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「ふぅっ」
母が去っていくと、飯田が大きく息を吐いた。
「どうしたの?」
飯田の様子が不思議で、僕は思わずそう尋ねた。見れば吉野さんも胸に手を当てて息を吐いている。
「いや…どうしたの、って聞かれてもなぁ」
飯田がいつもの彼らしくないちょっと疲れたような声を出した。
「だって、あの宇佐商会の社長だぞ」
そんなこと息子の僕に言われても、ねぇ。
「あ、悪い」
飯田は、はっと気づくと慌てて僕に謝った。
母は母だ。
そうなんだけれど、どうやら他の人にとってはあの宇佐商会の社長という恐ろしい存在らしい。いや、僕にとっても、いつも笑っていて掴みどころがないどこか恐ろしい存在に違いはないんだけれど。
あの宇佐商会の社長って飯田がいうけど、なんかやばいことに手を出しているわけではないよね。ちょっと不安になる。
「宇佐に言うのも変だけどさ、経営を目指すものとしては宇佐商会の社長は憧れの存在なんだ」
飯田が、僕の心の中を読んだかのようにそう言った。へぇ、飯田も経営を目指すって、彼の家もなんかしているのかなぁ。
「じゃあな」
なんかいつもと比べると素っ気なく飯田は去って行った。
飯田が去って、僕は部屋の隅でぼんやりと眺めていた。沢山の人間が散らばっているけれども、その中に大きな塊が2つ。1つは本日の主役、アリスを中心に、そしてもう1つは。
遠目に母の姿が見える。
いつものようにニコニコと笑いながら、いつのまにか話の中心にいるようだ。
僕にはムリだ。そう強く感じた。
「ほら、もうそろそろ行くぞ」
少しぼんやりとしていたら、ナイトにそう言って手を引っ張られた。どこに、と聞きたいが、僕はなんとなく行き先に想像がついた。
もうすぐパーティーもおしまい。
僕らはぐいぐいと人の間を進み、満面の笑みのアリスに迎えられた。
「さぁ、帰りましょう」
僕はアリスの手を取らされ、会場の拍手に包まれながら部屋を出た。
『アリスの館』にたどり着くまで僕はなんと言えばいいか必死に考えた。考えたけれどよい答えは出てはこない。
「あ、あの…アリスさんってもしかして…」
僕は紫の部屋に着いて、思い切って尋ねることにした。
「ようやく気付いたの?菅原有理、あなたの婚約者よ」
腰に両手を当て、下から挑戦的な目で僕を見上げながらアリスはそう言ってニヤリと笑った。
僕は盛大なため息をつきそうになり慌てて顔を両手で覆いごまかした。
アリスは何か気づいたようだったが、何も言ってこなかった。
アリスはご機嫌だった。
たまに鼻歌も聞こえて来る。
「アリスさん、何かいいことがあったのですか?」
こわごわ聞いてみると、今回も占い結果バッチリだったわー、と嬉しそうな声が返ってきた。
あのパーティーで何か占いに関しそうなことはあっただろうか。
も、もしかして。
僕は恐る恐るアリスに尋ねた。
「もしかして母は…」
「ええ、『アリスの館』のお客様よ」
僕が最後まで言う前に、アリスが極上の笑顔と共にそう答えた。
「何を占ったのですか?」
「それは、ヒ・ミ・ツ」
アリスは教えてくれなかったが、母のあの様子を見るに、僕に関するロクでもないことには間違いない。
「ふっふっふー」
アリスから悪い笑い声が聞こえる。
「さあて、ラビットのお母様はどう宣伝してくださるかしら」
楽しみだわー、と言うアリスの言葉に僕は耳を塞いで部屋を出た。
そう、だから僕は知らなかった。
何かに満足した僕の母が、ジェラルミンケースと共に『アリスの館』を訪れ、それを紫色に身を包んだアリスが、周りに見えないようにニヤリと笑いながら迎え入れたのを。
第2章完結です。




