五話:災害級魔物 ②
一番最初に行動に出たのはノワレだった。
長い尻尾が宙に円を描くと、そこから青白い文字が浮かび上がり、震えそうな程にひんやりした空気が広がり、無数の氷柱現れた。
黒色の湖に雨のように降り注ぐ氷柱。
それらは湖面に触れた瞬間に、音もなく静かに消える。
「やはり効かないか。」
苦い表情でノワレが呻く。
ノワレが次の魔法を発動させようとした所で、スライムの方にも動きがある。
バチャンという音と共に数回湖面が爆ぜ、上空へ撃ち出されたスライムの一部が見る見るうちにその形を変え始める。
「ノワレ!走るよ!」
形が変わり終える前に、私は鉄器を現状出せうる最高速度で走らせた。
空を走る私達を黒い鳥の群れが追ってくる。
魔法で出来た氷を一瞬で分解する程の捕食スピードだ、掠っただけでも危険だろう。
最高速度はとっくに出ていると言うのに、追ってくる鳥の群れは少しづつ距離を詰めて来る。
逃げている間も、ノワレは魔法で作り出した氷の塊を鳥の群れ目掛けて飛ばす。
分裂して小さくなっている分、一体ずつならば分解される前にダメージを与える事が出来るようで、氷の塊が当たった鳥は、身体に風穴を開けて黒い湖へと落ちて行く。
それでもすぐに再生してまた群れに加わるから数は減らない。
それに落とせたからと言って根本的な部分は何も解決しない。
どうしたら良いのか
「くそっ!」
時間が経過する程に、ノワレが冷静さを失って行くのがわかる。
魔法で創り出される氷は無駄に大きくなっているし、十回中三回は魔法を外すようになった。
本当に余裕がないみたいだ。
ノワレがそんなだからか、私は逆に冷静になって行く。
でも、私が冷静だったとしても現状をどうにかする事は出来ない。
だから
「選手交代だよノワレ、ポケットから預けてある魔法銃出して。」
右手を鉄騎のハンドルから離し、焦るノワレの頭をポンと叩く。
「交代?何か良い作があるのか?」
「変に期待を持たせたみたいで悪いんだけど、ごめんね。何も思い付いてないよ。」
「......なら何故武器を求めたんだ??」
「一気に不機嫌そうな声になったよ!この猫......あー、えっと......一旦私が引き受けるから、ノワレは何か打開策を考えて。」
「正気かフィリカ?」とか、いつもなら言いそうな物だけれど、今回は何も言わなかった。
ただ「任せたぞ、我が主人よ。」とだけ言うと私の手元に魔法銃を出して、それからノワレは静かになる。
私は一度、久しぶりに握った愛銃に視線を送る。
木製のグリップ部に埋め込まれた、組み込まれた魔法を表す赤、青、緑色の魔石は私が触れた事で淡く光り始めた。
購入当時でもかなり型の古かった一品なため、いざ取り出しても使えるのか少し不安だったけど、問題は無さそうだ。
「さーて、何処までやれるかな!」
鳥の群れは今も尚追って来ている。
私は早速、弾丸を生成するために魔法銃へ自分の魔力を送る。
グリップを握る手が少しばかりの熱を帯び、そしてその熱は銃に埋め込まれた魔石に吸われて行く。
間も無く弾丸の生成は終わり、引き金を思い切り引くと、発砲音を響かせて赤い刺のような弾が撃ち出される。
そうして充分に標的に近付くと、弾は魔法陣を展開し、大きな音と共に炎を生む。
生み出された炎は黒い鳥達を達を次々に焼き尽くす......なんて事はなかったけれど、それでも墜落させるだけの威力は充分にあったようで、群れの十分の一くらいは落とせただろう。
爆炎魔弾
それが今撃った弾の名前だ。
名前の通りの火属性の弾丸で、撃ち出されて一定距離飛ぶと大爆発を起こす。
私の持っているこの魔法銃では一番威力があり、その分消費が激しい弾丸だ。
正直今の一発だけでも疲れを感じる程度には魔力を消費してしまう。
本来なら最終兵器として使うレベルの物だけど、それを使ってもどうやら状況は好転しないようである。
寧ろ火に油を、いやこの場合火を使ったのは私の方だから、油に火を付けたと言うべきだろうか?
とにかく状況は先程よりも酷くなった。
遂に今まで動かなかった地面を覆う本体も動き出したのだ。
いったい何が逆鱗に触れたのだろう?
「もしかして火は嫌いだったのかな〜?なんて。」
一際大きく湖面が動き、大きな飛沫を巻き上げながら、こちらへ真っ直ぐ飛んで来るのは巨大で真っ黒なクジラだ。
「ちょちょ!!デッカ!!」
その巨体に見合った大きな口をあんぐりと開けて、私達を飲み込もうとクジラが迫る。
対する私がする事は変わらない。
出せ得る最大火力をありったけ撃ち込むだけである。
連続する発砲音と共に撃ち出される赤色の弾丸が大爆発を起こし、何とかクジラを押し返す事に成功、湖面へと落ちて行く。
「ハァー。」
近付いて来ていた死が遠ざかった事を確認し、いつの間にか止めていた呼吸が再開された。
身体にのしかかる強い倦怠感は体内の魔力をごっそり消費したためだろう。
攻撃を二度阻止しただけでこの疲労は正直かなりやばいと思う。
それでもスライムはこちらの事を待っていてはくれない。
クジラを取り込んだ湖面は次なる攻撃を準備するように波紋を立てている。
「ノワレ、ごめんもうヤバそう。何か思い付いてたりしない?」
藁にも縋る思いの私の質問に対し、ノワレが頷く。
「本当に!?」
「ああ、だが正直賭けだぞ?」
「このまま何もしないで死ぬよりは良いよ。やろ!」
私の即答を受けてノワレは一つ頷くと
「良し。ならば魔剣を出せ。」
と、そう言った。
あらゆる行動が死へと直結しているこの緊迫した状況の中で、予想の斜め上を行く提案を聞いた私はつい
「はい?」
と間の抜けた声を出してしまった。
「何を言っているのかね!?」
「魔剣を使うと言っているんだが?」
そんな事はわかっている。
わかっているからこそ聞き返したのだから。
「これは私達の物じゃないんだけど?お届け物なんだけど!?」
「そんな事はわかっている。だが仕方がないだろう他に手がないのだから。打開するための魔法を作るにはどう工夫しようと時間が足りない。それとも吾輩が魔法を作っている間、一人でアレの相手をしてくれるのか?」
そんな事は考えるまでもなく無理だった。
ぐうの音も出なかった私は渋々、魔法銃をポケット空間へ戻して背にある魔剣を手に持つ。
依頼物を勝手に使うなんて運び屋にあるまじき行為だ。
でも私に他の打開策を用意する事は出来ないのだから仕方ない。
「で、具体的にどうするの?」
「吾輩達が逃げるのではなく、アレに何処かへ行って貰う。そのために吾輩達が脅威であると思わせるんだ。」
「どうやって?」
「スライムとは本来臆病な魔物だ。故に僅かでも攻撃を通す事が出来れば勝手に危険だと判断するだろう。具体的な手段はシンプルだ。吾輩が魔力で魔剣を起動する。貴様は起動した魔剣を用いてアレを切れ。」
「え?それだけ?」
「ああ、それだけだ。」
「不満か?」と何処か挑発的に首を傾げるノワレに私は
「全然。寧ろ解りやすくて助かるくらいだ。」
と軽口を返して魔剣を握る手に力を込めた。
「ならば行くぞ!準備はいいな我が主人よ!!」
「いつでもオッケー!!」
ノワレの尾が魔剣の柄に触れた。
直後、グルグルに覆っていた白い布が剥がれ落ち、その赤黒い刀身が現れる。
それと同時に湖面から再びクジラが飛び上がった。
私はソレに向けて力一杯魔剣を振るう。
魔剣は普通の魔道具とは少し異なる働きを持っている。
普通の魔道具は魔法の適正がない者にでも魔法を使えるようにするための物である。
私が乗っている鉄騎やさっき戦闘に使っていた魔法銃も魔道具と呼ばれており、基本的には道具として作られている。
対して魔剣は所持者の魔力をただ破壊する力にのみ変換する。
いわば兵器だ。
ノワレの魔力により起動した魔剣は私の手で振るわれた事でその破壊力を発揮する。
刀身から発生したソレは火や雷と言った物ではない、魔法とはとても呼べないソレはただただ純粋なエネルギーの塊だった。
禍々しい赤色へと変色した魔力の塊が、斬撃となって巨大なクジラを破壊した。
「すっご......」
想像以上の破壊力に、そんな感想が口から出た。
「ノワレ!これなら行けるよ!」
勝機を見い出し喜ぶ私は、次なる一撃を降ろうとして異変に気付く。
自分達の高度が少しずつ落ちていってるのだ。
原因はすぐにわかった。
視線を移せばノワレは肩で息をしていた。
どうやら魔力が底を着こうとしているみたいだ。
「ノワレ!!」
「問題ない。とは言えないな。すまない......フィリ......カ。」
パタリとノワレが倒れる。
同時に浮遊の魔法が消えて、私達は真下へ落ちて行く。
「あ、終わった。」
これから訪れるであろう結末が口から漏れて、私はソレを見るのが怖くて目を強く閉じた。
ガシャンと言う音が鼓膜を揺らして、強い衝撃によって鉄騎から投げ出され、そのまま地面に背を打った。
「痛っ......あ、れ?」
思っていたよりも硬くしっかりとした地面の感触に恐る恐る目を開けると、スライムはもう何処にもいなかった。




