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強者の血統

 ジークは箱馬車に乗りこみ、ハーキムの対面に腰かける最中、フェリからの報を聞く。


 エドワードを付け狙う者たちがいて、それが魔族である、と。


『まだ君は気づかれていなくて、連中が襲うそぶりは見せていないかな?』


『はい。数は三。彼らはエドワードさんと距離を保っています。おそらく行く先はすでに知っている様子ですね』


『なら襲撃は夜になってからだろう』


 物取りに見せかけ、たまたま居合わせたエドワードと従者のトマスが殺害されるというシナリオだ。


 聖都に魔族が易々と入れるはずがない。

 エドワードを亡き者にしようとしている誰かは、この国の実力者と手を結んでいるらしかった。


(フェリなら魔族三体を気づかれずに倒せるとは思うけど……)


 上手く立ち回れば利用価値の高い情報が手に入るかもしれない。


『しばらく監視を続けて。もし夜を待たずに動くようなら君の存在を示して牽制してほしい。一体でも確保できれば面白いことになりそうだ』


『かしこまりました』


 ゆっくりと椅子に腰かけると、ハーキムが口を開いた。


「この間は悪かったね。村を訪れたのに挨拶しないでさ」


「いえ、僕と貴方が辺境で密会していたなんて知れたら、両議会が騒ぎますからね」


「こんなオジサンに連中を脅かすほどの力はないのだけどねえ。実際、今こうして一人の少女を共に後見する立場になった。私は名前を貸すだけだけど、君と一緒にいさせる危険性は低いと踏んだからだろう」


「もしくは『結託して叛意あり』と共々片づけるつもりかもしれません」


「それ冗談に聞こえないよね。でもま、君も私も敵は一人じゃないわけだし、そういう思惑を持つのが何人かいても不思議はないか」


 ともあれ、とハーキムは屈託のない笑みを浮かべる。


「君に賭けたオジサンの目に間違いはなかった。聞いたよ? 道中で隣国の王子様を救ったそうじゃないか。聖都じゃその話でもちきりだ」


「フェリとルナの活躍があったからですよ」


「それでも、だ。護衛がグルだったと見抜いたのは君だろう? 幾度も魔王軍を退けたその慧眼、まったく衰えていないようで安心したよ」


 ハーキムは一転して真顔になる。


「君が何をしようとしているかは察しが付く。そのために私を使ってくれて構わない。いや、使い潰すほど利用してほしい」


「……どうしてあのとき、僕を庇ったんですか?」


 ハーキムは勇者殺しを裁く大法廷で、至高の賢者が不利になる証言を拒んだ。そのせいで権力争いから早々に脱落してしまったのだ。


「騎士の矜持――なんてのはオジサン、持ち合わせてないんだけどね。でもジークが殺されて腹が立っていたし、君はもっと怒ってるだろうと思ったんだ」


 それにね、とハーキムは続ける。


「平和が訪れればオジサンみたいな脳筋は用済みだ。短期的に考えれば連中に尻尾を振るのが正解だったろう。でも長い目で見れば、君という勝ち馬に乗っかったほうが上に行けると考えたのさ」


 打算だよ、との言葉は彼の本心ではあるのだろう。

 しかし至高の賢者を信じていたのもまた、疑いようのない事実だ。


「恩は返します。だから貴方を利用しようとは思っていません」


「相変わらず固いねえ。ま、オジサンが勝手に協力するのは止めないでよね。半分は趣味っていうか、暇つぶしだからさ」


 そういえば、とジークは尋ねる。


「ご子息も学院に入学するのですよね?」


「ん? あー、そうね。たぶん君に迷惑かけると思うから、今から謝っておくよ。ごめんね」


 剣も魔法も優秀で、学年首席を狙える逸材だ。

 そんな彼は最強の勇者ジーク・アンドレアスに憧れていて、ゆえに勇者殺しを主導したとの嫌疑をかけられた至高の賢者を敵視しているらしい。


「誤解だって何度も言ってはいるんだけどねえ。オジサンを反面教師にしたのか、頭が固いのなんの……」


 とほほ、とハーキムは肩を落とす。

 どうやら敵視する相手を庇った父親とは仲がよろしくないらしい。


「でもま、あの堅物にはいい刺激になるか。君の指導っぷりを間近に見れば考えも変わるだろうね。それに――」


 ハーキムは後ろの窓に目をやった。

 その向こうには御者台に座るルナがいる。


「彼女、とんでもない才能の持ち主だね。魔法はまだまだだけど、剣技に関しては学生のレベルを超えている。うちのは周りから確実に首席になるとおだてられてその気になってるからねえ。彼女の実力を目の当たりにしたあいつがどんな顔するか、今からちょっと楽しみだよ」


 にやぁっと父親がしていい顔ではないが、我が子に期待しているがゆえと好意的に捉えることにした。


「にしても、不思議だね。あれほどの才能が辺境に埋もれていたなんてさ。平民でも君のように頭脳面で才覚を現す子はいるけど、武の面で突出した者が出てくることは極めて稀だ。君が見出さなければ出てこなかったんじゃないの?」


 剣にしろ魔法にしろ、その素質は血統によるものが大きい。

 平民で騎士に上り詰める者もいなくはないが、せいぜい部隊長止まりだ。


 貴族が貴族である所以はそこにある。

 最強の勇者〝ジーク・アンドレアス〟もまた、聖王国の超名門――王族に連なる血統であった――。




 一方、ジークたちと別れたエドワードたちは魔族に後をつけられているのも知らず、のんびり馬車で移動していた。


「エドワード様、これまで黙っておいででしたのであえて言及はしませんでしたが……、あのルナという少女はもしかして――」


 御者台からの声に、エドワードは静かに返す。


「うん、エルミナ様(・・・・・)だろうね。まさか生きて聖王国の辺境で暮らしていらしただなんて……」


 三年ほど前、彼女とその母親はストラバル王国を追われた。

 共にその死が伝えられたものの、いずれも亡骸は確認されていない。破壊された馬車や遺留品からの推測に過ぎなかった。


 ストラバル王国は魔王討伐後に国土を奪還したが、最大の功労者である前国王は不慮の死を遂げる。

 その混乱の中でエドワードの義母が謀略を巡らせ、王家傍流ながらストラバルを名乗り女王の座についたのだ。


 ルナは本来であれば正当なる王位継承者――エルミナ・ストラバルその人であった。


「いかがなされるのですか?」


 エドワードはふっと息をついて答える。


「どうもしないさ。彼女が国を義母上(ははうえ)から取り戻したいのなら、それもいい。僕が彼女の邪魔をする意味なんてないからね」


 先の襲撃は義母が仕向けたものに違いない。

 疎まれている者同士、エドワードは連帯感さえ覚えていた。




 そして、夜を迎える――。



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