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田村仁の独り言④

小生は友達がいない。だが、それを悲観したことはない。学校に来て、誰とも話せずに一日が終わろうとも、特に気にしてはいない。


「人生は長いのだ。友達ができない孤独な時間だってある。人生はタイミングの連続なのだから、友達ができるタイミングだってくる。だから、焦る必要などない。せっかく生きているのだから、今この瞬間を楽しむべきだ」


このセリフは、小生の前にいる幽霊の「侍」に言われた言葉である。


敬意を表して、侍のサム氏と呼んでいる。サム氏はこの土地に居座って成仏できない侍である。サム氏曰く、はるか昔、この学校の土地に彼の家が建っていたらしい。


小生は幽霊が見える。オーラも視える。霊感が強いのだろう。


「それにしても、そのおなごの話し、面白いな。ここの土地で色々な人間を見てきたが、そんな人物は見たことがないぞ」


放課後の誰もいない教室で、よく小生とサム氏はこうして椅子に座りながら話しをしている。クラスメイトが急に入って来ないように注意しておかなければならない。


「とてつもないオーラだよ。そんな人みたことなかったからとても驚いた。サム氏にも見せたい」


「それほどのオーラ…宮本武蔵が近いかもしれぬな。奴と相対したとき、あまりの覇気に体が動かなかったのを覚えている。あのときの身体の震えを今でも鮮明に覚えている…」


サム氏は身体を震わせた。


サム氏は江戸時代に亡くなってから、ずっと幽霊として生きてきたそうだ。もう四百年以上もこの世界にいる。そうなると、どんどんと記憶が無くなっていき、どうしてこの世にいるのかも分からなくなってくるらしい。


長い年月を生きるというのはそう言うことなのだろうか。たかだか十六年しか生きていない小生では、サム氏の気持ちを理解することは出来そうにない。


サム氏が遠い目をしている。


前触れなく、何か物思いにふけるのがサム氏の特徴だ。


「もう少しで暑い季節になるな…」


「もう6月だしね。何か夏に思い出が?」


「…女房がいたんだ。名前も覚えている。まつ…という名だった。まつと出会ったのがこれぐらいの気候の頃だった。また会いたい」


「…」


「どちらが先に死んだのかは覚えていない。どういう出会いだったのかも忘れてしまった。けれど、まつという名と、あの微笑んだ顔と、気温は思い出せる。頭に残っているのはそれぐらいだ」


「どうやったら成仏できるんでしょうね」


「分からぬ…。どうして拙者は世に留まっておるのだ…」


ずっとサム氏は成仏したいと思っているが、どうすれば成仏できるか分からずにいる。純粋に可哀想だと思うが、口が裂けてもそんなことは言えない。彼は、誇り高き侍なのだ。情けは無用、と言われてしまう。


「そういえば、最近花子を見ないな。主は見たか?」


花子とは、トイレの花子氏のことだ。そう言えば、ここ最近見た覚えがない。


「見てないですね…。それに、音楽室のベートーベン氏もいらっしゃらないような」


もちろん、それは音楽室のベートーベンの動く肖像画のことだ。


「そうだな。動く骸骨とも長らく話しをしておらん。みな何処にいった?お主、気配など感じないのか?」


「だめなんだ。とてつもないオーラの持ち主のせいで、ノイズが入って集中できなくて」


それは来栖さんのことだ。彼女のオーラが干渉してきて集中できないのだ。


「みな、もしや無事に成仏できたのだろうか…」


サム氏が寂しがっているのが分かる。今日はやけに弱気だ。


「どうしたんです?元気がないですね」


「昨日、ふと、まつのことを思い出してな。ただ、それだけだよ」


遠い目をしている。小生には愛なんて分からないが、まつさんのことを大事にしていたのが分かる。どうすれば、サム氏は成仏できるのか…。


突然扉が開いた。まずい。そこには来栖さんが立っていた。


見られたか?


来栖さんに小生が誰もいない空間に話しかけている頭のおかしなサイコパス野郎だ、と思われてしまったかもしれない。


「く、くるすさん。ど、ど、どうされたのです?」


「探したで」


来栖さんが一歩踏み出す。


「田村くん」


二歩目を踏む。


「う!」


横から大きなうめき声がした。サム氏の声だ。


サム氏が胸を掴んで苦しそうな表情を浮かべている。今にも倒れそうだ。


来栖さんが真っ直ぐに近づいてくる。


「う、うわーーーーー」


サム氏が来栖さんの黄金のオーラに巻き取られるようにして、光の粒子となって霧散し、窓から天高く昇っていった。もう、目の前にサム氏の姿がなかった。


呆気に取られている間に、目の前に来栖さんが立っていた。


「ねぇ、田村君。君、地域ボランティアに興味ない?」


後から来栖さんを観察していて分かったことだが、来栖さんのオーラは、とんでもない勢いで周囲にいる霊を絡めとり、強制的に成仏させる役割を担っているようだ。

もちろん、このことを来栖さんは自覚していない。

学校中の霊達は来栖さんのオーラによって成仏されたのだろう。

来栖さんは一体何者なのか。ただただ惚れ惚れとしてしまう。


「人数足らへんねん。地域ボランティアについて、一緒に考えて活動せえへん?」


「もちろんです。何て奇遇なのでしょうか。小生、寝ても醒めてもこの地域に一体何が出来るのか、どんな恩返しが出来るのかを常に考えているような人間です」


「なら良かった!じゃあ、ボランティア部正規メンバー一号や!」


地域について何も考えたことはなかったが、来栖さんがそう言うなら、小生は従うまでだ。

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