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05

 すぐにその事に気付いたローズが問うてくるので、ハーマンは黒い三角帽子のつばを持ち上げて笑ってやった。


「女神たちだけが知っている」


「この数百年間、1度たりとも人間達の前へ姿を現したことのない、3柱の運命の女神様たちが。ふふ」


 機嫌良さそうにローズは頷いて、すたすたと歩いて行く。絶対、悪名高い3ギルドの意匠、覚えてないな。どうでもいいけど。


 廊下の先は休憩所になっていて、まだ朝の早い時間だからか、閑散かんさんとしていた。夕方になると、街に帰って来た冒険者や、その冒険者の持ち帰った品物の買取を行う商人や、酒場への客引きの商売女などで、けっこう賑わうのだが。


 その休憩所の奥まった場所にある扉を、ハーマンは2、3回ノックする。返事は無い。慣れた事なので、ハーマンは気にせず扉を開いた。


「こんにちはー、冒険者登録に来ました」


 それなりに広い部屋のはずだが、書棚と、書棚に入りきらない書類がいくつもの山になって積まれているため妙な圧迫感がある。圧迫感の一番の理由は、部屋の中に一揃いだけ置かれた席に座っている人物だろう。


 街中、しかも建物の中だというのに、完全に武装をしている。黒――いや、濃紺のうこんに塗られた金属製の甲冑に、長剣。かぶとあごまでおおう形のもので、つまり人相にんそうは全く分からない。どころか、男か女かすら分からない。朝っぱらから、ご苦労様な事だ。


 冒険者登録所のおさの癖に、人間嫌いというけったいなこの人物は、ミーミルに訪れたばかりのいたいけな冒険者を試すように、こうして休憩所から一番目立たない、端っこの部屋に執務室を構えている。


「ふむ……魔法使い。ハーマンか。何用だ?」


「だから、冒険者登録に来たんですって。この4人です」


 言いながら、4人に部屋に入る様に手でうながす。失礼します、とお行儀よく言って、ローズとアイザックが。……狭い部屋なの……とか余計な事を言ってリリーが、それから最後に、マリアが入って来て、半分だけ扉を閉めた。


 長は、4人を見て納得したように羊皮紙を取り出す。かつてハーマンも書いたから、知っている。名前と、職業の記入欄があるだけの、簡単な書類だ。冒険者になるような人間は、自分の名前しか書けない者も少なくないから、職業名は長の代筆になることも、ある。まぁ、この4人に限って、そのような事はあり得ないだろうが。


「お初にお目にかかります。ローズ・レイブラントと申します。ミーミルの冒険者として登録に参りました」


 颯爽さっそうたる、という言葉がまさに似合う通り、ローズが凛とした声で言うと、長は静かに頷いた。


「この書類にお前たちが記入し、私に提出した時からお前たちはミーミルの市民となり、ミーミルの冒険者となる」


「楽しみです」


 長は、笑んで答えたローズと、そしてその後ろで佇んでいるリリーを見て、付け足した。


「……記載する名前は偽名でも構わない。この書類の名前こそが、このミーミルでのお前たちの名前となる。“緑の大樹”に挑戦する冒険者である限り、我らミーミルは誰であれ等しく受け入れる。犯罪者であろうと、他国の王族であろうと、人間でなかろうと」


「ふふ、ありがとう存じます」


 意味深に微笑むと、ローズは長から羊皮紙を受け取って、さっさと4人分の名前を書き込んだ。直筆でなくても問題はないから、手っ取り早くて良い事だ。


 ローズ・レイブラント

 戦士


 アイザック・ライゼル

 聖騎士


 リリー・ライゼル

 僧侶


 マリア・バルザーク

 狩人


 と。


「では、受領のほどお願いいたします」


 にっこり笑って、ローズは羊皮紙を長に提出する。長は一応、という感じで記入内容に目を通してから、頷いた。


「よろしい。これでお前たちはミーミルの冒険者だ。持って行け」


 長は、表には“緑の大樹”が、裏には冒険者の登録順が分かる番号が刻まれた、銅製の冒険者証明証を4枚取り出して、ローズに手渡す。すべての冒険者が手にしているはずのそれが、ローズが持つと、酷くちゃちで可愛らしいものに見えた。


「これは、常に携帯する必要があるのですか?」


「お前達がミーミルの冒険者であることを証明する品だ。“緑の大樹”に入る際も、ミーミル衛兵に提示する必要がある」


「ふむ」


「ただし、お前達がそこのハーマンの様にまめ(・・)な冒険者であるのなら、ミーミルの衛兵たちも心得る事だろう」


「つまり、最初は必要ですが、そのうち顔パスになる、と。なるほど。良い事です。実に効率的です」


 にんまり、と猫の様に笑って、ローズは続ける。


「私達のような美人はそうそういませんからね。1度行けば覚えて貰えると思いませんか?」


 傲慢この上ないが、長も、ハーマンも何も言えなかった。その程度には、ローズは人並外れて美しい。姫君、という生き物がべてそうなのか、ローズが特殊なのかは、平民を極めたようなハーマンには分からない。


 無言の長を眺めて、仕方なさそうにローズは付け足す。


「ちなみに冗談ですよ。入り口にいるミーミル衛兵も、交代するでしょうし」


「……そうか」


 色々あって、ハーマンはこの長とはそれなりに付き合いがあるのだが、ここまで途方に暮れたような長を、初めて見た。いや、兜で顔は見えないけど、絶対遠くを見つめてる。


「では、行きましょうか、ハーマン」


 楽しそうにローズは言う。もしかしたら、とんでもない相手に引っ掛かったかもしれない。とかハーマンは思い始めていた。

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