7〜同じ匂い〜
〇side中川〇
「あ、中川くん帰るん?」
「んぁ? 帰るけど?」
のんびりと靴を履いていると後ろから声を掛けられ振り返る。
「部活とかしてないんだよね?」
「してないよ」
「それなのにあんなに足早いんだね」
「ふっ、好きになった?」
「小学生じゃないんだぞ」
雪田さんの的確なツッコミを心地よく感じながら言葉を繋ぐ。
「これからバイト?」
「いや、今日はないよ」
「そうなんだ」
「だから一緒に帰ってあげようではないか」
「あ、結構です」
断ってそそくさと帰ろうとすると「ちょっと待て」と腕を掴まれて止められた。
「こんな可愛い子が誘っているのに断るだと?!」
自分を指差しながら主張してくる雪田さんに俺は若干引きながら適当にあしらうことに。
「可愛いから緊張するんだよね」
「えぇ?可愛いねぇ!」
雪田さんは声が一段階高くなり、ニヤニヤとしながら脇腹をつついてくる。
「嘘だよばーか」
腕を振り払い、あっかんべーをして煽り走って逃げる。
「はぁ?!ちょっと待て!」
鬼の様な形相で追いかけてくるので捕まったらやばそうだと思い、猛ダッシュで逃げようとした……のだが、この間の体育祭での筋肉痛で思うように足が動かない。
「捕まえた」
猫の様に首根っこを掴まれ、俺は手を上げて降参する。
「分かったから離して、これ結構恥ずかしい」
「じゃあ一緒に帰ろ?」
「はいはい」
なんでそこまでして俺と一緒に帰りたいのか不思議でならない。
「もしかして、俺の事好きなのか……?!」
わざと考え込むように顎に手を当てて小声で、でも雪田さんに聞こえるくらいの声量で呟く。
「そんな訳ないでしょ」
「あ、はい」
物凄い冷めた表情で睨まれた俺は素直に隣を歩く。
でもそれならどうして俺と一緒に帰ろうと思うのか気になったが、そういえば元々はメイド喫茶で働いているのを知ってしまって俺がバラさないか監視していたんだったな。
今ではそんなこと忘れていて普通に接していたのだが、雪田さんは違ったらしい。
まぁ、雪田さんにとってはバラされたら恥ずかしいしクラスに居づらくなってしまうから気にもするか。
雪田さんと一緒に帰りつつ今日の授業で先生が怒っていた話や愚痴など他愛もない話をしていると空が急に暗くなってきた。
空を見上げた瞬間、顔に水滴が落ちてきた。
「雨降ってきた」
「え、やばい傘持ってきてない」
「大丈夫、俺も」
「大丈夫じゃないやんけ!!」
こんな時でもボケとツッコミのやり取りをしていると雨がぽつぽつと少しずつ降り始めた。
「このくらいなら大丈夫か」
「え、待ってそれフラグじゃな……い」
雪田さんが全てを言い切る前に雨がザ―っと本格的に降り出してしまった。
「あぁー!だから言ったのに!ついてきて!!」
雪田さんは雨の音にかき消されないように声を張って俺についてくるように言うと走り出した。
いい雨宿りの所でもあるのか、俺は素直について行くことに。
「ちょっとここで待ってて!」
「はぁはぁ……?」
俺は乱れた息を整えつつ、言われた通りに玄関で待つ。
表札をみると「雪田」と書かれていた。
雨宿りの場所じゃなくて、雪田さんの家だったのだ。
「お待たせ、入って!はいこれ」
「お、おう……」
タオルを首に巻き、濡れた髪を拭きながら出てきた雪田さんはお風呂上りの様で艶やかな雰囲気が漂っていた。
本人にはその自覚はないのだろうが俺は目を逸らしながらタオルを受け取り濡れた顔や髪の毛を拭く。
「上がっていいよ。私先にシャワー浴びるから寒いだろうけどちょっと待ってて」
「あ、うんありがとう」
予め沸かしていたのか温かいお茶を渡されて、雪田さんはお風呂に行った。
一人残された俺は、怒涛の展開に頭が追い付かない。
本人は気付いていたか分からないが、雨で濡れてシャツが透けて見えていた。その光景はしっかりと目に焼き付けた。
嘘です。思わず目を逸らしてしまった事を今少し後悔している。
俺はタオルである程度身体も拭いてお茶で身体の中から温まる。
暫くするとお風呂のドアが開く音がした。そして「ごめん、お待たせ」と髪を拭きながら雪田さんが出てきた。
動く度にいい匂いが漂ってくる。お風呂上がりの女の子ってなんでこんなにエッチなんだろうなと思う。
「えっちょっ!?」
「ん?」
雪田さんが俺を視認すると声を上げ目を手で覆う。
「え?乙女……?」
「一応女ですけど!!」
俺の上裸を見てそんな反応するなんて思わんやん……。
濡れたシャツが冷たくて上だけ脱いでいたのだが、思わぬ反応にこっちまで恥ずかしくなってきた。
「ほ、ほら早く入って」
「あ、あぁうん」
脱衣所に入り扉を閉め「はぁ」とため息を吐くとあるものが目に入ってしまった。
ガードが堅いのか緩いのか……さっきまで雪田さんが着けていたであろう下着が露わになっていたのだ。
シンプルな薄い水色のパンツとブラだった。見たくて見た訳じゃない。視界に入ったのだからしょうがないよね。
さっきまで雪田さんが着けてたと想像するとやばい。
パンツに顔埋めてクンカクンカってしたいけど流石にキモいし俺の理性が何とか止めてくれた。
もしやってバレたら縁切られるどころか学校にも居場所無くなり最悪の場合、将来にも影響が出てくるからな。
俺、偉いぞ!と自分を褒めて冷えた身体を温める為に服を脱ぎシャワーを浴びる。
シャンプーやボディソープ使っていいのか分からなかったが、高いのだと申し訳ないので少しだけ使わせてもらうことにした。
雪田さんと同じ匂い……なのか。
洗い終わり、お湯が張ってある湯船にゆっくりと浸かると「ふぅ」と息が漏れる。気持ちよくてとろけてしまいそうだ。
え、待てよ……この湯船に雪田さんも浸かったってこと……?
裸の雪田さんがこのお湯に……。これって間接的に一緒にお風呂に入ったってこと?!
ちょっと待て俺。マジで一旦冷静になれ。興奮すんな気持ち悪い。
雪田さんが俺の事を思って善意でやってくれてるのに失礼過ぎるだろ。でもちょっとだけ……。
俺は湯船に顔をつけてそのお湯を全身で堪能した。
「中川く~んタオル置いとくね~」
「あ、ありがとう」
充分温まったので上がって雪田さんが置いてくれたタオルを使い身体を拭く。
そこで気付いた。
あれ?俺着替えなくね……?
お風呂から上がり、自分のパンツを触る。幸い、あまり濡れていなく履いてみたが気持ち悪くもなかったので良かった。
しかし、下着とシャツとズボンはびしょ濡れだった。
……どうしよう。
「中川くん、開けていい?」
「え、あちょっと待って!?!!」
「まだ着替えてなかった?」
扉が開きそうになり俺は焦って扉を抑えた。
「そ、それがさ着替えが……」
「あー……あ、ちょっと待ってて持ってくる」
雪田さんは何かを思いついてトコトコと二階に駆け上がっていった。
少しすると雪田さんが戻ってきて「開けるよ」と少しだけ開けてその隙間からジャージを差し出してきた。
「はいこれ」
「ありがとう」
俺はそれを受け取り、寒いので早く着る事に。
……これ雪田さんが学校で着てるジャージだ。
「ありがとう助かった」
「いえいえ」
やばい、全身雪田さんに包まれてるみたいな感じでドキドキする。
「スンスン、私達同じ匂いだね」
からかうような笑みを浮かべる雪田さん。
やめろ雪田さん。俺は今理性が無くなりそうでまずいんだよ。
「あれ~?どうした?照れてる~?」
「うるさいな」
「きゃっ?!」
「っ?!」
脱衣所から出ようとした瞬間、足がつり雪田さんに倒れかかってしまった。
咄嗟に雪田さんの頭を腕で守り、床に重なる。
「ご、ごめん。大丈夫?」
「だ、だ大丈夫……中川くんは大丈夫?」
「俺は全然大丈夫」
何故なら倒れた瞬間、雪田さんの胸がクッションになってくれたから。凄い弾力だった。
意図せず近くなる顔と顔、先に顔を逸らしたのは雪田さんだった。
「あれ?照れてる?もしかして照れてる?」
さっきのお返しとばかりに煽り返すと雪田さんは顔をほのかに赤く染めながら「うるさい!早くどけ!」と俺を押しのけて立ち上がる。
「……?中川くんいつまで寝てんの?」
「いや、俺足つってんだよ」
「そうだったんだ?襲われたかと思ってびっくりした」
「襲うときはもっと優しく大胆に触るよ」
「うわ最低」
「いたいっ!今は足踏まないで!いつもならご褒美だけど!!!!」
「キモ」
その罵倒すらご褒美です、ありがとうございます。
「そろそろ俺帰るよ」
「雨止んでないけど大丈夫?」
「さっきよりは小降りになってるから大丈夫。傘借りてもいい?」
「いいよ」
「それとジャージ、洗って返すね」
「うん」
「それじゃ、ありがと。また明日学校で」
「じゃあね中川くん」
雪田さんに見送られながら俺は自分の家に歩みを進める。
心なしか別れの時に寂しそうな表情をしていたのは気のせいだろう。きっと俺のいつものキモい勘違いだろう。
〇side雪田〇
中川くんが帰っていつもの静寂が家に訪れる。
いつも何とも思っていなかったのに、何故か今日は寂しい。中川くんがうるさいから余計にこんな気持ちになったんだろう。
自分の濡れた服などを洗濯するために脱衣所に行き、洗濯機に入れながら気付く。
「……もしかしてこれ見られた……?」
全然隠されていない所に今さっきまで着ていた下着があった。余裕で目に入る所。しまった、お風呂から上がったら見えない場所に置こうとしてたの忘れてた……。
うわぁぁぁあ絶対中川くんに見られたじゃん!!!!
で、でもまぁ私も中川くんの裸見ちゃったわけだし……。意外と筋肉あってびっくりしたな。
自然と中川くんの裸を思い出している自分にハッとして顔が熱くなる。
中川くんとはまだ話すようになってから日が浅い、だから彼の事はまだ全然知らない。
でもこれだけはわかる。相当な変態ってことは。