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1-4

 眠い。眠いけど、頑張るしかない。

 僕は、友達への第一歩は、まずは挨拶、挨拶とぶつぶつと呟きながら歩を進めた。

「あ…」

 僕は教室に入ろうとして、ターゲットの飯田(いいだ)を見つけて近づこうとした。

 気合いを入れて彼に近づこうとして…

「痛っ!」

 教室に入った瞬間、そこはちょっとした段差があり…僕は盛大に転んでしまった。

 恥ずかしい。誰も気付いていませんように、そう祈った。何もなかったかのように装って立ち上がりたい。だけど多分厳しい。何せ派手な音を立てて倒れてしまったから。

 そっと顔を上げてみたら、やっぱりたくさんの目が僕に向けられている。とはいえ、いつまでも寝そべっているわけにもいかないから、僕はゆっくりと立ち上がった。

「大丈夫か?」

 気遣わしげな声がかけられ、声の主を見ると飯田だった。

「う、うん」

 なんとか立ち上がった僕は、自分の右手を見てギョッとした。手のひらからボタボタと、とまではいかないけれど、赤い血が流れ出ている。飯田に差し出されたハンカチをありがたく使わせていただくと、ハンカチはじわりと赤く染まった。

「医務室へ行ってこいよ。教授には言っとくからさ」

 飯田の言葉に後押しされ、僕は慌ててその場から離れた。あ、膝も痛い。


「あらあら…」

 医務室へ行くと、医務室の先生が手際よく右手を処置してくれた。

「怪我よりも顔色が悪いわねぇ」

 僕の顔を見てそう言うと、先生はよかったら寝ていきなさい、とベッドを勧めてくれた。

 正直、眠さはもう限界。僕は言葉に甘えさせてもらうことにした。

 そして、目が覚めたとき、僕は今日の講義が全て終わっていることを知り愕然とした。


 そんなこんなで、今日はなんのために大学に行ったんだ、と包帯が巻かれた右手を見ながら落ち込んだ。

 それでも、『アリスの館』に戻ると、ニコニコと笑いながら仁王立ちして出迎えたアリスに報告を求められ、仕方なく僕は今日の恥を晒した。

「…なかなかやるじゃない」

 真っ赤になりながら今日の出来事を報告すると、アリスは腕組みをしながらそう言った。

 なんか褒められたっぽいが、僕にはあの報告の中のどこに褒める要素があったのかわからない。気まずさになんだかムズムズした。

「明日からもその調子でよろしくね」

 アリスの顔が笑いを堪えそうに見えたのは、気のせいだと思いたい。

 その調子でって、まさか明日もどこかで転んでこい、ということではないよね。

「はい、今日の分」

 そう言って手渡された2万円が入った封筒を僕は複雑な心境で受け取った。

 うん、明日も頑張ろう。


 その日はなんだかよく眠れた。昼間もあれだけ寝ていたのに、ぐっすりだった。

 朝起きると、まだ手や足に痛みは残っていたが、気分は爽やかだ。あんまりにもスッキリして、あれだけ読み込んだ『友達の作り方』の内容までもだいぶ抜けてしまっていることに気づき、ほんの少し落ち込む。

 ダイニングに行くと、僕の席にはいつもの朝食に加え、きれいにアイロンがかけられたハンカチが置かれていた。そして、昨日ついていたはずの血の跡はきれいさっぱり消えていた。


「今日も頑張ってねぇ」

「行ってきます」

 ニコニコとしたアリスの声を背に受けて、僕は今日も大学へ向かった。今日は足元に気をつけるぞ、と気合いを入れて。

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