妹の提案
取り巻きの女子生徒を遠のけ、ミリアは二人にお茶を持ってこさせた。
一人だけ、青みの髪を肩口でそろえた女子生徒がミリアの背後に控えている。背の高い、すらりとした美少女だ。
なぜだかルナに鋭い視線を突き刺していた。
「ルナさんのお噂は聞き及んでいますわ。勇者の後継者がどうのは横に置くとしましても、新入生では抜群の実力をお持ちとか。入学直後の模擬戦で学年主席の呼び声高いアベル・ハーキムをこてんぱんに伸してしまったのでしょう?」
「いえその、こてんぱんとまでは……」
ルナの存在が知られる前は、今年の新入生で群を抜く主席候補がアベルだった。
ハーキム伯爵の息子で、ルナとしては仲良くすべき相手なのだが……。
「後見人のご子息を完膚なきまでに打ち負かすなんて、貴女本当に面白い人ですわね。なかなかできることではありませんわよ?」
ルナはぐるぐる目になってうつむいてしまう。
「あまりイジメないでくれ。僕が指示したんだよ。『学院では手を抜かないように』とね」
「さすが至高の賢者。アドバイスが的確ですわね。いえ、経験者ゆえ、ですかしら?」
ルナが怪訝そうに顔を上げると、ミリアは楽しげに微笑んだ。
「家柄も財力も人脈も皆無な貧しい平民出のルナさんが、学院生に唯一示せるものは『実力』ですもの。蔑みの視線を跳ね返したいのなら出し惜しみはしないことですわ」
ジークがルナに伝えたかったことをさらりと言ってのけるミリア。
同じ平民出であっても、入学前からジークと友人関係にあったマティスとはスタート時点で大きな差がある。
(僕が言うよりルナには強く伝わっただろうな)
事実、ルナは『なるほどー』と得心したような顔をしていた。
「しかし、そうでしたの。あいさつがてら連れていらした風ではありますけれど、こちらが本命でしたのね」
学内で尊敬を集めるミリアに認められれば、ルナが孤独を脱することができるだろう。
その考えはやはり筒抜けのようだ。
「否定はしないよ。僕は貴族社会での立ち回りに疎いからね。ルナにいろいろ教えてあげてほしい」
「どの口が言いますの? 平民から軍の参謀近くまで成り上がった貴方の経験こそ、ルナさんのお役に立つでしょうに」
「その経験からルナを君に引き合わせようとの結論に至ったのだけどね」
「あー、貴方、お兄様がいなければぼっち街道まっしぐらでしたものね」
たぶん間違ってはいないが複雑な気分になる。
「君にメリットがないわけじゃない。頼まれてくれないかな?」
「ええ、構いませんわ」
ずいぶんすんなり承諾したものだ、と考えたのはやはり間違いだった。
「けれどその実力が確かかどうか、見極めさせていただきますわね」
「伝聞では納得できないと? だったら模擬戦なりの授業を見てもらえれば――」
「いいえ。ルナさん以外の新入生が相手では実力が測れませんわ。彼女以外の新入生がクソの役にも立たない輩ばかりかもしれませんもの」
ミリアは強く遮って、後方に目をやった。
「ソフィ、貴女がお相手なさい」
沈黙しながらずっとルナを睨んでいた女子生徒。
(たしかジュアン子爵の孫娘だったか)
騎士科の三年生で十六歳。剣技に優れた学年首席の実力者だ。
研究科に所属する四年生のミリアとは直接接点はなかったはずだが、学内で護衛騎士の真似事をしているらしい。
同性ながら二人は恋人同士、なんて噂もちらほら聞こえてきていた。
「かしこまりました、ミリア様。つけ上がった新入生の鼻を、ボクがへし折って御覧に入れます」
聞き耳を立てていた周囲がどよめく。
いくら実力が高いと評判でも、上級生の学年主席と勝負になるとは思っていないのだろう。
(実際のところ、二人じゃ勝負にならないだろうな)
ルナの勝利は揺るがない。その素質が高いのはもちろんだが、最強の勇者から直接指導を受けていたのだから。
「どうなさいますの? マティス様」
「それで君の気が済むなら。ルナもいいかな?」
「が、がんばります……」
胃が痛そうな顔をしていた。
「ま、ケガをしないよう、ほどほどにね」
勝敗の決まった戦いをあえて見届ける必要はない、と腰を上げかけたとき。
「せっかくですからチーム戦にいたしましょうか」
ミリアが妙なことを言い出した。
「ソフィのサポートにはわたくしが。そちらは――」
さらにジークを指差す。
「貴方でよろしいですわよね? 教え子をしっかりサポートしてさしあげなさいな」
その意図を、ジークは察する。
(会話の中で僕を疑う素振りはまったく見せなかった。でも、そうか)
戦いの中ではその実力を隠し通すのは難しい。
疑われていてはなおさらだ。反射的に高速な攻撃を目で追ってしまうような微細な動きでもミリアは見逃してくれないだろう。
(すくなくとも〝マティス・ルティウス〟では不可能なことをしてしまったら、ミリアは確信に至る)
今のマティスが、兄ジークが成り代わったものだと。
だからこの提案に乗ってはならないのだが。
「わかった。でもそれだとあまりにこちらが有利だけど、いいのかな?」
挑発しつつ、承諾の意思をみせる。
「ずいぶんと自信がおありなのですわね。ええ、構いませんわよ? ギッタンギッタンにして差し上げますわ」
いい機会だ。
武力を誇示するのではなく、あくまでマティス・ルティウスの『知力』を知らしめる。
その舞台にさせてもらおう――。




