田村仁の、男の見せ所②
人目のない場所を探すと、体育館裏が静かで人がいなかったので、適当な段差に小生は腰を下ろす。寄木さんは腰を下ろさず立ったままだ。
別に小生に気を使う必要などないのに。律儀な人だ。
「…この前の一件の男が、現れたんですか?」
「昨日、塾の帰りにバス停に行ったら、あの人がいたんです。私、怖くて…。でも、帰らないといけないから知らない顔してバスに乗ろうと思ったら、『あ!』って怖い顔して来たから叫んで逃げたんです。人も多かったし、追いかけて来なかったから良かったんですけど…。その日はタクシーで帰りました。流石に今日も塾があるし…。どうしたらいいと思います?」
「それは、困りましたな…。ご両親に相談は?」
寄木さんの口がへの字に曲がった。前髪で目が見えないぶん、表情が口元一点に出るため、寄木さんの気持ちを知ろうとするなら、口元にだけ集中しておけばいいい。
一度口が開きかかり、閉じる。そしてまた、開くが、声が出ない。
小生は何も言わずに寄木さんを見ていた。グラウンドのある方から「ボールこっちー!」と声が聞こえる。
体育館の裏手は道路に面していて、車が二台通り過ぎた。小生は車に興味がないから車種は知らないが、小さい車と、荷物を積んだトラックだった。
「だ、誰にも言わないで欲しいんだけど…」
「もちろんです。小生、口はコンクリートより硬いと自負しています」
心配せずとも、喋る相手がいないので安心していただきたい。
「私の家、片親で。お父さんが育ててくれてて。夜遅くまで働いてるから、あんまり、心配事を持ち込みたくないの。小学生の頃、お母さんが家を出てから、ずっと育ててくれた。長い間、お父さんは無理をして、何回か身体を壊してる」
「寄木さんはお父様が大切なのですね」
「…まぁ」
モジモジして照れくさそうにしている寄木さんが可愛らしい。
これは寄木さんのためにも何とかしなければならない。何とか彼女の気持ちを大事にしたいと思う小生である。
「承知しました。けれど、どうして小生にその話しをしてくれたのです?」
来栖さんの方が頼りになりそうでは?と言おうと思ったが、プライドが邪魔して言わなかった。
「…口、硬いんですよね?」
「愚問です」
「…相談したんです。そしたら、田村さんが絶対いいって」
「ほう。そんな嬉しいことを仰る方がいるのですか?」
「彼女です」
寄木さんが僕の後ろの地面を指差した。あら。そこには可愛らしい雀が一羽いた。
「彼女とは?」
寄木さんが手招きすると、雀が羽ばたいて彼女の肩に止まった。寄木さんのペットなのだろうか。ペットが雀とは珍しい。
「私、生き物と会話が出来るんです。田村くんの話しはこの子から聞きました」
「生き物と会話?」
肩に乗った雀が羽を広げて「ピー」と鳴いた。