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師との出会い

「ルナさん、ちょっとお話いいかしら?」

「なんでそんなパワーが出せるんだよ?」

「君の自己強化は特殊なやり方があるのかい?」

「大剣の扱い方について――」


 ルナは多くの生徒たちに囲まれて、わたわたと応じる。


 つい最近まで彼女は、誰にも声を掛けられることなくぼっち街道を邁進していた。

 平民出と認識され、同学年の強者たちを叩き伏せまくっていたので悪目立ちしていたのが原因だ。


 そんな中、最強の勇者ジーク・アンドレアスの妹、ミリアに認められたことで状況は一変する。

 学院でもっとも影響力のある彼女と行動を共にすることが増え、必然、周囲もルナを畏敬の対象とするようになった。


 またもうひとつ、生徒たちの見る目が変わった要因がある。


 至高の賢者の指導により、ソフィ・ジュアンが目覚ましい成長を遂げたことだ。

 当初こそ速すぎる自身のスピードに困惑していたものの、模擬戦をこなすたびに動きが洗練され、今では上級生のトップクラスとも互角に立ち回れるほどになった。


 至高の賢者に入学前から指導を受けていたルナが注目されるのは当然だった。


「ルナ、ちょっといいかな? 大剣のメンテナンスがしたいんだけど」


「先生!」


 ジークが声をかけると、ルナを取り囲んでいた生徒たちが一斉に彼へ向かってきた。

 彼もまた多くの生徒に認められ、その指導を仰ぎたいとの声が殺到している。


「担当教官に僕のコメントは伝えてある。まずはそちらに訊いてみてほしい」


 ジークは受け持つ講義自体は少ないが、さすがに希望する生徒全員に個別指導する余裕はなかった。


 いつか至高の賢者に個別指導してもらえるようにと、みなのモチベーションは高い。


 彼らの質問をやんわり断って、ジークはルナを連れて本校舎の中へと入っていった。



 空き教室の壁に大剣を立てかけ、ジークは剣の周囲にいくつも小さな魔法陣を浮かび上がらせる。


「……全体的には問題ないけど根本が想定より傷んでいるな」


 術式を展開する師を、相変わらずきれいな魔力の流れだな、とルナはうっとり眺めている。

 椅子に座って手持無沙汰な彼女は不意に、師の横顔を遠い記憶に重ねた。


 初めて師と出会った日のことを――。





 薄暗い森の中。横転した馬車と横たわる馬たち。

 その周囲には、


 ――無数の屍が転がっていた。


 ただ一人、女の子が立ち尽くしている。町娘のような衣装は血に染まり、彼女の頬や髪にもべっとりと赤い液体が付着していた。

 しかし彼女自身が流した血は一滴もない。


「エル、ミナ……」


 かすれた声に、幼いルナはてくてくと近寄っていく。


「お母さま……」


 女性の腹からは多くの血が流れていた。焦点が定まらぬらしい瞳がルナに向く。

 握った長剣は持ち上げる力がないのか、地面の上を押しやって差し出された。


 いずれ追っ手がやってくる。

 その手にかかるのならばいっそのこと自害せよと言われたら、自らの首に剣を突き刺す覚悟だった。


 けれど――。


「逃げて。生きなさい。そして――」


 母が最期に告げた言葉に、ルナは困惑した。

 事切れた母には問いかけも意味を成さない。


 ルナは長剣を持ち上げ、森の中をただ歩いた。



 空腹に耐え、喉の渇きを唾液で誤魔化し、剥き身の長剣を引きずりながら茂みを掻き分けていく。


 まっすぐに進んでいるのか、同じところをぐるぐる回っているのか、よくわからない。

 ただひとつの感覚を頼りに、そちらへ向かっていた。


 何が待ち受けているかわからない。

 ひょっとすると、いや今の自分に味方はいないのだから、ほぼ確実に危険であるはずだ。


 だというのに幼いルナは、なんとなく〝あったかそう〟だとの理由のみでその何かに縋ろうとしていた。


 がさがさと、背後で音が鳴った。


「いたぞ!」


 続いての怒声に心臓が跳ねる。

 追っ手に見つかったと悟ったルナは長剣を握りしめ、振り向いた。


 中年の男は旅装束ではあるが、見た顔だった。軍の、兵士だ。


「よく生きていたものだ。まさか襲撃班が相打ちになろうとは考えもしなかったが……エルミナ・ストラバル王女殿下、その命を貰い――なにっ!? ぐはぁ!」


 体が勝手に動いた。前と同じ(・・・・)だ。


 引きずるほど重かった長剣はしかし、今は羽のように軽い。軽く地面を蹴っただけで相手に肉薄し、振りぬいた長剣は狙ったつもりはないのに確実に、相手の肩から逆の胴へ深い傷を生み出した。


「隊長!? くそっ! なんだこのガキ――なっ!?」


 着地と同時に声の出所へ向け駆ける。

 途中にあった大木をするりと避け、茂みに突っ込んでも目は閉じず、抜け出た瞬間に剣を薙いだ。


 片足を両断したのを確認する間もなく、そのまま一回転して相手の首を跳ね飛ばす。


 わからない。

 どうして自分が、王女暗殺を任された手練れの兵士たちをこうも簡単に倒せるのか。


 馬車が襲われたときもそうだった。

 従者たちが抵抗も虚しく倒れていく様をただ震えながら眺めるしかできない。

 なのに目の前で母が自分を庇って腹を刺された直後、体の内から力が漲ったのだ。


 落ちていた剣を拾って振り回していたら、いつしか襲撃者たちはみな地面に倒れていた。


 実感がない。まるで夢を見ているようだ。


 だって剣を握ったことなんてなかった。魔法の訓練は始めたばかりで、けれど兵士たちの訓練はよく眺めていた。それだけだ。


 だがやはり、相手は訓練された兵士たちだ。奇襲じみた攻撃がひと段落したら通用しない。

 もう一人を切り伏せたものの、次に襲いかかった相手には防がれた。


「散開しろ! 魔法攻撃で疲れさせるんだ!」


 誰かが叫んだ。

 けれどそんなことをしなくても、自分はもう限界だとルナは膝を折る。


 彼女を目がけて火炎球が撃ち放たれた。


 気づいているのに避けられない。剣を振るって払い落とす気力もなく、ただぼんやり眺めることしかできなかった。

 だが、どこかホッとする自分に気づく。


(これでもう、殺さなくてすむんだ……)


 半ば無意識であっても、殺した感触が確かに手に残っていた。

 だからもう、殺したくない。


 死を受け入れた彼女にはしかし、火炎球が届くことはなかった。


 ギィィンッ、と。重い衝撃に弾き飛ばされる。


(あれ? なんで、わたし……?)


 余力なんてなかったはずなのに、長剣を思いきり振っていた。偶然なのか火炎球を弾き消して、結果として難を逃れたのだ。


「ただの子どもがやるものだ。しかし、次はない」


 今度は三方から。

 またしても意図せず体が動いた。半ば感覚だけで避け、受け流す。


(ああ、そうか、わたしは……)


 死を受け入れてなんてなかった。だって母は言ったのだ。


「生きろ……って、だから!」


 自分以外の『生』を奪っても、どんなに無様であっても、生き残る。生きなければならない!

 しかし気力が回復したところで、疲労が消えるはずはなく。


(ぁ……)


 正面の攻撃を避け、横から迫った魔弾を剣で流したものの、背後からの火球に対応できない。

 死にたくない。生きなければならない。

 なのにここで終わってしまうのか。


 涙でにじむ視界の中心、燃え盛る火炎球が、


「ぇ……?」


 突如として消え去った。



 ――さすがに限界か。いやでも驚いたよ。君、とんでもない才能の持ち主だね。



 くぐもった声と、あたたかな感覚。

 すぐ近くに誰かが降り立った。


 黒いローブ姿の、声からすればおそらく青年。フードを目深にかぶって口元は布で覆われているので顔は判然としない。

 あたたかい、根拠なく縋ろうと目指していたその感覚を抱きながらも、


「うわあああっ!」


 ルナは咆哮と共にあらん限りの力で青年へ斬りかかった――。



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