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「こんな家なんか出ていってやる!」

 これで何度目になるかわからない言葉を吐き捨てた。

「そうか」

 新聞から顔を上げるでもなく、興味なさそうにそう言う父。

「今度はどのくらいで戻ってくるの?」

 この間は確か1時間くらいだったかしらぁ、とにこにことしながらそう言う母。

 ふつふつとさらなる怒りが湧いてくる。

「今度という今度はもう帰ってこないからな!」

「はいはい、いってらっしゃい」

 余裕の笑みを浮かべて手をひらひらと振る母に背を向けると、僕は玄関のドアを勢いよく開けて出て行こうとし、そして慌てて引き返した。ドタドタと階段を昇り、愛用のリュックを引っ掴むと、今度こそ家を出た。



「どうしよう…」

 家を出て10分。勢いよく家を出たはいいが、一人でトボトボと歩いていると早速、後悔が頭をもたげてくる。

 これからどうしたらいいか、不安になってくる。

「だけど…」

 このまま戻ったらいつもの繰り返しだ。

 たとえ母がにこやかに「おかえりなさい」と迎え、父がいつものように一瞥するだけだったとしても。

「いやいや…」

 繰り返すわけにはいかない。あの毎日からは卒業すると決めたのだ。たとえ住むところに困ろうとも、戻ってなどやるものか。

「あっ…ん…住むところ…どうしよう」

 そういえば着替えも持って来ていない。着の身着のままなんて耐えられない。はぁ、一旦家に帰るべきだろうか。


「大丈夫?」

 気付いたら下から首をちょこんと横に傾げた女の子が僕を見上げながらそう尋ねてきた。

「変な奴にかまってんじゃねぇ!」

 女の子の襟首を掴みながら上からは柄の悪そうな男の声が降ってくる。

「でもぉ」

 女の子が襟首を掴む男の手を払い除けながら、頰を膨らませた。

「住むところに困っているみたいよ」

 その言葉を聞いて、僕は慌てた。また、声に出してしまっていたのか。

「だからってアリスには関係ないだろ」

 どうやら女の子はアリスというようだ。再び男が襟首を掴もうとするのを、アリスはピシッと叩いて拒否を示した。

「何を言っているの。困っている人がいたら助けなさい、って習ったでしょ」

「いや、大丈夫です」

 僕は慌てて小さい声でそれだけ言うと、二人からそっと離れようとした。そんな僕の手をアリスがぐっと握って引き留めた。小さな手だが思いの外強い力に僕は離れられず、結局その場に足止めされた。

「あなた、今なら住み込みバイトを絶賛募集中よ!」

 勢いよくそう言うアリスの背後で、男はハァ、と聞こえよがしに盛大なため息をついた。

「ほら、あれ、出して」

 アリスの言葉に男は渋々といった感じで、僕に一枚の紙を手渡した。


『バイト募集!住み込み可。日給2万円〜』と大きく書かれたその紙には業務内容の記載もなく、いくら僕だって怪しいとしか感じない。

「ね、なかなか好条件でしょ。住まいの問題もこれで解決よ。一緒に働きましょ」

 アリスがそう楽しそうに誘ってくるが、逃げたい。逃げたい、がアリスに手を掴まれていてそれもできない。気がつけば男からは憐むかのような目を向けられていた。

「おい、アリス。もうちょっと説明してやれよ」

 ぶっきらぼうながらも男の救いの言葉に僕はホッと息を吐いた。

「わかったわ。じゃあ、とりあえず行きましょ」

 ホッとしたのも束の間、僕はアリスに手を掴まれたまま、僕の意思を無視したままほぼ強制的に連れ去られた。


 連れ去られた先、それは、大きな道から何回か右や左に曲がって辿り着いた。奥まった狭い道に建つ3階建の建物だった。

 もう、どうやって来たのか、道順など覚えていない。無事戻れるのだろうか、僕はそっとため息をついた。

 外観は普通なその建物の中に入って、その一室に案内されると、そこは到底普通な空間ではなかった。

 怪しげな紫づくしの部屋の中央で、サッカーボール大はあろうかという透明の球体がひときわその存在を主張していた。


 そう言えばと、ふと僕は、いつ、誰に聞いたかも思い出せない噂話を思い出した。

 とあるところにある占いの館。その占いは外れることがないが、依頼を受けてもらえるかどうかは占い師の気分次第。さらには受けてもらえたとして、予約は1ヶ月以上待ち。

 その名は…

「アリスの館にようこそ」

 アリスがにっこりと笑ってそう言った。

 そうだ。『アリスの館』だった!


 怪しい部屋の中で椅子を勧められ、僕は落ち着かないながらも腰を下ろした。そんな僕に、ほらよ、と男が冷えた水が入ったペットボトルを投げてよこした。僕はなんとかそれを受け取り、アリスはそんな僕の様子を見てクスクスと笑った。

「私はアリス。彼はナイト。あなたは…」

 アリスが首を傾げた。

「僕は」

「待って」

 立ち上がって名乗ろうとする僕をアリスはすっと手をあげて制した。

「そうね、あなたは…うん、ラビットね」

 アリスは少し考えたあと、嬉しそうにそう言った。

「エッ?」

「ラビット。あぁ、いいんじゃないか」

 目を丸くする僕に、ナイトは僕の顔をなぜかジロジロと見た後、そう言ってニヤリと笑った。

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