プロローグ
運び屋と配達員は似ているようで違う。
配達員は、街の中で物を配達する事が仕事であるためとても安全だ。
それに対して運び屋は、街から街へ物を届ける。
そのため魔物蠢く街の外へ出なければならない。
だから、同じ物を届ける仕事であっても運び屋はとても危険な仕事である。
それでも私は運び屋を選んだ。
だって運び屋の方が自由だから
「フィリカ、聞いているか?フィリカ。」
緑生い茂る森の中。
そこに出来た申し訳程度の道を、魔動式の二輪駆動車、鉄騎に跨り軽快な駆動音を響かせながら走っていると、相棒のしゃがれた声が聞こえてくる。
後部座席に偉そうに鎮座している黒い猫、それがその声の主である。
猫であると言うのに実に可愛げのない、所作や声にお似合いの何処か偉そうな顔立ちのその黒猫、ノワレは私の反応が無いのが気に食わないようで、私の背を長い尻尾でペシペシ叩く。
「ごめん、ごめんって、あんまりにも鮮やかな緑色だったからつい見惚れてたんだよ。」
「別にこんな物、それ程珍しくも無いだろう?未開拓エリアには飽きる程にあるし。そもそも見るのだって初めてでも無いだろうに。」
「だからごめんって......それでどうしたの?」
聞き返す私に、ノワレの機嫌はまだ悪そうであったが、それでもしっかり要件は伝えくれるようで、その小さな口から言葉を発する。
「索敵に反応があった。魔物の群れがこちらに接近して来ている。このままだと追い付かれるぞ。どうする?」
「加速は?」
「このおんぼろの寿命を減らしても良いのならば可能だが?」
鉄騎の白い外装を尾で指しながら首を傾げるノワレ。
大事な商売道具におんぼろとは失礼な言いようである。
しかし、まあ彼の言い分も正しいので何も言い返す事は出来ない。
「じゃあ迎撃は?出来そう?」
「このままの速度を維持したままでは厳しいだろうな。」
「どうする?」と言う再度の問い。
現状思い付く打開策は、加速して逃げるか、減速して迎撃するかの二択しかない。
前者を選べば、乗り物に負担をかけてしまう事から、最悪金銭的なダメージを受ける事になるだろう。
後者の方は乗り物にこそ負担はかからないが、ただの人間でしかない自分が魔物の群れに飲み込まれると言う危険性がある。
どちらの案を選ぼうか迷っていると、後方の木々がガサガサと激しく揺れる音がする。
「追い付かれたな。」
ノワレがため息混じりに呟くと。
先程まで何も居なかった後方に、一瞬にしてたくさんの魔物が列をなしていた。
緑の皮膚、黄色に光る鋭い目、頭に生えた白く短い角。
子供程度の背丈、人に近い姿形の魔物、ゴブリン。
その魔物が知能は低く、一匹一匹はそれ程までに脅威ではないと言われていたのは昔の話である。
今のゴブリンは、一匹一匹が武器を巧みに使いこなし、魔法すら使う。
現に背後に群がるゴブリン達は、何処から見つけて来たのか、各々が新品同然な程に手入れされた剣や斧、弓矢に杖、魔法銃と言った様々な武器を手に、躾けたのだろうか?
全員が狼の背にまたがっている。
「ゴブリンのライダー?あんなにたくさん......」
予想以上の魔物の群れにギョッとしている私を、バックミラー越しに馬鹿にするように笑う小鬼達。
下品な笑い顔は生理的嫌悪を感じる程に醜い。
慣れてない人が見たら卒倒してしまいそうだ。
「それで?どうするんだい我が主人?まもなく奴らの射程に入るが?女の貴様がアレに捕まったら悲惨だぞ?」
急かすようなノワレの声に、私は止むを得ず指示を出す。
「加速する。魔力お願い。」
「了解した。」
返答を返すや否や、ノワレの全身に光が走る。
それと同時に鉄騎の駆動音が大きく激しくなり、その速度をぐんぐん上げて行く。
魔動式の乗り物は使用者の魔力をエネルギーにして動く。
そのため与える魔力の量を増やしてやればこの通り、その能力を引き上げる事が可能なのだ。
まあ、誤った使用方法なのでその分壊れやすくなるのだが
それでも現状の最善策はこの手しかないので仕方ない。
異音を響かせながら地を駆ける鉄騎は、みるみるうちに魔物の群れから距離を離し物の数秒で、完全に魔物達を振り切ってしまった。
剣と魔法が主流だった時代は魔王の討伐によって終わりを告げた。
人々はその後、技術を進歩させる事で生活圏を着々と広げ、以前よりもより快適な環境で暮らしていた。
しかしその影響で住処が減った魔物達は活動を活発化し、過酷な環境と限られた物だけでの暮らしが以前よりも魔物達を強く凶暴にした。
その結果、街の中はとても平和だが、外に一歩でも出れば魔物の被害は避けられない。
魔物の王を倒しても、どれだけ人々の生活が進化しようと、魔物の脅威はなくなる事はなかった。
これはそんな世界で運び屋をする、私と黒猫の物語。
「あっ!ねえ、ノワレ、これって。」
「ああ、どうやら先程の我輩の魔力で天寿を全うしたようだな。ここからは押して行け。」
「あぁ......マジですか......。」