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外敵への牽制

 見通しの良い平原で、ガラン・ハーキムは百騎の手勢とともに馬上で佇んでいた。


「おや? アレかなあ?」


 見つめる先に、小さな点。それが徐々に大きくなっていく。

 数台の箱馬車とそれを守るように走る騎馬部隊がこちらへ向かっていた。


「ルティウス卿の想定通りの数ですね。やはり百では足らなかったのでは?」


 ハーキムの傍らにいた若い騎士が困ったように尋ねる。


「彼の申し出はいつも急だからねえ。そのわりにはずいぶん遅い到着だったから、もっと掻き集めればよかったかな?」


「今さら『かな?』と言われましても……」


「ま、逃げることしか頭にない連中だ。一人で二人を倒せば、こちらの被害はゼロに抑えられて向こうは全滅だよ」


「ですね……」


 もはや反論する気力も失せ、若い騎士は肩を落とす。


「ほらほら、しゃきっとして。今回もがんばって結果を出せば、領地がちょこっと増えるかもよ? そしたら君たちも給金アップだ」


「ですね!」


 急に元気が出た騎士にハーキムは苦笑いする。


「じゃ、行こうか」


 大槍を高く掲げ、号令を下す。彼の部下たちも剣を掲げて大きく声を出し、馬を走らせた。

 奮い立った部隊はまっすぐに敵兵に向かったが、しかし――。


「ずいぶんあっさり白旗を挙げたものだね」


 ユアロの兵士たちはハーキムたちを見つけるや、武器を放り投げて馬から降り、跪いた。


 いちおう警戒しながらユアロのいる馬車を覗くと。


「なるほどね。これじゃあ戦う意味がない」


 横たわる男がユアロ・リーグであるとすぐにわかった。

 事情を聴けば、城外へ出てほどなくしてユアロが死体となっていたそうだ。


「で、傍らに落ちていたのがこの殴り書きか」


 筆跡など知らないが、『もうダメだ』『おしまいだ』と根拠は不明ながら追い詰められている様が窺える。


(私たちに見つかってもいないのに自殺を図ったのか。ま、原因を探るのはこちらの役割じゃない)


 ハーキムはユアロの馬車に隠されていた通信球二つを見つけた。


「これで任務は完了だ。本隊と合流しよう」


 主要な者たちを拘束し、ユアロの部隊を先導させる。


(けっきょく帝国は動いたのかな?)


 すこし離れてはいるが帝国の国境守備隊は森の向こうの丘の上。

 ハーキムは深い森を一瞥するも、先を急ぐことにした――。




 バルトルス帝国の国境守備隊五百騎は、森の中の細い街道を疾走していた。

 聖王国軍の規模は不明ながら、この数ではさすがに心許ない。


 しかし任務はあくまで『聖王国が開発した最新の魔法具を持ち帰ること』だ。

 それを回収し、数騎が戻りさえすればいいと決死の覚悟で任務にあたっていた。


 ユアロと事前に示し合わせていた合流ポイントは森の中だが、もうすぐ森が切れる。


 先頭を走る部隊長は舌打ちした。

 すでにユアロの隊が聖王国軍に捕捉され、戦闘になっているかもしれない。


 聖王国軍との接触がなければ帝国はあくまで『亡命を受け入れただけ』の存在となる。

 だが規模は小さくとも国境を越えて戦いになれば、両国の間に決定的な亀裂が入るのは間違いなかった。


 むろんそれは覚悟の上だ。ただ平原での乱戦となれば任務遂行は難しくなる。


 逸る気持ちは意識を先へ。

 体は森の中を進みながら、気持ちは森を出てさらに向こうに馳せていた。


 だから、注意が散漫になっていた。まさかユアロと合流していないこの地点で、襲われるとは考えていなかったのだ。


「ぐわっ!」

「がっ!」

「ぎゃっ!」


 木々の間から何かが放たれた。

 左右や正面のみならず、後方や頭上からも黒色の弾丸が襲いくる。


 馬上の兵士たちを確実に射止める魔法弾の乱射だと気づいたときには、部隊は大混乱に陥っていた。


「密集するな! 散開して攻撃の出所を探れ!」


 動揺する味方を必死に落ち着かせようとするも、乗り手を失った馬たちが暴れ回って邪魔をする。

 衝突し、落馬したところを黒弾に狙われもした。


 あれよという間に半数が戦闘不能になる。

 このままでは為す術なく全滅だ。


「退け! 撤退する。作戦は中止だ!」


 部隊長の決断に、部隊の心がようやくひとつにまとまった。我先にと来た道を戻っていく。


 命令を下した部隊長も手綱を引いて反転する。

 しかしこの不可解な状況を謎のままにはしておけなかった。


(どこだ? なぜ見つからぬ!?)


 遮蔽物の多い森の中だ。この規模の攻撃なら百を下らぬ魔法使いが近場に潜んでいるはずなのに。


(ただの一人も発見できないだと!)


 視界の端に、現れては消える円形魔法陣をいくつも捉えた。

 だというのに、その場にいるはずの術者は影も形もない。


 最高位の魔法使いならば遠隔での攻撃は可能だろう。

 しかしこれほど正確な射撃をする以上、どこかで『見て』いなければ不可能だ。


(まさか……)


 森の中だがここは街道。細くとも見通せる場所があった。


 顔を上に。突き抜けるような蒼天以外、雲ひとつない。だが――。


「惜しい。もうすこし早く気づけば、僕を見つけられたかもしれないね」


 背後からの声に振り向くと、フードで顔を隠した男が立っていた。否、地面からわずかに浮いている。


「もっとも、見つけたところで意味はなかった。君たちは国境を越えた時点で運命は決まっていたからね」


 男は片手を前に出す。


「貴様は――」


 誰何も意味は成さない。答えが返ってくるはずはなく、そも言葉が届くその前に。

 部隊長の意識はその頭ごと吹き飛んだ――。



 ジークは落ちた死体を黒炎で焼く。


(これで――)


 聖王国側は帝国が国境を越えてきたとは知らず。

 帝国側は聖王国の脅威を知った。


 双方ともに国内の強硬派が色めき立つのを抑え、相手は侵攻に二の足を踏むだろう。


 特に帝国はわずかながら逃げ帰った国境守備隊の報告を聞き、『通信球の真なる威力か、別の新魔法具の脅威か、あるいはその両方か』と疑心暗鬼に駆られるはずだ。


(国内問題に注力できるな)


 腐りきった貴族たちを排し、真に志の高い者たちを育成する。

 その中心で、自分は立ち回らねばならない。


(まあ、それはそれとして)


 ジークは目の前の光景に苦笑を漏らす。

 燃え尽きたあとに残ったのは、主を失った馬たちが三百近く。


 ここで野生化させるのはもったいない。

 ジークは近くにいた一頭に手をかざした。


「少しの間、僕の言うことを聞いてほしい」


 術式を刻み、一時的な『使い魔』として使役する。

 ぱたぱたと一羽の小鳥がその馬の頭に止まった。こちらもジークの使い魔だ。


「この子の誘導に従って、仲間を連れて行ってほしい」


 ぶるんと馬が応じると、小鳥が飛び立った。


 小鳥に導かれ、馬たちが平原へ走り出すのを見送ってから、ジークは転移魔法陣に身を沈ませるのだった――。



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[一言] 裏切り者は死に、帝国は動けずかぁ
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