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感謝される日々

 テリウム聖王国の東に位置する、辺境の小さな村。

 魔王国との戦時中は息をひそめ、幸いにも大きな被害がなかったこの村に三年前、騒然とする事態が巻き起こった。


 勇者殺しの大罪人、マティス・ルティウスが送られてきたのだ。


 平民出の彼は男爵位を得ていたがそれも剥奪されることなく、しかし首に監視用の魔法具を嵌められて、村からすこし離れた森の中の(いおり)に居を構えた。


 村人たちは困惑した。

 なにせ勇者殺しの大罪人だ。本来なら死罪になるところ、小狡い頭を働かせて減刑を勝ち取ったのだろう。ようやく訪れた平和が乱されてしまう。


 同時に恐怖した。

 剣も魔法も並み以下と言えど、頭脳でのし上がった男だ。機嫌を損ねればどんな危害を加えられるかわかったものではない。


 半年ほどは庵に引きこもっていた彼に、びくびくしていた村人たちだったが――。




 庵を守る結界が反応した。

 警戒を密にする彼女に、ジークは優しく微笑む。


「大丈夫、敵意ある者(・・・・・)は入ってこられないからね。どうやら村の誰かが訪ねてきたようだ」


 ジークは立ち上がると、本を棚に戻して転移魔法をくぐった――。



「賢者先生! 婆ちゃんが熱を出した! お願いだ、診てくれないか!」


 体格のいい青年が庵と扉を乱暴に叩く。農作業を中断して急いで来たのか、顔や服は土にまみれていた。


「コニーさん、まずは落ち着いてください」


 ジークが庵の扉を開けて応対した。

 彼は庵に越して以降、魔法研究の傍ら医者のまねごとをしている。

 いつしか村人たちの警戒は解かれ、今では村になくてはならない存在になっていた。


 若い男――コニーはジークを引っ張っていき、荷馬車の荷台を指し示す。

 老婆が薄手の布にくるまれて、苦しそうにしていた。


「熱冷ましの薬は飲ませましたか?」


「は、はい。けどぜんぜん熱が下がんなくて……」


「わかりました。すぐに治療しましょう。フェリ、お婆さんを運んでくれるかい?」


「承知いたしました」


 いつの間にかジークの後ろに佇んでいたフェリが応じる。軽々と老婆を持ち上げ、庵に運んでいった。


「おそらくは何かしらの毒にやられたのでしょう」


「毒……? いやでも、俺ら家族はおんなじもんを食べてるのに平気ですよ?」


「人によっては無害でも、ちょっとした毒に反応して体調を崩すことがあるんです。特に高齢の方は症状が重くなる場合があります」


 不安そうなコニーに笑みを返し、


「大丈夫。薬を飲めばすぐ治りますよ。貴方は中で待っていてください」


 ジークはコニーを引き連れて庵へと戻った。


 庵の中は二部屋に分かれていた。ジークとフェリの生活空間と、診察を行うための小さな部屋だ。

 コニーを別の部屋で待たせ、診察室に入る。

 老婆はベッドに寝かされていた。


「ご主人様、薬草は何をご用意いたしましょう?」


「いや、薬を煎じている時間が惜しい。こっちでやるよ」


 薬の効果が現れるまでにも時間がかかる。

 今すぐ対処しなくても命にはかかわらないが、これ以上の苦しみは与えたくなかった。


 ジークは老婆の額に手をかざす。ぽわっと手のひらから小さな光球が現れた。すぅっと老婆の額に吸いこまれる。

 老婆の表情は穏やかになり、すうすうと寝息を立て始めた。


「? 今のは解毒に睡眠、体力回復の術式とお見受けいたしましたが……、もしかして……」


「うん、さっき話した複合術式だよ」


「驚きました。たしかに単一魔法を行使したかの如く滑らかでしたね」


「コツさえつかめばそう難しいものではないんだよね。低位の魔法の組み合わせならすぐマスターできるさ」


 フェリは目をぱちくりさせる。


(回復系や精神干渉系の魔法は、単体で高位なのですけれど……)


 ジークは部屋を出て、落ち着かない様子でうろうろするコニーに笑顔で告げる。


「治療が終わりました。もう大丈夫ですよ」


 コニーはぱあっと表情を明るくすると、目に涙を浮かべてジークの手を取った。


「ありがとう先生。本当にありがとうございました! もし先生がいてくれなかったらと思うと、うぅ……」


 こんな田舎町に適切な診断をして薬を処方できる医師はきてくれない。

 そして解毒を含め、回復系の魔法は難度が高く扱える者は少なかった。むろん〝マティス〟は魔法がほとんど使えなかったので、『魔法で治した』とは秘密にしているが。


「じきに目を覚ますでしょう。帰ったらしばらくは胃に優しい食事にして、安静にさせてください」


 老婆が目覚めるまでの間、コニーを席に座らせお茶を出す。

 このところジークはずっと引きこもって魔法研究をしていたので、世間話をしながら村の様子を尋ねた。


「いやあ、平和なもんですよ。先生の薬のおかげでみんな元気いっぱいでね。今回は婆ちゃんの熱が下がんなくて肝を冷やしましたけど」


 ジークは薬を煎じては村にもっていき、常備薬として町長に渡しておいた。

 他にも農具や狩猟用の道具をこしらえたり修理したりと、何かと便利な男として立ち回っている。


 また村人たちは知らないが、村には庵を囲っているのと同様の結界が張り巡らされていた。

 悪意ある者、危害を及ぼす獣。そういった者たちの侵入を阻むと同時に、警報でジークやフェリに伝える機能もある。


「ここんとこ先生の姿が見えないんで、みんな寂しがってますよ」


 コニーは事のついでとばかりに気楽な調子ながら、真摯な瞳で続ける。


「いっそのこと、村に住んじゃどうですかい? あ、でも便利に使おうって話じゃなくて、先生はもう村のみんなが認めてますんで」


 慌てて補足したコニーに、ジークは首を横に振る。


「でも僕は犯罪者ですからね。あまり仲良くするのはどうかと思います」


「んなことねえよ!」


 コニーはテーブルを強く叩いた。


「す、すみません、興奮しちまって……。たしかに最初は俺らも先生を疑ってたもんだ。厄介者だって、変な目で見ちまってた。けどね、先生が勇者様を陥れたなんて今じゃ誰も信じちゃいません。聖都の貴族どもに嵌められたに違いないってね」


 澄んだ瞳に、胸の奥がチクリと痛む。

 村人たちの信頼は、偽りのうえに得たものだと感じたのだ。


(僕は親友(とも)の評判を下げたくなかっただけだ……)


 面倒見のよい〝マティス・ルティウス〟ならこうする。そんなことを積み重ねてきたにすぎない。


 もし、〝ジーク・アンドレアス〟としてこの村に送られてきたなら、自分はどう振る舞っただろうか?

 自分のことなのに、想像できなかった。


「いや、けど先生はこんな田舎にいていい人じゃないですよね。いつか冤罪が晴れて、聖都で活躍すんのを楽しみにしてます」


 話すうちに老婆が目覚め、コニーとともに村へと帰っていった。

 荷馬車が木々の陰に消えたところで、


「フェリ、二人の護衛を頼むよ」


 村まではそう遠くない。付近に魔物は棲息しておらず、獣といってもイノシシくらいだ。

 しかしジークの言葉には重みがあった。


「……承知しました」


 フェリは理由を問わずに飛び上がった。細い枝の上を軽やかに跳ねていく。


 ジークは庵ではなく、村とは逆方向の森へと歩き出す。

 まるで散歩にでも出かけるようなのんびりした足取りではあったが、


「さて、僕は別の客の相手をするかな」


 不敵な笑みを浮かべ、獲物を見定めた獣ように瞳をギラつかせていた――。



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