よくある事だから指南書がある、とメイドがドヤ顔をする 2
「お前との婚約を今この場をもって破棄する!」
よく通る男性の声に楽しげなざわめきがピタリとやんだ。
シェエラザードといえば、トラウマを刺激されるセリフに危うく持っていたグラスを落とすところだった。
「大丈夫かい、シェエラザード」
「ええ。大丈夫ですわ、お兄様」
「しかし顔色が悪い」
「申し訳ありません。四か月前の事を思い出してしまいまして」
彼女の名前はシェエラザード・アーカウミ。
四ヶ月前にサマーパーティーで自国の第三王子に婚約破棄をされた侯爵令嬢である。
「まさか、隣国でも同じセリフを聞くとは思いませんでしたので……」
「ああ、そうか。しかし公衆の面前で婚約破棄とは……流行っているのか?」
流行ってはいけない事もある。
シェエラザードは光が消えた目で遠くを見やりながら虚ろな微笑みを浮かべた。
「メイドのマウイが、こういった事はよくあるのだと言っていました」
どや顔で。
「ああ、そういえばそんな事を言っていたな。確か、お花畑の住人だとかなんとか。しかしどこのどいつがこんなアホな事を……」
背の高いお兄様と呼ばれた男はアーカウミ子爵の息子でサイード・アーカウミ。
アーカウミ侯爵の弟の息子、つまりシェエラザードの従兄で、この国の王太子のクラスメートでもある。
サイードは隣国であるバルカン王国の学校に留学中で、シェエラザードはそれに短期留学生として便乗した形だ。
あの婚約破棄騒動から二週間後にはこの学校の制服に袖を通していたことから、大人の事情がてんこもりだったのが察せられる。
『お嬢様、これはチャンスです!転校生といえば恋!ハンターになるか捕食されるか、二者択一!』
短期留学が決まったことを聞いたメイドのマウイが鼻息荒くわめいていたのが印象的だ。
大方、お気に入りの恋愛小説に留学してきた隣国の王女様と騎士を目指す少年との学園物語でもあったのだろう。
物騒な例えにどんな内容の物語なのかちょっと気になったが。
騒ぎの方を見たサイードが眉間にしわを寄せた。
「あれは……お前の友達じゃないか?アンリエッタ・ナイトアール公爵令嬢」
「まさかっ、ではあの騒いでる男性は王太子……」
人垣の後ろから覗き見れば、漆黒の美しい黒髪をハーフアップにさせた女生徒が蒼白ながらも気丈に王太子を見ていた。
王太子の方はせせら笑うような顔で、隣に女生徒を侍らせている。
どこかで見たような光景に頭痛がした。
アンリエッタ・ナイトアール公爵令嬢は短期留学生のお世話係に選ばれたこの国の王太子の婚約者である。
黒髪に青い瞳の美しく可憐な女生徒で、妖精姫として絶大な人気を集めている。
彼女のおかげでシェエラザードの留学生生活はとても楽しいものになっていた大恩人であり、もはや親友と言っていいほどの関係を築いていた。
それだけにこの状況には胸が痛む。
「私と違って完璧なのに。頭脳明晰で美しくも穏やかで慈愛にあふれた彼女に瑕疵などと。というか公爵家の後ろ盾がなくてもこの国の王太子はやっていけるのですか?」
「後ろ盾どころか敵に回さなければやっていけるが……」
公爵家を敵に回した事を知った王様がどうでるか。
サイードは深いため息をついた。
「最後の最後で面倒な。大使館に連絡を……いや、出向いた方がいいのか。直接会って説明を……」
同じ年代にいる王太子の動向を探り、普段の人となりを大使館に報告するのも留学生のお仕事だ。
外交関係の子息にあるあるだが、学生の立場からの情報収集も将来の為の布石の一つになる。
サイードは冷静にどう動くべきか頭を働かせる。
「大変ですわ、お兄様っ!アンリエッタ様が男爵家の令嬢を虐めたぐらいで国外追放って……お花畑の住人って本当に頭がおかしいですわね」
「助けたいか?」
サイードは一族総領の娘として尋ねた。
それに気が付いたシェエラザードは瞬間、息を止める。
自分の一言で周囲に影響を与える事に怯んだのだ。
『お嬢様は悪役令嬢って柄じゃないですね。取り巻きに命令しないで何が悪役令嬢なのか私には理解に苦しみます。元婚約者とその恋人様は悪役令嬢の何たるかをナメてます』
悪役令嬢として断罪されかけた主の心境をおもんぱかるあまりに斜め上に憤慨した様子のメイドに困惑した事は昨日の事のように思い出せる。
次期侯爵としての勉強が忙しくて社交をおろそかにし、取り巻きどころか友人関係もろくに築けなかったボッチの主と言いたいのだろうか。
いや、数は少ないが友人はいたのだと反論したかったが、ムキになって反論したら負けだと思って余裕の笑みでマウイの発言をスルーした自分を褒めてあげたい。
「あそこにいるのは、かつての私です」
誰かに助けて欲しかった。
誰かに手を差し伸べて欲しかった。
誰でもいいから、信じて欲しかった。
扇を持つ手が震えそうになる。
少しだけ大人になった自分がささやく。
あの時のように、言葉で反撃するのは簡単だ。
王太子は普段からあの令嬢といちゃついているし、婚約者に贈り物もエスコートもしていない事はこの学校の誰もが知っている。
誰もが知っていて彼女に手を差し伸べないのは、王家の力はそれだけあるという事だ。
ここで他国の自分が彼女をかばったことで生じる波紋の行き先を考えられる分、シェエラザードは大人になってしまったことを実感した。
「この国の問題はこの国だけのもの。他国の私が口をはさんでよい事ではありません」
『大人になりましたね、お嬢様』
短期留学に行く前に、マウイがそんなことを呟いた。
大人の思惑に振り回されることを受け入れるだけの、(ちっちゃい)大人に。
シェエラザードにはそう聞こえた。
がっかりしたような顔でそう言ってはいたが、本当はこの国に一緒にこれなかった事に対する嫌味だ。
自分を置いて行ってしまう、自分から独り立ちしようとするお嬢様に、自分がいなくて本当に後悔しないのかというダメ押しなのだ。
普段から何かと世話を焼いてくれるメイドへのご褒美の休暇だったのだが、シェエラザードの気持ちはこれっぽっちも伝わっていなかったことにちょっとだけ悲しくなった。
置いて行かれたマウイの気持ちが、なぜか今、気になった。
「でもお兄様、国外追放になったらそんなことは関係ありませんわよね。短期留学が終われば私もこの国と関係がなくなりますし」
冒険者ギルドに行ってみたが、ハンターにはなれなかったし絡まれもしなかった。
捕食もされなかった。
フラグって何それ美味しいの?状態で何事もなく、平和な学園生活だった。
本当になにもない学園生活で、あると断言できたのは親友をもてたこと。
マウイの二者択一発言にほんの少しだけ、いやわりと結構な割合で期待に胸を秘かに踊らせていたのは確かだが、今は関係ないと意識を切り替える。
『あ、女同士の恋物語には興味ないんで』
どうでもいい声が頭の中を横切っていった。
少しは友情物語も読んだ方がいいと思う。
ずっ友のありがたみを懇切丁寧に教えたら、恋愛脳は少しはよくなるだろうか。
「我が一門の男なら、優秀で美しいお嫁さん候補、放っておきませんよね?」
念のため、サイードに確認する。
「彼女ほどの女性ならば、引く手あまただろう」
意を得たり、とサイードはちょっと悪い顔でニヤリと笑う。
「ではお嬢様のお望みのままに」
二人は最高潮に達している茶番に目を向けた。
「アンリエッタ・ナイトアール、お前を国外追放とする!」
微罪に、しかも冤罪と誰もがわかっているのに対して大きすぎる罰に数名の女生徒が力が抜けたようによろめいていた。
「仰せのままに。今までありがとうございました。皆様も……」
言葉に詰まりはしたが、アンリエッタは誰もが見惚れる仕草でお辞儀をすると、背筋をピンと伸ばして前を向く。
そんなアンリエッタを睨みつけながら王太子は忌々し気に告げた。
「私は慈悲深き賢王の後を継ぐ者。お前にも慈悲を与えよう。三日以内にこの国を出ていくがいい」
小さな悲鳴がいくつも上がる。
シェエラザードも喉の奥で小さく声をあげていた。
ここから三日以内で国外にでるとなれば単騎で昼夜問わず駆けなければ無理だ。
できなければ更なる罪がアンリエッタに追加されてしまう。
「なんて事なの……どこまで卑怯な男なのかしら」
自分より賢くて人気のある女を許容できないどころか排除にかかるなど、言語道断だ。
サイードにはああいったが、我慢の限界を迎えたシェエラザードは王太子に物申そうと踏み出した時、聞きなれた男の声に足を止めた。
「本日はご卒業、おめでとうございます」
よく通る、腰に響くような甘さと響きを持つ声が茶番劇を見ていた観衆の思考を塗り替えた。
ついさっきまでシェエラザードの隣にいたはずのサイードがアンリエッタの隣で恭しく礼をとる。
「いつの間に……」
素早い行動に呆れつつもほっとした。
彼に任せておけばアンリエッタは大丈夫だろう。
いざとなったらサイードだけでも国に戻せばいい。
「なんだ、サイードではないか。私の卒業を祝うとは、なかなかよい心がけだ」
同学年の、しかも他国の留学生に言う言葉ではない。
サイードは主席争いの一角を担う優秀な男だ。
お情けで最優秀クラスに辛うじて引っかかっている王太子とは違う、本当に優秀な男だ。
華やかな顔立ちもあって、男女ともにモテるが特別を作ったことはない。
いついかなる時でも、学園内では誰に対しても平等に冷たい。
冷ややかな視線を王太子に向けると、王太子は思わず隣に侍らせていた男爵令嬢を盾にするかのように抱き寄せ、そして矢面に立たされた男爵令嬢は顔を赤くさせて媚びるような眼差しをサイードに向けた。
「サイードさまぁ……」
甘えるような呼び声にサイードは極寒の一瞥をくれるとすぐに彼らに背を向け、アンリエッタの正面に移動する。
サイードは無言だが優美な動きででアンリエッタの手をとった。
これでアンリエッタを連れて帰れるとシェエラザードは心の中でガッツポーズをとった。
一族の結婚適齢期の男どもの顔を思い浮かべながら、アンリエッタならより取り見取りだからと気持ちはお見合い斡旋好きなやり手婆の心境だ。
困惑しているアンリエッタを連れてさっさと戻ってきなさいと心の中で呼びかけたシェエラザードだったが、サイードがその場で片膝をついたことで首をかしげることとなった。
「アンリエッタ。ナイトアールでないアンリエッタならば、私はこの気持ちを捨てなくていい」
甘い声に誰もがこの先に待ち構える運命の瞬間を想像して震えた。
平民のアンリエッタと隣国の子爵令息ならば婚姻は可能だ。
「愛しています。どうか私と結婚してください、アンリエッタ」
「サイード様……」
頬を赤く染め、ウルウルと目を潤ませているアンリエッタは女生徒から見ても美しくて可憐で庇護欲を掻き立てた。
観衆は息を止めて成り行きを見守る。
二人がいる場所だけ、まるでスポットライトが当たっているかのように見えた。
「……はい。私でよろしければ」
戸惑いを含んだはいと、喜びと決意を込めた続く言葉に会場の中はわっと沸いた。
そんな中、シェエラザードは呆然としていた。
『婚約破棄の騒動の後、前からお嬢様の事が好きでした、という展開があるかもしれません。ご油断めされぬように、淑女たれ、ですよ』
マウイの訳知り顔が頭に思い浮かんだ。
あれ、これってどこかで見たような風景。
奇妙な既視感に囚われる。
シェエラザードが想像した世界が今、目の前で繰り広げられている。
あの時マウイが言っていたことが、目の前で。
自分には訪れなかったよくある事。
「…………なんで今?しかもお兄様だし」
親友が幸せになるのは喜ばしいが、我が身を振り返るとモヤっとしたものが湧き上がる。
ふと視線が王太子と男爵令嬢に向けられた。
なぜそっちに向いたのかはシェエラザードにもわからない。
現実に打ちのめされて愕然としている二人の姿にちょっとだけ胸のもやもやが薄まり、溜飲が下がる。
よくある事だからと言って、自分に起こる事とはかぎらないのだという事を実感したシェエラザードは少しだけ大人になった気がした。
今のシェエラザードをみたらマウイはハンカチを噛みしめながら『さすがはお嬢様ですっ』と涙ぐみながら褒めてくれるかもしれない。
よくある事だから、身内に起こった。
それだけの話だ。
シェエラザードは馬車の手配をするべく一足早く会場を抜け出した。
三日以内に国外退去など物理的な問題で無理だ。
なのでシェエラザードはアンリエッタを大使館へ招待した。
「権力を振りかざすって、なんか悪役令嬢みたいでなんだか新鮮です」
侯爵家の権限を振りかざし、アンリエッタを侯爵家の賓客と位置付けた。
「ありがとうございます、シェエラザード様」
「ふふ、親友の為ですもの、これぐらいはさせて。それにアンリエッタはお兄様のお嫁さんになる人だし」
シェエラザードの言葉にアンリエッタの顔が赤くなる。
「本当に私でよろしいのでしょうか?」
「かまわないわ。今は子爵の令息だけれど、卒業した今の身分は準貴族だから」
跡継ぎではない貴族の子息令嬢達は平民と貴族の間の準貴族という身分になり、その子供は平民になる。
貴族から平民へいきなり身分が変わると心が対応できない者達が続出したための、いわば貴族として育った彼らの心の救済制度だ。
実質は平民だが、貴族であるという無駄なプライドは満たされるし、準貴族であると口外する時点で人柄が察せられるので、どう扱っていいのかわかりやすいと商人達には好評な制度である。
「公爵令嬢だと身分の関係で結婚なんて無理だけど、平民だったら問題ないの」
「ああ、だからナイトアールではない私なら、というわけだったのですね。では王太子には感謝しないと」
アンリエッタはふふっ、と頬を染めながら微笑んだ。
そんな彼女の様子にキュンキュンしながらサイードはよい仕事をしたとシェエラザードはご満悦だ。
「私にも紅茶をいただけるかな」
サイードが疲れた顔でやってきた。
「公爵邸には連絡を入れたから、すぐに来るだろう。あの場での発言にどこまで権限があるかはわからんが、隙は作りたくないから家に帰してあげることはできない」
「ご配慮いただきありがとうございます」
「硬いな。シェエラザードと話すようにもっと気安い言葉遣いで構わない。貴女は私の花嫁になる人なのだから」
「は、はい……」
「シェエラザード、どうかしたのか?」
やさぐれた雰囲気を感じ取ったのか、サイードが心配そうな視線をよこした。
「別に。マウイがいたら狂喜乱舞しそうだと思いまして」
「あら、どなたなのです?」
「シェエラザード付きのメイドだ。きっと君とも気が合うだろう」
「アンリエッタ様は私とだけ仲良くしてくださればいいのです」
嫉妬をのぞかせるシェエラザードの様子にアンリエッタは目をぱちくりとさせた。
教室では決して見せなかったお子様の部分に驚いている。
「まぁ。嬉しいですわ。私、妃教育で忙しくて、心を許せるお友達がいなかったのです。ですからシェエラザード様とお友達になれて私、とても嬉しかったのです。ですが、その、本当に大丈夫なのでしょうか」
「本当にお兄様と結婚できるのか心配?」
「いえ、その、お立場的に……」
「私なら大丈夫。私の家族なら喜んでアンリエッタを受け入れるわよ。何しろ、私も婚約者だった第三王子にパーティーで婚約破棄をされたから」
アンリエッタが息をのんだ。
あの時の事を思い出したのか、顔が蒼白だ。
サイードが安心させるように優しく手を包み込むのを見てやさぐれた心境に陥るシェエラザードだった。
王子に婚約破棄をされて進退窮まる令嬢に手を差し伸べて愛を告白する男性。
自分の時にはなかった展開だが、よくある事だからとドヤ顔を決めるメイドのマウイ。
シェエラザードの全身に雷が落ちたかのような衝撃が走った。
「ま、まさかお兄様はっ、指南書の存在を!」
ただの子爵の次男坊があんな大胆に公爵令嬢にその場の思い付きで愛の告白などできようか。
いや、できるはずがない。
ロマンス小説が好きならばともかく、大勢の前で最高権力に振られた女性にその場で告白なんて普通の学生は想像すらしないはずだ。
「ん?なんだ、お前もあれを読んだのか」
さらりと衝撃な事実を口にされたシェエラザードの方がぽかんとしてしまう。
婚約破棄をされて出国するまでの数日間、図書室の中を探し回ったのに見つけることはできなかった。それなのに従兄のサイードがなぜ知っているのか。
「私はマウイに勧められたんだ。半信半疑だったが、本当に役に立つとはな」
「指南書とは何ですの?アーカウミ侯爵家の秘伝の書なのでしょうか」
「いや、どちらかといえば一門の手記……記録だな」
記録が指南書と言われてもピンとこないアンリエッタは首を傾げる。
「アーカウミ侯爵家は文官を多く輩出してきた一族だ。何かあればすぐに記録し保管する、というのは一族の気質なんだと思う」
「ですがお兄様、図書室を探しましたがどこにもありませんでしたわ」
シェエラザードの言い分にサイードが不思議そうな顔をした。
「本棚の一番下に並んでいただろう。タイトルがついていないから、わからなかったのか?」
「まさか、くすんだ緑色の背表紙……」
「そう、それだ。少々分厚いが、読みごたえがあって面白かった」
眩暈がしそうなシェエラザードだった。
こぶしを横に三つ分はあるだろうタイトルなしの分厚い背表紙が書棚の一番下をすべて埋め尽くしていた。
全ての書棚の一番下だったので、てっきり書棚の転倒を防ぐための重しだと思っていた。
どうりで探しても見つからないはずだ。
「あ、あれが全部……指南書……」
「読み込むと止まらなくなる。先人による経験談というのはやはり得難いものだな」
「よくあれを読もうと思いましたね」
「私もマウイに勧められるまでは読もうと思わなかった」
「そのマウイという方はどうして読もうと思ったのでしょう」
「彼女は活字中毒なんだ」
暇さえあれば図書室に入り浸り、本を読むメイド。
「一応、種類ごとに分けられてはいるらしい。私が読んだのは学園生活と詐欺の指南書だ。あれは読んでおいてよかった。帰ったら残りも読み込んでおきたいから、侯爵家に世話になりたいんだが」
「お父様が喜びます。しかもお嫁さんまで一緒となればお母様が喜びますわ」
シェエラザードはちょっと遠い目をしながら窓の外を見た。
いったいこの国に自分は何しに来たのだろうか。
「お前も戻ったらまた忙しくなるぞ」
「領地経営のお勉強ですね」
「そうではない。色々となかったことになっているから見合い話も来ているだろう」
「なかったこと……」
「お前の元婚約者殿は真実の愛を貫き、お前と婚約を解消した後に王族から籍を抜いて男爵令嬢と二人、ひっそりと市井に紛れて幸せに暮らしているそうだ」
『国民に対する飴です。下剋上……じゃなくて成り上がりで村人が王子様と結婚して幸せに暮らしましたって夢を与えて、王族は平民をないがしろにしてませんよってアピールするチャンスなのです』
ふと力説するマウイを思い出した。
いったい何者の目線なのだろうか。
何か王族に恨みでもあるかのような演説にドン引きだ。
「実際は?」
「子種の処置をした後に王族から追放。男爵令嬢は死罪か結婚の二択で王子との結婚を選び、風光明媚な村で監視付き。王子の仕事は畑を荒らす魔物退治」
「ハンターなんてできたのですか?」
「できなくてもやるしかないのだろうよ」
話を聞いていたアンリエッタはふむふむと何やら頷いている。
「ではあの方も廃嫡されてそのような仕事につくのでしょうか」
「いやぁ、彼は王太子だったから病気からの毒杯コース一択だろう。突然の病気で子供がなくなるのはよくある事だ」
「廃嫡だけではないのですか?」
「スペアならともかく、王太子なら王家の秘密くらい教わっているだろうから、外部に流出はしないと思う」
『王家の闇ってヤツです。あの王子がどこまで堕ちていくのか、ウフフフフ。お嬢様に恥をかかせたのだから、簡単に楽になられては困るのですよ』
夜中にくつくつと笑うマウイの姿を思い出し、恐怖でぶるりと体が震えた。
酔っ払って管を巻く内容が王子の悪口。
不敬極まりない発言を真っ暗な階段の途中でぶつぶつ呟きながらヤケ酒さながらにワインボトルをぐいっとあおる。
逃げるようにトイレに駆け込んで事なきを得たが、怖くてもう夜中にトイレに行けない。
「よき伴侶と出会えるような指南書があるかもしれん。マウイに聞いてみるといい」
「…………あったとしても、なんか嫌だわ」
「そこまで潔癖な考え方だったか?」
「違います。マウイに聞くなんて、なんか負けた気がする」
「お前はなにと戦っているんだ?」
「だってマウイ、絶対にこういうのよ」
シェエラザードはマウイの口調を真似てみた。
「もちろんございますとも。よくある事だからこそ、指南書があるのです」
最後にマウイの真似をしてドヤ顔を決めて見せると、二人は腹筋が崩壊するぐらいに笑い転げた。
誤字脱字のご指摘、ありがとうございます。
気にせず読んでくれる方々もありがとうございます
感想は受け付けておりますが、ヘタレなので返事ができません。
誤字脱字は直しますが、本文の修正はしません。
ドヤ顔のメイドを想像しながらよい一日をお過ごしください。