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「分かっていると思うが」
カフェから出て人通りの少ない通りに出ると、ナイトが立ち止まって、僕を壁に押しやった。
ナイトの身長は僕より頭一つ分くらい高い。そんな彼にこんなことをされると、正直、恐怖である。
「バレるようなヘマはするなよ」
「は、はい」
僕は思わず首を縦に力一杯振りながら答え、そして、次の瞬間、首を横に傾けた。あれ、何がバレたらいけないんだろう。
そんな僕の様子を見て、ナイトは、チッと舌打ちをした。うん、やっぱりこの人、怖い。
「ちょっと来い」
不機嫌そうなナイトに連れられて辿り着いたのは、『アリスの館』だった。
なんだ、帰ってきただけかぁ、とほっとしたのも束の間、ナイトは紫の部屋の扉に「お昼寝中」と掲げられたプレートを一瞥すると、その向かい側の扉を開け入っていった。
「何をしている、早く入れ」
扉の外で立ち止まっていると、心なしか小声のナイトに急かされ、僕は中に入った。
背後で扉が閉まると、僕の中の恐怖がもくもくと巨大化してくる。もう、最長記録は更新したし、そろそろ帰ろうかな、そんな気分にもなりつつ、僕はナイトに指差された椅子に浅く腰掛けた。
この部屋に足を踏み入れるのは初めてだが、隣りの怪しい紫の部屋と比べると、いや、比べなくても白と黒でシンプルに片付けられた部屋は普通だった。整然と整えられた棚からタブレットを手に取ると、ナイトは僕の正面に座った。
「今回のターゲットはこいつだ」
示されたタブレットの画面いっぱいに先程の同級生の顔が映し出される。
じっくり見ていると、短く切りそろえられた茶髪に程よく日焼けした肌、少し切れ長の目も写真のように笑っていると優しそうに見える。
「モテそうだな…」
羨ましくなって思わず漏らした僕の呟きはナイトには無視された。
「そして彼女が依頼者だ」
画面が変わって、今度は栗色の少しふわふわとウェーブがかかった髪が肩までかかった可愛らしい女性が映し出された。
彼女もどこかで見たことがある。
少し考え込んでいると、「ターゲットと依頼者はともにラビット、お前と同じ専攻の同級生だ」と頭の上からナイトの呆れたような声が降ってきた。
そんなこと言われても仕方がないじゃないか。同じ専攻の同級生は30人もいるのだ。まだ大学に入って3ヶ月しかたっていない。同級生の顔と名前が一人も一致しなくても、そんなにおかしくはないだろう。
「彼女からの依頼は、彼とどうやったら上手く付き合えるか、ということだ」
す、凄い。たった3ヶ月で付き合いたい?いや、その前から知り合いだったのかなぁ、そんなことをぼんやり考えながら、あれ、と僕は不思議に思った。
「あの…」
僕は恐る恐る口を開いた。
「ここは占いをするところですよね…?」
たしか、そういうことで間違いはなかったはずだ。的中率100%の人気の占いの館。だが、今説明を受けている内容は、どう考えても何かが違う。
「ああ、そうだ。占いは信用第一だからな」
力強いナイトの言葉に僕は大きく首を傾げざるを得なかった。
その時、扉がバン、と開いて、大きく伸びをしながらアリスが入ってきた。
「おはよー。お昼ごはんまだぁ?」
その言葉に「ちょっと待ってろ」とナイトが立ち上がると、スタスタと扉を出て去っていった。
ナイトが去って行くと、さっきまでナイトが座っていた椅子にアリスが座った。
さっきまで上にあった頭が今度は自分より下にある。なんだか変な感じだ。そんなことをぼんやりと考えていると「ねぇ、ラビット、もうそろそろ私たちのことを名前で呼んでよ」アリスにそう言われた。
そう言えばまだ2人のことを名前で呼んだことなかったな、と気付いた。とはいえ、僕がラビット、と言われるくらいだから、2人とも本名は別なんだろうけど。
「ねぇ、早く!」
アリスに上目遣いでそう急かされ、僕は慌てて心を落ち着かせる。呼び捨てにするわけにはいくまい。
「ア、アリスちゃ」
「ストーップ」
アリスちゃんと呼ぼうとして、アリスに大きく手でバッテンを作られた。
「アリスさん、よ」
ニッコリ笑ってそう言われ、そうだ、雇用主にちゃんづけはないな、と反省していたら…。「私の方がお姉さんなんだから」とふんぞり返ってそう言ってきた。そして…「あ、ナイトはラビットより年下だから呼び捨てで構わないわよ」とのこと。
そ、そうなんだ。だけど、出来るわけない。あれ?ナイトはアリスのこと「アリス」と呼んでいた気がするけど…。うん、気にしないことにした。
「アリスさん、ナイトさん、よろしくお願いします」
机に頭がつかんばかりにさげながらそう言っていると、アリスが満足そうに頷いた。ちょうどその時扉が開いて、料理を片手にナイトが入ってきた。