山道の襲撃
ジークたちがいた辺境から聖都までは、馬車で十日ほど。
急ぐ旅ではないものの、山岳地帯に入ってからフェリは手綱を弾いて山の街道を疾走していた。
左右を急斜面で挟まれた道は悪路とまでは言えないが、石や窪みを車輪が踏み越えるたびに幌付の荷台が大きく跳ねる。
「な、なんでこんなにスピードを上げるんですか?」
荷台の中で激しく揺られ、ルナがたまらず声を上げた。
「地形からして山賊が隠れ住んでいるかもしれないからね。べつに襲われてもいいんだけど、面倒でしょ?」
それに、とジークは涼しい顔で告げる。
「気が散る環境でも集中を乱さない訓練ができるからね。ほら、続けて続けて」
ルナはこの道中、ジークから魔法指導を受けている。
今は魔力を練って素早く術式を組み上げ、魔法陣を展開する訓練の真っ最中だ。
「は、はい!」
ルナは目を閉じ、馬車の揺れに合わせて体を動かして体勢を保ちつつ魔力を練り上げる。
術式を思い描き、それを体から眼前へ押し出すイメージで魔法陣を展開していく。
顔の前に小さな円形魔法陣が浮かび、明瞭に像が結ばれる前にその向こうへもさらにひとつが浮かんでくる。
(うん、連続展開はスムーズだね。やっぱりこの子、筋がいい)
最初の魔法陣が形を成したときには、四つ目の円形魔法陣が現れつつあった。
と、馬車が急速にスピードを落とした。
「わわっ!?」
四つ目の魔法陣が弾けて消える。
二つ目と三つ目が揺らいだところで、ジークは指を鳴らして三つの魔法陣を掻き消した。対抗魔法でルナの術式を破壊したのだ。
「ぶはぁ! どっと疲れました……」
「慣れてくれば精神的な負荷はかなり減るよ。うん、なかなかいい感じだったね。突発的な事態への心構えがあれば続けられたと思う」
「反省……ですね。ところで、どうして馬車のスピードを緩めたんですか?」
応じたのは御者台に座るフェリだ。
「前方に箱馬車がいるのを見つけました。わたくしたちと同じ方向へ進んでいます」
彼女の背後から覗きこむ。
煌びやかな二頭立ての箱馬車がのんびり進んでいた。
「装飾が聖王国の様式とは違うね。あれって……ストラバル王国のものか」
ちらりと横を見れば、ルナがそわそわと落ち着かない様子だった。
「見るからに高貴な人のものだけど、外に護衛がいないから気軽に話しかけられないな」
道幅は馬車が荷台、十分に通れるほどある。
しかし貴族の乗り物を追い越すのは無礼な行為に当たる。他国の使節であったなら、問答無用で罪に問われるだろう。
「フェリ、近づいてもらえるかな。並走の一歩手前って感じで。僕が御者に話してみるよ」
山を下るまでのろまな箱馬車の後ろをのんびり付いて行くのは嫌だった。
フェリが手綱を弾こうとした、そのとき。
ヒュン、と一本の矢が箱馬車の前に放たれた。
矢は馬の足元に突き刺さり、驚いた馬が暴れ出す。隣の馬もつられてしまい、箱馬車が急停止する。
「かかれぇ!」
斜面の上からの叫び。
いくつもの影が左右の斜面から滑り降りてきた。身なりは粗末で武装は剣と弓、いかにも山賊といった風だ。
御者台から男が一人、飛び降りる。
箱馬車の両面の扉が開き、男女が飛び出した。三人とも腰に剣を帯び、それを抜いて山賊風の集団を待ち構える。
そして、遅れてメイド風の女性に連れられ、少年が出てきた。
金髪の少年は怯えた表情で女性にしがみついている。が、少年が足をもつれさせ、二人は地面に倒れた。
女性は足を挫いたのか、上体だけを起こして何やらわめき、立ち上がった少年は涙目になってこちらに向かってくる。
「大変です! すぐに助けないと!」
ルナが叫ぶ。当然すぐさま指示が飛ぶと思ったのに、師は黙って身を乗り出し、手綱を引いて荷馬車を止めた。
(妙だな)
山賊と思しき集団は七名。
後ろから続く四名が矢を射かけつつ、先頭の三名が山道へ降りるや護衛たちと斬り結んだ。
急斜面を難なく降りてきた彼らは、剣技も見事なら連携も取れている。
身のこなしからただの山賊とは思えなかった。
それよりも不可解なのは、護衛たちの対応だ。
こちらの技量も相手側と比べて遜色ない。ただ総数で劣りながらも一対一の状況を作ってのち、護衛対象と思しき少年には目もくれず、相手と剣を打ちあっているだけだった。
(これでは少年が矢で狙われてしまう)
状況はそれよりも最悪に向かっていた。
斜面に足だけでへばりついて弓を放っていた四人のうち二人が、弓を捨てて両手を突き出している。
魔法陣が虚空に浮かぶ。
それが光り輝くと、大きな火炎球が放たれた。
別方向からまっすぐに、少年へと向かっている。それを――。
ジークは首輪に触れて通信阻害の魔法をかけるや、魔法陣の展開なしに光弾をふたつ放った。どこから見ても三人のうち誰が放ったかわからいように。
光弾はそれぞれ火炎球にぶつかって、ともども消え去った。
「フェリ、ルナ。制圧を頼むよ」
ジークは二人が返事をするより早く、続ける。
――あの金髪の男の子以外、全員をだ。