長い夢
十才の誕生日を過ぎてから、わたくしに、王宮からの招待状が届きました。
王太子ユリウス様の婚約者候補を集めるお茶会でした。
わたくしは王妃様に気に入られ、早々に婚約者となり、一族の祝福を受けて幸せな人生を送るのだと信じておりました。
その頃は、周りの方々も、男系家系のジュネルブ家に産まれた濃紫を持つ聖女だと、優しく尊んで下さっていました。
どんな魔法が使えるのか?との問いにわたくしは何も答えられませんでした。
何故なら、こんな色の髪と瞳を持ちながらも、わたくしは一度も魔法を扱ったことがなかったのです。
それは幼い頃より言い聞かせられたことでした。
「あなたは、尊い聖女さまなのだから、何もしなくて良いのです。ただ、全てを良く見て、良く覚えておいて。ただ、眺めているのです。」
母や父に言い含められ、わたくしは魔法の勉強も何もやらされませんでした。
寧ろ禁止されていた、と言った方が正確なのかもしれません。
魔法を扱ったことのない、わたくしが黙り混むと、「秘匿なのですね。申し訳ない」と勝手に納得して去って行かれる方ばかりでした。
そんな人々の目が、少しずつ冷たくなっていったのは、いつからでしょうか。
父と長兄が戦死したのは、わたくしが王太子様の婚約者となり半年も経とうか、という真冬の出来事でした。
辺境伯である父は刀も魔法も鍛練を重ね、各国にさえ名を轟かせた騎士だったのですが、あの時のことはどうしても腑に落ちません。
流石はジュネルブ家の嫡子と言われた長兄までもが、戦死する等とは。
いつもの国境の小競り合いの筈でした。
一族で支え合う長く悲しい冬が明け、わたくしはお城に呼ばれ、王妃様に弔慰の言葉を頂きました。
その言葉の最後に一言、まるで、独り言のように、こう呟やかれました。
「聖女でも、父や兄を救えないのね」と。
ざわり、とした周りの方達。
わたくしは、まるで見えない矢に胸を射られたように、胸元をぎゅっと握り締めることしか出来ませんでした。
それは、小さな石でした。
最初の一粒の。
それから三年後のルイスの9月の誕生日を前に母が急に倒れて、そのまま亡くなってしまった時には、大きな岩となりました。
お城にお妃教育に上がっても、あちこちで、わたくしの耳にまで届く、ざわめき。
叔父や次兄は、気にしなくて良いと抱きしめてくれました。
王妃様に再び、弔慰の言葉を頂きました。
「聖女たる、クリスティーヌを、無能だと言う不届き者がいるようです。とても、許しがたい。父や兄だけでなく、母までも救えなかった少女に。」
その言葉は、何も救えない聖女としての烙印の様でした。
別の王太子妃を選んだら?と言う声に、反対し続けたのも王妃様でした。
もうすぐ17になる16の春にユリウス殿下に嫁いだわたくしに、春はありませんでした。
次兄が倒れたのです。
そして、それは毒であると、叔父様たちに告げられました。
懸命の処置も虚しく、次兄は亡くなりました。
お城の中は、針の筵のようでした。
ユリウス殿下には、遠ざけられ、父や母、兄達を喪った後ろ楯の弱いわたくしを、宮廷の侍女達が、嘲笑います。
1人食べる食事も、一品一品と少なくなっていきました。
髪を解かすとき、わざと強く引っ張られたり、冷たい水風呂に入れられたりと、行いは日々エスカレートしていきました。
ユリウス殿下が、わたくしと離縁を望みました。
しかし、王妃様が許しませんでした。
「腐っても聖女にそんなことを」と。
叔父様たちが、次兄の毒が何かわかったと知らせがあったのは、そんな、辛い結婚生活を三年も送った頃でした。
その毒は、王妃の母国アイーダの毒だったのです。
次兄だけでなく、母もその毒だったのかもしれない、と。
そして、父や長兄も毒を盛られていたのかもしれないと。
わたくしに、注意を促す手紙は、侍女たちによって、取り上げられ、王妃様に渡されました。
王妃様に罪を被せようとしたと、ジュネルブ家は断罪され、一族郎党処刑されました。
叔父達もルイスまでも。
わたくしだけは、処刑されませんでした。
「聖女なら、こんな風にはならなかったのでは?あなた、聖女じゃないのね。聖女を騙ったのね。」と
王妃に罪を突きつけられた時、
「腐っても聖女なのですよ。この髪と瞳の色で、そう言ったのは母上ですよね。処刑など神の怒りに触れるのでは?」
そう言って流刑地へわたくしを送り出したのはユリウス殿下でした。
遠い流刑地への道のり、鉄格子で覆われた罪人を乗せる狭い馬車の中、人々の罵声が聞こえました。
「役立たずの聖女め!」
「何も出来ない聖女め!」
そうです。何も出来なかったのは、本当なんです。
わたくしが聖女であったなら、父や母、兄達を、弟を、叔父達を従兄弟達を、救えたことでしょう。
懺悔にうつむく、わたくしの体が跳ねました。
舗装されていたない山道に入ったようです。
「ここら、あたりで良いだろう。」
「悪く思うなよ。」
そんな言葉が聞こえて、馬の嘶く声と共に、体が宙を浮き、下へ下へと、馬車ごと落ちていきました。
それが、夢の最後です。