魔法具開発の裏で
ジークは宮廷魔法研究所を訪れていた。
いくつもある研究室の中で、魔法具の開発を専門にしている『マロゥ研究室』に浮遊水晶型魔法具を提供している。量産に向けた汎用型開発のためだ。
今日は進捗状況の確認と助言をするためマロゥ研究室へ赴いていた。
「いやあ、ルティウス卿、これは本当に素晴らしい発明ですよ!」
長身の男が両手を挙げて喜んでいる。
ぼさぼさ頭に糸目の彼は、マロゥ研究室の室長マルスラン・マロゥだ。イザベラ・シャリエルの同期にあたる。
「もうこの際ですからこの研究室の室長になりませんか? あ、私のことは気にせずに。使用人程度にこき使ってもらって構いませんから」
もっとも彼は至高の賢者の才に惚れこんだ一人であり、このところは弟子入りしたいとしつこかった。
「そのお話はいずれまた。ひとまず遠隔操作の汎用術式は固まりましたね。攻撃や防御の術式は使用者の特性に合わせて組み込むのでいくつか試すとして、やはり量産に向けての懸念は……素材の確保ですか」
「ええ、特に本体となる『リヒテ水晶』は稀少ですからね」
この魔法具の素材とするのに最低限必要な大きさのものだと、聖王国内ではなかなかお目にかかれない。というのも、
「厄介なことに、今のところ帝国内でしか採掘できませんから……」
バルトルス帝国とは緊張状態にある。他の軍用魔法具にも使われるリヒテ水晶の入手は困難を極めていた。
「ルティウス卿はこれだけ質の良いリヒテ水晶をよくこの数を入手できましたね」
「懇意にしていた旅商人からたまたま買い付けることができたんですよ。資金は偽名で商会を立ち上げていたので」
内緒ですよ、とジークは自身の唇に人差し指を当てる。
前半は嘘。後半は本当だ。
ジークは辺境暮らしの中、資金調達のため帝国内でも商会を立ち上げていた。そこでリヒテ水晶も扱っている。
ただやはり、部隊で使うほどの数となればなかなか難しい。
(最終手段として採掘場からこっそり、というのもあるけど……)
さすがに限度がある。
相当数を盗み出せば気づかれるし、見るからにリヒテ水晶を使った魔法具が聖王国でたくさん作られたら帝国はこちらの関与を確信するに違いない。
どう転んでも戦争は避けられないだろう。余計な波風は立てたくなかった。
「やはり安定的に入手するのは難しいですね。他国経由の販路を開拓するしか手はなさそうです。コストはかさみますけど……」
それも時間が経てば塞がれる。
迅速かつ大量にとなれば、なかなか骨が折れそうだ。
「まだ噂レベルなのですけど――」
ジークはそう前置きして続ける。
「トレシア首長国でリヒテ水晶の鉱脈が見つかったとの話を聞きました」
「トレシアで?」
聖王国から見て東南に位置する中規模の国家だ。聖王国とは隣接しておらず、東のストラバル王国を挟んでいる。
「なるほど、あそこはもともと地下資源が豊富でしたね。リヒテ水晶の鉱脈が今まで見つかっていなかったのが不思議なくらいだ」
「すこし調査してみましょう。昔はさておき、トレシアとは魔王国大戦以降、仲はいいですからね」
海路を使った直接の取引が多く、経済的なつながりは強い。
「なんだか期待が膨らんできました! ひとまず我らは開発に注力しましょう」
「ええ、そちらはお任せします」
マロゥが盛り上がったところで、小柄な女性が彼に呼びかけた。
「マロゥ室長、ご依頼の魔法薬を届けに参りました」
白衣に生える褐色肌はこの国では珍しい。トレシア首長国でよくみられる特徴だ。
癖のある栗毛を襟元で無造作にひとつに縛り、幼げな顔立ちを分厚い眼鏡で隠している。
「やあ、アウララ君。すまないね」
マロゥが薬液の入った瓶をひとつひとつ確認し、アウララから受け取った書類にチェックを入れる。
その間、彼女はぼんやりと虚空を眺めていた。
(見ない顔だな)
とはいえ聞き覚えのある名だ。
直視するのは失礼かと思って視界の端に捉えながら、ジークは彼女を観察する。
おそらくは魔法薬を扱う研究室の所員だろう。
所属は知らなかったが、英雄学院の卒業生でもある。
(成績はぱっとしなかったし、ここでの実績も特に聞こえてくるものはない)
エリート中のエリートが集う宮廷魔法研究所にいるのが不思議なほどだ。
マロゥがチェックを終えると、アウララはぺこりとお辞儀して書類を持って部屋を出ていった。
「愛想のない子ですよねえ」とマロゥ。
「あのタイプは研究所ではそう珍しくないでしょう」
「むしろ私のように馴れ馴れしいのが珍しいですかね」
あえて言わなかったが、まさしくその通りだとジークは苦笑する。
話を魔法具に戻し、いくつか指示を出していたら陽がとっぷりと暮れていた。
「ルティウス卿、長々とお付き合いいただきありがとうございました」
「こちらこそ、有意義な時間をありがとうございました」
互いにお辞儀して、ジークが部屋を出ようとしたところで。
「帰りは気をつけてくださいね。このところ物騒ですから」
「物騒? ああ、そういえば――」
「ええ、連続変死事件!」
連続、といっても二件だけだ。
被害者はまったくつながりのない一般人の男性で、その場で特定できないほど体が変貌していた。
「まだ事故の線も消えていませんが、私はキナ臭い事件だと思うんですよね。最近は聖都も治安が悪いですし」
「誰かが仕組んだものだとしても、とりあえず僕にはこれがありますから大丈夫ですよ」
トランクを掲げて見せると、マロゥは「でも油断は禁物ですよ」と真剣な表情になった。
「ええ、気をつけます」
ジークはそう言って研究所を後にする。
このときはさほど気に留めていなかったが、三度目の事件はその二日後、ジークのすぐ近くで発生した――。