家族と会えました
永遠に続くかの様な、真っ暗な闇を落ちていたはずのわたくしですが、誰かの力強い手がわたくしの手を握り締めました。
「クリスティーヌ」
「クリスティーヌ」
「クリスティーヌ」
わたくしを呼ぶ、気遣わしげなたくさんの声。
驚きに、いつの間にか閉じていた瞳を開けると
「あぁ、クリスティーヌ」
「お、とう、さ、ま?」
「クリスティーヌ」
「おかあさま?」
「クリスティーヌ」
「カインお兄様、ジルお兄様、ルイスまで」
わたくしは、飛び起きて、涙を拭って言いました。
「あぁ、神様はいらっしゃったのね」
むせび泣くわたくしを父と母が優しく抱きしめました。
温かいぬくもりに触れて、涙がこぼれてもこぼれても、溢れ出てきてしまいます。
「皆で、わたくしを迎えに来てくださったのね。やっと、わたくしもここに来れたのね」
懐かしいお父様。十年前と変わらない。
人は亡くなった時に年を止めるのかしら。
「クリスティーヌねえ様」
泣きながらわたくしに手を伸ばすルイスを見て、首を傾げる。
あの子は最近亡くなったばかりなのに。
こんな小さい頃の姿に・・・。
お母様と二人のお兄様も、昔の姿だわ。
「あぁ、そうね。これが死ぬ前に一度見れると言う夢なのね。わたくしが一番幸せだった頃の。皆が生きていた頃の。」
思わず、堪らない、と言うように、お父様がわたくしをかき抱いた。
「クリスティーヌ、辛い目にあったんだね。それは全て夢なんだよ。もう悲しい目になんてあわさないよ。私が必ず守ってあげるから、クリスティーヌは何もしなくてもいいんだよ。」
その言葉に、お父様の袖をぎゅっと握って首を振る。
「クリスティーヌ?」
「いいえ、いいえ、お父様。そうおっしゃって、皆を残して十年前に死んでしまったのはお父様よ!」
傷ついたお父様の赤紫の瞳が揺れる。
「クリスティーヌ、信じて。もう本当に大丈夫なのよ」
お母様が手を差し伸べて下さったのに、
わたくしはフルフルと首を振った。
「お母様だって、わたくしを残していってしまった」
「クリスティーヌ」
「カインお兄様だって、ジルお兄様だって、ルイスだって叔父様や従兄弟の皆様も!」
声を張り上げて、息を止める。
涙を湛えた瞳で皆を順に見回して、頭を垂れる。
「ごめんなさい、ごめんなさい。皆が迎えに来てくださったのに。わたくし、恨んでなんていないのよ。ただ、悲しかったの。もう、息が出来ないんじゃないかと思うほど、辛かったの。ごめんなさい、ごめんなさい。こんなこと言いたいんじゃなかったのに。わたくしが、何も出来なかったからいけないのに。わたくしが名ばかりの聖女だからいけないのよ」
体を震わせて泣きじゃくるクリスティーヌの頭を皆が優しく撫でる。
「クリスティーヌ、全ては夢だったんだよ。」
お父様が諭すように言う。
「わたくし達、全員足があるでしょ。生きています」
お母様が涙をぬぐって、笑顔で話す。
「クリスティーヌ、今日は君の10才の誕生日だよ」
カインお兄様がわたくしに、バースデーカードを握らせた。
「十歳・・・」
「クリスティーヌ、君の手を見て」
ジルお兄様の声に思わず自分の手を見つめる。
「わたくしの手、子供みたい」
「クリスティーヌねえ様、子供でしょ」
ルイスが生え替わり途中の前歯の欠けた顔でにこりと笑う。
「そんな、夢なんて筈ないわ。だって、それなら十年も夢を見ていたとでも言うの?」
クリスティーヌは、皆を見回した。
「東方の国の物語で読んだことがあるな。五十年過ごしていたと思ったのに、ほんの一時のことだったという。」
「ご、五十年?!」
クリスティーヌは目を見開く。
それなら、自分の見た夢は短かったと言うことなのかしら。
あんなに、現実的だったのに?
目を白黒させるクリスティーヌに、皆は穏やかに微笑む。
「クリスティーヌ、悪夢と言うものは、誰かに話すと現実にはならないと言われているよ」
「お父様・・・」
「辛いだろうけど、どんな夢だったのか、語ってくれないか?覚えているかい?」
クリスティーヌは再び盛り上がってきた涙を、ぽろりとこぼした。
「あなた、クリスティーヌが可哀想ですわ。せめて、一晩寝てからでも。」
「いいえ、お母様。もし、本当にこの十年が夢だとしたら、わたくし、繰り返したくないのです。お願いです。全て話させて下さい」
その言葉に家族全員が顔を歪ませる。
「勿論だとも。どれだけ長くなろうが、ちゃんと聞くよ」
お父様がそう言うと、手を叩いた。
ドアが開き、分家のヘンリー叔父様とポール叔父様が紙とペンをかかえて入って来る。
わたくしをみて、息をのみ、痛ましそうな顔をする。
「これから、クリスティーヌが悪夢を語る。とても辛いことをさせるのだから、皆も一言一句もらさないように。」
ヘンリー叔父様たちがお父様、お母様、お兄様たち、ルイスにまで、紙とペンを渡す。
「さぁ、はじめておくれ。」
皆の気合いにおされるように、わたくしは、過去を思い出して、ぽつりぽつりと話し出した。