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愛を受けずに死んだ女の話

作者: 宍戸浩



「…降格、ですか…?婚約破棄ではなく。」

公爵邸の執務室に呼び出され、告げられた内容に目を見張る。

私の言葉に、お父様はゆっくりと首を縦に振った。その涼やかな目尻には疲れの色が滲んでいる。


「グリフィス陛下は、茉奈嬢を正妃である帝国皇后妃に就けるとおっしゃった。彼女こそが真の『聖女』だと言ってな。」

「それならばなお、私を降格する必要はないのではなくて?」

1年ほど前に、異界からやって来た黒髪の少女の顔を思い浮かべる。



「茉奈嬢は、まだこちらへ来て日が浅い。帝国皇后妃の執務をまだお分かりになられていない以上、貴方にさせようという魂胆だろう。」


 私は、帝国皇后妃として教育を受けてきた。それが降格となると…

「皇妃となるのだろうな。」

それは、『後宮の乱』でなくなったはずの妃の称号。



「父帝であるシルヴェニアスがこの世を去った今、グリフィス陛下の暴挙を止められるのは三柱の我がエルバート公爵家とドレクニオール公爵家しかない。ここで、止めなければこの国は終わるだろう。」

お父様はため息をつくと、私を見つめた。


「明日、マティオンと他の有力貴族と共に殿下に進言してくる。」

「…そう、ですか。」

マティオン様は、エルギア帝国筆頭ドレクニオール公爵の片割れで、お父様の幼なじみ。

最後にお顔を見た時は、高まる軍事紛争の危機に、かなりお疲れでいらっしゃった。

その軍事紛争の種も、陛下がお撒きになったものだけど。


「陛下も困ったものだ。真実の愛とやらでこの国を潰す気か。貴方と茉奈嬢の妃位が逆ならばまだ考えたものだが。おおよそ新派の貴族の甘言を間に受けてそうしたのだろう。陛下の貴方に対する劣等感は恐ろしいものがあるからな。賢帝と呼ばれたシルヴェニアスの息子とは到底思えん。」


いつものように辛辣なお父様の口調に、私が黙っていると、レオニールがお茶を運んできた。

「…イザベラ、貴方はどうしたい?」

突然のお父様の発言に、私は意味が分からずきょとんとする。お父様は私の表情を見ると、苦笑した。


「今なら婚約破棄をすることもできる。言っておくが、私の進言に殿下が耳を貸さなかった場合宮殿に貴方の居場所はないだろう。

茉奈嬢の影武者宜しくこき使われ、脳内お花畑の侍女たちからは疎ましがられ、陛下と茉奈嬢が愛を育むのを目の当たりにする。

それに、城の者たちは恐らく陛下に背くことはせんだろう。優秀な者たちは即位と同時に、辞めたそうだ。さあ、どうする?イザベラ。」

「もし進言が通らなければ、グリフィス陛下の皇妃となりますわ。」

私は即答した。


分かっているのだ。自分が殿下から疎ましがられていることくらい。殿下が茉奈様を愛していることくらい。


だってその場にいたのだから。

茉奈様が空から降りてこられて、それを殿下が抱き止めたとき、人が恋に落ちる瞬間を見てしまったのだから。

でも、それでも…


「私は、この国と殿下に尽くしたい。国際情勢の先が読みづらい今だからこそ、私の意味があるというものです。私程度の力なら、茉奈様を教育すれば追い付けましょう。それが終われば私は身を引きます。」

お父様は哀しい顔で笑った。


「貴方ならそう言うと思っていた。だが、イザベラ、貴方は自分の能力を卑下しすぎている。それが陛下の側にいるための必要事項だとは、わかっているが。しかしその強情さは、誰ににたのであろうかな。…ベアトリスか。」


お母様の名前をを呟かれるお父様は、どこか泣きそうだ。弟のミルドークを産んでから体調を崩されているお母様は、エルバート領で療養中のため王都にはいない。


「今日はもう下がりなさい。」

失礼します、と書斎を出れば、レオニールが後ろからまるで影のようについてくる。私が五の歳に私の従者となった彼はとても優秀だ。


「だけど、お父様の進言に殿下は耳を貸すかしら?」

レオニールは黙ったままで、私のその言葉は、廊下の冷気のなかに消えた。


「では行ってくる。」

翌朝何故かお父様は公爵家中の使用人全員を集めると、盛大に別れの挨拶をした。

「留守を頼んだ、イザベラ。」

「はい。」


どうしようもなく胸がざわざわと泡立つ。

「別れのハグを。」

お父様が珍しく、私を抱き締めると頬に軽い口づけをした。同じように、ミルドークもお父様に抱き締められる。


「父上、どこか遠くに行かれるのですか?」

「さあな。」

いつものように飄々と笑うと、お父様は何故かレオニールの元へ向かった。


「ーーーーーー…。」

聞き取ることはできなかったが、レオニールの表情が凛々しく、険しくなる。

「もちろんでございます。」

しっかり頷くレオニールに、お父様は愉快そうに笑った。


「やはり、お前を拾って正解だったな。」

お父様はレオニールをとても評価している。時々二人でチェスなどに興じているのは、屋敷内の人間の公然の秘密。


「さあ、行ってくるよ。」

何を考えているのかよくわからない笑顔でお父様は手を振ると、颯爽と馬車に乗り込んだ。

「行ってらっしゃいませ。」

まさか思いもしなかった。次にお父様と会うのがあのような場所だなんて。



「どうして、どうしてですか?お父様。」

人払いがされた牢屋で、私は震える声で尋ねた。お父様が出発されてから二日目の昼。

我が家に届いたのは、お父様の罪状と処刑の日取りだった。


「ああ、陛下は頭の中までもお花畑らしい。軽薄なことよ。」

くっくっくっとそんな場合ではないのに、お父様は喉を鳴らした。

「そんな…」

「イザベラ。」

呆然とする私に、お父様が表情をガラリと変えると声をかけた。


「こうなっては仕方がない。このエルギア帝国の未来は貴方の肩にかかっている。マティオンは幸い処刑を免れたが、あいつのことだ。もう一度進言して私と同じ道をたどるのだろうな。私たち有力貴族の処刑はすぐに他国へ知らされるだろう。そうすれば、同盟国も属国もエルギア転覆の機会を虎視眈々と狙ってくる。この国を頼んだぞ。」

「っはい。」

流れる涙をぬぐうことが出来ない。


「私がこの国を守り抜いて見せます。」

「ああ。それとミルドークには処刑のことを内緒にしてくれ。あの子は聡いが、まだ幼い。貴方のように自分を律することが出来ないかも知れん。わがエルバート公爵家でなんとしてもあの子を守るように。屋敷の外に迂闊に出してはいけない。私のことは不慮の事故ででも死んだとでも言っておけ。それから、ベアトリスには、あと四十年後にこっちに来るようにと伝えておいてくれ。すぐにこっちに来られると煩くて叶わんからな。」


死を前にした人間にお父様は見えなかった。

「イザベラ。」

もう一度名前を呼ばれる。


「私が愛する娘よ。貴方には酷なさだめを背負わせてしまったな。」

「いいえ、お父様。私はお父様の娘に産まれて幸せですわ。」

お父様は困ったように笑うと、鉄格子越しに私の頬にそっと触れた。


「貴方はきっと無理をしすぎるだろう。父としてはそれが心配だ。だから、本当にもう駄目だと思ったら、逃げなさい。そこにいるレオニールならば貴方を完璧に逃がすことができる。もしもの時は二人でこの国を捨てなさい。ミルドークとベアトリスは我が家の使用人が守ってくれるが、宮殿入りが確実となった貴方の味方はそのレオニールしかいない。」


「時間です。」

牢の番人が非情にも時を告げる。

「さようなら、お父様。」

「ああ、お別れだ。私の愛しい娘よ。」



お父様の処刑には怖くて足を運ばなかった。ただ、レオニールの育て親であり、我が家の元筆頭執事のレイバンが手紙で「ご立派な最期でした」とだけ報せてくれた。


―――そして、お父様が言ったことは本当だった。宮殿で待っていたのは、針の筵とはまさにこのことだと、体現するかのような地獄の日々。城の侍女たちからは冷たくされ、食事は質素なもので、殿下からのお呼び出しもない。

茉奈様と殿下の結婚式にも呼ばれなかったことには流石に驚いた。


 さらに頭が痛いのは、茉奈様が全く妃教育への熱意を見せないこと。お陰で、他国との交流の場では彼女の代わりを私がせなければならず、他国の方たちも同情するかのように笑っていた。


それでも頑張ったのは、殿下を愛していたから。

幼い頃から側にいたから分かる彼の優しさや無邪気さが私は好きだった。


もうそれも自分には向けられなくなったけれど。

私だって、殿下の立場だったら茉奈様を選んだだろう。無邪気で、愛らしくて、自分の地位を忘れさせてくれる人。


(駄目ね。嫉妬なんかして。)

お父様は散々幼い頃から、恋愛感情以外でお互いが繋がるようにしなさいと言われていた。

今思えば、お父様は殿下の性分を良くご存知だったのだろう。


(でも、信頼関係ぐらいは築けていたと思ったのだけれども。)

そうため息をついて、書類をさばいていると、レオニールが部屋に入ってきた。


「イザベラ様、資料をお持ちいたしました。それと、こちらの書類は全て捌いたので見ていただけると助かります。」

レオニールはお父様に良く似ている。掴み所のない笑顔も、こちらが舌を巻く程の仕事の速さも、正確さも。


初めて会ったときは、ぼんやりとした子供だと思っていたのに、いつの間にかエルバート公爵家の筆頭執事の座まで登り詰めていた。それも私について宮殿に入るときに返上したらしい。


「あなた、優秀よね。私には勿体ないくらいだわ。」

「ご冗談を。私の主はイザベラ様お一人ですから。」


彼は知らないだろうが、社交界ではかなりの人気者である。澄んだ銀色の瞳に、淡い金髪の彼は、従者として鍛えられたすらりとした体躯とあいまってご令嬢たちに一種の夢を与えるらしい。「あんな従者がいていいわね。」と何度言われたことか。


もうひとつ素晴らしいのは、彼は自分のプライベートを全く匂わせない。恋人はおろか浮わついた噂を聞いたこともない。


どんなときも表情を変えず、私に従う影の弱みをいつか知れたらいいな、と思う。


「イザベラ様、今何を召し上がりたいですか?」

突然のレオニールの言葉に、私は一瞬きょとんとすると彼を見つめた。


「ええと、夏だしさっぱりしたものかしら。この時期だと、バジルとトマトのサラダなどいいわね。でもいつもスープとパンで献立は変えられないのではなくて?」

「そうですね。」

彼はやはり掴み所のない笑顔で返す。


だけど、その晩に私は彼の言葉の真意が分かった。

「…どうしたのかしら?レオニール。」

「厨房をお借りしたまでです。」


すっとぼけたレオニールから視線を外す。

私の目の前には、バジルとトマトのサラダをはじめとした美味しそうな品が並んでいた。

「料理長とお話をさせていただいたら、了承してくれました。」


「あなた、お料理までできたのね。」

「お嫌でしたら、口になさらなくてもいいのですよ?料理人のものとまではいきませんし。」


「いいえ、頂くわ。」

この完璧な影は、料理までも完璧なようだ。

「…美味しい。」

「いたみいります。」

横目でチラッとレオニールを見ると、一瞬ほっとしたかのような彼の幻影が見えた。


「これから、夕食は私がお作りすることもできますが。ただし、少し遅めの晩餐となりますけれど…」

「お願いするわ。あなたなら、信頼できるもの。」

「光栄です。」


私は知らなかった。彼が私に満足な食事をとらせるために、宮殿の料理長の弱みを握って厨房の使用権を勝ち取ったことも。

彼が城の悪意から私を必死で守ろうとしてくれたことも。

彼がいたから、一年も仕事を全うすることができたのだ。



宮殿に入って一年がたったある日、私が書斎兼自室で仕事をしているといきなりノックもなしに、部屋に近衛兵が入り込んできた。


「イザベラ・ヒルス・エルバート。貴方を、皇室法違反と、謀反の罪で逮捕する!」

入り口で高々と宣言した一人が、私の方へ歩み寄る。

「どういうことですの?」

「罪状の通りだ!」


(陛下の差し金だわ。)

そのときには、私と陛下となったグリフィス様との仲は冷えきっていたなんてぬるいものではなかった。


「どうして…」

ひどく悪寒がする。こちらへつかつかと歩み寄る近衛兵と私の間に入ったのは、レオニールだった。

「詳細を求めます。私の主が、皇室法の第何条と、具体的にどのような謀反の罪に問われているのか、ご説明を。」

「皇室法、第八条の姦淫罪と、帝国皇后妃であられる茉奈様のお命を狙ったという謀反の罪だ。」

「姦淫罪とは?」

「お前とに決まっているだろう!」

「いつ?どこで?」


レオニールが私を隠すように、近衛兵に向き直る。

「この部屋で、夜に。」

「おかしいですね。この離宮には私をおいて誰も足を踏み入れたがらないはずですが。夜に離宮へ来た使用人がいるとでも?是非、離宮の入場記録と共に誰が、いつ、私がイザベラ様と姦通を目撃したのかお教え願いましょうか。」


「う、うるさい!」

「それと、我が主が純潔を保っていることは、皇帝陛下なら証明できるのでは?彼女と真の夫婦となれば、その罪は晴らせましょう。淑女をはずかしめるような野蛮な真似ができればですが。それから、茉奈様のお命を狙ったというのは。」


「先日、届けられた菓子が腐っていた。茉奈さまが、イザベラ様からのものだと。」

「腐っているものを口にしたところで命は落としません。それと、我が主が妃教育以外で茉奈さまに近づくことを禁止したのは皇帝陛下です。それには、贈り物の類いもするなという文が含まれておりましたのでこちらからは何も差し上げてはいません。勅命を欺くなどいたしませんので。」


「黙れ!イザベラ様をとらえるようにとお命じになったのは、皇帝陛下であられるぞ!」

近衛兵がレオニールの肩を掴むが、彼はびくともしない。それもそのはず、彼は私の護衛でもあるのだから。


「…散々イザベラ様を駒扱いしておいて、いい度胸だな。貴殿方には近衛兵としての、いや、人間としての矜持がないのか!?真偽を確かめもせず、無罪の人間を屠る貴殿方は、犬にも劣る!!」

レオニールが吠えた。彼のビリビリとした怒気に近衛兵たちがすくみ上がる。


初めて彼が怒っている姿を見た。少なくとも私の記憶において、レオニールは胡散臭い笑顔で笑っているか、無表情に仕事をこなす青年だった。 


 そんな場合ではないのにとても嬉しくて、彼の背中に光を見た。普通の男の人より、少し高い、ピンと伸ばされた背中。それがこんなに格好の良いものだとは思わなかった。


(今のでやっと表に出たわ。グリフィス様は私が邪魔で消えて欲しいと願っているのだと。)


もう疲れた。

この国のために働いていたつもりだったのに。

愛する人は私を愛してはくれない。

もう十分だ。


ギリギリと歯を軋ませながら、近衛兵を威嚇するレオニールの肩をそっと撫でる。

「レオニール。」

びくりと彼の肩が跳ねた。


「下がりなさい。もういいの。」

「イザベラ様っ!?」

「近衛兵の皆様、行きましょう。」

(最期に貴方の怒り顔が見れて嬉しいなんて言ったら、貴方は呆れるかしら。)

近衛兵の側に行くと、私はレオニールを振り返らずに部屋を後にした。


「逃げましょう、イザベラ様。」

人払いをした牢屋の前でそういい募るレオニールに、私はふっと息を吐く。


彼はお父様との約束を守ろうとしてくれているのだろう。彼にかかればこんな牢屋、抜け出すのは造作もないに違いない。

「私は、下された勅命に逆らうつもりはありません。」

「どうして…」

「悪法も法。私は国の、陛下の勅命を尊重するわ。それにね、もう疲れたの。」

私の声に、彼は泣きそうな顔をした。


(怒り顔とは、別の顔もできたのね。)

「そんな…嫌です。」

今日の彼は聞き分けのない子供のようだ。屋敷の人が見ればあのレオニールが、とさぞかし驚くだろう。


「レオニール、私からの最後の命令よ。我が弟、ミルドークを頼みます。残されたあの子が、この国の光となると信じてるわ。」

精一杯の矜持をはる。

レオニールは充分私に人生を捧げてくれた。これ以上彼の時間を無駄にするわけにはいかない。


「あなたはもう、私の従者ではない。行って。」

レオニールは、後ろ髪を引かれながら、立ち上がる。その顔はまだ何か言いたそうだ。


「レオニール。」

背を向けた彼に声をかける。そういえばまだお礼を言ってなかった。

「あなたがいてくれて良かった。」

できる限りの笑顔で。

彼のきれいな銀色の瞳が見開かれ、こちらを凝視した。


あなたがいてくれて本当に良かった。

ありがとう、守ってくれて。


すると何を思ったのか、レオニールはこちらにつかつかと歩いて来ると、私の手を鉄格子越しにとった。

顔をあげると、熱っぽい視線が返される。

そして、彼は私をまっすぐに見つめるとこういいはなった。


「ずっとお慕いしておりました。私の心は永遠にあなたとともに。」


息を呑む。永遠にも似た時を過ごしている気がした。

(どういうこと?レオニールは私を好きだったの?)

彼は私を愛していた。誰からも愛しては貰えないと思っていた私を。


すとんと何かが府に落ちた。


(ああ、だから貴方には浮いた噂がなかったのね。)

でも、もう遅い。

「さようなら、私の従者。」


一瞬だけ、遠くの国で、彼と穏やかに過ごすことを考えた。

でも、私にその資格はない。

国を守れなかった私には。


私は狡い。

レオニールに生きろという命令は残酷だ。

だけど、彼のことだからきっと素敵な人と出会えるはず。

私みたいな人間より、ずっと可愛らしくて、素敵な人と。


私の手を放した彼は生気を抜かれたような足取りで扉へと向かった。パタリとそれが閉じた数秒後、男の慟哭が微かに聞こえる。

「…馬鹿なひと」

私は流れ落ちる涙をぬぐいもせず、私をずっと愛してくれていた彼の幸せを祈った。


処刑台にたてば、多くの人が私を見ている。だけど、すぐに探していた人は見つかった。

衛兵たちに囲まれて革張りのソファに身を沈める眩しい金髪に、空色の瞳の男と、民衆の最前列にいる、茶に近い金髪に銀色の瞳の男。

私が愛した人と、私を愛した人。


グリフィス様は、私が取り乱すのを願っておられるだろう。

だけど、私は最期くらい自分を愛してくれた人のために行動してもいいと思う。


淑女らしく、気高く、美しく。

私が愛したこの国が私にくれた称号。


ギロチンに寝かせられたとき、レオニールと不意に目があった。

彼は涙を流していた。

静かに、美しく。

虚ろな銀色からこぼれる雫は、どんなものよりも尊く思えた。


(生まれ変わっても、貴方は私を愛してくれるかしら。)

たった一人の私の従者。


ギロチンの歯が首に届く刹那、私はあらん限りの力を振り絞って叫んだ。

「我がエルギア帝国に光あらんことを!!」


神様、どうかどうか、私の大切な人たちとこの国をお守り下さい。


自分を愛してくれた人が自分の名前を叫ぶ錯覚に陥りながら、私は暗闇に身を委ねたのだ。

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