4話 降ってわいたような結婚話を聞かされる
◆◇◆◇◆
数日後。
ユリアの元へ早馬で手紙が届いた。差出人は両親のキースリング子爵夫妻。その中身は「明後日王都に行くから城下を案内してほしい。明後日と明々後日は絶対に休みを取ること」としたためてある。強引にもほどがあるとユリアはあきれた。
たまたま明後日は休日で、シェリーンに相談すると明々後日の休みも代わってくれると快諾してくれた。
「ご両親と美味しいものでも食べて楽しんできなよ」
シェリーンは優しく言ってくれた。まだヒューに会えないユリアが落ち込んでいることに気づいていたのかもしれない。
◆◇◆◇◆
翌々日。
「どういうこと!?」
「いいからつべこべ言わずに着替えなさい!」
朝からキースリング子爵夫人、つまり母親が姉と一緒にユリアの住む女子寮の部屋に乗り込んできたのだ。大きな荷物を幾つも持って。
一番大きなトランクには、空の色を切り取ったようなブルーのデイドレスが入っていた。確か以前、ユリアの姉が未婚時代に着ていた取っておきのドレスだが、ユリアに丈を合わせるよう急いで裾を調整したらしい。
「本当はもっと深いブルーが良かったんだけどね」
「仕方ないじゃないの。ユリアったら成人してから自前のドレスを作ろうともしないんだもの!」
「そうね。部屋の中も殺風景だし、女らしさの欠片もありゃしない」
耳の痛いことを次々と投げつけられながら、ユリアは胸に巻いていた布を剥ぎ取られ、半ば無理やり湯浴みをさせられ、ドレスを着せられた。しかし城下町を散歩するには些か不釣り合いな格好である。
「何でこんな格好……」
「いいから座って!」
「きゃあ、何てこと! この子の部屋、化粧品がほとんど無いわ! 一式持ってきてよかった!」
彼女の質問はわーきゃーと忙しい母と姉にかき消され、なされるがまま髪をあっちこっちにひっぱられ、色んなものを塗り込まれ、白粉をバタバタとはたかれた。最後に輝く金の髪に髪飾りが差し込まれる。
「あら、良いじゃない」
「なんとか令嬢らしくなったわね」
満足気な二人に手鏡を渡されて覗き込むと、そこには普段とは見違えた姿があった。髪飾りには贅沢に白金と大きなラピスラズリが使われている。
「あれ、こんな髪飾りうちにあったかな?」
「まあああ! 何てひどい言葉遣いなの!? 今すぐ直しなさい!!」
またもやユリアの質問は母の叱責によって無き物にされた。
外で待っていたキースリング子爵は美しく変身したユリアの姿を一目見て満足したようだ。そのまま馬車に皆で乗る。
「どこに行くのお父様?」
ユリアの問いに子爵はニコニコして答える。
「アッシュノット侯爵のお屋敷だ」
「アッシュノット侯爵……」
ユリアは馬鹿みたいにポカンとした。侯爵はこの国では誰もがその名を知る有力貴族のひとりだ。勿論大したことの無い下位貴族のキースリング子爵にアッシュノット侯爵との繋がりがある訳が無い。
「……って何故? いきなり伺ったら失礼ですし、そもそも会ってもくれないのでは?」
「いや、王都の邸宅で昼食を招待されてる。お前と侯爵の次男のウィルフレッド様の婚約をその後交わすのでな」
「は、はああああ!? もがっ」
「もう! ユリアったらはしたない! 静かにして!」
彼女は驚いて叫んだが、隣に座っていた姉に口を塞がれた。もが、もがと抵抗して漸く姉の手から逃れ、父親に詰め寄る。
「婚約って、初耳ですよ!!」
「おや、そうか。てっきりウィルフレッド様からお前に先に話をしているものかと」
「話も何も! 会ったことも見たことも無い相手です!」
「ん?」
初めて子爵夫妻は不思議そうに顔を見合わせた。
「だが、向こうはお前を知っているぞ。城内でお前を見初めたからと婚約を申し入れてきたんだ」
「……は」
ユリアは思わず言葉を呑んだ。頭をフル回転させ記憶を探る。
……確かアッシュノット侯爵には息子がニ人おり、稀にその息子らと共に登城しているらしい。以前、王宮の女官達が息子達を遠くから見たが二人とも美丈夫だと騒いでいたことがあるのを思い出した。
もしかしたら王宮の警備をしていた時に知らずとアッシュノット侯爵令息とすれ違いでもしたのだろうか。だとしてもそれだけで婚約を申し入れるなど不可解だ。
どう考えても不自然な状況に困惑しているユリアへ姉が、母が、父が狭い馬車の中を更に密にするように迫る。
「ユリア、ウィルフレッド様は侯爵令息というだけでなく、ゆくゆくは叔父方の爵位を継いでアッシュノット伯爵になるんですって。貴女、将来は伯爵夫人よ! 羨ましい!」
「えっ、でも」
「しかも! 結婚しても貴女が騎士を続けて構わないと言ってくださってるのよ。貴女のようなお転婆にこんな良い条件、逃したら二度と来ないわよ!」
「えっ!?」
「というか断るわけが無いだろう! アッシュノット侯爵家と縁続きになれるなんて、我が家にもようやく運が回って来たな!」
「いや、ちょっと待って」
「「「“いや”じゃない」でしょ!!」だろ!!」
三人に同時に言われ、タジタジとするユリア。母が鼻息荒く続ける。
「貴女のその髪飾り、婚約申し入れの際に先方から贈られた物なのよ。もう受け取ってしまったんですからね!」
「ええっ!?」
ユリアは思わず髪に手をやろうとして、すんでのところで止めた。返すなら手の脂を極力つけない方がいいと思ったからだ。
「でも、あの、何かの間違いなんでは? 私みたいなのを……それに私は相手の顔も知らないのに!」
キースリング子爵が鼻をフンと鳴らす。
「間違いでもなんでも、向こうから言ってきたことだ。こっちはこのチャンスをどんな手を使ってもモノにするだけだ!」
「そんな」
「とにかく。お前も貴族の家に生まれたからにはわかるだろう。この婚姻がどれだけ我が家にメリットがあるか」
「……」
ユリアは言葉を返せなかった。父親に言われずともわかっていたからだ。
アッシュノット侯爵家との繋がりが出来れば子爵家に大きな箔が付くし援助も期待できる。領地産の馬も沢山買って貰えるかもしれない。そうすれば領民達は生活が楽になるだろうし、まだ年若いユリアの弟が将来キースリング家を継いで子爵になった時にも有利に働くだろう。
貴族の世界では家の結び付きの為に政略結婚をするなど日常茶飯事だし、ひと昔前までは相手の顔を見たのは結婚した日が初めてだという笑えない話もよくあったらしい。それに比べればマシな方ではないか。
――――――けれど。
ユリアの胸には、まだヒューと会えていない事が引っかかっている。このまま彼と話さずに別の男性と結婚をしたら、その引っかかりは一生消えないまま彼女の胸に穴を穿ち続けるかもしれない。
「……せめて、婚約を結ぶ前にウィルフレッド様とお話をさせて下さい」
ユリアは、そう両親に懇願した。