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学内での立ち位置

 〝マティス・ルティウス〟の立場は今のところ『一介の教師』に過ぎない。


 近隣諸国を含めても〝最高学府〟と評される王立レブリット特級騎士養成学院――通称『英雄学院』に勤めてはいるものの、日にひとつの講義を担当するにとどまり、学院で役職があるわけではなかった。


 もっともそれは、彼が『勇者殺し』の大罪人とされていたがゆえ。


 目の届きにくい辺境ではなく中央にて、魔法研究分野で国へ貢献することで贖罪させ、同時に他国へ流出しないよう監視する名目であった。


 公式に無実が証明された今、内乱を鎮め、女王と国家の危機を救った彼を国政の中枢へ推す声は少なくない。

 一方で人材不足が深刻化する中、かつて『最強の勇者』を育て上げた手腕を期待する者も多かった。


 彼の授業は学生たちに概ね好評である。

 緻密でわかりやすく、一方的に知識を押しつけるのではなく学生たちに考えさせ、一般的な回答を述べるに留まらず学生個々の特徴に合った最適解を示していた。


 とある学生は言う。


『最初は犯罪人から学ぶなんて、って抵抗はあったけど、授業はわかりやすいし質問には的確に答えてくれるからね。無実だったみたいだし、尊敬できる人だと思うよ』


『そうでしょうとも。先生はいつだって正しい道を示してくれます。〝僕を妄信するな〟とは言いますけど、今まで一度たりとも間違ったことはありません!』


 ただやはり、懐疑的な声もあった。


『前聖王陛下が勇者殺しに加担したなんて話、にわかには信じられないわ。まだ何か裏があるような気がして、もやもやするのは確かね。教師として優秀なのは認めるけれど……』


『他国から来た僕が言うのもなんですけど、裏があるのはあの方以外の者たちでは? 至高の賢者に直接教えを乞うこの幸運を、皆さんはもっと噛みしめるべきです!』


 マティスへの接し方を決めあぐねる者が大半な中、一部には熱狂的なファンがいた。




 授業を終え、教室を出ると。


「マティス先生!」


 金髪の少年が駆け寄ってきた。廊下で待ち構えていたらしい。


「やあ、エド。何か質問かな?」


 ストラバル王国からの留学生で第二王子のエドワード・ストラバルは、目をキラキラさせて「はい!」と元気よく返事をした。

 続けてまくしたてるように魔法術式の疑問をぶつける。


「――それはすでに否定された考え方だね」


「そ、そうですか……」


 がっくり肩を落とすも。


「でも着眼点は間違っていない。魔法術式の簡略化は終わりがあるようで果てのないものだ。過去の研究をよく調べて、多くを試してみるといい。無理のない範囲でね」


「はい!」


 元気よく返事をしたエドワードを見て、不意にジークは尋ねる。


「学院生活には慣れたかい?」


「はい。友人もできました」


 ちらりと振り返った先には、彼の同級生たちだろうか、数人がこちらを伺っている。


「それはよかった。ところで、ルナと話す機会はあるのかな?」


 エドワードはすこし困った顔になった。


「学科が違うので会う機会自体が少ないのはあります。でもどうやら僕は避けられているようで……」


「避ける? 君を?」


「話しかけても何かしら理由を告げて逃げられると言いますか……」


 彼女には自身の正体を知られたくない事情がある。

 しかしあからさま過ぎるように思えるのは、おそらく別の理由からだ。


「引き留めて悪かったね」


「いえ、それでは失礼します」


 エドワードはぺこりと頭を下げ、踵を返して駆けていく。待っていた同級生たちのところへ戻って談笑を始めた。


(人懐っこい性格だからか、知り合いがいない中でうまくやっているみたいだね)


 この学院は貴族社会の縮図でもある。

 親類縁者の力関係が如実に交友関係に現れるのだ。他国の王族なら一目置かれても当然だろう。


 逆にルナは平民出身ということになっている。

 実力でその力関係をねじ伏せられる場合もあるが……。


(彼女の性格だと難しいな)


 エドワードを避けているのも、自分と仲良しだと彼の立場を悪くすると危惧してだろう。

 このところジークは学外で立ち回ることが多く、ルナのフォローができていなかった。


 ルナを探し回って学内をうろうろしていると。


(いた。けど……)


 本校舎の裏手にあるベンチに、一人ぼんやり座る少女を見つけた。

 やはり孤立しているようだ。


(伯爵クラスの子女と仲良くなれればいいのだけど……)


 そう簡単にはいかない。


 ルナの実力と性格なら友人関係の構築に支障はないだろう。

 しかし『平民出身』の一点をもって、嫌悪する者が多いのだ。


(〝マティス(あいつ)〟も入学当初は毛嫌いされていたからなあ)


 それでも王族に連なるジークと友人であり、その高い実力から次第にみなと打ち解けるようになった。


(一人、適役がいる)


 出自にこだわらず、実力や性格を重視する稀有な存在に心当たりがあった。


(いるんだけど……)


 自分が仲介して話がまとまるだろうか?

 当たって砕けては元も子もない。逆にルナの孤立が深まってしまう。


(いや、きっかけを作るだけでも効果はある)


 そう信じ、ジークはルナへ声をかけた。


「ルナ、すこしいいかな?」


「ふぇ!? せ、先生! いやそのわたしはここで心頭滅却してですね、魔力の練成訓練をしたりなんかしようとしていたと言いますか……」


 独りぼっちな自分を誤魔化そうとでもしているのか、ルナは慌てふためいている。

 特に言及はせず、


「君に紹介したい人がいるんだ。ついてきてくれるかな?」


「はい? 紹介、ですか……?」


 疑問符を頭上に浮かべる彼女を半ば強引に連れていった――。




 本校舎の端には学生食堂がある。

 食事だけでなく、授業の合間や空き時間にはお茶を楽しみながら友好を深める場となっていた。


 雨天でなければオープンスペースでゆっくり過ごすのも一興だ。

 その屋外の一角。


 多くの女子生徒に囲まれ、すまし顔でお茶をすする女子生徒がいた。

 金髪が縦に渦を巻く独特の髪形をした彼女は、見たとおり人気者だ。その美しい容姿もさることながら、家柄は申し分なく実力も一線級。


 学内で彼女を知らない者はおらず、尊敬と羨望を一身に浴びて当然といった様子を隠しもしない。


 ジークが近寄ると、周りの女子生徒たちが戸惑ったように道を開けた。


「あら、珍しいこともあるものですわね。聖都に戻りながらわたくしを避けまくっていた至高の賢者様が、このタイミングでなんの用があるのかしら?」


 ジークが話しかける前に薄く笑って言う。


「君こそ僕を避けていると思ったのだけどね。僕が担当する授業を選択しなかったのはどうしてだい?」


「プライドの問題ですわ。有象無象と共に学ぶなど我慢なりませんの。至高の賢者を独占したい乙女心をおわかりいただけて?」


 くすくす笑う彼女はどこまでが本気なのやら。


(マティスもこいつの扱いには苦労していたなあ)


 身内(・・)ながら自分も持て余していたものだ。


 彼女はミリア・アンドレアス、十七歳。ジーク・アンドレアスの妹だった――。



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