2-3
もう、帰っていいだろうか。
僕はニコニコと笑う母を前にそう強く思った。
近づいてきた母は、ふふふっと柔らかく笑う。そんな母を見ていると、この1ヶ月ちょっと僕が家を出ていることなんて、大したことないんだな、と思わされる。
「元気にしていたみたいでよかったわ」
そう言いながら頭を撫でようとする母の手から僕は辛うじて逃れた。ちょっと気合いを入れて母を見ると、母は少し悲しそうな表情をしながら手を引っ込めた。
「探さない方がよい結果になると言われたけど…本当にあっているのかしら…。なんだか悲しいわね…」
母が何か言っているが、よく意味がわからない。それでも、母の口から、悲しいという言葉が出たことで、僕は今回ばかりはついに勝利した、と思った。
「でも、うまくいっているみたいで、よかったわ」
僕の心の中の勝利宣言なんて気付くこともなく、母は再び笑みを浮かべてそう言った。
相変わらず、母が何を言いたいのかわからない。
僕は、母から逃れるべく、周囲を見渡した。
い、いた。
僕は、救ってくれそうな人影を確認すると、思い切って声を出した。
「い、飯田」
思ったよりも小さな声になってしまったけれど、右手をあげながらそう言うと、彼は気付いてくれた。
「宇佐も来ていたんだ。…あ、そうだよなぁ」
何がそうなのかはわからないが、飯田が来てくれて助かった。飯田の隣には吉野がいる。
「何言っているの?宇佐くんはエスコートしていたじゃない」
「菅原さんの方しか見てなかったよ」
気付いていなかったの、と吉野が呆れたようにそう言うと、飯田はきまり悪そうに頭を掻いた。アリスしか見ていなかったという発言に吉野がすこし不機嫌そうになって今日の主役なんだから仕方ないじゃないか、と飯田がすこし慌てている様子がなんだかおかしかった。
「あら、お友達?」
そうだった。母がいたのだった。
ふと我にかえると、母が珍しいものを見るかのように飯田たちを見ていた。
すると、飯田は背筋を伸ばし母に頭を下げた。吉野も隣でそれに倣う。
「同じ大学で学んでおります、飯田と申します」
「同じく吉野と申します」
あれ、2人とも僕に対する時と態度が違いすぎない?
そう思いはしたけれど、2人がなんだか珍しく緊張しているみたいだから口を挟みづらい。
「そう、息子がお世話になっているわね」
母が軽く会釈をしながらそう返す。うん、飯田にはかなりお世話になっている自覚がある。
「こちらこそお世話になっております」
あれ?僕は何もお世話などしていないよ、と思う。
「息子は大学ではどんな感じかしら」
そんな恥ずかしいことを聞かないで欲しい、と思うが、飯田は当たり障りない範囲のことを話してくれて、母はそれを時折頷きながら微笑んでいた。
「僕は飯田と話があるから」
流石にその場で飯田が話す僕の話に居た堪れなくなってきた。早く話を切り上げてほしくてそう母に言うと、意外と嬉しそうな満面の笑みが返ってきた。
「わかったわ。じゃあまたね」
母が軽い足取りで去っていく。やっぱり、さすがだわ…、という謎の呟きを残して。




