反逆者のなれの果て
グモンスが自陣の天幕内でうたた寝していると、伝令の兵士が入ってきた。
「閣下、街道より敵影多数。こちらへ向かっております」
「おい、『閣下』ではない。余はグモンス王国の『王』であるぞ」
ふんぞり返ると、巨躯の重みで椅子が軋んだ。
虎を模した特徴的な兜をかぶる彼は、最近伸ばし始めた口ひげを撫で、半眼で告げる。
「まあよい。で? 奇襲部隊が撃ち漏らしたのはどのくらいだ?」
「それが……目視で千近くとかなり多いように見受けられました」
「ほう? 予想外に残っておるな。最初から玉砕覚悟で突き進んできたか。まあ、疲れ切った兵どもだ。前衛で駆逐して――いや、そういえばハーキムがいたのだったか」
権力闘争から失脚して没落しかけているが、聖王国では一、二を争う勇将だ。
下手をすれば単騎で本陣奥深くまで迫ってくる危険があった。
「兵の半分を向かわせろ。弓と魔法の部隊はそちらにすべて回し、ありったけを食らわせて近づけさせるな。その後、坂の上から総攻撃だ」
「本陣の守りが手薄になりますが……」
傍らにいた騎士が危惧を口にする。
「数で押せばここまでたどり着けるものか。仮にハーキムめが来たとして、どうせ弱りきっておるわ。余が手ずからとどめをさしてやる」
伝令が外へ出ていくと、グモンスは立ち上がって準備運動を始めた。
彼はハーキムにこそ及ばないが、武でのし上がった自負がある。
しばらくすると、またも伝令の兵が天幕に駆けこんできた。
先ほどとは打って変わって慌てた様子だ。
「敵部隊、数が倍に増えました!」
「なんだと!?」
「先に進軍してきた部隊は弓と魔法の攻撃に備えていたらしく、こちらの攻撃はまるで機能しておりません」
矢がなくなり、仕方なく坂を駆け下りて攻撃をしかけようとしたものの、森からさらに千の兵が現れ、そこから矢や魔法の攻撃で敵部隊に近づけないでいる。
「どういうことだ……? 奇襲部隊は何をやっていた!」
「信号球では『成功せり』と返ってきておりましたが……」
「二千も残してよくも言えたものだ! まったく、怠慢にもほどがあるぞ。それでも敵は二千ぽっちだ。全軍をもって蹴散らしてくれる!」
百に満たない近衛以外、すべてを投入しての総攻撃。
そう命じたグモンスは身支度を整え始める。
もっとも自身が戦場で槍を振るうとはまったく考えていない。
敵の屍の山を眺めるべく、巨槍を従者の騎士に預けたまま悠然と天幕を出ようとした、そのときだ。
「閣下、大変です!」
「ぬぅ、『陛下』と呼ばんか!」
天幕に転がりこんできた伝令兵は、指摘にも構わず告げる。
「背後より敵兵が向かってきております! その数、およそ五百!」
「なん、だと……?」
愕然とするグモンスは次なる言葉に戦慄する。
「先頭は、ガラン・ハーキム伯爵です!」
「バカな……。ただでさえ少ない兵を割き、指揮官自らこの陣の背後に回っただと?」
それだけならば、驚きはしても恐れる理由はない。
油断はあった。街道から三千規模の進軍を確認していたから、小細工をするにしても規模は小さいと見くびっていたのは確かだ。
だが迂回して背後に回られたとしても、五千の兵で十分に対処可能――のはずだったのだ。
ところが今は、自身の守りが百もいない。
「す、すぐに一部の兵を呼び戻せ! 千もあれば足りる!」
伝令の兵がすばやく外へ出たのと入れ替わりに別の兵士がやってきた。全身鎧に身を包み、兜で顔を覆っているので表情はわからない。
「閣下!」
だが切羽詰まった声にグモンスの焦りが頂点に達した。
「ええい、今度はなんだ!?」
「街道からの敵兵、さらに千ほどが現れて突撃してまいりました!」
グモンスは耳を疑った。
森から姿を現した敵兵は合わせて三千。それは奇襲部隊がまったく機能していなかったことを示す。
「さっきの命令は中止だ!」
「いけません。この状況で一部でも兵を戻せば我が方が混乱に陥ります」
そうなっては三千の敵に突破されかねない。
「で、では、ワシが本隊と合流する!」
「しかし、このままでは挟撃されてしまいます」
「ではどうしろと言うのだ!? ともかくワシはここを離れる。お前たちはハーキムを死んでも押しとどめよ!」
「そんな……」
グモンスの近衛部隊は腕に覚えのある猛者たちだ。しかし数的不利に加え大混乱に陥った状況で、聖王国きっての勇将ハーキムを相手にどれだけもつか。
「やっぱり、無茶だったんだ……」
グモンスが大股で通り過ぎる最中、伝令に来た全身鎧の兵士がつぶやいた。直後――。
ずぶり。
「ぅ……、お?」
兵士は立ち上がるや、グモンスの鎧の隙間に剣を突き刺した。
「聖王陛下に仇なす反逆者め! お前の我欲に付き合わされて死ぬなんてまっぴらだ!」
「きさ、まぁ――ぼひょ!」
突き刺した剣の刀身から炎が生まれた。グモンスの鎧内部が燃え盛り、彼は剣を差したまま崩れ落ちた。
「あつ、あづいぃぃぃいいっ!」
「乱心したか!」
「叩き斬ってやる!」
「待て! まず火を消せ!」
「治癒魔法師を呼んで来い!」
天幕の中にいた者たちが慌てふためく。
顔の見えない鎧兵士はくぐもった声で叫んだ。
「ここを切り抜けたとして我らに未来があろうか!? いつまでもこいつの愚かな策が上手くいくはずないだろう? いずれ大軍がやってきて、俺たちはみな殺される。無謀極まる反逆者として、末代まで笑いものにされるんだぞ!」
一同は体を硬直させる。
「ぉ、ぉぉぉ……」
炎に包まれる哀れな『王』を眺め見て、剣にかけた手から力が抜けていった。
「俺はごめんだ。こんなところにいつまでもいられるか!」
鎧兵士は天幕から飛び出した。
「ここだ! ここにグモンスがいる! 俺が討ち取った! あとは好きにするがいい!」
そんな叫びが、徐々に小さくなっていく。
そこへ――。
「おいおい、こりゃいったい……何があったっての?」
剣を手にしたハーキムが飛びこんできた。
「これ、グモンスだよね? もう息はしてないみたいだけど……」
続けて彼の部下も数名入ってきて、戦意を喪失したグモンス配下の者たちを取り囲んだ。
「まさか反乱を起こした奴が、部下の反乱で死んじゃうとはね。大恥もいいところだよ」
ハーキムは風魔法で炎を吹き飛ばすと、グモンスの焦げた首を断ち切った。
側にいた敵兵からグモンスの巨槍を取り上げて首級に突き刺す。
天幕の外へ飛び出して、首級を高々と掲げるや叫んだ。
「敵将グモンスは討ち取った! 勝鬨を上げろ!」
顔は焼け爛れて確認できないものの、その特徴的な兜で彼だとみなは認識する。
逃げる者、放心する者、その場に武器を捨てて跪く者。
ここに、大勢は決した――。
グモンスの本陣から遠く離れた平原に、ジークはローブ姿で立っていた。
「――ええ、降伏した者たちは武装を解いたら放置して構いません。大丈夫、彼らはグモンスの居城に戻ったら、むしろ僕たちの味方として活躍してくれますよ」
彼の足元には、脱ぎ散らかした全身鎧が転がっている。
「後継が誰になろうと、諸外国は静観を決めこむ以外できません。ひと月もすれば、グモンス領から全面降伏の使いが聖都にやってくるでしょう。ハーキム卿は部隊をまとめて物資を置いた簡易の陣に戻ってください。僕もそちらへ向かいます」
通信を終え、ふっとひと息つく。
(まずはひとつ片付いたな)
伝えたとおりに味方の陣へ戻るその前に。
(決着をつけるぞ、イザベラ)
ジークは転移魔法陣を描くと、そこへ身を沈ませた――。




