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ルナという少女

 ダボン公爵が処刑されてからしばらく。

 夏の盛りが終わるころ。


 山のふもとにある岩場地帯で、ジークは首輪を外して佇んでいた。


「はあっ!」


 彼に突進してくるのは、大剣を振りかぶった赤髪の少女――ルナだ。

 風を切り裂きジークに斬りかかるも、わずかに体を傾けただけで軽々と避けられる。


 大剣が岩を砕く。

 ジークは破片をするする躱しつつ背後に回り、手にした短い木の棒をこつんとルナの頭に当てた。


「重心が少し高いね。踏みこみの甘さが原因かな」


 慌てて距離を取って向き直るルナに、ジークは微笑んで続ける。


「それでいて接近も斬撃も速度がずいぶん上がっている。日々の訓練を欠かさなかったようだね。大したものだよ」


「ありがとうございます! でも……やっぱり細かいところでダメダメですね、わたし」


「自己鍛錬と実戦形式の組手ではどうしても勝手が違ってくる。このところ君の相手をサボっていた僕の責任だよ」


「そんなことはありません! 先生のおかげでわたし、すごく強くなってるって実感があるんです」


 それもまた、彼女の真面目な性格と成長率の高さが最大の要因だろう。


(人に物を教えるなんて初めてだったけど、けっこう楽しいものだね)


 至高の賢者〝マティス・ルティウス〟は若くして教鞭を執り、最強の勇者を筆頭に多くの才能を花開かせてきた。


 その実績に見合う自分となるために、幸運にも辺境の村で出会った少女に手ほどきしたのだが、


(この子、めちゃくちゃ優秀なんだよなあ)


 剣の才覚はもちろん、内在魔力がかなり高い。今すぐにでも聖都の最高学府に通えるどころか首席を狙えるくらいだとジークは感じていた。


(いろいろ気を遣わなきゃいけない子なんだけどね)


 ルナの出自は一風変わっている。

 その正体を知られてはならない点において、ジークと共通していた。


「そろそろ休憩にしようか」


「えっ、でもわたし、まだ戦えます」


「いつも言っているだろう? 休息も訓練の一環だよ。自己鍛錬に比べて組手は消耗が激しいんだ。加えて、気分が高揚して疲れを感じにくい」


「ぁ……」


 事実、ルナはびっしょり汗だくになっていて、剣を握る手が微かに震えていた。


「それじゃあその、また先生の魔法で回復をお願いできれば……」


「ケガにせよ病気にせよ疲労にせよ、魔法での回復は小さな弊害を生む。緊急性のない疲労回復での連続使用はお勧めできないな」


「はぅぅ……そうでした」


 ルナはその場にぺたんと腰を下ろし、大剣をそっと地面に置いた。上目にジークをじっと見る。


(先生って、疲れることあるのかな?)


 実戦形式での鍛錬では涼しい顔を崩さない。こちらがどれだけ必死に打ちこんでも、息を乱すことも汗をかくこともなく。


 自分はたしかに強くなっている。

 けれど強くなればなるほど認識()える範囲が広がって、師との差が開くような感覚に襲われた。

 師の強さは底が知れないのだ。


 だからこそ不思議だった。


「どうして先生は、その強さを秘密にしているんだろう……?」


「悪目立ちしたくないって、前に言わなかったかな?」


「うぇ!? わたし声に出てましたか!?」


「ま、そんな理由じゃ納得できないか」


 わたわたするルナの前に、ジークは腰を下ろした。


「僕はいつまでも犯罪者でいるつもりはない。いつか冤罪を晴らし、名誉を回復したいと思っている。ただその方法は、武力を誇示してのものであってはならないんだ」


「? どうしてですか?」


「僕は賢者だ。自分でそう名乗るのは気が引けるけど、五年前まで積み上げてきた実績は知識を高め、知恵を絞ったうえでのものなんだよ。だから『知』の分野でしか僕の名誉は回復できないと考えている」


 そして、とジークはわずかに目を伏せた。


「僕の武力は大切な友だちから与えられたものだ。以前、それをひけらかせて取り返しのつかない過ちを犯してしまった」


 強大なる力は嫉妬と恐怖を他者に植え付ける。

 そのために勇者は命を狙われ、結果、親友が身代わりとなった。


「だから不必要に武力を誇示したくはないんだ」


 神妙な顔つきで聞き入っていたルナがぐっと身を乗り出した。


「わたし、もっともっと強くなります! いつか最強の勇者さんにも近づけるようがんばります! そうすれば、わたしにいろいろ教えてくれた先生は『やっぱりすごい人だ!』って、みんな認めてくれますから!」


「そこは自分のためでいいんだよ?」


「結果的にはわたしのためでもあります。こういうのってあれですよね? Win-Winの関係? ですよ!」


 にっこりと笑みを咲かせるルナは、性質こそ異なるがその真っ直ぐな性格は親友(マティス)を思い起こさせる。


「ま、僕も打算は当然あって君にいろいろ教えているんだけどね」


「それは黙っていてほしかったです!」


 がびーんと衝撃を受けた様子のルナに、思わず頬が緩む。


『お話中のところ失礼いたします、ご主人様。取り急ぎルナさんを連れて村へ向かっていただけませんか?』


 頭の中に直接響く声。フェリだ。


『どうかしたの?』


『聖都からお二人を訪ねて使いの者がいらしたとか。数名の兵士がコニーさんの案内で庵にやってきまして、ルナさんはフェリ(わたくし)と出かけたと話したところ、『呼び戻して一緒に来い』と』


 聖都からの使い自体珍しいが、ルナをも名指ししたことでジークはほくそ笑んだ。

 これまでいくつも仕込みをしておいた。いつか聖都へ舞い戻るために。


 もし予想したとおりの者が使いとしてやってきたのなら。


(一番確度の高いのが釣れたかな?)


 ジークはフェリの言葉をルナに伝えると大剣を拾い上げ、


「ひゃっ!?」


 ルナを抱えるや、


「先生飛べたんですか!?」


 空を翔けた――。



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