもちょっとしたキッカケで変わるもんだよなぁ人間って。

 でも、だからこそ、もう1度変わってみたいんだけどな。

「じゃあこれで朝のHRを終わりまっす。みんなぁ、自分に合った部活を見つけて楽しい学園生活を送ってくださいね~」

 HRが終わると、美子先生は教室を出て行った。

 少しするとチャイムが鳴り、1時間目の歴史を担当する先生がやってきて授業が始まった。

 ――自分に合った部活。

 授業中にも係わらず、俺はずっとどうしようかと考えていた。

 変わるため、新しい何かを見つけるために、そして嫌な過去を払拭するためにこの街に引っ越してきた、つもりだ。

 もう一度夢を見てみるのが良いか。これから先のためにバイトを増やして貯金に励んでみるのが良いのか。それとも、新しい何かが在る処へ踏み出してみるか。

 まぁどれを選ぶにせよ、勇気を出さなきゃ始められないだろうけど。本気になることを忘れた俺には難しい事かもしれないな……。

 ――って、マイナスに考えてどうする! それでも変わるって決めたんだろ! だったら変わるための努力をすればいいだけの事じゃないか!

 でも、やっぱり俺は……。

 そんな事を考えていたら、あっという間にお昼休みになった。

 もうこんな時間か……。

 教科書を机に仕舞い、カバンの中から今日のお昼を取り出す。

「やっほー、進くん。今日も一緒に食べよ~」

 お昼ご飯のパンを机の上に並べていると、葵さんが元気な声をかけてきた。

 入学式の日に知り合った彼女はお昼休みになると、隣のクラスの1―Cから、この1―Dにやってくる。

 人と話すのが、特に女の子とは顔を見て話すこともできない程苦手な俺が、なぜか彼女とは割と普通に話すことができる。彼女の明るさのおかげだろうか?

 葵さんは、お昼を叶井さんと一緒に別の場所で食べていて空いている綾瀬さんの席から椅子を借りると、そこに座った。

「ねねっ、進くん。もうどんな部活にするか決めた?」

 持ってきたお弁当箱を広げると、葵さんはさっそく、今最も学園内で注目されているであろう話題を振ってきた。

 少し耳を傾ければ、他の所からも部活についての会話をしているのが聞こえてくる。

「いえ。まだどうしようか、迷ってます」

「そうだよね。これだけいっぱいあると迷っちゃうよね~」

 朝、俺達のクラスで配られたのと同じ紙を葵さんのクラスでも配られたのだろう。葵さんは制服のポケットから部活リストを取り出して、俺にも見えるように机の上に置いた。

 リストは、体育会系と文科系、そのどちらでもないエキストラの3つに分類されていてすごく判りやすかった。

 野球部やバレー部等の定番の部活から、聞いたことはないが、なんとなくどんな部活か分かる? レーシング部やサムライ部等。あとは、ファンシー部? 頭の中に沢山のヌイグルミが浮かんできた。……ちょっと入ってみたいかも~。

 想像して頬が緩みそうになる。

 ……じゃなくて、本当にいろいろあるなぁ。全部でどれだけ在るんだろうか、後で数えてみようかな。

「――って、あれ? 葵さんは剣道部じゃないんですか?」

 リストから剣道部の名前を見つけて、葵さんと出会った時の事を思い出した俺は、葵さんに訊いてみた。

「え? どうして?」

「え、えと。初めて会った時に、確か剣道着みたいなのを着ていたので。もしかしてそうなのかなぁって思って……」

「あぁ、そういえばそうだったよね~。うん。納得、納得」

 葵さんも思い出したようで、首を何度も頷かせている。

「私ね、中学まで剣道やってたんだけど、高校に入ったら何か新しい事に挑戦したいって思ってたんだ。でもその時の習慣っていうか、よく大事な日とかにはああやって『よし、やるぞぉ!』って気合いを入れてたんだぁ」

「あ、なんか分かるような気がします」

 俺も中学に行ってた頃は、よく似たような事をしていたからな。

「だよねっ。あっ、進くんは何か部活してたの?」

「えっ、あ、えと……」

「うん、うん」

 教えて、と期待を含んでいるような目で見つめられる。

 そんなに見られると、恥ずかしい。

「えと、その……一応、サッカー部に」

「へぇ~、そうなんだぁ。進くん、運動得意そうだもんねっ」

「いえ、そんな事は……ないです……」

 なんか、照れる。

「でも進くん、一応って変な言い方するんだね。高校じゃサッカー部に入らないの?」

「………」

 純粋に疑問を投げかけてくる葵さん。

 その言葉が俺の気持ちを揺るがした。

 サッカー部……。俺は、みんなと……

 ――いや、もう決めたんだ。

 一瞬、どう答えようか迷ったが、結局さっき決めたことを口にした。

「はい。何か別の事をしてみたくて」

「じゃあ、私と一緒だねっ」

 葵さんが笑う。

「ふふ、そうですね」

 ……俺のは少しだけ後ろ向きな気持ちが混じってるかもだけど。でも、変わりたいのは本当だから。

「う~ん。どれにしようかなぁ」

 リストを見ながら唸る葵さんは楽しそうだ。

 俺も、もう一度リストに目をおとす。

 と見ていたら、ふと、目に留まる言葉があった。

 《きっとこの先、たくさんの笑顔が君達を待っているだろう》

 ! たくさんの笑顔……。

 まるで、俺の心が求めているものを見透かしたような言葉だった。

 何だろう? 何か、何かが俺の体の奥底にある扉を叩いているような、不思議な感覚が体を駆け巡った。

 ……もしかしたら、ここなら俺を変えてくれるかもしれない。何故だか、そんな気がした。

 俺は急いで視線を横にずらして、その紹介文が書かれている部活名を確認する。

「お助け部……」

「何々? 何かあった?」

「あ、その……これ……」

 訊いてきた葵さんに、俺はエキストラの下の方に書かれていたそれを、人指し指で示す。

「お助け部? うんと、『きっとこの先、たくさんの笑顔が君達を待っているだろう』――へえ、なんだか素敵な言葉だねっ」

 葵さんがリストを見てそう言った時、再び俺の目は吸い込まれるようにその言葉を映していた。

「活動場所は……お助けベアーだって。あはっ、おもしろそう」

 書かれている活動場所を見て、葵さんが笑う。

 俺はリストから目を逸らさずに想像してみる。

 お助けベアー? クマが現れて生徒を助けてくれたりするのだろうか? それは、逆に怖い気がする。

「……あのさ、それじゃあ、放課後見に行ってみよっか?」

 俺の動かない視線に気づいたからか、葵さんが提案してきた。

「進くん、なんだか気になってるみたいだから」

「えっ、ああ、いやその……良いんですか? 葵さん、他に見たい部活とかは?」

「良いよ。だって、私もどんな部活か気になるんだもん」

 ……そっか。葵さんがそう言うなら、せっかくだし見に行ってみようかな。

 一人だと、もし本当にクマがいたら怖いし。まぁそんな事は有り得ないけど、危ないかもだし。それに、一人だとちょっと心細いし。なにより、俺自身が行きたいっ。

「……あのっ、それじゃあ、お願いできますか?」

「うんっ。じゃあ放課後、一緒に見に行こうねっ、進くん」


      ***


 今日の授業が終わり、放課後になった。

 カバンに教科書を仕舞って帰り支度を整える。

「あの、一前くん。また明日、です」

 俺より先に支度を済ませた叶井さんが、帰りの挨拶をしてくれた。

「あ、はい。また明日です」

 叶井さんは、いつも朝と帰りに声をかけてくれる。

 いくら隣の席だからってそんなに気を使わなくてもいいのに。ホント、真面目な良い人だと思う。

「じゃ、行くわよ香苗」

「うん、優希ちゃん」

 叶井さんは俺に軽くお辞儀をした後、同じく支度を済ませた綾瀬さんと一緒に教室を出て行った。俺も行こう。

 教室を出ると、葵さんが待っていてくれた。

「あっ、進くん。よ~し、じゃあ行こっか」

「はい」

 たくさんの部活があるこの学園には校舎とは別に、部室棟と呼ばれる建物があるみたいだ。

 主に文科系の部室がある部室棟は4階建てで、リストをみると、その4階にお助け部の部室もあるらしかった。

「……なんか静かだね」

 葵さんが呟いた。

「そうですね。人があまり……というか、いませんね」

 部室棟の1階、2階、3階と通ってきたわけだが、どの階にも一年生らしき生徒で賑わっていたように思う。

 しかし、この4階に来てみると、他の階とは違って廊下に生徒が1人も見当たらなかった。

 本当にここなんだろうか? 少しぐらい誰かの声がしてもいいだろうに。

 不安に感じながら廊下を歩く。

 周りを見ると、ストッキング部、フェアリー部、BWH研究会などの何をするのかよく判らない部活名が書かれたプレートが並んでいる。

 その中からお助けベアーと書かれたプレートを探して進むと、廊下の一番奥、明らかに他の部屋の扉とは違う、目立って仕方がない扉が視界に入ってきた。

 何だあれ? まさか、いや、そんな……。

「あっ、見てみて進くん。あそこにクマさんがいるよ!」

 葵さんが面白いものでも見つけたようにはしゃいだ声を出して、それを指差した。

 その指が示す先には、クマがいた。

 扉に絵具で描かれた可愛らしいクマが、お腹の部分のコルクボードを手に持って、「僕はおたすけベアー、よろしくね」と言っていた。

 ……いいのか? 扉にこんなことして。

 いや、それよりも……もしかして、ここ、なのか? ここなんですかっ、クマさん?

「ねね、進くん。もしかして、ここなのかな? おたすけベアーってクマさんも言ってるし。ここだよねっ!」

 扉のクマを見ながら言う葵さんは楽しそうだ。

 ……やっぱり、ここ、なんだろうな、きっと。部屋の名前が書かれているプレートにも「お助けベアー」って書かれているし、間違いないだろう。

 でもなぁ、いくら可愛いものが好きな俺でも、さすがにこれはどうかと思うんだが。いやまぁ、可愛いんだけど。

「えっと……どうしましょうか?」

「どうするって、進くん入らないの?」

「いやぁ、その……はは」

 だってなぁ、なんか入りづらいし。

「入ってみようよ。おもしろそうだよ。ねっ、ねっ」

 入る気満々の葵さんが俺の手を取る。

 うぅ、そんな風にされたら断れないじゃないか。そもそも俺が葵さんを誘ったようなものだし、断る訳にもいかない。

 ……しょうがない、ちょっとだけ入ってみるか。

「すぅー、はぁー……よしっ」

 俺は一つ深呼吸して、軽くノックをしてから、扉に手を掛けた。

「失礼します。たいけ……んぷっ」

「よ~うこそ~お助け部へ~。クマック~マッ」

 扉を開けて中に入ろうとしたらいきなり、部屋の中に居た柔らかい何かに包まれた。

 な、何? 何が?

「んふふっ。ぎゅ~っ」

 訳が判らず混乱していると、柔らかい何かはしっかりと俺を抱きしめてくる。

「ふぁ、ふぁなちて」

 放して、と言いたいのに、頭からギュッと抱えられてしまっている為、うまく喋れない。

「くっ!」

 俺は抱きしめられながらも、何が何だか分からない状況から逃れようともがき、なんとかその拘束から抜け出して、状況を確認する為に顔を上げ、抱きついてきたモノの姿を見る。

 俺を拘束したそれは――クマだった。またしてもクマがいた。

 だが、今度のクマは扉に描かれた硬くて冷たい平面なクマとは違って、柔らかくて暖かな立体的なクマだった。

「……着ぐるみ?」

「はい~? 違いますよ~。わたしは、おたすけベアーですよ~」

 俺の呟きにクマがのんびりとした口調で答えた。

 えっと、マスコットキャラって事だろうか。

「あのっ、私たち体験入部にきたのですが、中に入れてもらってもいいでしょうか?」

 どうすればいいのか判らずおたすけベアーと対峙していると、その後ろで部屋に入れずにいた葵さんが、部屋の外からおたすけベアーに訊ねた。

「はい~、もちろんです~。どうぞ、お入りになってください~」

 おたすけベアーが丁寧に、手の平を部屋の中に向けて指し示した。

 俺と葵さんは部屋の中に入る。

 部屋の中央にはがっしりとしてそうな机が置いてあり、その両隣にソファが置いてあった。壁際には本棚もある。さらに驚く事に、本棚の向かいには手洗い場までもがあった。

 あ、中はわりと普通だ。いや、立派と言ってもいいくらいだ――と一瞬思ったのだが……。

「クマ……」

 部屋の奥、上座の方に置かれている机の椅子に、頭に赤いリボンをつけた大きなクマが座っていた。

 また着ぐるみだろうか? でも、それにしては動かないよな。着ぐるみじゃなくて縫いぐるみなのか? 大きいなぁ、抱きつきたいかも。

 それによく見ると、本棚の上にも小さなクマの縫いぐるみが3つ飾ってあった。さらにもっとよく見てみると、ソファの下に敷いてあるカーペットまでもがクマ柄だった。

 ……あははー、ここはクマさんがいっぱいだー。わーいわーい、嬉しいなー。あははははー……。

 ……何だここは? クマだらけじゃないかーーっ!

 何? もしかしてファンシー部ってやつと一緒の部室なの? 共同生活なの? それともクマさんのお家だったり……なのですかーーっ?

 はぁはぁ……ぐぅ、駄目だ、この部屋は危険だ。ここに居ると俺の中の何かが壊れていくような気がする。

 葵さんには悪いが、ここは一旦帰った方がいいかも。でもそれとは反対に、もっとこの部屋に居たいという気持ちもあったりする。

 くぅ~、俺はいったい……どうすればいぃんだぁーー!

「うぅっ」

「進くん、大丈夫? 頭痛いの?」

 葵さんが頭を押さえて唸る俺を、心配そうに覗き込んできた。

「ぅ、いえ、大丈夫……です」

 そうだ、とりあえず落ち着こう。落ち着くんだ、俺。こういう時は何か別の事を考えよう。

 クマを頭の隅っこに追い払う。

 ――あー、チョコレートが食べたい。できればチョコパフェがいいなぁ。はふ、おいしそう。

 チョコパフェを思い浮かべて幸せに浸る。

 その間におたすけベアーは椅子に座っている大きな縫いぐるみのところへ移動していた。

「凛ちゃん、お客さんが来ましたよ~」

 そして誰かに話しかける。

「?」

 いったい誰に話しかけてるんだ?

 俺は葵さんと顔を見合わせる。

「誰と話してるのかな?」

 この部屋に居るのは、俺と葵さんとおたすけベアーだけだと思うのだが。

「凛ちゃん、起きてください~。お客様ですよ~。朝ですよ~」

 どうもおたすけベアーはあの縫いぐるみに話しかけているように見える。

 今はもう朝どころか、おやつの時間も過ぎちゃってますが……。もしかして、やっぱりあれも着ぐるみだったのか。

「んぁ~……はちみつくれたら起きるぅ~……」

 寝ぼけたような口調が、もそもそと動いているリボンをつけたクマから聞こえてきた。

「もう~凛ちゃんたらっ~。すっかりクマさんになっちゃってますね~」

「はちみつぅ~」

「んふふっ、本当に凛ちゃんは可愛いんですから~」

 おたすけベアーがうっとりとした風に手を頬に当てる。

 実際は表情が見えないのでうっとりしているのかは判らないが、声の調子からしてそうだろうと思う。

「はちみつ、私も欲しいなぁ~」

 人差し指を唇に当てて、葵さんが物欲しそうに言った。俺も欲しいかも。

「ん~、ひとまずお茶でも淹れましょうか~。お二人とも、そちらに座ってくつろいでいてくださいね~」

 おたすけベアーはそう言うと、部屋にある手洗い場の前に立って、そこにある食器棚に並べてあったカップを掴もうと手を伸ばした。

「あ」

 俺は次に起こるであろう出来事を予想して、おたすけベアーの元へと急いで駆け出す。

「あら~?」

 カップを掴もうとしたおたすけベアー。

 だが、その指も爪も無い丸い手でうまく掴めるはずもなく、カップは零れ落ちる。

 俺は必死に手を伸ばす。

 しかし、急に動いたからか、俺の足はもつれ、バランスを崩してしまう。

「くっ」

 それでもしっかりとカップの動きを目で追いかけて、落下地点に向けて手を差し出す。

 大丈夫だ、間に合う。

 手にカップの固い感触が伝わる。

 よし、セーフ……。

「危ないっ!」

「っ!」

 葵さんの声が聞こえたと思ったら、次の瞬間、肩に衝撃が走った。

「っぁ!」

「な、何事だ!」

 大きな音に反応して、眠っていたクマが椅子から立ち上がり、辺りを見回しているのが視界の端に見えた気がした。

「進くん!」

 葵さんが駆け寄ってくる。

「大丈夫ですか! すみません、わたしの不注意で……すぐに診せてください」

 おたすけベアーが、壁にぶつけた俺の肩の様子を見ようと屈んでくる。

「っいえ、ちょっとぶつけただけですから。大丈夫です」

 それよりカップは……あった。

 壁にぶつかった際に手からこぼれてしまったカップは、俺の足元に転がっていた。

 ふぅ、割れなくて良かった。

 カップの無事を確認して立ち上がろうとする俺の手を、おたすけベアーはそのやわらかい両手で優しく包みこんできた。

「ダメです、ちゃんと診せてください! わたしの所為でこんな……もし腫れてでもいたら……」

「いえ、平気で――」

「ダメですっ!」

 おたすけベアーが俺に詰め寄って来る。着ぐるみの向こうの表情が伝わってくるような気がした。

「……分かりました」

 本当に大丈夫なんだけどな、そこまで必死な声で言われたら断れない。ここで断って心配させるよりも、今診てもらって安心してもらった方が、俺としても気持ちがすっきりするだろうからな。

「では、失礼しますね」

 おたすけベアーが俺の制服の肩を捲ろうとして手を置いた。

「……あ、あら~?」

 うまく捲れない。

「あのっ、それ脱いだ方が……」

 葵さんがもっともなアドバイスをおたすけベアーに渡す。

「え? ……あっ。そうでしたね、わたし、おたすけベアーになってたんでした~。すみません、すぐに脱ぎますので~」

 着ぐるみ着てたのを忘れてたのか。さっきカップを落としたばかりなのに……それだけクマになりきっていたということか。それとも、着ぐるみを着ているのを忘れるくらい心配してくれたのか。まぁ両方っぽいけど。

「あら? 手が~……」

 おたすけベアーは両手を背中に回して前屈みになりながら、一生懸命に何かと格闘し始めた。

「えっと……これ、ですか?」

「あ、はい~。それです、それです~」

 葵さんがおたすけベアーの後ろに回って訊くと、おたすけベアーが頭を振って答えた。

 葵さんがしゃがんだと思ったら、おたすけベアーのフカフカの体が床に落ちた。代わりにその下から蒼鯨学園の女子制服が現れる。

「んっしょっ」

 さらにおたすけベアーだった女生徒は、残された頭をとって、かぶりを振った。

 柔らかそうな長い髪がふわふわと波打つ。

 大人びた雰囲気のおっとりとした女の人がそこに居た。

「ありがとうございます~、手伝ってもらっちゃいまして~」

「あ、い、いえっ」

 その人は葵さんに頭を下げると俺に近づいてきた。

「すみません、お待たせしてしまって~。では~、今度こそ……」

 肩に手が添えられる。それと同時に、すぐ目の前に女の人の顔が寄せられた。

「っ」

 フローラルミントの香りが鼻を擽る。

「……腫れてはいないようですね。痛みますか?」

「い、いえっ、全然! 全然平気ですっ!」

 緊張してしまって思わず声が上ずってしまう。

「そうですか~、良かったです~。でも念のため保健室に行った方が良いかもですね~」

 女の人はホッと胸に手を当てて安心した溜め息を吐くと、ふんわりと微笑んだ。

「……ふにゃぁ」

 その微笑みを真正面から受けた俺は、顔から火が出そうな代わりに、口から変な声を出して横に倒れた。

「進くんっ?」

「あ、あら~? 大丈夫ですか~? やっぱり痛みが……」

 俺を心配してくれる二つの声を、両腕を顔の前に持ってきて遮る。

「っ~~」

 自分の心臓の音がうるさい。体の中で馬が跳ね回っているようだ。

 どうしてこんなに落ち着かない気持ちになってるんだ? 胸が苦しいような、恥ずかしいような、とにかく落ち着かない気分だ。

 葵さんの暖かい笑顔とはまた違う魅力がその微笑みにはあった。……ふにゅぅ~ん。

「さすがだな、水鳥。どうやらお前の微笑みでイチコロみたいだぞ。まったく、罪づくりな女だな」

「凛ちゃん? いつの間に起きたんですか~?」

「ん、ああ。そりゃ起きるだろう、あんな音がしたらな」

 床で悶えている俺の傍から、声が降りかかってきた。

「おい君、とりあえず落ち着け。彼女が困っているぞ?」

「か、彼女っ!」

 葵さんの戸惑ったような声がした。

「ほら、まずは立て。それから一度深呼吸だ」

 俺は両脇をグイッと抱えられて、なんとか起き上がる。

「はぁうぅ~」

「さあ吸って、それから一度止めて、ゆっくりと息を吐くんだ。やってみろ」

 脇を抱えられたまま、言われた通りに深呼吸をする。

「すぅー、はぁーー……すぅー、はぁーー……」

「どうだ、少しは落ち着いたか?」

「は、はい……」

「そうか」

 ゆっくりと放される。

 おかげでなんとか動悸が治まってきた。

 くっ、微笑まれただけでこんなになるなんて、クジラにも勝る破壊力だ。確かにこの微笑みなら誰かを救えるのかもしれない。おたすけベアーの中の人、恐るべし……。

「ところで君達一年生のようだが、うちに体験入部に来たのか?」

 リボンをつけたクマが訊いてきた。

 あ、あれ、いつの間に? さっきまであそこに……。

 さっきまでクマが眠っていたはずの机の方を見る。

 ――居ない。じゃあ今俺を抱え起こしてくれたのは、このクマだったのか。

「はい。おもしろそうな部活だなって思って来ました」

 葵さんがクマに答える。

「ふむ、そうか。……いや、すまないな。ここ数日、遅くまで色々な企画を考えていたのだが……その所為か、授業が終わって着替えた後、落ち着いた途端急に眠くなってな」

「凛ちゃん、張り切ってましたからね~」

「ああ。だが、まさか本当に人が来るとは思ってなかったがな」

「凛ちゃんの頑張りが通じたんですよ~。きっと」

 クマとおっとりした女の人が仲良さそうに会話をしている。

「ともあれ、歓迎するぞ、君たち! 我がお助け部によくぞ来た!」

「お助け部にようこそ~です~」

 と、二人? がこちらに向けて笑顔で言った。……クマの表情は変わらなかったが。

「「あ……はい!」」

 なんだか嬉しくなって、俺と葵さんは顔を見合わせ笑い合い、声を揃えて言った。

「――と言いたいところなのだが。実は最後の仕上げがまだ残っていてな。……すまないがまた明日、日を改めてから来てくれないか?」

「え……?」

「すまないな……」

 申し訳なさそうに千藤先輩が謝る。

「あ、いえ……そっかぁ、それなら仕方ないですよね。また明日来よう、進くん」

「はい、そうですね。……あの、それじゃ明日楽しみにしていますね」

「ああ、待っているぞ」

 二人にそう答えて、俺は葵さんと一緒に部室を出た。


      ***


「かわいい二人でしたね~」

「ああ、そうだな」

 進と葵を見送った後の部室で、床に落ちたままだったカップを拾いながら言った水鳥に、頭に赤いリボンをつけたクマの着グルミを着ている凛が答える。

「……やっぱり、凛ちゃんは優しいですね」

 水鳥が拾い終えたカップを棚に戻しながら言う。

「ん? 何がだ?」

「……最後の仕上げ、なんて言いましたけど、あれ嘘ですよね? だって……」

 沈んだ声で言いかけて、水鳥は俯く。

「んん? おかしいな、まだ何か残っていた気がしたんだが……どうやら、寝ぼけているみたいだな」

「凛ちゃん……」

「あー、まあ何だ。仕方がないだろう、急に眠気が襲ってきたんだ。さすがのあたしでもアレに抗う事はできん」

 腕を組んで、照れ隠しをするように、凛はそっぽを向く。

「……ありがとうございます、凛ちゃん……そうですね、凛ちゃんはこの日のために何日も前から頑張っていましたから~」

 自分と、自分の失敗の所為で怪我をさせてしまった一年生を気遣ってくれた凛の気持ちに応えるように、水鳥はいつもの調子に戻る。

「ふっ、お前も手伝ってくれたからな。いや、しかしまさか本当に人が来るとはな、驚いた」

「でも~これでやりがいも出てきたというものですよ、凛ちゃん」

「ああ、まったくその通りだ。……でもそうだな、ただ1日待たせるのもなんだからな、せっかくだからもう一つ何か考えてみるとするか。手伝ってくれるな、水鳥」

「はい~、もちろんです~」

 楽しみにしていると言ってくれた二人の一年生の為に、凛と水鳥は動き出す。

「あ、その前に一ついいですか~?」

「ん? なんだ?」

「いえ~、凛ちゃん、クマさんのままだな~っと思いまして~」

「おお、そういえばそうだったな」

 水鳥に言われて気づいたらしい凛は、頭に赤いリボンのついたクマを脱ぎ捨てる。

「……ふぅ、すっかり汗をかいてしまったぞ。こうゆうのは傍から見ると楽しいものだが、実際に着てみると案外大変なんだな」

 頭を振って、頬に張り付いた髪を汗と一緒に払う。

 腰まで伸ばした艶やかな黒髪がサラサラと流れた。

「はい、凛ちゃん」

「おお、すまないな水鳥」

 水鳥が、部屋に置いてある冷蔵庫から出して、コップに入れてきた冷たいイチゴ牛乳を凛に手渡す。

「……ふぅ~、生き返るな~」

「うふふっ、凛ちゃんオジサンみたいですよ~」

 イチゴ牛乳を一気に飲み干して息を吐く凛を見て、水鳥が笑う。

「よし、では始めるか!」

「はいっ~」

「ではそうだな……」

 ガララッ、っと扉の開く音がした。

「ん?」

 見ると、お助けベアーと書かれたプレートの下、部屋の入口に少女が立っていた。

 肩のあたりで切り揃えられた白い髪。その後ろの辺りに、小さな赤い鈴が付いた葉っぱの髪飾りを左右に一つずつ付けていた。

 その髪飾りが少女の髪の色と相まって、雪ウサギを思わせる。

「………」

 少女は部屋の中を見つめたまま動ごかない。

 中に入ろうかどうか、迷っているようだった。

「お助け部へようこそ~。体験入部の方ですか~?」

 コクリ。

 水鳥が訊くと、少女が小さく頷いた。

「わぁ~、やりましたよ~凛ちゃん。本日三人目のお客様です~」

 ポンと手の平を合わせて、水鳥は喜びを表す。

「それでは~、どうぞ中へ~……と言いたいところなのですが~……実はまだ準備が終わっていなくて~……せっかくですけれど、また明日来て頂けませんか~?」

 喜びを表した明るい声から、少し沈んだ声に変わって水鳥が言う。

「………」

 少女は少し目を伏せて落ち込んだかのように見えたが、それから目線を上げ、二人を見てまた小さく頷いた。

「すまないな、せっかく来てくれたのに……」

 謝る凛に、少女は首を横に振って、

「……また、明日」

 そう呟き二人に背を向け、少女はお助け部の部室を後にした。

 

      ***


「進くん行こー」

 よっぽどお助け部に行くのを楽しみにしていたのだろうか。放課後になると、俺が教室を出る前に葵さんが呼びにきた。

「あ、はい。今……」

 俺は急いで机の中の教科書をカバンに詰めて、席を立つ。

「あ、一前くん」

 隣の叶井さんが声をかけてきた。

「あ、その……また明日です」

「はいっ。また明日です」

 俺も放課後を楽しみにしていたのか、いつもよりも元気に挨拶を返す。

 教室を出て、葵さんと昨日行ったお助け部の部室――お助けベアーに向かう。

「いったいどんな事をするのかな? う~ん楽しみだねっ」

「くすっ。はいっ」

 葵さんと、どんな事をするのかな、と二人で予想しながら歩く。

 部室棟4階、その一番奥に、昨日も見た絵具で描かれた可愛らしいクマの扉が見えた。

 クマの鼻をノックする。

「は~い」

 部室の中から声がした。

 了解を得て扉を開けようとする俺の頭に、昨日の事が思い起こされる。

 ……一応用心しておこうかな。

 横にずれて入口の正面に立たないようにしてから、一度葵さんを見る。

「?」

「一応離れておいた方が……」

「? ……ああ、そっか。大丈夫だよ進くん、そんなに心配しなくても」

 葵さんが笑う。

「そ、そうですか?」

「大丈夫だよっ。あ、じゃあ私が開けてもいいかな?」

 俺は、小さく二回頷いて葵さんに答える。

「よーし、じゃあ開けるね?」

 葵さんが迷いなく扉を横にスライドさせた。

 俺は身構える。

 …………何も起こらなかった。

「失礼します。約束通り来ましたーっ!」

 葵さんが先に元気良く部室に入っていく。安全を確認した俺も続いて入る。

「まあ、来てくれたんですね~。お待ちしていました~」

「おお、待っていたぞ二人とも」

 昨日聞いた二つの声が、俺と葵さんを迎えてくれる。

 今日は着ぐるみを着ていないんだな。

「はい。楽しみにしてました」

「ふふ、そうか。それは嬉しいな」

 葵さんが言うと、腰まである長い黒髪をした女の人が小さく笑った。

「ぁ……」

 綺麗だ……。いや、それ以上に……かっこいい……。

「ん? どうした?」

 その人と目が合った。

「あ、いい、いえっ。……あ、あの、もしかして昨日のリボンをつけた?」

「ん、ああ。そういえば昨日は顔も見せてなかったんだったな」

 その人は立ち上り、いや元々立ってはいたのだが、こちらに向かって一歩前に出た時、急に壇上に上がったみたいにその人の存在感が増した気がした。

「あたしは《千藤せんどう りん》、二年だ。このお助け部の部長をやっている。よろしく頼む」

「わたしの名前は~《御園みその 水鳥みどり》と申します~。学年は~凛ちゃんと同じで二年生です。どうかよろしくお願いしますね~」

 千藤先輩は毅然とした、でもどこか温もりを感じる態度で。御園先輩はゆったりと、まるで気分が安らいでいくような声で、二人の先輩が名を名乗る。

「私は貴峰 葵ですっ! よろしくお願いします!」

「あ、えと、一前 進です。よろしくお願いします」

「うむ。よろしくな、二人とも」

「はい~、よろしくです~」

 俺と葵さんが揃って頭を下げると、先輩達が律儀に返してくれた。

 ……良かった、良い人達みたいだな。結局昨日はよく分んなかったからな、なんか安心した。

「あの、それでどんな事をするんですか? もう楽しみで……」

「ああ、それならもう少し待ってくれないか? もう一人来るはずなんだ」

 待ちきれない様子の葵さんが訊くと、千藤先輩が答えた。

 もう一人?

 まあそうだよな。俺達の他にこの部活に興味を持った人がいても、別におかしくはない。

 どんな人なんだろうと考えていたその時、ガララッと音を立てて部室の扉が開いた。

「あ、お待ちしていましたよ~。さあ、どうぞ中へ~」

 御園先輩が扉を開けた人に声をかける。

「………」

 扉を開けた女の子は、扉を閉め、白い髪を揺らして、ゆっくりとこちらに向かって歩いてくる。

 あれ? この女の子、あの時の……。

「よしっ、これで全員そろったな。ではさっそく――」

「はぴあちゃん!」

 千藤先輩の声を遮って、葵さんが叫んだ。

「………」

 女の子は驚いたようにジッと葵さんを見つめている。

「はぴあちゃんだよね? 私だよっ、葵だよっ!」

 女の子の肩を掴んで葵さんが必死に呼びかける。

「覚えてるよねっ? 小さい頃よく一緒におままごとしたり、浴衣を着て二人で商店街のお祭りに行ったり、神社の林で日が暮れるまで夢中になって遊んだりしたよねっ?」

「………」

 女の子は少し言葉を躊躇ったように見えたが、

「……葵……」

 小さな唇を動かして葵さんの名前を呟いた。

「~~ぅっ! ぅ、ぅ、はぴあちゃ~ん!」

 葵さんが瞳に光るものを浮かべながら、女の子に抱きつく。

「どうして、どうしてあの時黙って……」

「………」

「……でもそっか、戻ってきたんだね、この街に。だったら笑わなきゃね。……おかえり、はぴあちゃん」

「……ただいま、葵」

「えへへっ」

 葵さんと女の子の間に温かな空気が流れる。

 ……葵さん、嬉しそうだな。

「……なんだかよく分からないが、良かったな」

 そんな二人に、千藤先輩が思いやりの言葉を送った。

「……あの~、ところで~お二人はお知り合いみたいですけど~?」

 御園先輩が状況を見守る三人を代表して、二人の女の子に遠慮がちに訊ねる。

「あ、えっと。ぐすっ……私とはぴあちゃん、小さい頃、よく一緒に遊んでた友達で……でも、あの日、はぴあちゃん引っ越しちゃって、それで……」

 瞳から溢れた涙を拭いながら、幼い頃の事を思い出しながら、懸命に、葵さんは言葉を繋げる。

「………」

 そんな葵さんを見つめている女の子の細い指に、僅かに力が込められたように見えた。

「ふむ。つまりは幼馴染みという事か」

「感動の再会……という訳ですね~」

 状況を理解した先輩達が納得、と頷く。

「ん? でも……」

 千藤先輩がふと思ったように口を開いた。

「今まで校内で見かけたりはしなかったのか? 同じ一年なわけだろ?」

「はい……今日まで一度も……」

 葵さんが俯く。

 千藤先輩は女の子の方を見る。

「……どうやって会ったらいいのか、分からなかった……ずっと……」

 そうできなかったことを悔しそうに、女の子は言った。

 ずっと……。

 そうか、だから入学式の日も神社の林で……。きっとあの時も葵さんに会おうとしてあの場所に居たんだろう。

「でも~こうしてまた出会えたのですから~、もう迷う事はありません! ですよ~」

「ふふっ、その通りだ。せっかく会えたんだ、もっと喜ぶべきだとあたしは思うぞ?」

「………」

 女の子が葵さんの方に真っ直ぐ向き直る。

「……葵」

「っ~~、はぴあちゃんっ!」

 葵さんが再び女の子に抱きついた。

 さっきと違うのは、葵さんが涙ではなく、笑顔を浮かべているところと。女の子が葵さんの背中に手を回しているところだった。

 微笑ましい光景だと思った。

 二人を見ていると、俺まで嬉しくなってくる。自然と頬が緩んだ。

「……よーし! では、感動の再会を祝って、あたしと水鳥から、君達に楽しい時間をプレゼントしようではないか!」

 高らかに千藤先輩が声を上げる。

「これから君達には、学園で困っている人の手助けをしてきてもらう!」

「手助け、ですか?」

「ああ、そうだ。ここに一枚のメモがある」

 そう言って千藤先輩は、制服の胸ポケットから、手帳ぐらいの大きさの小さな紙を取り出す。

「このメモに書かれている人の所へ行き、その人の悩みや頼みを解決してもらう。そして、そのミッションをクリアしたら、その人からこれと同じようなメモが入った封筒をもらってくれ。そうしたらそこに書かれているミッションをクリアして、またその人からメモをもらう。そうして九つのミッションを全てクリアし、これを合わせて、合計十枚のメモを持ってこの部室に戻ってくること。これがあたしと水鳥が考えた、君たちへの贈り物だ!」

 ビシッ、っと左手を腰に当て、メモを持った右手を俺達に向けて突き出す千藤先輩。心なしか「決まった」みたいな表情をしているように思う。

 ――ふむ。要は、行き先の書かれたメモをバトンにしたリレーみたいなものだろうか。もっと言えば、宝探しゲームみたいなもの、か?

 ……パチパチパチッ。手の鳴るような音。

 御園先輩が千藤先輩に拍手を送っていた。

 パチパチパチッ。葵さんと女の子も手を鳴らす。真似て、俺も控えめに手を叩く。

「おおっ。まさか拍手をもらえるとは……よ、よせ、照れるじゃないか」

 なんか意外だ。千藤先輩が頬を赤らめてそっぽを向いた。

 俺がさっき感じた千藤先輩の第一印象は、かっこいい人――だったが、今頬を赤らめて照れている千藤先輩は、凄く可愛かった。

「ほ、ほらっ。持って行け」

 照れた千藤先輩から、俺はメモを渡される。

「いいか? ちゃんと十枚全部持ってくるんだぞ。九枚じゃないからな? 分かったな!よし……では行ってこい!」

「頑張ってきてくださいね~」

 二人の先輩に見送られて俺達は、与えられた任務を遂行する為に部室の外に出た。


      ***


「ミッションかぁ、なんだかわくわくするねっ。進くん、それなんて書いてあるの?」

「あ、えっとですね」

 お助け部の部室を出てすぐ、葵さんが訊いてきた。俺は千藤先輩から渡されたメモを見せる。

「んーと、『まずは部室棟3階にあるMA部へ行くといい』だって」

 葵さんがメモに書かれていた文を読み上げる。

「3階ってこの下だよね? 早く行ってみようよ」

「あ……」

 ふふ、ホント楽しそうだなぁ。

「………」

「……あの」

 俺は、楽しそうに駆け出して行った葵さんを目で追っていた女の子に声をかける。

 女の子が俺を見てくる。

「あの時は、おかげで遅刻せずに済みました。本当に、ありがとうございました。学園で会えたら、もう一度ちゃんとお礼を言おうって、ずっと思ってて……」

 あの時、入学式の日に俺を助けてくれたもう一人の女の子。

 教室移動の時とかに、会えるかな、と探していたりしたのだが、結局見かけることはなかった。

 だからやっと会えたこの機会に、どうしても、改めてありがとうと伝えたかった。

「………」

 女の子が、ジッと俺を見つめてくる。

 ……もしかして、俺の事覚えてなかったりするのかな。

 まぁ、ちょっと道を尋ねられたくらいだろうし、覚えて無くても不思議じゃないか。

 でもどうしよう。俺としては、良くも悪くも、この街に来てからの初めての思い出だったんだけどな。

「……あの時、ちゃんと聞いたから……だから、もういい」

 忘れられていると思い落ち込みかけていた俺の耳に、女の子の声が届けられた。

 ……あぁ~良かったぁ、覚えていてくれたんだ。嬉しさでホッとする。

「いえ、それでも、もう一度言いたかったんです。だから……それに――」

「?」

「あの時は、名前を聞いていませんでしたから。俺、一前 進って言います」

「……《天野 はぴあ》」

「その……よろしくです、天野さん」

「……ん」 

 天野さん……うん、大事な人の名前だからな、聞けて良かった。

 ちゃんと伝えられた嬉しさに、気持ちが弾む。

「はぴあちゃん、進くん! 早く行こうよ!」

 3階に続く階段の前で葵さんが呼んでいる。

「……行きましょうか」

「……ん」

 俺の声に、天野さんはコクンと頷いた。


「ここだねっ」

 部室棟3階。MA部とプレートに記された部屋の前で、先に着いた葵さんが足を止める。

 俺と天野さんも少し駆け足になって追いつく。

 MA部……ここでいったい何をするんだろうか?

「失礼しまーすっ」

「えっ、あ、待って……」

 俺が心構えを済ます前に葵さんが扉を開けた。

「へい、らっしゃい! ご注文は?」

「ふえっ? あ、あの……」

 いきなりの出迎えの言葉に、葵さんが戸惑う。

 でも、それも仕方がないと思う。

 学園の部活で、部屋に入っていきなりお寿司屋さんみたいな事を言われたら、誰だってそうなるだろう。俺だって戸惑っている。俺の隣に居る天野さんも、小首を傾げてきょとんとした表情で部屋の中を見ていた。

「……あっ、ワリィワリィ、つい気合い入れ過ぎて癖が出ちまった」

「はあ……えっと……」

「いやぁ、家寿司屋やっててな。さっきも体験入部に来た一年を驚かせてしまったんだが……どうもな……」

 そう言って俺達を出迎えてくれた女の人は、紫のヘアバンドを巻いた頭を掻いて苦笑いを浮かべた。

「……で、あんたらも体験入部に来たんだろ? だったらそこに座って待っててくれ」

 その人は俺達の左側――廊下に面した壁際に配置されていた複数のパイプ椅子を指差した。

 そこには数人の生徒が座っていた。何かの順番を待っているようだ。

「あっ、違うんです。私たち体験入部に来たんじゃなくて、その……」

「ん? なんだ、違うのか?」

「はい。その、お助け部の――」

「ん、ああ、なるほどな。千藤から話は聞いている。そういう事なら、こっちに来てくれ」

 お助け部と聞いた途端に理解したらしい。

 女の人は部屋の中、入口から見て左に三つ、右に二つ用意された、合計五つあるカーテンで仕切られた空間の一つ、左の奥のところへ入って行く。

 俺達も女の人に続いてその中に入る。

「じゃまず一人、そこに座って。一人ずつやってくから順番は関係ないよ」

「あ、じゃあ私からでいいかなっ?」

 葵さんが訊いてきて、俺と天野さんは頷く。

「えへへっ」

 俺と天野さんの了解を得て、葵さんが部屋の中央に設置されていた椅子に座った。

 首を動かして周りを見てみる。

 周りはカーテンで囲まれて独立した空間となっている。

 正面は壁になっており、その前に、脚のついた持ち運びができる少し大きめの姿見が置いてあった。

 葵さんが座った椅子の横には机があり、その上にブラシや筆? だろうか、俺にはよく分からない物がたくさん置かれていた。

 女の人がその中の一つを手に取る。

「あの~?」

「ん? なんだい?」

「あの、これから何をするんですか?」

 俺は、女の人に訊いてみた。

「何って……メイクだけど」

「メイク?」

「そう。だってここは、メイクアップアーチスト部。略して、MA部だからな。あっ、ちなみに部長ね」

 自分を指差して、女の人はニッと笑った。

 メイクアップアーチスト。なるほど、MAってそういうことだったんだな。俺の頭の中では、マジカルアドベンチャーとかモニュメントアソートメント等、俺の知っているゲーム名が浮かんでいた。

 ということは、机の上に置かれているのは全部メイクの道具ってことか、凄いな。メイクの道具ってこんなにあるんだなぁ。全く知らなかった。

「えへへっ。私、お化粧ってまだあんまりしたことなくて。楽しみだなぁ」

「そうかい? なら……いっちょ気合い入れていきますかぁ!」

 そう言った直後、MA部部長の手がもの凄いスピードで動かされた。

 何だこのスピードは! 通常の二倍、いや三倍か? 何をしているかさっぱり判らない。……や、普通がどのぐらいのスピードか知らないけど……。でも、これは明らかに速過ぎるだろうっ!

「はいよっ、いっちょ上がり!」

 MA部部長の手が止まる。クロスさせた両手には筆のような道具が握られていた。

「どうだい? ちょっと鏡を見てみてよ。気に入ったかな?」

 いつの間にか目を閉じていた葵さんが目を開けて、目の前にある姿見で自分の姿を確認する。

「わぁ~、これ私? すごい、すごい!」

「ふふっ、気に入ってもらえたようで嬉しいよ。今回は薄めにしてみたけど、あんた素材が良いからな、その方がいいだろうと思って。こうして、ちょっとするだけでも違うだろ?」

「はいっ、びっくりしました。わぁ~、ありがとうございますっ!」

「いえいえ、どういたしまして」

 葵さんのお礼を受け取ると、MA部部長はいったん筆のような道具を机の上に戻す。

「わぁ~、えへへっ」

 姿見に映って喜んでいる葵さんは、メイクをする前の葵さんと比べて、より明るく、素敵に見えた。

「じゃ、次どうぞ」

 MA部部長に促される。

「あ、えっと……」

 俺が天野さんに、お先にどうぞ、と手の平で椅子を示すと、天野さんは小さく頷いて椅子に座る。

「初めて……」

 小さく握った両手を膝の上にのせて座っている天野さんは、表情は変えないが、なんだかわくわくしているみたいに思う。

「じゃ、始めるよ」

 道具を手にしたMA部部長の手が、再び凄いスピードで動かされる。

 目を凝らして手の動きを追おうとしたが、やっぱり早過ぎてよく判らなかった。

「はいよっ、もういっちょ上がりっと。どうだい、気に入ったかい?」

 姿見を見た天野さんが、MA部部長にコクコクと首を縦に動かして、気に入ったという事を伝えた。

「そうかい、良かった。あんたには、その大きな瞳をより可愛らしく魅せるようにしてみた」

 確かに。目の悪い俺がそんなに近くで見なくてもはっきりと分かる程に、天野さんの瞳が吸い込まれそうになるくらいにその魅力を増していた。

 ……凄いな。これがメイクの力。

 俺はMA部部長を見る。

 その凄さを見せてくれたこの人、まさにアーチストと呼ぶに相応しい人だと思う。

「んじゃ、最後はあんただな」

「え、あ、俺はいいです。男ですし……」

 凄いと感心はしたものの、やっぱり男が着飾るというのには抵抗があるからな。俺は首と手を横に振って断る。

「何言ってる。男だろうが女だろうが、メイクとは人を磨くためのものだ。綺麗になるのに性別は関係ない! つべこべ言わずにそこに座れ」

「あっ……」

 MA部部長に肩を掴まれ、俺は有無を言う間もなく椅子に座らされる。

「あ、あの、俺ホントに……」

「いいからっ、任せておけって。すぐ終わるからさ、そのままジッとしてな」

 そう言って、MA部部長はスプレーを俺の髪全体に吹きかける。冷たい。

「あっ、あのっ……」

「いいからっ!」

 ……うぅ、怒られてしまった……。

 髪を持ち上げ裏側もスプレーでしっかりと濡らした後、タオルを使って頭を拭いてくれる。髪を乾かしたら今度は手に何かクリームみたいなものをつけて、MA部部長は座らせた俺の後ろに回って、その手を俺の目の前に持ってくる。

「っ」

 手が目の前に迫ってきて、俺は反射的にギュッと目を瞑った。

 前髪が持ち上げられる感触がした。同時に、冷たい感触も。そしてそれは、そのまま頭を撫でるように後ろへ。さらに流れるように横へ。頭全体に広がっていく。

 さっきのクリームみたいなのを塗っているのか? 頭を洗っているわけじゃなさそうだけど……?

「よし、まずは後ろから」

 MA部部長の手――指が、櫛のように俺の後ろ髪を梳いているのが判る。

 何度かそれを繰り返した後、指が離される。続いて、そのまま後ろ髪を優しく指で啄ばまれるような感覚。それが終わると、次は頭のてっぺん、耳辺りの髪を右左、と同じように指で啄ばまれるような感覚がした。

「最後に仕上げのスプレーっと……よしっ、終わりだ。もう目を開けてもいいぞ」

 指が離れたと思ったら、MA部部長の声がした。

 俺はゆっくりと目を開けて、恐る恐る姿見を見てみる。

「~~っ!」

 俺は姿見に映る自分を見て、そのあまりの恥ずかしさに背中を丸め、顔を腕で覆い隠す。

「あんたの、結構癖のある髪の毛みたいだったからね。一度全体にワックスを塗ってから、前と後ろを立たせて、横を少しだけ弄ってみたんだけど……気に入らなかったか?」

「う、いえ。そんなことは、ない、です……」

 そう。別に気に入らないとかじゃない。せっかくしてくれたんだから、そんなことは思わない。ただ――

 少しだけ腕から顔を出して、もう一度姿見を覗く。

 そこにいる俺は、いつもの目にかかるほど長い前髪が上げられ、広い額と細い眼が露わになっていた。さっきまで髪の毛全体が平べったく寝ていたのに、今は頑張って起きようとしているみたいに立っている。

 今までこんな風にしたことないから、そこにいる俺が、まるで俺じゃないみたいに思えて、こんなオシャレな自分が恥ずかしくて、ただ、なんとなく受け入れられずにいる。

「わぁ、進くん、その髪型似合ってるよ!」

 姿見に映る葵さんが俺を見て言ってくれた。恥ずかしい……。

「だろう! 前髪で目がちょっと隠れてたからさ、思い切って上げてみたんだけど、それだけでもさっきまでと大分印象が違うだろ?」

 MA部部長は自分のメイクが褒められて、嬉しそうに言う。

 確かに、俺も高校生になったんだし、オシャレの一つもした方がいいのかな、とは思った事があるにはある。でも、外見だけ変わっても中身が変わらなければ意味は無いと思うし、自分でしてみようとは思えなかった。せっかくしてくれたけど、やっぱり俺はさっきまでの地味な俺が良いと思う……ってか、ワックスって床を磨いたりする物じゃないのか? 頭に塗っても大丈夫なんだろうか? それとも、それとはまた別の物なのかな、感触が違ったし。 

 とはいえ、元に戻してくれ、なんて言うつもりはなかった。ちょっとだけ……嬉しいかもだし。

「その、俺、オシャレって今まで興味なかったんですが、こうしてみるだけで違うものなんですね。ありがとうございます」

「いや、そう思ってくれただけで、MA部部長としては嬉しい限りだよ」

 椅子から立ち上がって頭を下げた俺に、MA部部長は笑ってそう言った。

「さてと、はいこれ」

 机の上に道具とは別に除けてあった封筒を取り、それをMA部部長は葵さんに渡す。

「千藤から、終わったら渡してくれって言われてたんだ。確かに渡したからな」

 皆で封筒を見る。

 確かこの封筒の中に次のミッションが書かれたメモが入っているんだよな。でも――

「あの、これって悩みや頼まれ事をきいた後に貰えって言われたんですけど、俺達まだ何も……?」

「うん? それならもうしてもらったよ。『アタシにメイクをさせる事』、これが頼みだ。だから、受け取れ」

 そうか、そういう事なら。

「やったね、はぴあちゃん、進くん! これで一つ目クリアだねっ」

 葵さんが封筒を曲げないように天野さんの手を握って喜びを分かち合っている。

「はは、まあ、なんだ。千藤のやつ、この日の為に色々してたみたいだからさ、あいつの為にも楽しんでやってくれ」

「はい、そのつもりですっ!」

 元気よく葵さんが答える。

「! ……そうか、わざわざ言うまでもなかったか。ふふ……あいつには世話になったからな、ちょっと気にしてたんだ。でも、そうしてくれると千藤のやつも甲斐があったというわけだ」

 大切な友達を想うような表情でMA部部長は微笑んだ。

 その顔を見て俺は、そんな風に想える人がいる事を、羨ましく思った。

「よーし、それじゃあさっそく次に行ってみよー! 部長さん、ありがとうございました!」

「ぁ……!」

 天野さんの手を引っ張って、葵さんは駆け足でこの空間から出て行く。

「え、あ……」

「はは、置いてかれたねっ」

「う……あの、部長さん。メイク、ありがとうございました。あの、それでは失礼します」

「ああ、気が向いたらまた来なよ。その時は、もっと色々してやるからさ」

「はい! ありがとうございました」

 MA部部長に一礼してから、俺は葵さん達を追いかけた。


 MA部の部室を出ると、葵さんと天野さんが俺を待っていてくれた。

「じゃあ、開けるね?」

 俺が来た事を確認すると、葵さんがMA部部長に貰ったばかりの封筒を開けた。

「じゃーん、それでは次のミッションを発表したいと思いまーす! えーと、次は『TVゲーム愛好会へ行け』、だそうです!」

 葵さん、ノリノリだな。

「部室がある場所は、部室棟2階だって。下の階だね、行こう!」

「はい」

「……ん」

 次の目的地、TVゲーム愛好会の部室を探す為、俺達は階段を下りて行く。


「やったね進くん、二つ目クリアだよっ」

 今しがたTVゲーム愛好会の人達から貰った封筒を手に、葵さんが言った。

「はい。でも、すみません。なんか俺一人で楽しんじゃって……」

「そんなことないよ。やり方とかはよく解んなかったけど……でも、見てるだけでもおもしろかったよ。進くん、TVゲーム上手なんだねっ」

「いや、そんな……あれはまぐれというか、たまたま上手くいっただけで……時間切れが無ければ危なかったです」

 最後の、あと3秒もあったら逆転されていただろうな。ホント、ギリギリだった……。

 もし今の勝負に負けていたら、どうなっていたんだろうか? 勝ったらって言っていたし、もしかしたら勝てるまでずっと……?

 そう考えると、勝てて良かったなぁ、と心から思う。

「次は『メイドクラブへ行って、少しお休みです~』って書いてあるよ」

 俺が静かに安堵の溜め息を吐いている間に葵さんが封筒の封を切り、中に入っていたメモを取り出して次のミッションを読み上げた。

 メイド? メイドって、あのお金持ちの人の家に居たりしてお手伝いなんかをしてるイメージの、あのメイドさんの事だろうか? ……ちょっと気になるかも。

「メイドって、お手伝いさんのメイドさんかなぁ? 私メイドさんって見た事無いから楽しみだなぁ」

 俺もです、葵さん。まぁ、普通に暮らしていると大抵の人は見た事が無いんじゃないだろうか。普段、学園以外では買い物か気が向いた時くらいにしか外に出ないからな、よく分からないけど……。

「……ある……」

「え?」

「見た事……ある」

「そうなの? はぴあちゃん、メイドさん見た事あるの?」

 力強く頷く天野さん。

 凄い、こんな近くにメイドさんを見た事ある人がいるなんて……。あっさりと俺の狭い常識が覆されてしまった。

「どこでどこでっ?」

「……昨日、帰る時に玄関で、『ご主人様、メイドクラブはどうですか~?』……って言ってた」

「本当、はぴあちゃん。凄いよ、それ! この学園、本当にメイドさんがいるんだね!」

 瞳を輝かせて好奇心を表す葵さん。

 昨日? まったく気がつかなかった。でも、玄関に居たんなら気づくはずだよな……帰りに葵さんに「ダメだよ、診てもらうだけ診てもらおう」って言われて、保健室に寄って行ったからか? 葵さんも気づいてなかったみたいだし。

「よーし、じゃあ早く行こっ。えーっと、場所は……」

「……この下……って言ってた……はず」

 場所を調べようとした葵さんに、天野さんが答える。

「この下ってことは……部室棟1階だねっ。よし、行こう」

 葵さんを先頭に三人で階段を下りる、と廊下に行列ができていた。

 なんだ、これ? なんでこんなに人が並んでるんだ?

 ざっと見て二十人くらい? の1年生らしき男子生徒達が列を作っていた。

「わぁ~、なんかみんな並んでるね。人気がある部活なのかな?」

「……たぶん、ここ」

 天野さんが列の先、どこから繋がっているのかを指で示す。

 列を辿って天野さんの指先を見ると、そこにはメイドさんが居た。

「あっ、メイドさんだ。本当にメイドさんがいるよ! 私ちょっとお話ししてくるね!」

 メイドさんを見た喜びで、葵さんは駆けだして行く。

 なんか、遊園地でマスコットに風船を貰いに行く子供みたいだな、と思ったのは俺だけの内緒だ。

 葵さんとメイドさんが話し始めた。するとメイドさんがこちらを向いて微笑んだ。葵さんが戻ってくる。

「あのね、あのねっ。今メイドさんが私の事、お嬢様って呼んだんだよ! もう、びっくりしたよ~」

 戻ってきた葵さんは興奮した様子で、今のメイドさんとのやり取りを俺と天野さんに説明する。

「それでね、お助け部の体験入部でって言ったら、『はい、お待ちしておりましたよ。あちらの方々もですね? それでは、特別席に御案内致しますので、どうぞお入り下さい』だって。だから行こっ」

 メイドさんの真似をした葵さんが天野さんの手を引いて、部屋の入り口で微笑みながら俺達を待ってくれているメイドさんの所へ向かう。

「ほ~ら、進くん早くっ」

「あ、はい」

「では、御案内しますね。こちらです」

 メイドさんが部屋の中へ俺達を案内してくれる。

「ちょっと! 次はアッチらの番ですよね? ちゃんと順番は守ってもらわないと」

 メイドさんに案内され、部屋に入ろうとした俺達に、先に並んでいた二人組が当然の如く不満の声を投げかけてきた。

「あ、えっと……」

 二人組に答えようとする俺の前にさり気なく移動したメイドさんが言う。

「申し訳御座いません。この方々には、オーナーから『お見えになったら、すぐにお通しするように』と、特別な許可が出ておられますので……」

「特別って……そんなのヒイキなんじゃ」

「……申し訳御座いません。……その代わりと言ってはなんですが……これを」

 そう言って、メイドさんがポッケから取り出したのは、小さな飴玉だった。

「それは、幸せの飴玉です。私はいつも授業の合間にその飴玉を舐めています。すると不思議な事に、授業中に先生にあてられる事が無くなったではありませんか! もちろんそれだけではありません。その他にも探し物が見つかったり、気になっていた人と偶然ぶつかったりします。さらに、その翌日その人に告白なんかもされちゃったり……はさすがにしなかったですけど……ですけど、幸せになれる事間違いなしなんですよ! ちなみに、オーナーのお気に入りでもあります」

「「はあ……?」」

 メイドさんお気に入りの飴玉を、鳩が豆鉄砲を食らったような顔で受け取る二人組。

「さ、どうぞお入り下さいませ」

「えっと……」

 二人組に見えないようにウインクしてみせるメイドさんに、いいんだろうか? と思ったが、結局俺は二人組に頭を下げて、先に部屋に入らせてもらうことにした。

「やあ、いらっしゃい。僕はこのメイドクラブのオーナー、守等羽すらばアガサ。君達がお助け部の体験入部で来た子達だね? 凛と水鳥から聞いて来てくれるのを待ち詫びていたよ」

 メイドさんに促されて特別席というのに案内してもらった俺達の所に――美人と言っても過言ではないだろう――綺麗な人がやってきて、自己紹介と共に素敵な笑顔で俺達を迎えてくれた。

 最初は執事さんみたいな服を着ていたから男の人かと思ったが、よく見ると女の人みたいだ。その……膨らんでるし。こういう人を中性的というのだろうか。よくあるゲームのキャラみたいにファンクラブとかあったりしそうだな……なんて、本当にあったら見てみたいかも。

「では、まずはこれを……」

 すっとテーブルの上に一枚の封筒が置かれる。

「これって……?」

「うん。凛と水鳥から預かった、君達への贈り物さ。……この封筒からは、二人の想いが籠められているのを感じたよ。君達には、二人の想いに応えてやってほしい。それが僕からのお願いだよ。……どうかな? 僕のお願い、聞いてくれるかな?」

 とても優しい顔で優しく言葉を紡ぐ守等羽さん。

「はい! もちろんです!」

 葵さんがはっきりと答える。

 俺と天野さんも葵さんと同じ気持ちだと、守等羽さんを見てしっかりと頷く。

「ありがとう、君達が優しそうな子達で良かった……! では、ゆっくりとしていってくれ。何かあればそこのベルを鳴らしてくれれば、すぐに駆けつけるからね。遠慮無く呼んでくれ。それでは、君達に憩いの一時を……」

 守等羽さんが俺達に向かって一礼して、自分の仕事に戻って行く。

「お待たせ致しました。こちらは、オーナーからのサービスです。どうぞ、お召し上がりください」

 入れ替わりに、いつの間にか居なくなっていたメイドさんが、カップに入った飲み物と苺のショートケーキを運んできてくれた。それを、葵さん、天野さん、俺、それぞれの前に手慣れた手つきで置いてくれる。

「あ、ありがとうございます! わぁ~、美味しそう。さっそく頂いてもいいですか?」

「ええ、もちろん。飲み物はお熱いですので、火傷しないようお気を付けてくださいね」

 メイドさんの注意を聞いて、ゆっくりとカップを口に運ぶ葵さん。

「美味しい……! これ、すごく美味しいです!」

 一口飲んだ葵さんが、驚いたように感想を口にした。

「ふふ、喜んで頂けたようで何よりです。それは当店自慢の『メイドさん印のミルクティー』で御座います。そしてそちらのケーキは、『甘~い物はお好きですか、御主人様? はい、あ~んしてください。by いちごケーキ❤』となっております。どちらもオーナー自ら作られた、真心の籠った人気メニューなんですよ」

 そう説明してくれたメイドさんの品名を言う時の口調と声色の豹変ぶりに驚いて、俺はメイドさんを見上げる。

「どうかされましたか?」

「あ、いえ……えと、本当にいいんですか? こんな美味しそうな物を頂いて……」

「はい。どうか遠慮なさらずにお召し上がりになってください」

 やんわりと微笑むメイドさん。

「あ、その、ありがとうございます。あの、では頂きます」

 俺はケーキと一緒にセットされたフォークを手に持って、上に乗っている苺を――と、そこで一つの視線に気がついた。

「………」

 天野さんがこちらをジッと見ていた。正確には、俺の手にしたフォークに刺さっている苺を見ていた。

「………」

「……あの、もしよかったら、どうぞ」

「……いいの?」

「はい」

 苺付きのフォークを、持つところを天野さんの方に向けて、差し出す。

「……ありがとう」

「いえ」

 天野さんの小さな手がフォークを掴む。俺の手と一緒に。

「えっ、あの……」

 フォークを掴んだ天野さんは、そのまま俺の手と一緒に自分の方へクイッと引き寄せ、小さな口を小さく開けて、苺をパクリ。

「……ん、おいしい」

 苺をしっかりと味わった天野さんは、手を離す。

 天野さんに引っ張られた為僅かに椅子から腰を浮かせた俺は、天野さんの予想外の行動にそのままの姿勢で固まっていた。天野さんに差し出したつもりのフォークは俺の手に握られている。

「あらまあ」

「あ~いいなぁ、はぴあちゃん。私もイチゴ欲しいなぁ」

 メイドさんの驚いているような笑っているようなそんな声と、葵さんの羨ましそうな声がした。

 天野さんは少し考えるような素振りを見せた後、自分のフォークで自分に配られたケーキの苺を取り、葵さんに差し出した。

「え? いいよぉ、今のは冗談だから。それは、はぴあちゃんの分」

 葵さんが言うと、ふるふると首を横に振る天野さん。

「……いいの、はぴあちゃん?」

「ん」

「ありがとうっ! はぴあちゃん、だ~いすき!」

 椅子から立ち、葵さんが天野さんに抱きついた。

「っ、葵……!」

「えへへ」

「うふふ、仲がよろしいんですね」

 そんな二人の様子を見て、メイドさんが未だ空気椅子状態の俺に訊いてきた。

「え? あ、はい。……そうですね。とても、羨ましいです」

 仲の好い二人を見つめ、俺は思う。俺にもこんな風に笑える友達が欲しい、と。

「……貴方も、ですよ」

「俺も?」

「はい。少なくとも、私にはそう見えますよ」

 ニッコリと俺に微笑みかけるメイドさん。

 そうだろうか? もしそうなら、凄く嬉しいな……!

「あ~ん。あむ……ん~、このイチゴ、甘くて美味しいね、はぴあちゃん」

 天野さんから貰った苺を頬張った葵さんが、幸せそうに笑っている。

「くすっ」

 メイドさんに励まされたからか、笑っている葵さんを見たら、自然と口元が綻んできた。

「? どうしたの進くん? もしかして、私の顔にクリーム付いてたりする?」

「ああ、いえ、そうじゃなくて……葵さん、凄く美味しそうに食べるなぁって思って」

「うん! だってこのイチゴ、凄く美味しいんだもん!」

 そう、無邪気に満面の笑顔で言う葵さんは……凄く可愛かった。

「はい、進くんの分」

 葵さんが残っている自分の分の苺をフォークに乗せて、俺に差し出してくる。

「え? あ、いや、俺はいいですよ、そんな。ほら、ケーキにも苺が入っていますし。それに、その……そんなに美味しそうに食べる葵さんを見てたら、きっと苺も葵さんに食べてもらった方が嬉しいと思いますし……」

「だからだよ。このイチゴ、本当に美味しいから。だから進くんにも食べてほしいな。それに……進くんからはぴあちゃん、はぴあちゃんから私、私から進くん――ほら、こうすればみんなで一個ずつだよ」

 その純粋な言葉に、俺の心は引き出される。

 ――本当に不思議だな、葵さんは。葵さんと居ると、自分を取り戻せた気がしてくる。

「……ふふ、そうですね。それじゃ、俺も頂きますね」

「うんうん。やっぱり美味しいものはみんなで食べた方がいいよね。それじゃあ……はい、進くん、あ~ん」

「ぶっ!」

 思わず吹き出してしまった。

「なな、何言ってるんですか、葵さん! あ、あ~んって……そんな恥ずかしい事、できるわけないじゃないですか!」

「え、でも進くん、さっきはぴあちゃんにしてたよね?」

「いや、あれは……」

 天野さんを見る。

「?」

 天野さんは小首を傾げて、俺と葵さんのやり取りを静かに見ている。

「いや、あの、さっきのはそんなつもりじゃなくて」

「はぴあちゃん、恥ずかしかった?」

「……おいしかった」

 葵さんに訊かれた天野さんは、首を小さく振って、微妙にずれている答えを返してくれた。

「ほら~。だから、はい。あ~んして、進くん」

「っ~~!」

 そんなの、できるわけ……だいたい、周りに人だっているし。ってか、なんだか見られている気がする。

 この特別席というのは部屋の中心に用意されていた。その周りを適度な距離を保って、それぞれが快適に過ごせるようにと気を配られた配置で、他のテーブルが置かれている。

 つまり、この席は他のどの席からもよく見える――どうしても視界に入ってしまう場所という事になる。

 さらによくよく考えてみれば、この部屋でメイドクラブの人達以外の女生徒が居る場所でもある事に、今気がついた。痛いくらいの視線が俺に向けられている事にも……。

「あれ、1―Cの貴峰さんだよな? 一緒に居る奴、誰だ?」

「さあ? でも、もしアイツがあの苺を食べたら……!」

「ああ……!」

「絶対に、許さねぇ……!」

 まだ入学して間もないのに、葵さん有名なんだなぁ……とか、のんきな事を思っていたらどうなるんだろう、とか思っていたら、胃が痛くなってきた。

「くすっ。どうなさるんですか? 彼女に食べさせてもらって、天国と地獄の両方を味わうのか。それとも、彼女の申し出を断ってこのピンチを乗り切るのか。ふふ、見物ですね」

 テーブルを見つめていた俺に、メイドさんが耳元で囁いてきた。……このメイドさん、意外とこういう状況が好きらしい。これは絶対、お祭り事を楽しんでいる人の目だ。

 ……はぁ、仕方ないか。俺はまだ湯気が出ているカップを掴んで、口に持っていく。

「熱っ!」

「だ、大丈夫、進くん?」

 苺が乗っかったフォークをお皿に置いて、葵さんが心配してくれる。

「え、ええ。大丈夫です。すみません。その、実は俺、凄い猫舌なんです」

「そうなの?」

「はい。熱いものは熱いうちに食べるのが一番美味しい。そう分かってはいるのですが……ラーメンやカレーなんかも、いつも冷めてからしか食べられないんです」

「そうなんだ……進くんかわいそう……」

 普通の人なら、今俺が飲んだくらいの温度なんて何とも無いんだろうけど。でも俺の場合、最低でも後10分くらいは冷めるのを待たないと、とてもじゃないが口にする事なんてできない。実際、まだ一口――も飲んでないな。まだ半口しか飲んでないのに、もう俺の舌はヒリヒリしてしまっている。

「だから、すみません。苺美味しそうなんですけど、多分今食べても味が判らないと思うんです。でもそれだと、せっかく頂いたケーキが勿体無いので、俺の代わりに葵さんと天野さんで食べてもらえませんか?」

 ヒリヒリした舌でうまく話せたかは分からないが、そう言ったつもりで、二人にケーキが乗ったお皿を差し出す。

「でも……」

「いいですから。オーナーさんには悪いですけど……残してしまうのはもっと悪いですし……」

「……うん、分かったよ。それじゃあ、進くんのケーキ、もらうね? はぴあちゃん、半分こしよっ」

 遠慮しながらも受け取ってくれた葵さんは、ケーキが均等になるように苦戦しながら、フォークを使って半分に切り分けていく。

「ふふ、御見事です。良い演技でした」

 コトッとテーブルの上に水の入った透明なコップを置いて、囁いてくるメイドさん。

 またいつの間に……。

「演技じゃないですよ。本当に猫舌なんです、俺。今まで、伸びたラーメンしか食べた事ないですから……」

「そう、ですか……それは失礼しました。どうぞ、ミネラルウォーターです。飲んでください」

 そう言いながらも、こうしてすぐに対応してくれたって事は、メイドさんも本気で演技だとは思っていなかったという事だろう。

「はは、ありがとうございます」

 メイドさんが持ってきてくれた水で火傷した舌を癒す。しっかりと冷えているおかげで、この分だとすぐに火傷は治まりそうだ。メイドさんの気遣いに感謝です。

「はぴあちゃん、あ~ん……どう、美味しい?」

「……おいしい」

 ……ふふっ。まぁとりあえずは少しの間、こうして仲の好い二人の様子を眺めながら舌と一緒に癒される事にしようかな。


「もう行くのかい?」

「はい。お茶とケーキ、美味しかったです。その上、お土産まで貰っちゃって……ありがとうございます」

「ふふ、いいよ、お礼なんて。君達の素敵な笑顔を見られただけで、僕は幸せな気持ちになれたからね。こちらこそ、君達にお礼を言わせてもらうよ。ありがとう。凛と水鳥にも、また何かあったら何時でも力になるよ、と伝えておいてほしい。それじゃ、君達がまた来てくれるのを、最高のおもてなしを用意して待っているよ」

 お茶とケーキをご馳走になった俺達は、ベルを鳴らして守等羽さんとメイドさんに感謝の言葉を伝え、二人に見送ってもらって部屋を出た。

「美味しかったね~」

 葵さんの言葉に天野さんが頷く。

 メイドクラブの部屋を出て、部室棟を出た俺達は玄関で靴を変え、次に向かったのはグラウンドだった。

『さて、メイドさんに癒されたところで次は運動だ。いざ、女子ソフトボール部へ』

 メイドクラブで守等羽さんに貰った封筒には、こう書かれていた。

 グラウンドでは野球部やサッカー部が、他の部と同じように体験入部を行っていた。楽しそうにボールを追いかけている姿は、見ていて羨ましかった。

「あ、あれかな?」

 その一角、お揃いの空色のユニフォームを着て、体験入部に来たらしい体操服を着た一年生達とキャッチボールをしているソフトボール部らしき人達を、葵さんが発見した。

 俺は葵さんの視線を辿って見てみたが、この距離からだと男子か女子か、俺には判別が難しい。

 俺達は近づいて、その中からキャプテンらしき人を探す。

「あのっ、ここ、女子ソフトボール部ですよね?」

 キャプテンらしき人に葵さんが尋ねる。

「ん? ああ、そうだけど……一年生か? もう体験入部は始まってるぜ。ほら、そこにグラブがあるから――」

「あ、えっと、違うんです。私たち、お助け部の――」

「何だと!」

 お助け部と聞いた瞬間、キャプテンらしき人の目つきが変わった。

「え? あの……?」

「フフフ、そうか……ならば、このアタシと勝負しろぉ!」

「ふぇ?」

「へ? あ、あの……?」

「……?」

 いきなりそう宣言されたので、葵さん、俺、天野さんの三人は、それぞれの表現で驚きを表してみせた。

「バットならあそこだ。さぁ、早く準備しろ」

「え、いや、あの?」

「つべこべ言うな! 男だろ!」

 キャプテンらしき人は挑戦的な瞳で俺達を見ている。

 いや、俺はそうかもしれませんが……。

「挑戦者が来た! 景、準備してくれ!」

 その声に、ユニフォームを着て一年生とキャッチボールをしていた一人の女の人が、「ちょっとごめんね」と相手の女の子に断って、なにやら準備を始める。

 俺達は何がなんだか解らずに、ただ、三人で顔を見合わせていた。

 そうこうしているうちに、「なんだかおもしろそうだな」と自分の体験入部を中断させてやってきた人達の注目を集める中、俺達はなんだかよく解らないまま『勝負』とやらをする事になった。

「はい、これ使って」

 キャッチャー用のマスクとプロテクターを着けた景と呼ばれた女の人に金属製のバットを渡された俺は、白線で引かれた四角いバッターボックスに立つことになった。

「あの~? 勝負って、もしかして……」

「アタシの球……打てるものなら、打ってみろっ!」

 いぃーっ! やっぱりそういう展開なのですかぁーー!

 マウンドに立ったキャプテンらしき人が遠心力を利用し弧を描いた腕をしならせ、その指先で放たれたボールが回転しながら、空気を切り裂いて迫ってきた。

「くっ」

 俺は急いでバットを構えて、ボール目掛けて振り抜く。

 ズバン!

 キャッチャーが構えたミットに、ボールが吸い込まれる重たい音が響いた。

 速っ!

 小学生の頃、何度も友達で集まって皆で野球をした事がある。ソフトボールは野球に比べてホームベースからマウンドまでの距離が短いという事も知っていたけど、それでも今の球は俺が体験してきたどのボールとも違っていた。投げ方が違うとか小学生の頃の話でしょ、とかじゃなくて、なんか手元で伸びてくるというか、まったく打てる気がしなかった。

 キャッチャーから返されたボールを受け取ったキャプテンらしき人が、俺を見て「どうだっ!」と自信の笑みを浮かべている。

 俺は、バットを構える。

「へっ、いくぜ」

 笑みを浮かべたまま、ピッチャーが投球モーションに入った。体をめいいっぱい使って、体重の乗ったボールが投げられる。

 俺は向かってきたボールにバットを振る。

「っ……!」

 しかし、聞こえてきたのは、空を切る音だけだった。

「へへ、あと一球!」

 キャッチャーからボールを受け取って、俺から三つ目のストライクを奪おうと、マウンドの土に右足を踏み出して構え始めるピッチャー。俺はバットを持つ手に僅かな力を込める。

 マウンドを踏み鳴らしてピッチャーがボールを放つ。ボールの白い軌跡が目に映る。

 これは……高い、か? いやでもやっぱり……いいや、もう振ってみよう!

 前二つのストライクから、ボールが描く軌跡をイメージして思い切ってバットを振る。瞬間、手元に迫る白い軌跡が速度を上げた。

 バットの先にボールの感触。その感触がバットを伝って俺の両腕を震わす。

「ふっ……!」

 踏み込んだ足に体重を移動させる。体重を乗せた勢いで腰を回転させ、その回転を利用して腕ごと体を捻らせる。

「なっ?」

 ガン!

 左斜め後方、暗くなっても練習できるようにとグラウンドを照らす役割が与えられている証明――その3メートル程下の柱部分に、俺の振り抜いたバットが跳ね返したボールが、弾丸となって激突した。

「……おいおい。なんであんなとこにボールが飛んで行くんだよ……冗談だろ……?」

 キャプテンらしき人が飛んでいったボールの行方を見つめて、呆然と呟いた。

 ? 何をそんなに驚いているんだ? ただのファールだと思うけど……何かおかしかったか?

「……くっ、まぁいい! 次で最後だ!」

 俺が疑問に思っているうちに、ピッチャーが投球モーションに入った。

 ピッチャーからボールが投げられる。俺はボールを目で追いかけ、バットを振る。

 空気が流れる音と、少し遅れてミットに納まるボールの音が、後ろから聞こえてきた。

 マウンドでキャプテンらしき人がどこか釈然としない表情で、三個目のストライクを取られてバッターボックスを出て行く俺を睨みつけていた。

「えっと……すみません。その、打てませんでした」

 アウトになった俺は、近くで観ていた葵さんと天野さんの所に近づいて、声をかけた。

「しょうがないよ。相手のボール速かったもん」

 葵さんが慰めてくれる。

「じゃあ、次は……どうしよっか? はぴあちゃん、やってみる?」

「……ん」

 俺が右手で持っているバットを見つめていた天野さんが、葵さんに頷く。

 俺は持っているバットを天野さんに手渡す。

 しかし、バットが予想していたよりも重かったのか、バットを受け取った天野さんの手が震える。

「あ……重くない、ですか?」

「……大丈夫」

 自分の身長の半分以上もあるバットを、両手で抱えるようにバッターボックスに運ぶ天野さん。心配だ。

「あの、やっぱり止めた方が……」

「大丈夫」

 きっぱりと言い切って、天野さんは打席に立つ。

「あ、葵さんっ」

「うん。大丈夫だよ、進くん。私と同じで、ああ見えてはぴあちゃん、意外と頑固なところがあるから」

「いや、あの、そうじゃなくてですね……」

 バッターボックスに立った天野さんが、重たそうにバットを構える。

「あぁ……」

「ふふっ。進くん、なんだかはぴあちゃんのお父さんみたい」

「お父さんっ? な、何言ってるんですかっ、もうっ!」

 バットの重みで震えている天野さんを見てあたふたする俺を、葵さんが笑う。

「……おい、本当に大丈夫なのか?」

 打席に立った天野さんを見て心配になったのだろう。マウンドでキャプテンらしき人が天野さんに訊ねる。

 天野さんはバットを構えたまま、頷いた。

「ったく……怪我しても知らないぜ?」

 ピッチャーが一球目を投げた。キャッチャーがボールを受け取る。

 天野さんはボールの速さに、目を大きくして驚いているようだった。

 キャッチャーがピッチャーにボールを投げ渡す。

 それをピッチャーが受け取って、投げる動作に移る。

 ピッチャーが発射したボールがキャッチャーミットに到着する。

 間をおいて、天野さんのバットがゆっくりと振られる。ボールが辿ってきた道をバットが線を引いた。

 天野さん……。

 天野さんがバットを構え直して、ピッチャーを見つめる。その懸命な姿勢は「さあ、こい!」と言っているようにも見えた。

「頑張ってー!」

「もう少し早めに振るといいよー」

 天野さんを見て何か感じたものがあったのだろう。周りに集まった人達から、天野さんに温かな声援が送られる。

「はぴあちゃん。思いっきり、だよっ!」

 葵さんも天野さんにエールを送る。

 皆の声に、天野さんは力強く頷いてみせた。

「……行くぜ」

 ピッチャーが投球モーションに入る。

「んなっ!」

 腕を回転させ、指先からボールが離れる直前、突然ピッチャーの体勢が崩れた。

 何だ急に? 足でも滑ったんだろうか? そんな風には見えなかったけど。

 ピッチャーから天野さんに視線を移す。

「あ……!」

 天野さんはバットを振っていた。まだボールが投げられてもいないのに、だ。

 そう、ウサギとカメで言うならば、カメ。天野さんのバットはカメの歩みの如く速さで振られていた。

「くっ、しまった……!」

 天野さんの予想外の行動に気を取られた所為でタイミングを崩されたピッチャーの指先から、力の抜けたボールが飛び出す。

 天野さんが振ったバットは、ヒッティングよりはバントに近かった。そのバットの歩みに合わせるように、ボールが弧を描いて飛んできた。

 キン。金属を叩いたかのような甲高い音がグラウンドに響く。バットに当たったボールが空に舞い上がった。

「オーライ」

 キャッチャーがマスクを取って立ち上がり、ホームベースの後ろに上がったボールの落下地点に移動する。

 それから両手を挙げて、ゆっくりとミットを構え、ゆるやかに落ちてくるボールをキャッチャーミットに納めた。

 ピッチャーが、打ち取った天野さんをどこか納得しない様子で見つめていたが、それとは別に、ホッとしたようでもあった。

 葵さんと近くで天野さんを見守っていた俺も、マウンドのピッチャーと同じように胸を撫で下ろす。怪我しなくて良かったぁ……。

 天野さんはボールが納まったキャッチャーミットを見つめていたが、おそらくルールを知らないのだろう――やがて、再びバットを構え出した。

「あ、はぴあちゃ~ん! こっちだよー!」

 葵さんが呼び掛けると、天野さんが名残惜しそうにピッチャーとキャッチャーを交互に見つめた後、バットを抱えてゆっくりとこちらに戻ってくる。

「惜しかったね、はぴあちゃん。でも、バットに当てるなんて凄かったよ!」

「………」

 天野さんは照れた様子で葵さんから視線を逸らした。その視線と目が合う。

「あ。えと……怪我、しなくて良かったです」

 俺も「凄かったです」と言いたかったけど、葵さんに先に言われてしまったので、少し迷った末にその言葉が出てきた。

「ふふっ。進くんね、はぴあちゃんの事心配してたんだよ。怪我しないかな、ボールが当たったらどうしよう、って。我が子を見守るお父さん、って感じだったんだよ」

「ちょっ……! 葵さん!」

「あはは、進くん照れてる~」

「っ~~!」

 顔が、灯りに近づき過ぎたみたいに熱くなる。

 そんな俺を見て天野さんは、

「……大丈夫って言ったから」

 ほんの少しだけ微笑んで、そう言った。

「っ」

 俺は照れ隠しに何もない後ろを勢いよく振り返って、右の人差し指で頬を掻く。

「ふふ。よーし、次は私の番だねっ! 頑張ってくるから、二人共見ててね」

 葵さんは天野さんからバットをもらって、バッターボックスに駆けて行く。

「お前で最後だな。言っとくが、手加減はしないぜ?」

「はい。お願いします」

 バッターボックスに立った葵さんに確認の声をかけたピッチャーは、後ろ手にボールを持って構え出す。第一球目が投げられた。

「……!」

 キャッチャーミットがボールを包む。

 葵さんはバットを振らなかった。だけどその代わりに、ボールをジッと観察するように見送ったみたいに思えた。

「へっ、ボールを見極めようったって無駄だぜ」

 キャッチャーからボールを投げ渡されたピッチャーが、足で土を均しながらが言う。

「アタシの球は、そう簡単には……打てないぜっ!」

 ピッチャーは投球モーションに入ると同時に、言葉を、気合とボールと共に弾き出した。

「……やあっ!」

 葵さんが掛け声を上げてバットを振る。芯に響く音がした。

「!」

 ピッチャーが咄嗟に、グラブを空に向けて差し出した。

 ピッチャーの頭上を、差し出されたグラブの先を、しかし、弾き返されたボールはライナー気味に放物線を描いて越えて行く。

 周りから、包み込むような歓声が沸いた。

 凄い……! あの速い球を、あんなにあっさりと……!

「や、やったぁ! やったよ。はぴあちゃん、進くん!」

 その歓声に包まれた葵さんは、バットを置いて、両手を広げ、笑顔で走ってくる。

 俺と天野さんは一度顔を見合わせた後、葵さんを迎えようとして、抱きつかれた。

「あ、あお……っ!」

「えへへ……ねえ、どうだった? 私、頑張ったんだよ」

「や、そりゃもちろん、すご――」

「凄かった」

 うくっ、また先に言われてしまった……。

「ホント? えへへ、嬉しい……!」

 心から嬉しそうだ。葵さんは天野さんをギュッと抱きしめる。

 ひとまず俺は解放されたみたいだった。けど、なんだろ……なんか、寂しい。

 俺は寂しさを紛らわす為、マウンドに顔を向ける。

「………」

 ピッチャーがマウンドで、自分を飛び越えて行ったボールを見つめて立ち尽くしていた。キャッチャーが駆けよる。

 スポーツをしている者にとって、勝ち負けとは必然的にそこにあるものだ。スポーツをしていない人だって、負けたいと思うよりは勝ちたいと思うだろう。先程俺はいきなりの『勝負』にも関わらず、打ちたいと思った。二つ目のミッションでのTVゲーム愛好会とのゲーム対決でもそうだった。

 今、悔しそうにボールを映している瞳は、「負けた」と思っているのだろうか。

 でも、俺は思う。本当の意味で、勝負に勝ち負けは存在しない。あるのは「もっと上手くなりたい!」という、喜びと悔しさの、二つの気持ち。

 例え「負けた」と思っても、そんなものは、努力し続ける事で「負け」なんて言葉は無くなる、と。少なくとも、そこから――自分の勝負から背中を向けない限りは。

 だから俺は、いいなと思う。こんなちょっとした勝負でも拘れる、あの真っ直ぐな背中を……。

「………」

「進くん!」

「ふえっ? うわっ」

 背中に軽い衝撃。ふわりと腕を掴まれる。どうやら葵さんに捕まったようだ。

「っ! な、なんですか?」

 捕まえられた腕を、照れと反射の原理で振り払って、葵さんを見る。

「まだ進くんから聞いてないから」

「え? ああ。えと、その……かっこよかったですよ」

「むぅ……」

 俺の言葉に反応した葵さんが、可愛らしく頬を膨らませた。

「進くん、ひどいよ」

「ええっ、ひどいって……」

「私、ちょっとショックだよー……」

 葵さんが俯いて言う。

 え、あれ? いやいやいや、ちょっ、俺、何もしてないですよ。

「……してないですよね?」、と天野さんに目で助けを求める。

「……ひどい……かも」

 天野さんっ? 今、かもって言った。言いましたかっ?

 こっちの意図は伝わったみたいだけど、その言い方だと、何がひどいのかは天野さんも分かっていなさそうだった。

 とはいえ、俺も考えてみたけどさっぱり意味が分からない。仕方ないので、葵さん本人に訊こうとして――

「あの」

 声がかかった。キャッチャーマスクを取った、景さんがそこに居た。

「これ」

 景さんが、どこか遠慮したようなおずおずといった微笑で、葵さんに封筒を手渡す。ここに来る前に手に入れた三つの封筒と同じやつだ。先輩達が用意したメモが中に入っているのだろう。

「惠が、『アタシはもっと上を目指す! だから、次は打たせない! 奴にもそう伝えておけ!』……だって。ごめんね。あの子、口悪いから」

「あ、いえ……」

「でも凄いね。まさか、あの子が打たれるなんて思わなかった」

 友達を想う寂しげな表情。その表情に、俺達は言葉を詰まらせる。

「気にしないで。あの子滅多に打たれる事ないから、ちょっと打たれ弱いところがあるだけなの。去年も一度だけ、こんな風に打たれちゃった事があるから、その所為もあるかもだけど……でもね、あの子には、こうやって悔しさを感じる方がプラスなの。だから、えと……ありがとね」

「それじゃ……」、と景さんはピッチャーの――惠さんの許へと戻って行く。

 周りに集まっていた人達も、自分たちの部活へと散って行く。

「良い人だね、あの人……ちょっと、羨ましいな……」

「葵さん……?」

「………」

「……ううん、なんでもない。さ、次行こっ! ねっ!」

「あっ……」

 どこか物憂げな表情で何かを呟いたと思った葵さんは、誤魔化すように、俺と天野さんの手を強引に引っ張って駆け出した。

 ――結局、何がひどいのかは分からなかった。

 

      ***


 女子ソフトボール部でメモを手に入れた俺達は、そのままの勢いで五つ目、六つ目、七・八とミッションをクリアして行った。

 途中恥ずかしい事をしてしまったけど……まぁ、それもなんとか治まってきた。

「次で最後だね。進くん、もう大丈夫?」

「あはは、もう全然、全然平気ですよっ」

 ぎこちなく笑みを浮かべながら、心配してくれた葵さんに「大丈夫です」とアピールしてみせる。

「そ、そう? なら良いんだけど……」

「あはは……色々すみません……」

「う、ううんっ! いいよ、そんなのは。全然気にしてないからっ」

「はは……」

 落ち着いてきたと思ったけど、やっぱりまだ恥ずかしさが残ってるみたいだ。俺は目線をやや低めにして、葵さんと天野さんの顔をなるべく見ないように廊下を歩く。ってか、見れませんっ。

「……着いた」

 校舎1階の一番奥、廊下の突き当たりで封の開いた封筒を持っている天野さんが呟いた。

 目の前にある扉の上には、家庭科室と書かれたプレートが掲げてある。

 俺達の最後のミッションは、『家庭部で〈あるもの〉を作ってこい』らしい。

 あるものって何だろう? と天野さんがミッションメモを読み上げた時に思ったが、それもこの扉の向こうに答えがあるのなら、まぁ、もう考える必要もない訳で――俺達は扉を開けて、家庭科室に踏み込んだ。

「あ、もうすぐ終了ですよぉ~。急いでくだ――って、一前くんじゃないですかぁ」

「あ、先生」

 教室に入ってきた俺達に声をかけてきたのは、俺のクラス――1―Dの担任である美子先生だった。そういえば家庭科の先生なんだよな。選択科目である家庭科の授業は受けた事ないから忘れてた。

「どうしたんですかぁ? もしかして先生に会いに来てくれたんですかぁ? うふふ、もうっ一前くんったら、可愛いところがあるんですね~。先生嬉しくなっちゃいまっす」

 いえ、そういう訳では……と心で言う。だって、なんか本当に嬉しそうだし……。

「ところで~――」

 ちらちらと、俺の隣に居る葵さんと天野さんを見て、

「そちらの可愛いお二人は~、もしかして~一前くんの~、か、彼女ですかっ?」

 美子先生が歌うように――最後だけ真剣に――訊いてきた。

「ふえっ! や、あの、か、かの――」

「ち、違いますよっ。俺に彼女なんていませんっ。二人はお助け部の体験入部で一緒になった、その……と、友達ですっ」

 戸惑う葵さんに代わって、照れながらではあるが俺が答える。

「そうなんですかぁ~? 残念ですぅ」

 な、何がですかっ? と心の中で美子先生に突っ込む。

 美子先生は、新しいおもちゃを見つけたけど買って貰えなかった子供のようにガッカリした態度を見せた後、何やら怪しげなメモ帳を胸ポケットから取り出して、「一前くんはフリー、っと」とか何とかを呟きながら、ペンギンさんのマスコットが付いたボールペンを走らせた。……絶対からかうつもりだったな、これは。

「……はむぅ……? お助け部? んんぅ~、何か忘れているような~……?」

 人差し指を唇の端に当て、小首を左右に傾げながら、美子先生は大事な何かを思い出そうと唸っている。

「んぅ~……? …………あ~~~~っ! 忘れてましたぁ~! そうですよぅ、お助け部ですよぉ! りんりんとみどみどによろしくお願いされていたのでしたぁ~! ああぁっ、どうしましょうっ。教師が可愛い教え子との大事な約束を忘れるなんて~っ! ……あぁっ、もう駄目ですぅっ。先生は……先生は教師として失格ですぅ~……!」

 何かを思い出して叫んだと思ったら、美子先生は床にペタンと座っていきなり泣き出してしまった。

「あ、あの、先生っ?」

「ふえぇ~~ん。……ひくっ、りんりんとみどみどが、せっかく、せっかく私を頼ってくれたのにぃ……なんで、なんで私はいつもこう……ふえぇ~~~~ん」

 突然の泣き声に教室中がざわめく。

 うくっ、こんな時はどうしたら……?

「あ、あのっ、一前くんっ」

 おろおろしていた俺の耳に、聞いた事のある声が届く。

「ふえっ? え、あ……か、叶井さんっ?」

 見ると、そこに――おそらく家庭部の体験入部に来ていたのだろう――白と水色が可愛いらしい、素朴な感じのエプロンを着けた叶井さんが立っていた。

 あ……エプロン、似合ってるなぁ。家庭的な女の子って感じだ……って、そんな場合じゃないな。

「あの、いったいどうしたんですか?」

「あの、それが……先生が誰かとの約束を忘れてたとかで……それで、えと……」

 訊いてきた叶井さんに上手く説明できずに口ごもる。

 ああっもう。どうして俺はこう説明が下手なんだ……。これじゃ、伝わら――

「――分かりました。それじゃあ、まずは先生を落ち着かせないと」

 あれだけで俺の言いたい事が伝わったようだ。叶井さん、なんだか頼もしい。

「あのっ、先生、落ち着いてください。……どうしたんですか?」

 泣き止まない子供をあやすかのように、目線を同じに優しく先生に尋ねる叶井さん。

「うっく。そ、それが……せ、先生、ひっく。えぐ、大事な約束をわす、忘れて……ぇぐ……お、お願い、されたのに。忘れて……ぐすっ」

「大事な約束……ですか?」

「……はい。ぐす。先生、りんりんとみどみどに、ひっく、『よろしく頼む』って、言われてたのに……封筒だって、ひぅ、預かってたのに……うぅっ、すっかり忘れてて……。ふわぁ~ん、こんなんじゃ、教師失格ですぅ~っ!」

 叶井さんはハンカチをエプロンのポケットから取り出して、泣き止まない先生の涙を、そっと拭ってあげる。葵さんと天野さんも、叶井さんと一緒に先生をなだめている。

 ……りんりんとみどみど? それに封筒を預かったって……多分、先輩達の事だよな?

「――あの、先生」

「えぐ……はい、一前くん」

 泣いているのに生徒を指名するかの如く名前を呼ぶのは、先生としての性なのだろうか。

「あ、えっと。りんりんとみどみどって、お助け部の千藤先輩と御園先輩のことですよね? あの、俺達、そのお助け部の体験入部で来たのですが……」

「……ふえ?」

 美子先生は頭の上に視えない疑問符を浮かべて、涙で濡らした瞳で俺を見上げてくる。

 さっきも、ちらっと「お助け部の体験入部で~」と言ったのだが……やっぱりこの反応を見ると、さっきは俺をからかう事に意識を集中していた所為か、「お助け部~」の部分は聞こえていなかったようだ。

「えっと……だからその、泣かなくても大丈夫だと思いますよ」

 できるだけ優しく、子供の頭をそっと撫でるような言い方を心がけて、美子先生に笑いかける。

「ぁ……」

 すると、先生は何かに気付いたみたいで、もじもじと恥ずかしそうに身をよじった。

 ……失礼だとは思うけど。美子先生の、教師っぽくない小さな女の子みたいなそんな仕草は、俺を優しい気持ちにさせてくれた。

「あー、えーとと……こ、こほん。そ、そうなんですかぁ~。な、なぁんだ、そうだったんですね~。昨日来なかったので、先生が忘れていたのかと思っちゃいましたぁ~。なぁんだ……もうっ、驚かせないで下さいよぉ~」

 人差し指で涙を拭いながら「てへっ」っと笑って、美子先生が立ち上がる。

 もう大丈夫そうだと、先生をなだめていた叶井さん達が安心した微笑みを浮かべる。周りで心配そうに見ていた生徒達も、叶井さん達と同じように穏やかな笑みを先生に向けていた。

 家庭科室が和やかな雰囲気に包まれる。――ふぅ、良かった。

「でもでも~、そうゆう事でしたら、もう準備はばっちりですよぉ~。――はいっ、じゃじゃ~ん! これを使ってぇ、み~んなでおいしいケーキを作ってくださいねっ。そうすればぁこの封筒を、プレゼントフォーミーでっす!」

「……あの、先生。フォーユーじゃ……」

「~~っ! そ、そうともいうですっ。さ、さすがは一前くん、ナイスツッコミでっす!」

 グッと右の親指を立ててウインクする美子先生。……俺、英語苦手なんだけど。先生もそうなんだろうか?

「と、とにかくっ、先生がおいしいと思えるものを作ってください。こう見えて先生は甘いものにはうるさいので、先生をう~んと唸らせるくらいに、頑張ってくださいね~」

 こうして、最後のミッション『おいしいケーキで美子先生を唸らせる』が開始した。

 

      ***

 

 先程のミッションで肝心のケーキの作り方が分からず困っていた俺達の元に現れた、頼りになる助っ人――叶井さんのおかげで、無事美子先生を唸らせる事に成功した俺達は、先生からご褒美として最後の封筒を貰って、お助け部の部室――お助けベアーへ戻ってきた。

「お、戻ったか。意外と早かったな」

「お疲れ様です~。はい、冷たいイチゴ牛乳です~。飲んでください~」

「あ、ありがとうございます」

 御園先輩から俺達に、コップに入ったイチゴ牛乳が配られる。上座に置かれている机にはすでに飲みかけのが置いてあった。そこに千藤先輩が腰を下ろす。

「あ、そうだ。これ、お土産にって貰いました」

「そうなんですか、嬉しいです~。では~、せっかくですので一緒にいただきましょう~」

 メイドクラブで貰ったお土産の箱を葵さんから受け取った御園先輩は、中に入っていた5個のシュークリームをそれぞれに配られたイチゴ牛乳の横に並べる。

「おお、すまんな。ふむ、美味そうだ……と味わうのは後にするとしよう。さて、ではさっそくですまないが、証を見せてもらおうか」

 御園先輩が配ってくれたイチゴ牛乳を飲んで一息吐いた俺達に、御園先輩からシュークリームを受け取った千藤先輩が言った。

 千藤先輩の言葉に、俺、葵さん、天野さんは、三人で顔を見合わせて頷く。俺達の代表としてこれまでのミッションで集めたメモを預かっていた葵さんが、ポケットから全てのメモを取り出して、千藤先輩に一枚一枚見えるように手の平で広げ持つ。

 メモを確認した千藤先輩は、御園先輩を見て何やら合図を送る。合図を受けて御園先輩は微笑むと、部室を出て行った。どこに行くんだろう?

「……御苦労だったな。これで、我がお助け部の体験入部は無事終了――ではないっ!」

 組んでいた手を離し、机をバンと叩いて立ち上がり、大きく左腕を仰いで言った千藤先輩の声に力が入る。

「もう気付いているとは思うが、それぞれメモの裏には一文字ずつ文字が書かれているはずだ。もちろん、ただ書いた訳ではない。これにはちゃんと意味がある。それが何か分かるか?」

 それは俺も考えていた。始めのメモを葵さんが読んでいる時に、その裏に一文字だけ書かれているのに気付いた時は、「何だろう?」と思ったが、次のメモの裏にも、その次のメモの裏にも一文字ずつ書かれていた。それで、もしかして暗号か何かだろうかと思って考えてみた結果――

「――えっと。組み合わせると一つの言葉になる、ですか?」

「………」

「え、あれ?」

 あっさりと答えてしまった俺に、「面白くない奴め……」と視線で千藤先輩が訴えてくる。

「へぇー、そうだったんだぁ。私、全然気付かなかったよー。凄いね、進くん」

「う……い、いえ……」

 無邪気な笑顔で俺を褒めてくれる葵さん。千藤先輩の視線が無ければ素直に喜んでいたんだろうけど……。ぅぐ、気まずい。

「ふう……まあ、なんだ。そう簡単に答えられてしまうとな、正直こちらとしては……面白くないだろうがーーっ!」

 確かにそうかもしれないですけどぉーー! と思ったのも束の間。叫んだ先輩の目からビームが発せられ、俺に直撃――したような錯覚に襲われて、俺は守るように頭を抱えた。

「……ふっ。なんて、冗談だ。よく分かったな、褒めてやるぞ」

「え、あ、えと。あ、ありがとうございます?」

 目からビームを出したと思ったら――いや、俺の勝手な錯覚なんだけど――急に優しい顔を向けてくる千藤先輩に戸惑いながら、俺は何故かお礼を言っていた。

「ふふ。それでは、もう説明も要らないだろうが……あたしから、君達に最後のミッションを与えようではないか。察しの通り、メモに書かれている一文字一文字を組み合わせて一つの言葉を作ってほしい。制限時間は3分だ。用意はいいな? では――」

「えっ、そんないきなり……」

「――スタートだ!」

 千藤先輩が振り上げた手を垂直に下ろす。慌てて俺達は集まり、ソファ前の机を借りて、その上に葵さんの持っているメモを一枚ずつ広げて確認する。

 最初に千藤先輩から貰ったのが『お』。次がMA部の『こ』。それから順に、『す』『ぶ』『た』『へ』『そ』『う』『け』『よ』、と書かれている。

「うーん……? 起こす、豚……酢豚? へ、へそ? うーん、なんだろ?」

 そんな風にメモの問題を解こうと頭を悩ませる葵さんがなんだか可笑しくて、俺は葵さんに話しかける。

「くすっ……別に順番通りにする必要は無いと思いますよ。こういうのはパズルみたいに色々組み替えてみると、面白いんですよ」

「あ! そっかぁ。そうだよねっ。あはは、私、順番通りにしか考えてなかったよ」

「ふふ。俺も、始めてこういうゲームをした時はそうでした」

「あ、そうなんだ。じゃあ別に私だけじゃないんだね。ちょっと安心」

 そんな会話を葵さんとしながら隣を見る。

「………」

 真剣な顔で天野さんがメモを見つめている――俺も考えよう……とは言っても、こういうのはちょっと苦手なんだよなぁ。

 どんな問題かは分かるけど、肝心の答えが分からない。メニューを見て料理がいっぱいあるけど、食べたいものが中々見つからない、みたいに。……あの時から俺は、いつも迷ってばかりだ……。

 ――って、なんでこう余計な事ばかり考えるかな、俺は。真面目に考えよう。うーん……う、す、ぶ、た――薄豚よ、そこへ置け? ……違うな。そこ――そこ助よ、歌へ……おぶ! とか? そんな訳ないか。というか絶対無いな、これは。

 はぁ、本当に真面目に考えているのかと疑われるようなものしか思い浮かばない自分の頭が悲しいよ……。

「うーん……ダメ。全然分からないよ……」

 葵さんが肩を落として息を吐いた。

「――残り1分だ」

 と、そこで千藤先輩が壁に掛けてある鳩時計を見つめて言う。葵さんが吐いたばかりの息を呑み込んだ。

 ……このままなんだかよく分からない言葉を片っ端から思いつくだけじゃ間に合わないな、当り前かもだけど。ここは、考え方を変えてみた方がいいかもしれない。

 そもそも考えてみれば、これは体験入部の為に先輩達が考えたもの。だとしたら、俺が思いついたような、何が何だか分からないような言葉は、まず、答えとしてはありえない。答えになる可能性がある言葉。体験入部に関係した――先輩達が、俺達に贈りたいと思う言葉……。

 ――…………成程。昨日の、先輩達の温かな笑顔が浮かんできた。

「……ん、分かった……」

 俺が答えを見つけたのとほぼ同時、ずっとメモを見つめて考えていた天野さんが顔を上げた。

「ホント、はぴあちゃん!」

 訊いてきた葵さんに、確信を持って天野さんは頷く。

「ほう? では、さっそく見せてもらおうか」

 もう一度頷いて、天野さんは広げてあったメモを集め、千藤先輩が立っている前の机に置く。そして、答えを示すべくメモを並べていく。俺と葵さんは、そんな天野さんの隣で見守る。

「……ん」

 天野さんの手が止まり、俺も見つけた答えと同じ、一つの言葉が完成した。

「あ……そっか……うんっ!」

 パズルを組み合わせて出来上がった答えを見て、葵さんが納得した風に頷いた。

 天野さんが横二列に並べたメモを、千藤先輩側から見た場合、上の列の左から順に、『お』『た』『す』『け』『ぶ』『へ』、下の列は、『よ』『う』『こ』『そ』となる。つまり――

 葵さんが俺を見てくる。俺は頷く。こちらを見上げていた天野さんとも顔を見合わせて、頷き合う。そして、

「「「『お助け部へ ようこそ』」」」

 俺達は千藤先輩に向かって、三人の声を合わせた。

「……ふっ、正解だ。良く頑張ったな。最後までやり遂げてくれた事、礼を言うぞ。ありがとう」

 千藤先輩が、俺達に気持ちの籠った微笑みをくれる。

「……楽しかった」

「うんっ! 凄く楽しかったです!」

「……俺も、です。色んな人達と話せたりして、色んな事ができて、ゲーム感覚で学園を回れて、楽しかったです」

「そうか。そう言って貰えて、嬉しいよ。ありがとう」

 心に温かな風が吹いたかのように、自然と皆の顔が綻ぶ。

「――ん……? 何だ、あれは? おい、あれを見ろ! 何かおかしなものが……!」

 ――と。突然、後ろを振り返った千藤先輩が、よく晴れた窓の外を指差して叫んだ。

 おかしなもの? 何だ?

 俺達は窓に近づき、千藤先輩の指が示す先を見た。しかし、特にこれといったものは見当たらない。俺は制服のポケットから眼鏡ケースを取り出して、眼鏡を掛ける。そうしてから、もう一度窓の外をよく見てみる。が、やはり何か変わったものがあるようには見えなかった。

「ほら、あそこだ。あの――」

 パーン! 大きな弾ける音が鳴った。

「っ!」

 背中の方から聞こえてきた音に、ビクッと体を震わせながら、俺は振り返る。

 頭に何か落ちてきたと思ったら、柔らかい感触に顔を包まれた。

「んぐ」

「クママ~。うふふ、驚かせてしまいましたね~、すみません~。ですが~、どうか許してくださいね~」

「まふ、むぐ」

 こ、このふわふわは、昨日の……むぐ、ふく――ふはっ。

 何とか顔を横に向けて、息苦しさを解除する。

「はっはっは。大成功だな、水鳥! どうだ、ビックリしただろう?」

 驚いている三人の一年生(捕まっている俺含む)を見て、千藤先輩が見事悪戯に成功した子供みたいな笑みを作った。

「違いますよ~。今のわたしは、お助けベアーですよ~」

「おお、そうだな。すまんすまん。いやぁ、しかし、こうも見事に驚いてくれるとは……君達は純粋なんだな。だがあたしは、そんな君達が大好きだぞ!」

 胸を張って、親指をグッと立てて言う千藤先輩にどう反応していいか分からず、葵さんと天野さんは、驚いた表情のまま目をぱちくりさせている。昨日に続いておたすけベアーに変身した御園先輩に捕まってしまった俺は、とりあえず放してもらってから、おたすけベアーの手にクラッカーがあるのを見て、さっき頭に落ちてきた何か――クラッカーのテープを取る事にした。

「うふふ~。びっくりしましたクマ~?」

「凄く、びっくりしました」

「……びっくり」

 丸っこい両手を合わせて可愛らしく訊いてきたお助けベアーに、葵さんと天野さんの二人がまだ驚いている口調で答えた。俺も二人に同じだ。いや、もしかしたらそれ以上かも。

 や、もう本気でビックリしたから。ただの村人だった少年がいきなり王様に呼び出されて、「そなたこそ伝説の勇者じゃー!」とか言われて、魔王を倒す旅に出る、くらいにビックリしたからね。もう、飛び上っちゃいましたからねっ!

「いや、このまま終わらせるのも何か味気無いと思ってな。まあ、可愛い後輩へのちょっとした悪戯心というやつだ」

 そう言って、悪戯っぽく笑う千藤先輩。

 ……まったく。最初はかっこいいって思ったのに、褒められて赤くなったり、こうして無邪気に笑ったり……不思議な人だな、この人は。もっと色んな面を見てみたくなる。

「まあ何だ……あたし達から君達に、最後に贈らせてほしい言葉があるのだが、いいか?」

 千藤先輩が真っ直ぐな瞳で俺達を見つめて言う。

「……ありがとう。きっとこの先、たくさんの笑顔が君達を待っているだろう」

 ぁ……この言葉……。

 千藤先輩の笑顔が、リストで見た時よりもこの言葉を何倍にもして、俺の心に響かせる。

 ――俺は、俺は変われる。ここでなら、きっと……!

 そんな強い想いが、俺の心をいっぱいに満たした。

「では、これにてお助け部体験入部を終了する。困った事があったら、いつでも此処に相談しに来るといい。あたし達に任せれば、どんな難題だってズバッと解決、だからな! ……きっと!」

 最後の「きっと」の部分のおかげで、自信があるのか無いのか不安な台詞になってしまったけど、胸の前で拳をグッと握り締めている千藤先輩の姿は、頼もしく思えた。なによりその真っ直ぐな意思を宿した瞳が、確かに輝いていた。

「うふふ~、お任せ下さいです~。ク~マッ」

 両腕を、力強く? 折り曲げて頼もしげに言ったおたすけベアーの表情は――残念ながら見えなかった。

  

えと、色々と省略する事になった各部活の内容ですが、ちゃんと手元に存在します(短いものやら長いものやら)。

中には10ページ書くのに1ヵ月かけたものもあったり(どれだけ書くの遅いんだよ(@_@))

なので、もし読みたいという方がおられましたら一声頂けると嬉しいです(^^)


あーでも、読みたい方なんていないかもだし……やっぱり、もったいないから時間のある時にでも載せてみようかと思います。


――最後まで読んでくださった方、貴重なお時間を削ってまで読んで頂いてありがとうございますm(__)m

また続きとして最終話とエピローグを載せてみようと思っていますので、そちらもよろしくです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ