誅罰の決意
――あの人は我欲の塊だよ。
かつて賢者は、ジークに忠告した。
『聖職者を気取り、自覚していながらおくびにも出さないのが、余計に性質が悪い。だからジーク、何度も言うけど――』
「先生に気を許すな、か……」
いくらジークでも、マティスの言葉すべてが正しいと妄信はしていない。
だからにわかには信じられなかった。
それでも心の片隅に置き、この三年で調べ尽くして得た結論は、親友と同じものだったのだ――。
ハーキムは今しがたの言葉を反芻する。
――あの女こそ、勇者殺しを立案し、九名の貴族を裏で操っていた張本人ですからね。
魔族を手引きして勇者を殺害せしめた忌まわしき謀略。
イザベラ・シャリエル現司教長は、その仲間どころか元凶とも言える存在だと、至高の賢者は言い放ったのだ。
しばらく言葉がでなかったハーキムは、声を絞り出すように尋ねる。
「確証は、あるのかい?」
「物的な証拠は何もありません。残すようなマヌケではないですからね、あの女は。九名の貴族たちも彼女が関与しているとは知らないでしょう」
「なら、どうして君はその結論に至ったんだい?」
「この三年、彼女の周囲も徹底的に調べました」
ほんの小さな違和感があった。しかし同じような違和感はいくつも見つかり、積み重なるうちに、確信へと変わっていった。
ジークは真摯にハーキムを見据える。
ここから先は、踏みこんだら逃れられない領域だ。そう告げているようだった。
ハーキムはごくりと唾を飲みこみ、小さくうなずく。
ジークは静かに口を開いた。
「九名の貴族のうち、主たる数名に直接勇者暗殺を命じたのは――聖王ジルベール・テリウムです」
「ッ!?」
ハーキムは飛び上がらんほどに驚いた。
「ちょ、待ってくれないかな? いや、うん、なるほど聖王陛下が命じたなら、あの連中が危ない橋を渡ったのもうなずける。特にダボン公はもともと臆病な男だったしね。聖王直々ともなれば、物理的にも重い腰を上げただろうさ」
でもね、とハーキムは首を左右に振る。
「たしかに陛下は勇者の力を恐れてはいた。一方でジークを高く評価していたじゃないか。大事な大事な一人娘――クラリス王女と婚約させるほどにね。いずれ後継にしようとした男を、どうして……」
「その『恐れ』が勝った。それだけの話ですよ」
「いや、しかし……」
ハーキムはソファーにどかっと腰を落とした。頭を抱えている。
「むろん、聖王の恐怖心を巧みに煽った者がいたからですけどね」
「それがイザベラだって? そりゃあ当時から聖王に対し個人的に謁見できる数少ない人物ではあったよ? 一時はその恋仲が邪推されるほどにね。でもけっきょく、その誠実な人柄が悪い噂を消し飛ばしたわけだけど……」
「善人に見えすぎて逆に胡散臭い、でしょう?」
にやりと笑ったのは一瞬、ジークはすぐ表情を引き締める。
「彼女が事あるごとに、それとなく勇者の危険性を吹聴していたのは裏が取れています」
『あの子は根が優しいのだけれど――』
『いずれ理解はしてくれるでしょうが今は若さゆえか――』
『何度も注意したけれど先日もこんなことが――』
勇者の悪口と捉えられないよう巧妙かつ慎重に。
自身の危惧や心配を告げる体で繰り返し何度も。
『彼女ほどの仁徳者の言葉なら』
『師としてもっとも近くで見てきた彼女が危惧するなら』
『実は私もそう感じていた』
相手の心に潜む勇者に対する恐怖や妬みを膨らませていった。
「ああ、それ。それだよ。私が言葉に表せなかった、得体の知れない彼女の胡散臭さは」
ハーキムは手を叩いて得心する。
「しかし、立案者かあ……。聖王陛下までそそのかしたなんて、そこまでは考えていなかったなあ」
イザベラは他の九人と同列、あるいは彼らに取りこまれた程度と予想していた。
ハーキムは腕を組んでうなる。
「さあて困ったな。オジサンこれでも聖王国の貴族だからねえ。さすがに聖王陛下を敵に回すのは……」
一人の意見に傾倒して最大戦力を手にかけた愚王だ。
ハーキムを説得する材料は掃いて捨てるほどあるが、ジークは何も言わなかった。
「よし! そこは横に置いておこう。陛下以外ならオジサン、喜んで協力するからなんでも言ってよ。いざ陛下の番になったら……私の知らないところでこっそりやってね?」
本当に面白い人だ、とジークは苦笑を禁じ得ない。
ハーキムが部屋を出ていくと、入れ替わりにフェリが入ってきた。
「いよいよイザベラ・シャリエルを誅罰するのですか?」
「これ以上、無関係の人を巻きこみたくないからね」
イザベラは直接手を下そうとはしない。何かあれば他者を使う迷惑極まりない女だ。
「それに彼女の役目はもう終わった。最後にひとつ、大いに働いてもらったら――」
ジークは無感情に告げる。
――〝僕〟のために、消えてもらおう。




