27〜溢れそうな気持ち〜
「すみませーん」
「はーい」
呼ばれた席に向かうと一人のチャラそうな男の人がいた。足を組んで凄く偉そうな見た目。あんまり好きなタイプじゃないな。
でも仕事だから……。
「ご注文でしょうか?」
「いやぁそれより君可愛いね」
「あ、ありがとうございます」
舐めまわすような視線を肌で感じながらも我慢する。
「ご注文はお決まりでしょうか?」
早くこの気持ち悪い視線から逃げたくて注文を急かしてみるが男は全然頼もうとしない。メニューすら開いていない。
「ねぇね連絡先教えてよ」
「すみません。それは出来ないんですよー」
相手を逆なでしないようになるべく優しく柔らかく拒否する。
「えー?ご主人様の言う事聞けないの?」
「そ、それは……」
聞けるわけないでしょ、本当のご主人様じゃないんだから。たまにいるんだよねこういう勘違いして上から目線の面倒くさい人。
好きな人から言われるならまだしも何も知らない初対面の変な男から言われたら鳥肌どころか吐き気すら覚える。
返事に困っていると男はこっちの気も知らずに言葉を続けてくる。
「ねぇねぇ瑠奈ちゃん君学生でしょ?」
「す、すみません。ご注文がまだお決まりでない様でしたら、またお決まりになってからお呼びください。他のお仕事があるので失礼しますね」
「おいちょっと待てよまだ話してんだろ」
その場を去ろうとすると男は腕を掴んできて私はバランスを崩し後ろに倒れる。手を付いた所が悪く、テーブルをひっくり返して転んでしまった。
大きな音が店内に響き、痛みに耐えながら直ぐに謝る。
「も、申し訳ございません!!」
少し痛むところはあるけど大したことはない。多分大丈夫。青あざにはなるだろうけど……。
良かったコップは割れてなくて。
急いで拭くものを取りに行き、床を拭く。
「大丈夫?怪我してない?」
「大丈夫です!」
他のメイドさんにも心配されてしまった。
床を拭いているとさっきの男が「あぁ~あ」とニヤリと気持ちの悪い笑みを浮かべてスマホを向けていた。
え、私撮られてる……?
屈んで胸の部分が少しはだけている気がして急いで胸を抑える。
「すみませんお客様、店内での撮影は禁止となっておりますのでご遠慮ください」
正直もうこの人の相手をしたくないと思ったところに美佳さんが助けに来てくれた。
「はぁ?!俺はご主人様だぞ!俺に逆らうのか!?」
この期に及んでまたそれを言う。本当に頭狂ってんじゃ……。
「すみません、お客様……それでも撮影はご遠慮ください……」
美佳さんもこのレベルの客だと対応が難しそうだった。
「はぁぁ?折角来てやってんのに客に対してその態度はなんだ?俺は客だぞ。ご主人様だぞ!」
あぁぁさっきから同じセリフばっかで本当に気持ちが悪い。それに自分が一番偉いみたいに言って。
他のお客様もいるんだから早く帰って欲しい。他のご主人様に迷惑だろ!
心の中でそう思っても口に出せないのが接客業。出したらもっと反感を買うに決まってるし、イメージダウンになるから出来ない。
グッとこらえるしかない。
チラッと周りを見渡すとやっぱりみんなの冷ややかな目線。迷惑だと言わんばかりのうんざりした表情を浮かべていた。
すると、中川くんが席から立ちこちらに向かってくる。
「え、あのご主人様……?」
「中川くん……?」
「な、なんだよ」
男は中川くんの表情を見て少し口をもごもつかせる。
口角は上がっているのに目が笑っていない。とても不気味な顔。
男の目の前まで来るとピタリと立ち止まり口を開く。
「あの、うるさいしあなた今何も頼んでないのでお客でも何でもないですよね。ただの迷惑な人ですよ」
ごもっとも過ぎて周りのみんなも強く頷いて共感していた。
そして中川くんは男の耳に近付いて何かを囁いた。
その表情は真顔で、でも怒気を孕んでいるように見えた。
男は顔を引きつらせ、中川くんに怯えるように躓きながら去っていった。
何事もなかったかのように中川くんは自分の席に戻るとまた黙々と食事を再開していた。
えぇめっちゃクールでかっこいいんですけど……。
私の中での中川くんへの好き度が一気に上がった瞬間だった。
「兄ちゃん凄いスカッとしたぞ。ありがとな!」
と隣のおじさんから褒められて照れ臭そうにしていたのが可愛かった。
「ご主人様、先程はありがとうございました。助かりました」
美佳さんが話しかけてる?!今の行動見てやっぱり中川くんの事狙ってるの?!
私は遠くから片付けをしながら何を話しているのか盗み聞きする。
「あぁいえ別に自分がイラついたからやっただけですよ」
「あの、お礼と言っては何ですがチェキ無料で撮らせていただきます!」
「え、いいんですか?」
「はい、ちゃんと店長から許可も貰いましたので安心してください!」
な、そんないつの間に!!
「誰をご指名……って聞くまでもないですよね!瑠奈ちゃんですよね!」
「あ、はい。雪田さんで」
ぬえぇぇぇぇぇ?!私ッ?!
ごめん美佳さん狙ってるとか疑って。滅茶苦茶後押ししてくれるじゃん!本当に神だ。女神だ。
美佳さんの頭の上に天使の輪が浮かんで光が差してるのが見える気がする。
「中川くん……さっきはありがと」
「怪我ない?」
「う、うん」
「そか、それならよかった」
さっきのかっこいい姿をみて余計にドキドキする。しかも距離近い!離れるのも嫌ってるみたいに思われるの嫌だし。動けない。
「それじゃ撮るよ~!」
「ポーズどうする?」
私に託すな!なら折角の機会。勢いに任せてアピールしちゃえ!
「これで!」
もうドキドキし過ぎてまともな思考が出来なくなっていた私は本能に任せて中川くんの腕に抱き着く。
ウィンクして美佳さんに合図を送るとシャッターを切ってくれた。
「おうぅ、瑠奈ちゃん……秘密にしといてあげる」
「ありがと美佳さん」
他のお客さんにバレたら人気落ちちゃうし評判悪くなっちゃうからありがたい。最悪辞めないといけなくなるかもしれないし。
でもまぁ中川くんと付き合えたら他のバイト探そうかなっても思ってるし。
「おい折角の一枚が何もできなかったじゃないかこの野郎」
少し不機嫌な声で中川くんがそう言うと急にほっぺたをつままれた。
「いででで何すんの!」
辞めようとする雰囲気がないので私もつまみ返す。
「離せおい、痛い痛い痛い!」
もちもちしててなんか面白い。
お互いに頬をつまみ合っている状態でシャッターを切る音が聞こえてきた。
そんなに面白かったのか美佳さんは凄いニヤニヤしている。
「俺そんなに強くつまんでないのに本気でつままないで!痛い!」
「ご、ごめんつい」
思ったよりも強くやってしまっていたみたいで少し申し訳なくなる。
「さっきの二人、メイドとご主人様とかじゃなくてもうカップルみたいだったよ」
「ちょっと美佳さん?!」
とんでもない事を中川くんの前で言い出したし声も少しでかくて他の人に聞かれてないか私はキョロキョロと辺りを見渡す。
するとそれを聞いていなかったのかのように中川くんは会計して店の外に出て行った。
「あれ……?君の彼氏チェキ貰わずに帰っていったよ?家知ってる?」
「あ……知らないです。あと彼氏じゃないです」
思えば私の家に招いたことは何回かあったけど中川くんの家に行った事なかったような気がする。
私だけ部屋見られたって事実がなんか負けた感あって悔しい。
「今度会った時渡します」
「お、家に押し掛けるのか。いいねぇ」
「な、言い方……」
でもまぁ次いつ会うか分からないし早い方がいいよね。
その日のバイトから帰る直前に二枚のチェキを美佳さんから渡され、その写真を改めてみると私凄い大胆な事したなと今になって恥ずかしくなってきた。
「頑張ってね瑠奈ちゃん」
「ありがとうございます」
ウィンクをして見送ってくれた美佳さんに感謝を述べ、チェキの文字は家で書くことにした。
【おいこら中川よ、チェキ渡す前に帰りやがって。明日届けに行くから家教えろ】
まともな文字を送るのが気恥ずかしくてふざけた感じで連絡する。
返信を待つ間にチェキになんて文字を書こうと思い今日の事を振り返る。
美佳さんに提案され、オムライスに「好き」って書いたのあれ恥ずかしくて緊張したけど喜んでくれて嬉しかったな。
お店にも来てくれるし、中川くんは私の事嫌いではないはず。それは確実。でも友達として好きなのか、推しみたいな感じで私の事が好きなのか。LIKEなのかLOVEなのかが分からなくてやっぱり告白するってなると怖くなってきた。
それにしても変なお客さんから助けてくれた時の中川くんかっこよかったなぁ……。
あの不気味な表情も魅力的だったなと机に肘をついて思い出しているとスマホから振動が伝わってきた。
中川くんからの返信かなと思いスマホの画面を見ると公式からのメッセージで私はがくんと肩を落とす。
だがまたスマホが振動して通知が届いたので確認すると今度こそ中川くんからだった。
メッセージだけでこんなに一喜一憂するのは漫画やアニメだけの話だと思っていたけどまさか私が体験することになるとは思っていなかった。
恋の力って恐ろしい……。
【え、ありがたいけど俺がそっちの家行こうか?】
【私の家だけ知られてるの不公平だから教えてよ、ダメ?】
うぅわぁちょっとあざと過ぎたかな?
【わかったいいよ】
そう返信が来た後に住所が送られてきた。
地図アプリを開いて住所を入力すると赤い印が出てきた。その場所を自分の家からルートで検索するとそんなに遠くない距離だった。
歩いて行くには少し遠いかもしれないけど15分もかからないくらいだった。しかもバイト先の方向。明日もバイトなので丁度良かった。
意外と近くに住んでたんだと思うといつでも会える気がして少し嬉しい。
【明日昼くらいに行くから家にいてね】
【了解】
会話を終え、私はまたチェキに書くメッセ―ジを考えながら頬を赤くしたり一人悶えたりして夜を過ごした。




