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魔法と剣と迷宮探索。  作者: 桜木彩花。


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 ぎゅぅぅっ、と、誰かにローブの背中の辺りを引っ張られる。首が締まりかけて、ハーマンは慌てて振り返った。


「何だい、君ね」


 誰かと疑問に思うことも無かった。リリーだ。こんな子供みたいに非道なことをするのはリリーくらいしかいない。案の定、そのリリーは、じとり、とハーマンを上目遣いに睨みつけてくる。


「……調子に、乗るな、なの……」


「も、乗ってないよ」


 思わず、何か変な声出た。リリーも怪訝そうに眉を寄せる。


「……『も』……?」


「いや、言い間違えただけ」


「……そう……」


 ハーマンが素直に言うと、気勢きせいがれた様に、リリーはハーマンのローブから手を放した。そのまま、すすっ、とアイザックの隣に戻ってしまう。何なんだか。


 君は氷精霊ヘーレを裏切ったくせに。僕に文句をつけるなよ。


 とか、子供みたいな事を言う気にはなれなかった。だって、ハーマンだって分かっている。


 人としては、リリーは正しいことをしたのだ。氷精霊ヘーレの望む通り、領地を凍らせて、何もかもを、誰も彼もを凍らせて、たったひとりで君臨して。アイザックとローズも凍らせて、そうしてひとりぼっちで氷精霊ヘーレの元に行くよりも。


 氷精霊ヘーレを裏切って、好きな男と結婚して。そういう人生の方が、人としては、たぶん、正しいのだ。


 僕には、分かんないけどさ。


 つん、と鼻の奥が熱くなって、ハーマンはちょっとだけ鼻を摘まむ。聖騎士のオズワルドと僧侶のエイミーも、きっと、そういう人生を選んだのだ。冒険を捨てて。地図を捨てて。剣を捨てて。錫杖を捨てて。魔法使いを捨てて。


 きっと、それは、人としては、正しいのだ。


 僕には(Ich)分か( weiß)んないよ(es nicht)


 精霊達に同意を求めるみたいに、ハーマンは口の中で小さく呟く。


 精霊達は何も答えなかったけれど、やっぱり、ハーマンの背中は、温かかった。


 大公宮で、つつがなく指令ミッションを受領して、緑色でラタトクス公の紋章が描かれた、白っぽい木の板を渡される。ハーマンは何度か受け取ったことがある。指令ミッション受領の証明証だ。


 狂戦士、もといローズはすぐに“緑の大樹”に戻ろうとしたけど、何とか書庫まで引っ張っていく。書庫の空気も、僅かに緊張していた。行き交う冒険者の表情は硬い。書庫の管理人たちは、何度も同じ話をしたからか、疲れたような様子だ。


 疲れているところ申し訳ないけれど、手近にいた書庫の管理人を1人――はたして精霊達の嫌がらせか、我らが父の試練かは知らないけど――捕まえる。ジュードだった。


 またお前かよ、とお互い嫌な顔をしてから、ハーマンの胸に付けられた指令ミッション受領の証明証を見て、ジュードはさらに顔をしかめた。


「何だ、ハーマン。指令ミッション、受領したのか。いつも俺が言ってただろ。指令ミッションなんて、難易度に比べて実入りは悪い。受けるもんじゃないって」


「実入りなんて気にしない仲間を手に入れたのさ、僕は」


 ハーマンが言うと、ジュードはけんのある表情をゆるめた。


「あぁ……それは、良かったなぁ」


 その言い方が、本当に優しくて、余裕があって、何だかハーマンは恥ずかしくなる。照れ隠しみたいに、ハーマンは早口で問う。


「で、指令ミッションに関して、大公宮にはどれくらい情報が上がってるんだい? 昨日、指令ミッションが発効されての、今日らしいけど」


 ふむ、とジュードは顎を撫でた。髭が伸びかけている。昨日は帰れていないのかもしれないな、とハーマンはわずかに同情する。


「全冒険者に通達している範囲だと、3階に未確認の魔物が発生。既に3パーティが全滅ってとこだな」


「全滅、という事は、魔物の姿形の確認は?」


「それすら出来ていない。ただ、『光り差す泉』のサブパーティが、『光り差す泉』のメインパーティが3階で全滅したことを報告してきて、大公宮では異常事態を認めた」


「『光り差す泉』……到達階層は11階だったかな?」


「あぁ。最高到達階層の12階には届いていないものの、十分な実力を持ち合わせたギルドだ。3階には、4階に生息する巨大カマキリ型の『刈り取る者』や、2階で新米冒険者に洗礼を食らわせる『暴れ大牛』のような大型の魔物もいないはずだった」


 だった、とジュードは語る。何もかもは、変わって行くのだ。気紛れで残酷な女神たちによって。


「そんな階層で『光り差す泉』のメインパーティが全滅、だなんて、大公宮が指令ミッションを発行するのには十分だろう?」


「……なるほどねぇ」


 事態は思ったより、厳しそうだ。姿形が分からない以上、対策すら立てられない。動物型なのか、植物型なのか、昆虫型なのか。嫌う精霊の属性は。備えておくべき事は。まったく分からない。


 ハーマンは溜息を吐いて、仲間を振り返る。


 ローズの真っ青な瞳は、むやみやたらにきらきら、きらきらしているし、アイザックの金色の瞳は、諦観の色に染まっている。マリアは、姫様と奥方様が向かうのならば、いずこなりとも、と言わんばかりだ。


 リリーが、小さく呟いた。静か、とは程遠い書庫の中で、他の冒険者や書庫の管理人たちの声にかき消されてしまいそうなのに、不思議とそうはならない声で。確かな声量を伴って、リリーは言う。


「……精霊達が望んでいるのだわ、ハーマン……行きましょう……」


 事態は厳しそうだ。


 それでも。


 あぁ、行ってやろうじゃないか。


 精霊達が望むままに。

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