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07

 なんてことは。口が裂けても、この愉快で傲慢で美しい少女には。言うものか。


 ハーマンは、黒い三角帽子のつばを掴んで、帽子を被り直す。ハーマンは冒険者だ。そして魔法使いだ。偉大なる精霊に愛された、人にして人ならざる者。


 言うものか。そんな女々しいことを。よりにもよって、この少女には。一生。決して。


「……まぁ、いいんじゃないかな。それなら、それで」


「そうですか。ふふ、ありがとうございます」


 ローズは機嫌良さそうに、また歩き出す。アイザックがローズの横に並ぶ。地図、というか、まだ何も書かれていない、真っさらな羊皮紙を持ったマリアが、多少慌てたように、お待ちくださいませ、姫様、と言って続く。


「姫様、姫様が先頭では危のうございます」


「む。そうでしょうか」


「そうですわ。狩人のわたくしに先頭はお任せくださいませ」


 誇らしげに言って、マリアは少し先を歩く。下草を踏んでも、かさりとも足音を立てない歩き方は、なるほど、素人ではなさそうだ。


 ハーマン達の作成した地図は、元仲間、なんて呼ぶものか。元、もと――とにかく以前のメンバーが持っていて、それきりだ。とはいえ、大体の地形は頭に入っている。


 2階に続く階段への最短ルートも分かるけれど、言うなよ、絶対言うなよ、みたいな顔をしたローズに笑顔で押し切られて、こうしてマリアが新しく地図を作成している。


 マリアはローズとアイザックの数歩先を歩き、曲がり角や十字路に行きつくと、道の先を確認してから戻って来る。どちらに進むかを決めるのは、ローズとリリーだ。アイザックはでかい盾と剣をたずさえて、黙々と双子に従う。


 以前は僧侶のエイミーが地図を作成していたけれど、ちょっと見せて貰ったら、マリアの作成した地図の方が遥かに精度が高そうだった。測量具も持っていないのに、距離間がかなり正確に書かれているように見える。


 エイミーの書いた地図は、真っ直ぐのはずの道が地図上ではぐにゃぐにゃしていたりしたから、エイミーの地図が独特過ぎたのかもしれない。でも、みんなでその地図を囲んで、あっちだとかこっちだとか――あぁ、郷愁きょうしゅうなど、覚えてなるものか。


「……うしなわれたものが、うつくしく見えるのは、仕方が無いのだわ……」


 不意に、ハーマンの横でリリーが囁く。理由あって故郷を出て来たっぽい、格下の家の男に嫁いで、姫君とやらから、冒険者と成り果てた少女。かつての、魔法使い。


「仕方が無いのならば、僕はどうすればいいだろう」


 迷子の子供みたいな気分で、素直に言ってしまったのは、リリーの目が、ハーマンと同じ色を宿していたからだ。失われたものを懐かしみかけて、それを己に戒めている、その、色。


 リリーはゆるゆると首を振った。


「……うつくしいものを、憎むことはできないのだわ……」


 そう、だろうか。


 だとしたら、ハーマンは一生、捨てられたことを嘆いて生きていかなければならないのか。あんまりだ。あんまりじゃないか。僕が何をしたって言うんだ。僕はただ、魔法使いで、迷宮の踏破を目指していて。


 いつの間にか彼等と道を違えていたことに気付かなかったハーマンが愚かだったのか。結婚だなんて。穏やかな家庭だなんて。そんなの。そんなもの!


「けれど、憎まなくては。そうでなくては、進めないじゃないか」


 ハーマンが食いしばった歯の隙間から言うと、リリーは、ふふ、とローズとよく似た調子で笑った。


「……何を嘆くと言うの……精霊達は、あなたに私達を与えたというのに……アイザック」


 最後だけ、リリーは少し強い調子で、夫の名を呼んだ。おもむろではあったけれど、聞き返しもせずにアイザックは盾を掲げてリリーの前に立つ。


 音もなく、青い蝶が2匹現れる。ローズが歓声みたいな声を上げた。


「蝶ですね! 大きい! 羽の色が綺麗な青です! ――落としますが」


 茂みから現れた青い蝶を見るなり、恐れることなくローズは駆け寄った。宣言通り、一刀で巨大な羽と羽の間の、蝶の身体の部分を下から縦に切り裂く。もう1匹は、声も無くマリアが射落とした。ものの数秒で戦闘は終了だ。もー、どうにでもなれ。


 巨大な蝶の死骸しがいを、ローズは物珍し気に眺めて、ひょいっ、と1枚の羽を摘まみ上げた。


「見てください! 私の顔より大きい羽ですよ!」


「いや、テンション上がってるとこ申し訳ないけど、きゃー、気持ち悪ーい、とか言おうよ、君。虫だよ、虫」


「……気持ち悪いの……」


「だよねぇ」


「……私のローズが、そんなつまらない小娘のような事を言うはずがないの……気持ち悪いの……」


「あれぇ!? もしかして『気持ち悪い』の主語って、僕!?」


 ハーマンが堪え切れずに突っ込むと、リリーは、おぉいやだ、いやだ、と言わんばかりに自分の身体を両手で抱きしめて首を振った。この姉妹は……!


 ローズの言った通り、ローズの顔よりも大きな羽をもつ蝶は、太い触角とか、細長く丸まった口吻こうふんとか、複眼とか、あと羽の模様とか、羽の周りにまとわりついた鱗粉とか、そういうものの子細しさいが見えてしまって、男のハーマンが見てもけっこう気持ち悪いのだが、ローズもリリーも平気そうだ。マリアだけが、微妙に青い蝶の死骸から視線を逸らしている。


 この青い蝶からは、雷精霊トルフェナの魔法を使って倒すと、薬の材料になる『鱗粉の結晶』が得られるけど、斬ったり撃ったりして倒すと大して美味しくない敵だ。道の端っこに死骸を蹴っ飛ばして、先に進むことにする。


 その後も、『引っ掻きモグラ』が現れれば、アイザックが盾で撲殺ぼくさつし、1階で一番の大物である『糸吐き青虫』が現れても、ハーマンが呪文を唱えている間に、マリアが糸吐き青虫の口元を射抜き、アイザックの肩を踏み台にしてローズが前方宙返りから糸吐き青虫の頭を斬り付けてなんかもーあっさり倒していた。


 あれ、僕、もしかして役立たず? とかは思うまい。

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