リーグ家破滅への道
ジークは大聖堂を訪れた。
目的は大司教との面会だ。
事前に約束もなく赴いたが、彼が今空き時間であるのは確認済み。わずかな時間でもよいからと頼みこむと、あっさり大司教の執務室へ通された。
「ルティウス卿、よくぞやってくれた。今ごろはユアロめ、聖都からの部隊に捕らわれておろうよ」
部屋に入ると数名の護衛と付き人がいた。以前とは違い公式モードながら、ジョレヌ大司教は満面の笑みでジークを迎える。
しかしジークは険しい表情で告げた。
「喜んでばかりもいられません。至急、ご確認いただきたいことがあります」
「どうした? 君ともあろう者がそんなに慌てて」
ジークはちらりと護衛たちを見やる。
「できれば人払いしていただきたいのですが……貴方と今の僕の立場では無理ですね。絶対に口外なさらないようお願いします」
ジョレヌは深刻な物言いにうなずき、護衛たちに目配せした。
それを確認し、ジークは告げる。
「通信球は、どこにありますか?」
至高の賢者が開発した、遠方と声を双方向にやり取りできる魔法具だ。
似たような信号球と呼ばれる魔法具が広く普及しているが、それの発展型で今のところ聖王国の上層部と、実際に使った者たちにしか認知されていない。
後者には緘口令がしかれ、うっかり誰かに話せば厳罰に処せられるのだ。
「アレは君から預かってすぐ宮廷魔法研究所に送っている。ああ、一部は軍部や教会でその機能を紹介するため回しているが……それが?」
「僕が作成した七つすべての所在を、今すぐ確認してください」
「まさか!?」
「ユアロ・リーグは息子のロマに睡眠魔法薬を渡した直後、聖都を離れて自領に戻りました。ロマが失敗した場合に備え、国外へ逃げる算段をつけているはずです」
「国外だと!?」
「はい。彼の周辺を探っていたところ、確たる証拠はつかめませんでしたが、どうも帝国とつながっているようなのです。しかし女王との婚姻が失敗した現状、ユアロを保護する理由が帝国にはありません。であれば――」
ジョレヌが忌々しげに言葉を継ぐ。
「手土産を持っての亡命か。それが通信球であると、君は疑っているのだな?」
「はい。正直なところ、通信球以外の事物であれば亡命が果たされても大きな痛手にはならないと考えています。しかし……」
「うむ。アレは戦の在り方を大きく変えるものだ。帝国に渡すわけにも、その存在が知られるのもマズいな」
ジークは黙ってうなずいた。
「すぐに確認しよう。なに、時間は取らせん。儂の今日の予定もすべてキャンセルだな」
ジョレヌの指示で護衛を一人残して部屋を出た。
ジークは促されてソファーに座り、報告を待つ。やがて――。
「むむぅ、二つ足らんか……」
研究所に送られた五つはきちんと保管されていた。
しかし貴族たちに回していた二つの行方が知れない。とある貴族に紹介したあと厳重に宝物庫へ収めたはずが、なくなっていたのだ。
「いったい誰が、どうやって盗み出したというのだ!」
ジョレヌは苛立ちを吐き出す。
「そちらの追及は後回しにしましょう。盗まれた通信球がユアロの手に渡ったと考え対処すべきです」
「リーグ領にはすでに部隊を派遣しておる。しかし少数の部隊だ。ユアロが私兵をすべて投入すれば追い返すのは容易いであろうなあ」
「さらなる部隊を派遣しましょう。グモンス討伐に僕と一緒に赴いた王都守備隊を千と、その指揮官なら通信球の存在を知っていますからこの任務には最適と言えます」
「リーグ領は帝国に近い。もたもたはしておれんな。しかし至高の賢者に愚問であろうが、いちおう訊こう。千で足りるか?」
「城攻めをするわけではありません。あちらは迎え撃つどさくさに紛れ、少数を率いて帝国へ逃れる算段でしょうからね。そこを狙います」
ただ、とマティスは続ける。
「あくまで彼を逃さないよう迅速に動ける範囲内が千というだけの話です。これを二つに分けてもよいのですが、念のため――」
策を告げると、ジョレヌは口元を緩ませた。
「抜け目のない男よ。そこまでの考えに至っておるのなら、儂が反対する理由はないな。直ちに陛下へお伝えし、ユアロ・リーグ捕縛の任、君に任せよう」
「ありがとうございます」
ジークは深々と頭を下げた。
出立の朝、念話でフェリに確認する。
『聖都からの部隊は到着した?』
『先ほど追い返しました』
聖都からの部隊は二百ほど。
十倍の兵で『ユアロは病床に伏せているのですぐには動けない。回復したら逃げも隠れもせず聖都へ赴く』と威圧されては、すごすご退散するしかなかったようだ。
『家族や部下たちの反応はどうかな?』
『不安と懐疑に染まっておりますね。指揮官クラスの一部はユアロに黙って情報収集に努め、ロマの次弟マウラを擁立して反旗を翻すつもりのようです』
『臆病で優柔不断な若い後継者を担ぎ上げ、あわよくばリーグ家に取って代わるつもりか。主も主なら、部下も部下だね。似た者同士だ』
この国の腐敗の根は深いとあらためて感じる。
『僕は今からそちらに向かう。手筈通り、君は帝国に通信球の情報をリークして保護を求めてくれ』
『かしこまりました。しかし乗ってくるでしょうか? 実物を見ず、戦術を一変させるほどの魔法具の存在を信じるかどうか』
『信号球が広く知れ渡っている現状、その発展型である通信球は当然彼らも想定しているさ。聖王国がのんびりしているだけで、彼らは通信球レベルの魔法具開発には着手しているよ』
だがそう簡単に開発できるものではない。
至高の賢者が命を懸けて研究してようやく術式を組み上げるに至ったのだ。
『というか、噂程度ならもう流しているしね。だから国境警備の部隊でも事の重大さは理解できる。亡命者の保護名目なら現場レベルでもきっと動いてくれるさ』
『噂で、すでに?』
『うん。国内にいるスパイたちにこっそりとね。今回で確証を得てもらうつもりさ』
今は国内の地盤固めに努める時期だ。
帝国にはせいぜい警戒してもらう。しばらくは攻めこむのに二の足を踏むほどに。
『勉強になりました。では、諸々進めてまいります』
ジークは念話を終え、思考を巡らせた。
今回はタイミングがシビアな場面がいくつかある。綿密なシミュレーションを繰り返し頭に描くのだった――。