四話:天災級魔物 ①
セーフエリアを出てから約半日程の時間が経過した頃、私達は現在林道を超えて草原を走っていた。
運が良い事に、出だしで待ち構えていたゴブリン以来、魔物と遭遇する事もなく、とても順調な道のりである。
「この調子なら予定通りに配達出来るかも。」
などと喜んでいた訳だが、未開拓エリアはそんなに甘くない。
背の低い草を薙ぎ倒しながら快調に進む鉄騎が唐突に停止した。
ノワレが燃料の供給を経ったのだ。
急に停止した鉄騎を転ばないように支えながら、私はどうしたのかと尋ねようとして、しかしノワレの尻尾に口を塞がれて疑問は喉から出ずに消えた。
「見ろ。」
小さな声でノワレが言う。
私は静かにノワレの視線の先に目をやった。
そこにあったのは水溜りだった。
それで私はノワレが移動を止めた理由を理解する。
「スライムか......不味いね。私達にはまだ気付いてないのかな?」
「今調べている......。」
ノワレは尻尾を落ち着きなく揺らしながらも索敵の魔法を使う。
焦っているのだろう。
無理もない、私だって内心ではかなり焦っている。
何せスライムとは未開拓エリアで最も遭遇してはいけない魔物の内の一体だからだ。
「フィリカ!!また飛ぶぞ!!落ちるなよ!!」
索敵を終えたのであろうノワレが叫ぶや否や再び私の足元から地面が消えた。
つい先日も行った物と同じ魔法だろう、前よりも高度は遥かに低いけど、私はまた空中を走行している。
一度経験したとは言え、やはり慣れない浮遊感であるが、しかしそんな事などどうでも良くなるような光景が、私の視界には映っていた。
先程まで透明だった筈の水溜りが闇のような真っ黒に染まり、その面積を物凄い勢いで広げて行く。
緑の絨毯のようだった地面は一瞬にして黒に侵食され、水溜り程度のサイズだったソレは瞬く間に湖のような大きさになってしまった。
「すまないフィリカ。気付くのが遅過ぎた。」
柄にも無く頭を下げて潮らしく謝るノワレの頭を私は「仕方ない。」と優しく撫でた。
「でも、どうしようか。」
私もノワレも思考する。
この状況の打開策を。
その昔、スライムは最も弱い魔物だと言われていたらしい。
脆く、小さく、考える知性も無かったその魔物は、長い時を経て未開拓エリアを利用する者達の間では天災とまで呼ばれ恐れられる程の変化を遂げた。
取り込んだ物を瞬時に溶かし、吸収して、その体積を無限に広げる怪物は、未だに考える知性を持たない。
故に進出鬼没に姿を現し、認識した生物を無差別に捕食する。
もしも出会ってしまったのならば、決して倒そうなどと考えてはいけない。
戦ってはいけない。
ソレが去るまでただ耐える。
それがスライムに出会ってしまった時の対処法。
そう、やるべき事は分かっている。
ただ問題なのは
「逃げられるかな?」
「わからん。少なくとも我輩は逃走出来たと言う前例を聞いた事がないな。」
嫌な汗が頬を伝い、鉄騎のハンドルを握る自分の手が僅かに震えている。
ノワレも注意深くスライムを凝視しながら息を飲む。
そんな私達の気など知らぬように、スライムはその巨大な体に波一つ、波紋一つも立たせない。




