Ash-i
あおいあしって知ってるか。
いつも寝たフリでやり過ごす休み時間、クラスの奴が面白半分に話す怪談、多分そこで聞いた。
聞き耳だけは立ってるからさ。
あおいあしって知ってるか。
別に、膝から下の足だけ、あの廃病院のあの山のあの墓のあの土手のあの角のあの、あのあのあの、あそこを、スマホで撮ると必ず映るってだけなんだけど。
えっそんだけ?
だって足だからさ。せいぜい追っかけるくらいしか出来んじゃん。刃物持ってかかってくるとかさ、無理じゃん。
てゆかなんであお?
死んでるからじゃね。
血の気の問題?
誰の足かでも変わるよね、怖さ的なさ。
怖いか? 映るだけしょ。その後なんかあるとかさ。
なんにもない。
なんにもないそうだ。
映るだけ。
目に入るだけ。
このクラスにおける自分と同じだなって思った。
なんにもない。
だから行っちゃったとかじゃなく。
そこはただ帰り道だったから。
別に、さつえーできたら仲間に入るきっかけになれっかなとかじゃなく。
まして一瞬でも自分みたいだと思ったからでもなく。
そこはただ帰り道だったから。
いつもはないクラスメイトの集団なんかが撮影会やってると、どうしようか、困った。
知らないふりで、スマホ見てて気づかないていで通り過ぎるか、遠回りして別の道に行くか。
「あ、藤沢じゃん」
気づかれた。
(名前。覚えててもらえてる)
そんな事がぶっすり心に刺さる。
聞こえないフリは今更通用するか。
「藤沢ー! 今撮影会やってんよ、来いよー!」
「さ、さつえー? なに?」
怪談なんか知らないていで、休み時間はいつも疲れてガチ寝してるから知らないていで、加わる。
加わって、こんな簡単に、へろっと加われる事に、泣きたくなる。
よんでくれたら行けるのに、自分から行けたためしがないから。
そんな事がいたい。
ボスみたいな大沢が怪談の説明してくれて、
大沢のセフレのミヒロが風景しか映ってないスマホ画面を見せてくれて、
必ず二番手をそつなくこなすような島倉がつまんなそうにため息ついて、
なんも考えてなさそうで人のことよく見てる三島が「クラなにこえーの?」て取りなしてくれて、
なんかここに自分いない方がいいかなって思う。
仲良しメンバーにいきなり部外者来たら、やっぱ、ちょっと白ける奴とかは、いるよ。
とは言えもう空気が。
藤沢もやるよねってなってる。
ここで我を通せる奴なら自分から色々いける自分だったろう。
映ってる。
ミヒロがガチびびってひゃーって叫んだ。
「ムリムリムリムリムリだからやめよっつったんじゃん!!」
「え、でも映るだけしょ?」
「うっわやべ、え、いんの? あそこ? 今撮ったらウチのにも」
「やめろ! 帰ろ! やばいって」
「でも、え? 藤沢どーすんの」
「消した方が良くない?」
「待って、クラスのグループに上げっぺ、上げて消そう」
上げて消された。
そのまま、ここを通って帰るって言うと強行に反対されて、
「一緒行くから回り道しよ」
て言ってくれたのは島倉だった。
逃げるように去る。ミヒロは実際、小走りで逃げてた。
みんな、厳戒態勢みたいに自分を送ってくれて、途中のコンビニで味塩買ってふりかけあった末、「風呂入っても持ってろ」て小瓶ごと押しつけてきて、
「なんかあったら連絡しろよ、クラスのグループでもなんでもいいから、助け呼べよ!」
大沢はボスっぽいこと言って、「ゴメンな」て島倉が謝って、みんな帰ってった。
ゴメンな。
身内じゃないのに巻き込んでゴメンな。
身内じゃないのに。
刺さるな。
共働きの両親はこの時間まだ帰ってなくて、外は暗い。
普段はなるべく見ないように、通知すら切ってるSNSのクラスグループで、画像を確認しながら、部屋に入る。
足は、ガリガリで、でも老人て感じじゃない。性別はわかんない。
あおっていうか灰色で、煤けて、土とかついてて、裸足で、膝の辺りから半透明になって消えてた。
でも、指とか爪とか、はっきり、これは人間の足だ。
こっちに向かって仁王立ちするみたいに立ってる。
膝、むき出しで裸足になるって、どういう状況だろ。
グループは騒然としてて、通知をオンにしてみたら、めさ鳴り続けて笑った。
藤沢、て、このクラスになって一番、SNSに名前が表示されてる。
藤沢大丈夫か、がクラスの人数分流れて来る勢いだ。
あおいあしなんか嘘っぱちで、実際は灰色だし、映るだけなんて甘いもんじゃなく、あしは、そこ。
部屋の入口で、こっちに向かって仁王立ちするみたいに立ってる。
何をするでもなく。死ぬまで蹴るとかでもなく。いや、それはこれからなのかも知れない。
けど。
「……なんか、ありがと。クラスのひととあんな話せたの初めてだ」
『照れる』
ぐもっとした声が、自分しかいない部屋に響いて、驚いてる間に、あおい灰色のあしはちょっと赤くなってぱっと消えてしまった。
SNSに今の出来事を打つべきか迷って、大騒ぎのスマホ画面となにごともなくなった部屋の入口とで、視線を往復させる。
スマホに、やたらめったら自分の名前がある。
「うん。照れるね」
笑ってしまった。
Fin.