悩める剣士の指導方針
「頭が沸騰してしまいますわ!」
ミリアが目隠しした状態で叫ぶ。傍から見ると異様な光景だが、幸いにもここ本校舎裏手の一画に人はいなかった。
試合のあと、彼女がジークの新開発魔法具を試したいというので使わせているところだ。
アイマスク型の魔法具の中では、視界が二つに分かれていた。
浮遊する二つの水晶それぞれから見た光景が映っている。
「たった二つを操作するにもこれだけ脳に負担があるのでは、とても使えたものではありませんわよ」
ふらふらするミリアをジークは支える。
「慣れでどうにかなる、という問題ではやっぱりないかな?」
「生まれつきのセンスに加え、複数の映像を瞬時に処理する頭脳がなければ無理ですわね。その意味でマティス様、六つもよく扱えましたわね」
アイマスクを外してジト目を向けてくる。褒めているのか呆れているのか。
「死角なくあらゆる方向を見通せるからこの方式にしたけど……肉眼で操作する方式にも対応させたほうがいいかもね」
「複数方式にするのなら、初めから肉眼操作のみにしてはいかがです? その分の術式が減れば魔力負担も軽減されますし」
「なら、このアイマスクは制御装置も兼ねているから別に作るか」
「であれば視覚機構にあてていた魔力を他にも回せますわね。水晶の側が防御特化だったのはそれが理由ですの?」
「うん。もともとはハーキム卿のように内向きの魔力利用が得意なアタッカーの防御補佐を想定した魔法具だからね」
自身の魔力を実際の〝力〟に変換するやり方は二通りある。
外向きか、内向きか。
自身の外側に描いた魔法術式に魔力を送りこみ、様々な現象を生み出すのが一般的な魔法使いのイメージである。
一方、超人的な身体能力を実現するのが『内向き』の利用法。
筋力、肉体強度、反射速度など自身の身体能力を上げて肉弾戦を敢行するような使い方だ。
身体強化魔法とも呼ばれるが、実際には外向きの魔法行使と魔力の練成や出力方法がまったく異なっていた。
使い方が違う以上、得意不得意が存在する。
また二つを同時に行使するには身体的、精神的な負荷が単一の場合に比して大きかった。
外向きと内向きを高いレベルで同時に使うには、トップレベルの魔力と非常に高いセンスが要求される。
国に一人いるかいないかの、極めて稀少な存在だ。
ジーク・アンドレアスが『最強の勇者』と謳われた所以はそこにあった。
現在では発展途上ながらルナがこの才能に秀でている。
ちなみに魔法具への魔力注入は『外向き』か『内向き』いずれか得意な方法を使える。魔法具から見て差異はない。
また、道具や土地、建物といった構造物に魔法術式を刻んで魔法具とするには、外と内とは異なる魔力操作が必要となる。
「でも、そうだね。攻撃用の術式を組みこめれば運用の幅が広がる。試してみるか」
以降も細かい機能の意見を出し合い、有意義な時間が過ぎていく。
「ところで、そちらのトランク……というか、その中身はなんですの?」
ミリアは傍らに置いたトランクを指差す。ちょっと引き気味なのは気のせいではないはず。
「説明が難しいのだけど、使い魔に近いかな」
「生きた動物を操る魔法ですわね。今さら難易度の高い魔法をお使いになられるのに驚きはしませんけれど……それ、生きていますの?」
とても気持ち悪そうな顔をしている。
「いや、無生物だよ。人造人間の理論を応用して、ちょっとした自律機構を組み込んである。それを使役しているイメージかな?」
黒い霧は魔族が好んで使う呪術系の魔法により発生させていると説明する。
「なるほど、だからこんな悪寒が……」
身震いするミリアに思わず苦笑いが漏れる。
「こちらも改良の余地は大いにある。まずは必要魔力を抑えないとね。入れ物がないと使えないのも欠点かな」
「そもそも魔族が好む黒い霧になどしなくても……」
「使い勝手はいいんだけどね。ま、印象が悪いのは認めるよ」
こちらも宮廷魔法研究所へもっていく前に、有意義な議論を重ねられた。
「そういえばミリア、彼女と一緒じゃないんだね」
「ソフィのことですの? あの子とは学年が違いますから、いつも一緒というわけではありませんわ」
それに、とミリアは肩を竦める。
「今日の敗北で思うところがあったようですわね。どこかで訓練しているのでしょう」
ふむ、とジークは腕を組む。
「彼女は『内向き』に特化したタイプだ。ただその戦闘スタイルと強化のバランスが取れていないように思う」
「むぅ……、ソフィの身体強化方針はわたくしもアドバイスしつつ決めたものですわ。どこに問題がありまして?」
不満そうにしながらも、問題点を真摯に受け止める態度には好感が持てる。
「自身の特性であるスピードを増す強化を中心として、細身の刺突剣の弱点である耐久力を補うための武装強化にも魔力を回しているよね?」
「ええ、最適なバランスとするため、何度も何度も調整いたしましたわ」
「狙いはよくわかるし、間違っていると否定するつもりはない。でも――」
ジークはずばりと言い放つ。
「彼女はここ一年ほど、たいして成長していないよね?」
「ッ!?」
図星をつかれたのか、ミリアは絶句する。
「君と協議して進めた方針において、彼女はある意味で完成している。あの年齢では驚異と言えるし、おそらく学年主席を維持したまま卒業できるだろう。でも残念ながら、学生レベルを超えるほどじゃない」
「……実戦では役に立たないと?」
「国内最高峰の学院を卒業しておいてそれはないよ。ただ、ハーキム卿に並ぶほどには到底届かない」
「今のままでも鍛錬を怠らなければ、いつか殻を破って一段高みへ行けると思っていたのですけれど……」
苦悩を眉根に集めるミリアに、ジークはしれっと告げる。
「殻を破るのはすぐだよ」
「ぇっ?」
「言っただろう? 彼女は自身の強化に特化したタイプだ。極めて苦手なことに魔力を回さず、最大の『武器』を磨き上げるよう方針を変更すればいい」
ミリアは目をぱちくりさせる。
「それって……つまりは武装強化している外向きの魔力行使をやめ、スピードを増すために使えということですの?」
ジークはにっこり笑って首肯する。
ところがミリアは苦い顔になった。
「あの細身の剣ですと、強化しなければぽっきり折れてしまう場面もありますわね」
「そうだね。今までの感覚が邪魔をして、しばらくは模擬戦で実力が出せないと思う。だから一時的に主席の座を奪われる可能性も大いにあるね」
「いえ、まあ、それはいいのです。いえよくはありませんけれど、仕方がないと許容すべきですわね。でも……」
どうにも歯切れが悪い。
「ま、どうするかはよく話し合ってほしい」
指針は伝えた。もう用はないと踵を返そうとするジークをミリアは全力で呼び止める。
「ちょっとお待ちなさいな。貴方が考えた方針をわたくしが伝えてどうするのですの?」
「君が伝えたほうが彼女も納得しやすいだろう?」
「あの子は合理的な話なら自身で考え、納得しますわ。それが結果につながったなら、わたくしが貴方の手柄を横取りしたみたいで気持ち悪いのですのよ」
変なところで律儀なのは相変わらずか。
「なら、僕が伝えよう」
引っかかりを覚えるが今度こそ踵を返して立ち去るその背に、
「剣、剣ですわ。そこ重要なのでよく話し合ってくださいましね!」
妙な助言を受けるのだった――。