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賢者を狙う者

 庵を囲う結界は、悪意ある者の侵入を阻むと同時に、無理に押し入ろうとすればジークやフェリに警報が届く。


 老婆を連れてきたコニーに悪意はない。

 警報が鳴ったのは、偶然にも彼が到着したとき別の『悪意ある誰か』が庵に近づいていたからだ。


 コニーを狙った可能性を考慮し、フェリを護衛に付けた。

 けれど一番の理由は、


連中(・・)の相手は、僕自らやりたいからね)


 結界を越えてしばらく歩いたところで、彼らは悠然と待ち構えていた。


「よもや一人でのこのこ出てくるとはな。我らが大人しく引き下がったとでも楽観したか?」


 正面に立つのは、人ではなかった。

 顔は人に近いが皮膚は黒っぽく鱗で覆われている。左右の側頭部から雄々しい角が生え、背にはコウモリのような羽が見えた。長い尻尾がゆらゆら揺れる。


 他にも二足歩行の大トカゲや豚面の巨漢、ジークの背後に回りこんだのは正面にいる男と似た姿をしていた。


「魔族に知り合いは……いなくもないけど、家を訪ねてくるほど親しい者はいないかな。かといって、これから友だちになろうって雰囲気でもなさそうだ」


「ほざけ。勇者とともに魔王様を殺害した貴様を誰が許すものか。我らが受けた汚辱は、たとえ貴様をこの場で切り刻んだとて濯げるものではない」


「そのわりにはいきなり襲ってこなかったね。まさか、人ごときに雇われて僕を連れ去ろうとでも?」


 魔族たちが色めき立つ。図星だったらしい。


「雇い主は帝国かな? それとも東のストラバルか……あそこって今、いろいろあるみたいだしね」


 魔王国はいまだ滅んではいない。しかし勢力はかなり衰え、魔族たちは人の国家に接近しつつある。

 人の国家の中には彼らの力を利用して、最大勢力たるテリウム聖王国を出し抜こうと躍起になっている国もあった。


 至高の賢者マティス・ルティウスの名声は聖王国内でこそ地に落ちてはいたが、他国ではその真偽に確証が得られず、手に入れようとするところもあるのだ。

 少なくとも彼が至高と謳われるほどであるなら、聖王国で復権されては困るのだろう。


 ジークは自身の首輪へ手をやった。


「でも残念。僕はこのとおり枷を嵌められていてね。ここから離れたら今度こそ処刑台に送られてしまう」


 〝監視者(ラグエル)の首輪〟は(いにしえ)の魔法技術で作られており、今は失われたとされる通信魔法に類する術式が組み込まれている。


 外せばすぐに聖都へ通知され、彼はその咎で死罪は免れなかった。

 また場所を大きく移したり、大規模な魔力を展開するなどの異常も感知するので、彼は自由に村から離れることも戦うこともできない。

 しかし――。


「我らが知ったことか。どのみち貴様がこの地に戻ることは二度とない。今すぐその首輪を破壊してやろう」


「ああ、それには及ばないよ」


 首輪に触れた指先が光る。かちりと小さな音が鳴り、


「なにっ!?」


 彼を縛る枷が解き放たれた。


 外せば即座に聖都へその異常が通知される、古代の技術で作られし罪人の枷。

 しかし通信疎外の術式を展開していれば、外そうが何をしようが通知は防げる。

 聖都の連中は古の魔法技術を解く術を想定していなかった。仮に想定できても彼らに対策する手立てはない。


 ジークはこれまで何度となく、こうして首輪を外してきた。

 時には魔法の訓練をし、時には情報収集のため聖都まで出かけ、時には村に巨大防護結界を張る。

 もう一度首に嵌めてしまえば、何食わぬ顔で生活が続けられるのだ。


「く、はははっ! なんだ、けっきょく我らに恐れをなして服従――ッ!?」


 まったく予備動作もなく、ジークが消えた。正確には、哄笑を上げた魔族にジークが瞬時に肉薄し、眼前に手のひらを置いて視界をふさいだのだ。

 次の瞬間。


 ボンッ!

「ぴょ――」


 魔族の頭が吹っ飛んだ。

 魔法を放ったのではなく、手のひらから魔力を放出しただけで。


「ぬるい。(のろ)い。不甲斐ない。僕をみくびるのは仕方ないにしても、仮にも聖王国へ魔族を派遣するのだから、もうすこしマシな連中を寄越してほしいものだね」


 心底ガッカリしてジークは肩を落とす。


 ガガキィン!


 左右から力自慢の二体が襲ってきた。上と横からの戦斧による攻撃を紙一重で躱すと、片手の親指と小指の二本のみで、それぞれの武器をほぼ同時に受け止める。


「なっ!?」

「ッ!?」


 驚愕の声は軽々防がれたのもあるだろうが、続く事態に対してのものだ。

 戦斧に触れた指先から、黒い炎が立ち昇る。あっという間に戦斧が黒炎に包まれた。


「闇魔法だと!? バカな! 人風情が使えるはず――」


「あるんだよね。ついでに光属性と混ぜれば、そら」


 黒炎は戦斧から持ち手の魔族たちにも広がっていく。たまらず武器を地面に落とすも、草木には燃え移らなかった。


「ぐわぁっ!」

「あづいーっ!」


 黒炎は魔族とその武器のみを燃やし尽くし、跡形も残さなかった。


「し、信じられん……。相克する光と闇を同じ術式に組み込むなんて……」


「〝常識は疑ってかかれ。そこから技術は発展する〟ってね。ま、友人の受け売りだけど」


 ジークは最後の魔族に歩み寄る。


「残るは君だけか。依頼主のこと、話してもらうよ?」


 拷問の末に魔族から情報を引き出し、


「呆気ないな。まったく……散歩するのと大して変わらないじゃないか」


 ジークはため息交じりにこぼすのだった――。




 二つの遺体が黒炎に包まれる。


「ご主人様、コニーさんたちをお送りしてまいりました」


 すたっとフェリがジークの横に降り立った。


 黒炎は静かに遺体を焼き尽くして消滅する。地面の草は残したまま、魔族たちの痕跡のみを消し去った。


「愚かにもご主人様を殺めんとした者たちですか?」


「いや、今回も(・・・)勧誘しに来たみたいだ。ただ送ってきたのはストラバル王国だから、初めてではあるね」


「対外的にはご主人様の名声が回復しつつある、ということでしょうか?」


「どうかな? どちらかというと各国に余裕が出てきたからだと思う」


 魔との戦いがいちおうは終結し、各国は復興に力を注いできた。自国をより強固にするために、他国を衰えさせて相対的に力を上げることに手を着け始めたのだろう。


「ま、送った刺客が戻ってこなければ警戒もする。しばらくは手を出してこないよ」


「しかしいずれ帝国のように、定期的に送りこんでくるかもしれませんね」


「あそこは本当に諦めが悪いよね。それでも僕が辺境(ここ)にいる間の我慢だ。もうすぐ、それも終わる」


 いくつか仕込みは済んでいる。

 そのどれかが当たれば冤罪が晴れるところまではいかないにしても、聖都に呼び戻されるだろう。


「秋までには、はっきりさせたいものだね」


 今は夏の初め。三か月ほどで、ジークは戻るつもりでいた――。



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