03
「君は、僧侶?」
「……そう、なのだわ。私はリリー・ライゼル。僧侶……」
何処かが痛むのを堪えるような声で、リリーは小さく囁く。ハーマンはローズを見る。
「君の妹さん?」
「妹、というか、双子、というやつです」
「あぁ、なるほど」
確かに、ローズとリリーは良く似ていて、年が違うようにも見えなかった。しかし、双子とは珍しい。いや、数年前に王都で生まれたというウルズ王家の末の姫君たちも、双子だったという話だから、そう珍しくも無いのか。知らないが。
ハーマンとしては、話では聞いたことがあったけれど、双子と言うのは初めて見た。
「で、姫様というのは?」
「元、ですかね。これでも一応、貴族の生まれでして」
「ふぅん」
平然と言うローズに、なるべく平然と返す。えええぇぇ!? 本物のお姫様!? とか驚くのは格好良くないじゃないか。
誰かに言い訳するように思って、ハーマンはマリアを見る。こちらは、警戒心の強い猫みたいな顔をして、ハーマンの顔を穴が開きそうなくらい見つめてきていた。言語化するとしたら、わたくしの大事な姫様に何かしたら、ぶっ殺すぞ、的な視線だった。
「マリア、ほどほどにしておけ。連れて来たのは、ローズなんだからな」
最後の少年が、立ち上がってマリアとハーマンの間で手を上下に振る。マリアは仕方なさそうに鼻を鳴らしてそっぽを向いた。それを見ると、少年はそのまま手をハーマンに差し出してくる。
「アイザック・ライゼルだ。よろしく頼む」
「よろしく、アイザック」
アイザックも、ハーマンやローズ達とそう年は変わらないだろう。背が高いから、もしかしたら、1つか2つ、年上なのかもしれない。北の人間の方が、ウルズ人より平均身長が高いと言うから、そのせいかもしれない。
「戦士? 聖騎士?」
ハーマンが尋ねると、アイザックは鎧に刻まれた、星と、それを二枝で護るトネリコの意匠を示した。我らが父の象徴だ。
「聖騎士だ」
「あぁ、それは頼もしい」
ハーマンは気分良く頷く。迷宮探索は、聖騎士と僧侶が居れば何とかなる、と言われるほどだ。僧侶であるリリーの腕前のほどは見ただけでは分からないが、高身長の聖騎士は居るだけで有難い。
「魔法使いに、聖騎士に、僧侶に……」
指折り呟いて、ハーマンはローズとマリアを見る。ローズは優雅に微笑んで、腰に下げた剣を叩いた。
「見ての通り、戦士ですよ? ちなみに、腕に覚えはあります」
マリアは、ぴしりと背筋を伸ばして、冷ややかにハーマンを見下ろした。いや、身長はマリアの方が低いのだけれど、圧倒的見下ろされ感があった。
「わたくしは、狩人でございます。悪い虫は残らず射落とす自信がございます」
「それはそれは。頼もしい限りだね」
直そうという自覚はあるのだけれど、姿勢悪く座ってハーマンは答える。何でだか、座ると安心して背中が丸まってしまうのだ。
ハーマンったら、一番若いのに、おじいちゃんみたい、とくすくす笑ったエイミーの顔が不意に思い出されてしまって、歯を食いしばる。あんな連中。仲間じゃない。仲間だったことなんて、最初から、最後まで、無かった。
「……理解されないことを、悲しむのは……時間の無駄なのだわ……」
不意に、リリーがハーマンを眺めながら囁いた。ハーマンは何も言っていない。この姉妹、読心術でも心得ているのだろうか。ハーマンが怪訝な顔をすると、ほんの少しだけ、リリーは微笑んだ。リリーの微笑みの端っこに、精霊達からの、かつての愛情を、感じ取る。
「リリー、君は、魔法使い?」
「……かつて、の……」
溜息のような声で、リリー。
魔法使いは、魔法使いとして魔法を使えるようになった瞬間、精霊達からの望みを理解する。魔法使いが魔法を使うのに、信仰も、教義も、供物も、何も必要ない。ただ、精霊達の願いを叶える為に、駆け続ければ、それだけで。
「おやおや、魔法使いは魔法使いを理解する、とは、言ったものですね」
わずかに羨ましそうに、ローズは言う。そうだろう。この感覚は、魔法使いにしか分からない。例え、生まれた時から共に在る双子でも、どんなに愛し合う恋人同士でも。魔法使いでなければ、真に魔法使いを理解することは出来ない。
「……ではリリー、君は、精霊達の願いを叶えることを、やめてしまったのか」
失望か、疑念か、羨望か、安堵か。ハーマン自身、どういう感情を抱けば良いのか分からず、ただその言葉を口にした。その言葉は、リリーを傷付けたかもしれない。だけど、リリーは、ハーマンが魔法使いであることを誇るように、誇らしげに、答えた。
「……そう。氷精霊の願いを叶えきる事は、出来なかったのだわ。この、愛、ゆえに……」
愛。
だなんて、ハーマンは知らない。
ハーマンは我知らず、右手で自分の右目を抑えた。ローズもリリーもマリアもアイザックも驚いた様子はないけれど、ハーマンの手の下には、赤と青と黄の粒が揺らめくような不可思議な色をした瞳があるはずだ。
ハーマンの母はこの瞳を、父にも母にも似ていないこの奇妙な瞳を疎んだ。慰め合える兄弟姉妹は居なかった。恋人も、居た事はない。悪いか。
「では、僕は君のようにはならない」
強く、ハーマンが断言すると、リリーはゆるゆると首を振った。
「……そう。かもしれないのだわ……あなたは行くのね……迷宮へ、女神様たちの御許まで……?」
「そうとも。僕は行く。未だかつて、誰一人辿り着いたことが無いからと言って、それが何だって言うんだ。雲の上まで続く“緑の大樹”の頂点まで。女神たちの御許まで。僕は必ず辿り着く」
何度も笑われ、馬鹿にされた。
自分がそこまで特別な人間であるつもりかと。そこまで才能がある人間であるつもりかと。
魔法使いが数少ないとはいえ、今日まで、“緑の大樹”に挑んだ魔法使いがいない訳では無い。というか、けっこういる。そして彼等、彼女等の誰も、女神たちの御許まで辿り着くことは出来なかった。
だから何だ。だからと言って、諦めることはハーマンには出来なかった。
「君達に、その覚悟はあるのか」
挑むように問いかける。
リリーが優雅に、傲慢に、ローズとよく似た笑みを浮かべた。
「……望む、ところなのだわ」